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カスミの永年外出録  作者: 織宮 依
2/2

森奥の待ち人




数多の木々が所狭しと立ち並び、見上げても幾重に重なった葉に覆われ、

光など緑の網の隙間からほんの僅かに差し込む程の鬱蒼とした、昼も夜もわからない暗い暗い、

一寸先は闇を体現したと言っても過言じゃないほどの漆黒は広がる森の中。



「はっ...はっ...はあっ...!...はぁっ...は...っ...はぁ...っ...!」


足が...痛い.......頭...くらくらする......


「げほっ...!げほっ!...ごほっ...ぅぅ..」

「...ここまで来れば問題ないだろう」

「ほ...ほんと?はぅぅ...つか...れたぁ...」


その言葉を聞いた途端、足から力が抜けてしまいわたしは仰向けに地面に倒れてしまった。


「...最低限の物資は持ち出してきた。...少し休むと良い」


言い終えると同時に、辺りがパッと明るくなる。

驚いて起き上がると槍士さんの手には不思議な形をした瓶が握られていた。

瓶の中では、オレンジ色の炎がゆらゆらと揺らめいている。


「...わぁ...!」


八方真っ暗な森の中に灯る唯一の、穏やかで温かい光。それに不思議な形をした素敵な瓶。


暫く見とれていると、槍士さんが透明な水の入った瓶とパンの入った紙袋を目の前に置いた。


「...水と"パン"と呼ばれるものだ。恐らく...食料なはず。これで体力を回復するといい」

「!...も、貰ってもいいの!?」

「...ああ」


第一印象と違ってなんと優しい人なのか!

正直さっきまで走りっぱなしだったのでものすっごく喉もカラカラだしお腹も空いてるしで...


「...あ。で、でも槍士さんの分は?」

「...俺はいい」

「!ありがとう!それじゃあお言葉に甘えて!いただきまーすっ!」


水を一口で半分ほど飲み、紙袋からパンを取り出してかじりつく。


...うん!美味しい!


焼きたてとまではいかないけどふわふわでもっちりしているし、香ばしさも少しだけ残ってる!

ちなみにわたしはパン派ではない。強いて言うなら両方だ。...贅沢を言うならジャムがほしいな~...なんて。


そんな事を考えながら最後のパンを飲み込んだ。


「ふぃ~...ようやく落ち着けた、って感じがするよ」

「......そうだな」


森の中を駆け回ったり、かくれんぼなんてずっとしてみたかったことではあったけど....

生きるか死ぬかの鬼ごっこなんて全然楽しくない。二度と御免というやつだ。


「...どうするんだ、これから」

「これから...」


ここは何処なのか。何故ここにいるのか。どうしてこうなったのか。

疑問はたくさんあるけど...やっぱり、一番はー---


「お姉ちゃんを探さなくちゃ!!」


お姉ちゃんのことだから危険な目になんてあったりするわけないし、返り討ちにしちゃってると思うから心配いらないけど...

逆に、きっとお姉ちゃんはわたしのことを心配しているだろう。


...事実、もし槍士さんが助けてくれなければ今頃どんな目に遭っていたかわからない。


「それにお姉ちゃんだって、わたしの事を探してるはずだもん!」

「...どう探す気だ。...手がかりも、何もないんだろう」

「ぅーー...それは...」


痛いところを突かれた。


『探す』そうは言ったけど、何をどうすればいいのか全く思いつかない。

龍園庭ならいざ知らず、地理も勝手もわからない場所で、適当に歩きまわっても見つかる気がしないし...


良い考えが思いつかず唸っていると、槍士さんが不意に地面に置かれていた光る瓶を手に取った。


「...一旦この森から出るぞ。ここにいても埒があかないのは確かだ。...それに、カンテラが切れてしまえばお終いだからな」

「あ、それってカンテラっていうんだね」

「...そうらしいな。...行くぞ」


槍士さんの言う通りだ。ここにずっといたって、しょうがない!


「うん!わかった!」


立ち上がり、歩き出した槍士さんの背を追うように密着してわたしも進み始める。


「...」


というか、密着しないと間違いなくはぐれる。

この暗闇では槍士さんの持っているカンテラの光だけが頼りで、少しでも離れてしまえばこの森の闇に取り残されてしまうことは明白だ。

...真っ暗のまま、たった一人で。


...どうにか、ならないかな


「ぅぅ...魔法でも使えればいいんだけど」

「...魔法?」


槍士さんが顔をわたしに向けてそう尋ねてきた。


「うん。光球がわたしにも造れたらなぁ...って」


お姉ちゃんなら朝飯前...いや、朝起き前だろうけどわたしには残念ながら無理だ。

わたしじゃあどう頑張っても小さな火球しか.......


