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アスタリスク字架 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おー、これまたゴミ箱の中の缶・瓶・ペットボトルがあふれているなあ。

 このあつい最中だし、需要もうなぎのぼりってところか。回収の人が定期的に来るんだろうけど、それまでここがどんな状態にまで悪化することか。


 ――自慢じゃないが、自室ほどじゃない?


 ははは、気づいたらペットボトルまみれは、あるある。

 こう、手近に引き寄せてぐいっといっぱいやるでしょう。それからちびちび飲んでフタをして、そこら辺に転がす。飲んだ直後、洗いに行って分別したゴミ箱に放る。ほんの十数秒くらいの手間が惜しい。

 その十数秒が分単位、時間単位、日単位と相成って山のようになっていく。ホント、積み重ねって大きいものだ。

 だからさ、何かを隠すのに多い数はうってつけの環境さ。たったひとつの汚点も美点が少ない人ならいやに目立つだろう。けれど美点が多ければ、味方が多ければ、信者が多ければそれらはいともたやすく隠され、薄くされ、もみ消されるだろう。

 個人の評判というミクロにとってはいいかもしれない。しかし世界とかのマクロな視点ではどうかな?

 僕が以前に体験した話なんだけど、聞いてみないかい?



 友達にもはやゴミ屋敷というか、腐海一歩手前の環境に住んでいる人がいる。

 他の友達とのたまり場としてよく使われるんだけど、まず行くとみんなで掃除なんだよね。


 ――そんな場所にどうして集まりたがるんだ?


 うーん、理屈じゃないとこかも。その友達のことも含めて「くみしやすい」ってやつ? 心の中でマイナス面を上回るプラス面があるんだと思うよ。分析はしてないけどさ。

 とまあ、その日も集まったメンツで、せっせとお掃除していたわけ。僕はもっぱらペットボトル回収係でね。片っ端から拾ってはラベルをはがし、中身を洗って廊下で口を開けているゴミ袋へ放っていく。

 さすがにゴミの日には袋を出すみたいで。ここに入れさえすれば、適切に処理されたのち新しい命を得るのも時間の問題さ。

 そのときも、うずたかく積まれたペットたちを次々、流しへと連行していたんだ。


 そのうちの一本、1.5リットルは入るであろうものの中さ。

 あれはなんと形容していいだろう。十字架に斜めの部分が加わって……そう、アスタリスクかな?

 アスタリスク字架とでもいうべき飾りが、ペットボトルの中に入っていたんだ。

 ボトルの口からはとても入りそうにない。てっきり僕はボトルシップのたぐいかと思ったんだ。

 自然にできるにしては形が整いすぎているし、色合いもホームセンターで見る木材とそん色ない。

 そしてボトルの底を切り抜いて、製作したのちに閉めなおすような、あたかも手間暇かけたように見せる、イミテーションでもなかった。ペットボトルにはつぎめのひとつもありゃしない。

 

 ――もしや、芸術作品とか? それならゴミに混ぜとくのもどうかと思うけど。

 

 いちおう、友達には確認をとった。

 その気味悪がり方を見れば、答えはすぐわかる。けれど、蓋の閉まったボトルを開けていいものか、水を入れていいものか……。

 判断のつかないまま、友達に処分を任せることにした。

 その後は友達とだべったり遊んだり、他愛ない時間を満喫しながらお開きさ。そのときはすっかりアスタリスク字架のことなど、頭の隅っこへ追いやっていたんだ。

 

 

 さて、僕の自室だが彼ほどでないにせよ、汚い。

 足の踏み場という点では優れているだろうけど、ことペットボトルの数だけは負けていないだろう。

 きっかけがあれば、人は動きやすい。僕は部屋へ戻るや、山と積まれたペットボトルたちを崩しにかかった。

 友達の部屋での延長さ。再びボトルの山を崩していくも……僕は見てしまったんだ。

 もうどれくらい前に飲んだか分からない、1.5リットルペットボトル。その中に、あのアスタリスク字架の姿があったんだから。

 