「あ、そうだ!いいこと思いついたよ!」

「..."魔法"とやらでか」

「そう!別に光球じゃなくても火球でいいかなって!きっとそれでも明かりになるよ!」

「...火球ではなく、小さな火を熾す事はできないのか?」

「うーん...制御が難しいんだよね...でも、火球の方が明るいよ!」

「...よくわからないが、周囲の木に燃え移る危険を考慮した方がいい」

「燃え移る危険を......考慮...?............あっ」


...盲点だった。


「そっか!木を燃やして松明代わりにすればいいんだね!それなら火球なんかよりすっごく明るくなるはず!」


手に魔力を籠め、手の平に火球を創り出していく。


「......焼け死ぬ可能性があるということだ。それが良いというのなら...止めはしないが」

「や、焼け死ぬぅ!?」

「...これだけ木が入り組んでいれば火の手から逃げることはできないだろうからな」


数秒遅れて、その意味を理解する。


「ッ......!?」


咄嗟にかつ冷静に魔力を収束させ火球を消す。


「.................!!!!!!」


...もし今冷静になれていなければ、焦って火球を爆発させていたのかもしれない。

...いや、どちらにせよ無理だ。わたしに火球を爆発させないまま維持する技量はない。

そうなれば火の手は森中に広がってわたし達は....


......命の...危機だった。


「...ご、ごめん...槍士さん...」

「気にするな。...大した違いは無い。次からは気をつけてくれ」


魔法は...やっぱり駄目だ。

火球は造れても爆発させないまま維持するのが難しいし、小さな火なんてわたしには造れない。

光球なんてもっと無理だ。魔力も、技術も全然足りない。


...ちゃんと、練習しておくんだった。

きっとお姉ちゃんなら、こんな事にはならなかったんだろうな...


改めて自分の能力の低さと、慢心さを痛感する。

やっぱりわたしは...あのお姉ちゃんの妹だって、胸を張って言えるほど頭は良くないし才能もない。


...今だって、そのせいで槍士さんに迷惑をかけている。


お姉ちゃんなら、どうしていただろうか。

お姉ちゃんならきっとこんなことにはならなかった。

お姉ちゃんならもっとうまく出来た。


...お姉ちゃん...私は、どうしたら...?


寂しさと不甲斐なさに胸が一杯になってしまい、いるはずもないお姉ちゃんの名を呼ぶ。


「...お姉ちゃん.....」

「...」


無言のまま、槍士さんはわたしにカンテラを差し出した。


「えっ...」

「...お前が持っていろ。俺の心配はしなくていい。...それを持って後を付いてきてくれ」

「でもそれじゃ槍士さんが...」

「...暗闇が不安なのだろう。なら俺には不要だ」


...断るべきなのかもしれない。でも...暗いのは...やっぱり...怖い。


「...ありがとう、槍士さん...!」


結局、わたしは差し出されたそのカンテラを受け取ることにした。


「気にするな。...お前の姉が見つかるよう、俺も力を尽くそう。...そろそろ行くぞ、はぐれるなよ」


そうして再び私達は歩を進め始める。


暗き森の、深部へと。




ー-------------------------------------




「...不味いな」

「ど、どうしたの?」

「...もうすぐカンテラの火が消えてしまう」

「えっ!?そ、そんなぁっ...どうしたら...!」


今カンテラの火が消えてしまったら THE END まっしぐらだ。

とにかく何か方法を考えなくては...


魔法...は駄目だ。うん、ここ出たら絶対練習しよう。

他には...そうだ!いつぞや本で見た木の棒を擦って火を熾すのは...やり方がよくわからない!

考えろ...えーっと...他に何があるかな...?


「カスミ」

「ひゃいっ!?」

「...驚かせて済まない。...あそこの光が見えるか?」


驚いて槍士さんの方を見ると、何処かを指差していた。

確かにその方角には薄っすらと仄かに木が明るくなっている場所が見える。


「本当だ...!...でも...なんだろう?...森の中で光るものって...?」


心当たりがあるものといえば、光っている竹を横に切ったら中に小人がいたって言う伝説だけど...

でもあれは竹だ。竹を実際に見たことはないけど...でもここは森。きっと竹はない。


「...どうする、お前が決めてくれ」

「わ、わたし!?...え、えっ...と...」


このままだと、炎が消える。

それを止める手段も、代わりになりそうな物もない。


...もう、いくしかない、よね。


意を決し、足を踏み出す。


「...待て、カスミ」

「え?」


なんだろう、せっかく覚悟を決めたのに...


そう思って振り返ると


「......」


何故か槍士さんは後ろを向いていた。


「...?どうしたの槍士さん」

「...気づいている。言っておくが俺達に敵意は無い」


それどころか虚空に向かって話しかけている


「?え、や、槍士さん?本当にどうしたの?」


私がそうして暫く困惑していると...


「....?」


いつの間にか暗闇から人影が現れていた。


「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」

「.......」

「い、いつからそこに...!?と、というか誰!?」


ま、まさか...


「まだ追いかけてきてたのあの人達...!?」

「...落ち着け、先程の追手とは違うようだ。...現状は」

「...................................」


暗闇から出てきた人影...フードを深く被っていて顔は良く見えないけど、

伸びている長い金髪から多分女性だと思われる人は一言も発さずただじっとわたし達を見ている。


「え、えっと...あなたは~...」


よく見ればわたし達と違い明かりになりそうなものは何も持っていない。


...この暗闇の中で?しかも一言も話さないし...それに、なんだか雰囲気も....


「...まさか!?幽霊!?」


幽霊。強大な想いを抱えたまま死を迎えると、死後そんな存在になるらしい。


「す...す...すごいっ!!わたし幽霊なんて初めて見た!!」

「...ゆう....れい...?...どこ...ですか...?」

「あなただよ!あなた!ねえねえ!名前はなんていうの!?わたしはカスミ!この人は槍士さんっていうんだよ!あなたは!?」

「え...あの...私は......レルシェ...と言います.....」

「レルシェさん!よろしくね!」


なんとなんと!興奮冷めやらぬ!

わたしは興奮のあまりレルシェさんの手をがっしりと握った....


「....あれ?触れる........」

「あの....私は....幽霊ではない....です...。...ごめん...なさい....」


一瞬脳がフリーズし、再稼働する。


「わわわわっ!?ごごご、ごめんね!?わ、わたしてっきり....!」

「...取り合えず、君は俺達に敵意はないんだな」

「はい...後をつけたのは....えっと...私の家に近くにいたので気になって...」

「い、いえ?こんな所にレルシェさんの家があるの?」

「はい....」

「...あの灯りがあった場所かもしれないな」

「あっ...ああ!あそこなの!?」

「....何処の事を言っているのかはわかりませんが....恐らく....家の中は...それなりに明るくしていますから.....」


レルシェさんはとある方向を指差す。

それは紛れもなくさっきまでわたし達が向かおうとしていた方向だった。

灯りはさっきより少し薄くなっているけど、まだある。


「あ、住んでるってことはさ。この森にも詳しかったりするの?」

「えっと...多少...は...」

「...迷ってしまってな。...申し訳ないが、外までの道案内を頼めないだろうか」

「.......道案内...ですか...外.......まで....森の....」


深くフードを被っているからどんな表情かはあまり分からないけれど、

レルシェさんはそのまま俯いてしまった。


「.......ごめん...なさい...それは...できない...です......」

「えー!?な、なんー---


『何故』そう理由を聞き出そうとすると、槍士さんにそれを手で制される。


「...そうか、無理を言ってすまなかった。...方角だけでも教えてもらえないか」

「..........」

「む.....」


...聞いちゃ駄目な事だったかな....


レルシェさんは未だに俯いたままでいる......と思うと、突如地面に光の線が浮かび上がった。


「わっ!?」


突然のことに驚いて体を震わせる。

槍士さんも驚いていたのか光が見えた瞬間に飛び退いていた。


レルシェさんは俯いたまま言う。


「この光の導きを......辿っていけば.......」


その光の線はカンテラなんていらないほどに輝き、森の暗闇をほとんどかき消してしまった。


「す...すごい...!...でもなんだろうこれ...?魔法...じゃないよね」


光の魔法については良く知らないけど、お姉ちゃんの光からは感じられた魔力をこれからは全く感じない。

魔法なら、光とか闇とか風とか種類に関わらず魔力を感知できるはずなのに...?