 目をこすりながら、三度見くらいしたと思う。

 フタは閉まっている。けれども、ボトルの底にはほんのわずかな飲み残しが鎮座していた。もう直視しがたい黒緑色を帯びているけれど。

 横倒しのペットボトルだから、そこへじかにはついていない。側面へ張り付くかっこうで、アスタリスク字架は張り付いていた。

 友達の家でもそうだったが、改めて立てても、重力などものともしないかのようだ。

 あの時は友達に処理を押し付けたが、今度はそうはいかない。決断しなくてはならず、こんな気味悪いものがあると分かれば、一分一秒だって一緒にいたくないもんだ。

 僕はペットボトルのゴミ袋、その奥の奥の方へしまい込んだ。洗うどころか、蓋さえ開けないままにだ。

 外からぱっと見では分からないよう、他のボトルたちの影へたくみに隠した。まさか回収する人が、袋を律義にひとつずつ口を開けて、丹念に調べるなんてことはないだろう。

 そうだと信じたい。回収お断りな紙を袋に張られるなんてないはずだ。

 僕はきつく袋の口を縛って、夜中にボトルの袋を指定の回収ボックスの中へ入れた。

 


 それで事態は済んだと思っていた。

 実際、回収ボックスは午後には空になっていたし、周辺に袋が打ち捨てられているなんてこともない。それで数日は何事もなく過ぎたし、取り越し苦労だと胸をなでおろしていたんだ。

 けれど、気づいちゃったのさ。ちょうど今日のような、ボトルあふれるくずかごを見てさ。

 あふれかえった缶やボトル。その500ミリの容器たちの中へ、もれなくあのアスタリスク字架が入っていたんだ。相応のサイズでもってね。

 ひとつじゃないんだよ。あのときボックスから漏れ出ていた、5本くらいすべてがそうなんだ。作為を感じても仕方ないだろ?


 放置はまずいかも。僕の直感がそう告げた。

 けれどボトルの一本を拾い上げるより先に、突風が吹きつけたんだ。

 思わず身を縮こまらせるほど強く、不意を打たれた。僕がとっさに身体をかばうや、拾い上げようとしたボトルは、コロコロと転がり出す。

 その先には車道。はかったように走り込んでくる乗用車と、そのタイヤ。

 スキがなかった。僕が体勢を整えたときにはもう、車は遠くへ走り去っている。タイヤの洗礼はボトルを真っ二つに裂き、中身をさらけ出している。

 言うまでもない、アスタリスク字架のことだ。


 そいつがまともに姿をさらし、空気に触れていたのはほんの数瞬ほど。

 そしたらぱっと煙のように消えた。残るのは裂かれて揺れるボトルばかりで、はっと目を移したときには、他のボトルたちからもアスタリスクは消えている。

 それからだよ。僕たちの周りでせき込む人が増えたのは。

 まず友達の彼に始まり、その日、家にあがった者は程度の差こそあれ、あとに続いた。もちろん、僕もさ。

 これまでにない激しさだった。咳で肋骨をやられるなんて、初めての体験だったさ。

 お医者さんによると、年の割に骨がもろくなっているかも、と言われたよ。ほんの数カ月前の健康診断では何の問題もなかったのにさ。

 はからずも、いまはマスクをつけることがおかしくないご時世だ。僕のせき込みだって目立たずにいられる。

 けれど、ときどき見るんだ。

 通り過ぎる木々の枝葉のうえ、ときに家の塀のてっぺんに、アスタリスク字架の影をさ。

 あいつらはこちらをあざ笑うかのように、目を向ければ消えてしまう。けれど、確かに僕たちの周りにいるんだ。


 あいつらはまた、待っているのかもしれない。

 自分たちの獲物を。そして新しい自分たちの誕生を。


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