「えっと......これは....地脈を...その....」

「地脈ぅ!?......ってなんだっけ...?」


確か何かの本で見たような記憶が....えーと...うーんと...


「あの....長くは...続かないので...早く......」

「...ありがとう、感謝する。...行くぞカスミ」

「ええっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!この魔法じゃない何かをもう少し観察したい...ぃ...」

「.......」

「あうっ...わ、わかったよ。それじゃあねレルシェさん、助けてくれてありがと!今度会った時はその地脈?の秘密教えてねぇ~!」

「.....ええ......さようなら....」


手を振って別れ、少し遠ざかってからふとレルシェさんの方を見ると既にその場所と、その姿は闇に消えていた。


...折角会えたのにもうお別れなんて少し寂しいな...


わたし達はレルシェさんの示してくれた光の線に沿って進んでいく。


「それにしても本当に明るいね。さっきまでの暗さが嘘みたい!」


さっきまでは『一寸先は闇』だったが今は『10寸ぐらい先は闇』になっている。


「やっぱり光の魔法を使えたらカッコいいよねぇ...ここを出たら、炎だけじゃなくて光魔法の練習もー---





「待ってください!!」

「ひゃっ!?」


その時、誰かの声が響いた。


「...彼女か...?」


....今のはレルシェさんの声だ。レルシェさんらしからぬ大声だったから一瞬分からなかった


驚いて振り返ると、さっきまでの何処か幽霊めいた表情と雰囲気は一切消え失せ、

ただ刺すような鋭い瞳でまっすぐわたし達を見据えている。


「れ、レルシェさん...?」


わたしが呆気に取られてわたわたしていると、レルシェさんは槍士さんになにやら手乗りサイズの小箱を手渡した。


「光の導き通りに進んで外に出れば......近くに小さな村があるはずです。...そこに住む...ロインという男性に......この箱を渡してくれませんか.....」

「......これを、ロインと言う男性に届けるのか」

「男の人かぁ...ふぅん...」


これはもしかすると何やらありそうな気がするけど...詮索をするのは誠によろしくない!


「まっかせておいてよ!助けてもらったんだし、これぐらいしなくちゃね!」

「...ありがとう....ございます...。...あと...ひとつだけ....お願いがあります...」

「なになに?基本的になんでもお安い御用だよ!」

「報告は....しなくて結構です....」

「ええっ?」

「渡してくだされば....それだけでいいんです.....レルシェから...と........そう伝えてください......そして」


レルシェさんは続けて言う。


「もし村の皆さんに私の居場所を聞かれても......決して....教えないでください......!」


...その言葉だけは語気が強くなっていたような気がした。


...そんなに、教えたくないのかな...?


「...そうか。......引き受けるんだな?カスミ」

「う、うん...。それは当然だけど...」


...何か、引っかかるなぁ。


「聞かなくてもいいの?プレゼントを貰って喜んでたかーーとか、どんな反応をしたのかー-、とか。そういうのが楽しいのに...」

「...いいえ......彼がどんな反応をするかぐらい.......想像に難くないですから......」


...これ、つまり相当仲が良いってことなのでは?

半分のろけだったりするのでは...?


...ふふっ。


「よーし任せておいて!しっかり、ちゃーんとロインさんに届けてくるから!」

「......よろしく....おねがいしますね.....」

「うんうん!さあ行こう!槍士さん!」

「......ああ。行こうか」


ー-----------------------ー----


レルシェさんの示してくれた光の線を目印に進むと、ビックリするほど早く木々が開けていった。

相変わらず頭上は葉で一杯だけど。


「...木の密度も減ってきている。外も近いようだ」


その言葉に頷きながら進んでいると...複雑に絡み合うような木々の合間から、僅かに緑が一面に溢れる光景が見えた。


「!あれは...」


その光景に惹かれるようにわたしは駆け出す。

走って、走って、視界が一斉に開けた時...


「...........!!」


目の前に見えるのは、満点の星空。

わたしの思い描いていたものよりもずっとずっと、あの街で見たものより遥かに、その星空は巨大だった。


理解より先に困惑がやってきて、でもそんな困惑も一瞬でかき消してしまうぐらい....綺麗だった。


いや、綺麗とか、美しいとか、そんなわたしが知っている言葉なんかじゃ到底足りない。

言葉にする事自体を許せないほど...この星空は大きくて、凄かった。


「...言葉を失うって...こういう事なんだ...!」


知っていても、知らなかった言葉の意味。

きっとこの言葉を最初に作った人も同じようなものを見たに違いない。


「.........カスミ」

「んぇ?」


突然の意識外からの声に、現実へと引き戻される。


「...やっと森を抜けたな」

「?」


星空が焼き付いたぼんやりとした頭のまま辺りをよく見渡すと、

木も葉も、視界を遮るものは何一つ無かった。広々とした景色に、風に揺れる緑が視界一杯に広がっている。草原...かな、いつの間にか森を抜けていたらしい。

出てきたであろう道を振り返ると既に光の線は消えていて、森の中は闇に閉ざされていた。


...効果が切れたのかな。


「ぜ、全然気づかなかった...」

「......余程、空というのは綺麗なんだな」

「う、うんっ!あの時窓から見た空よりずっと...」


...?...あの時も、夜...だったよね?


「まだ夜ってことは...実はあんまり時間たってない?」

「...いや、二日は経っている」

「ふ、二日ぁ!?」


ふ、二日って...二日だよね...え、そんな長い間あの森にいたの...?

あ、ダメ。なんか急にお腹空いてきたかも...


「...それよりレルシェとやらに頼まれていた事があるだろう」


そう言うと槍士さんは小箱を取り出してみせた。


「あ、そうだったね。えっと...ロインさんにそれを渡さなくちゃいけないんだっけ」


...ロインさんって....何処?


森を出たらすぐ近くに小さな村があるとか言ってたような気がするけど...


「あ!槍士さん!もしかしてあれかな?」


遠くに見えるいくつかの家っぽいのがバラバラに集まっている場所を指差す。


基準はわからないけど、最初に行った街と比べれば確かにレルシェさんの言った通り小さな村だった。

龍園庭ですらあった門と、柵もない。


家も両手で両手で数えられるぐらいしかないし、龍園庭の方がまだ大きい。


「...見えるのか。...遠いが、周囲に他の村がなければそこだろうな」

「うーん...周り見ても何もないし...やっぱりあそこだよ!行こっ、槍士さん!」

「...わかった」


ー-----------------ー-----------


「あれ?誰もいない...」


村へと向かう道中、"川"を発見して遊んだり、林檎っぽい木の実が生っている木を見つけて食べ歩きをしたり、"夜明け"を槍士さんと見惚れていると、

思っていたよりもとても早く村にたどり着く事ができた。


...のはいいんだけど


「皆何処に行っちゃったんだろう。...もしかして、ここじゃなかった!?」

「...まだ早朝前だからな」

「"早朝"...?」


...そういえば、地上で生きる者は毎日夜に寝るんだっけ。


あ、でもヴァンパイアとか悪魔とか、デモーンとかは夜行性だって聞いたし...

つまり、ここにいる人たちは昼行性の人達が住んでるってことか。


...勿体無いなぁ...こんなに朝の空と風は涼しくて気持ちいいのに。


そんなことをぼんやりと考えていると


「ああっ!」


少し大きめの家から誰かが出てくるのが目に入った。

わたしはすぐさま駆け寄り声をかける。


「こっ、こんにちは!...で合ってるよね...」

「うひゃあっ!な、なんだい!?全く...脅かさないどいてくれよ...!...というかアンタ達誰だい!?」


その...人間のおばさん?と思われる人はよっぽど驚いたのか軽く飛び跳ね、奇異の目をわたし達に向けた。


「え、えっと...カスミだよ。驚かせてごめん。お届け物があってある人を探してここに来たの!」

「お、お届け物...?人探しぃ...?というかお嬢ちゃん、もしかして...竜人かい?あたしゃ初めてみたよ」

「!えっへへぇ~~そうでしょ!?龍人ってすっごくレアなんだもん!....初めて見たっていう事はお姉ちゃんは見てないんだね」

「お姉ちゃん...?ああ、人探しってのはそれかい。悪いが見てないねぇ」

「ううん違うよ!勿論お姉ちゃんも探してるけど...今はロインさんって人を探しに来たの!」

「...ロイン?今ロインと言ったかい?」

「うん!ロインさんって人にこれを渡したいんだ!」


レルシェさんから貰った小箱を差し出す。


...中身がすっっごく気になるなぁ...


「...ロインはあたしの息子だよ」

「ええっ!?す、すごい...偶然...」


この村は小さいしあまり沢山の人は住んでいなさそうだけど...まさか一人目から出会えるなんて!


「...で?それをロインに届けに来たってのかい」

「レルシェさんって人にね、ロインさんに届けてほしいって頼まれたんだ」

「!......へえ......レルシェちゃんが.....かい...」

「知ってるの?」

「まぁね......」

「私たちがすごい困ってたら色々助けてくれたんだ!そのお礼と思って代わりに届けに来たの!」

「...優しい娘だったろう?」

「最初見た時は幽霊かって思うぐらい怖かったけど...すっごく良い人だったよ!もしいなかったら今頃どうなってたか....」

「......ま、とにかくそれは預かっておくよ」

「はい、どうぞ!ちゃんとロインさんに渡してね!...きっと、レルシェさんの想いが詰まったプレゼントだから!」

「......届けてくれてありがとね。お嬢ちゃん達は、これからどうするんだい?お嬢ちゃんのお姉さんを探しているって言っていたけど」

「え、ええっと...」


後の事は森を出てからにしようと思っていたけど...どうしよう、何も考えていない。


「や、槍士さぁ~ん...何かいい案ない?」

「...一つ尋ねたい事がある。ここから一番近い街は何処か、どの方角にあるか知っているか?」


槍士さんはわたしではなく、ロインさんのお母さんに尋ねた。


「ここから一番近い街...ね......なら"ゴルメディア"があるわ」

「ゴルメディア?...って、槍士さん知ってる?」

「...わからない。...他にはないか?」

「ここから近い街といえばそこぐらいだ。ここから北に少し進めば辿り着く。...なんというか、独特な外壁に覆われているから、きっとすぐわかるはずだよ。他にも人の住んでいる場所は幾つかあるが..."街"って程の大きさじゃないね」

「そ、そんなに大きい街なんだ...。槍士さん、あの最初にわたしが行った街って大きかったの?」

「...あまり大きくはない...と思う」

「あたしも若い頃に一度しか行った事がないからよく知らないけど...ゴルメディアは大きな街だからね。きっとお姉さんの情報も見つかるんじゃないか。そうでなくとも、手がかりぐらいはあると思うよ」

「ふむ...なるほどぉ......」


もっとここにいても良かったかもしれないし、色んな人と会ってお話ししたいけど...


でも、一刻も早くわたしはお姉ちゃんを探さなくちゃ!


「そうと決まれば!早速行こう槍士さん!」

「...わかった」

「教えてくれてありがと!レルシェさんと、ロインさんにもよろしくね!」


そう言って立ち去ろうとして、歩き出したその時。


「最後に一つ、聞いていいかい?」


呼び止められた。


「?なになに?」

「レルシェは...今、何処にいるんだい。知ってるんだろう?」

「!」


『もし村の皆さんに私の居場所を聞かれても......決して....教えないでください......』


「...えっと...」


どうして教えてはいけないのか、全くわからないし。

レルシェさんとこの人の仲が悪いようには到底見えない。


...出来る事なら教えてあげたい。だけど、レルシェさんの『教えたくない』という気持ちは、それ以上に、ずっとずっと強いように思えた。


だから


「それは...できないの...」

「...そう。...わかったわ、引き留めてごめんよ。お姉さん、見つかるといいわね。アンタ達、元気でやりなさいよ」

「...うん、絶対見つけてみせるよ。それじゃあね、ばいばーい!」


そう別れ、今度こそわたし達はこの村を立ち去った。


空はますます明るさを増し、降り注ぐ気持ちのいい日差しも温かくなっている。


「......それにしても、レルシェさんは何で自分で渡しに行かなかったんだろ?村の人達と仲が悪いってわけじゃなさそうだったし...せめて、今住んでるぐらいは教えてあげてもいいと思うんだけどな~。こんなに近いんだし」

「......何か、事情があるんだろうさ」

「それが気になるんだもーん...」


ふと振り返ると、もうあの村は遠く目を凝らさなければ見えないほどになっていた。



...謎は残ったままだし事情はよくわからかったけど...ロインさんがレルシェさんのプレゼントを喜んでくれたらいいなぁ。



そんな事を考えながら...わたし達はお姉ちゃんを探すため、新しい世界への期待と、少しの不安に胸を膨らませながら次の目的地"ゴルメディア"へと足を進ませ続けるのだった。

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