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カスミの永年外出録  作者: 織宮 依
1/2

これより旅を


とある街の地下牢。

鉄の格子が犯罪者を阻み、静かに、影ながら日々の安寧を、平和を守っている。

そんな空間に無作為に響き渡る声は無論、捕縛された者からのものだ。


「ど、どうしてこんなことに...?」


まあ、それがわたしなのだけど








ー-------------------------







ここは、とっても広大な世界の何処かにある洞窟の奥深く"龍園庭"と呼ばれる場所。

なんとも曖昧だけどわたしもそれ以上知らないし、知っている人ももういないみたいなのでこれ以上知りようもない。


ここにはわたし含め龍人族が身を寄せ合って暮らしていて、特に何も起きない平穏な日々を過ごしている。

地上との交流はすごく昔に絶たれているらしく、こっちから関わる気もないどころかわたし達が関わること、地上に出ることすらも徹底的に禁止している。


...どうして駄目なのか、それも誰も知らないらしいけど。


地上について書かれている本は、わたしとお姉ちゃんが隠し持っているたった一冊【英雄の道】だけ。


人生を、命を、自身の存在全てを懸けて巨悪から世界を守った運命に縛られた一人の英雄が、

神様からご褒美に二度目の命を与えられて平和になった世界を自由気ままに

運命なんて導火線とは無縁の、誰にも何にも縛られない旅をする...というもの。


この本を見てからというものの、毎日が退屈でしょうがなかった。


面白くて、楽しくて、頭のいい友達もたくさんいて、優しい親もいて、理解のあるお姉ちゃんもいるし毎日おいしいご飯を食べることもできる。


...でもそれ以外何もないのだ。


そして、わたしは知っている。




全ての"それ以外"は"地上"にあるのだと。




「ふわぁ...」


それにしてもなんとやることのない日なのだろう。

お姉ちゃんは仕事でいないし、お母さんとお父さんは...


『どうしてわからないのさ!このわからずや!!』


ー-なんて事を言って飛び出した手前、家にいるのも気まずいし...


「あら、カスミ。どうしたの?姉さんに何か用かしら?」


結局、別に会いに行けない距離ではなかったのでお姉ちゃんの所へと来てしまった。

お客さん用だと言っていた長い椅子に座りこむ。


「ううん...えっと、お姉ちゃんに会いたくて」

「あらあら!可愛いこと言ってくれるのね」


そう言って、お姉ちゃんは大量の紙が置いてある机から目を放し、顔に手を当てわたしを見据える。


「ふふ。大方、母さん達と言い争いをして飛び出してしまったんでしょう?『地上に行きたい』と言って」

「ふぇ!?そ、それは...」

「...二人の考えもわかってあげなさいな。心配なのよカスミの事が」


それを、全くわからない訳じゃない。何度も言われたし、それについて何度も考えた。


...それでも


「わたしはずっとここにいるなんて嫌なの!ここは嫌いじゃないけど...でもさ!ずっとこんな狭い洞窟に籠ったままなんて...絶対嫌!!」

「......どうして?」

「だってあるんだよ?地上が!確かに存在してるんだよ!?なのに...わたしは何も知らない!何があるのか!どんな種族がいるのか!どんな光景が広がっているのか!...知る方法がすぐそこにあるのに、確かめることができるのに!!」


そう、地上の世界は御伽噺でも、幻でも、神話でも、妄想の産物でもなんでもない。

確かに存在しているのだ。そしてその真実は手を少し伸ばせば届く場所にある。


「...なのに、知っちゃいけないなんて、興味を持っちゃいけないなんてそんなのできないよ!!」

「ふぅん...本は駄目?それじゃあ好奇心は満たせないかしら?」


...そんなので満たされる訳がない。


「覚えてるかな。昔、お姉ちゃんが見せてくれた本があったでしょ?【英雄の道】ってタイトルの」

「...!!!...えっ...ええ!そ、そうね...覚えてるわ...」

「?」


...お姉ちゃん、焦ってる?...なんで?


会話を思い返しても心当たりはない。うーん...?


「どうしたのお姉ちゃん?」

「い、いえ。何でもないわ...それで?」

「あの本を見てさ、本当に...すっごく、すうっっっごく憧れた。外の世界にはこんなに素敵な事がたくさんあるんだって。満たされるどころか、もっと行きたくなったよ」

「責任の一端は、私にある...か」


そう言い終えると、お姉ちゃんは少し考える素振りをみせて...


「...未知には、誰だって心を揺さぶられるわ。恐怖にしろ憧れにしろね。母さんたちは恐怖を感じていて、カスミは憧れを抱いている」


何を言いたいのかはよくわからないけど、でもその通りだ。


「そうだよ。だから...お母さんたちになんて言われても、絶対にわたしは外の世界に行ってみせるっ!!」

「...私も、その気持ちは分からないでもないわ」


きっと、わからないどころじゃない。

わたしよりも、お姉ちゃんの方が何倍も外に対する憧れは強い。


...だって外の世界をわたしに教えたのは、他ならないお姉ちゃんなのだから。


だから、こんなことを言われてもー--


「もしカスミがその想いを忘れなければ、いつか一緒に行きましょう」


!?!?!?!?!?!??!?!?


「ほほほほほほほほホントに!?いつ!?いつ行くの!?明日!?来年!?明後日!?」

「くすっ...落ち着きなさい。そうね、カスミがもう少し成長したら...かしらね。外の世界は未知。危険かもしれないでしょう?」

「ええぇぇぇ...お姉ちゃんがいるなら大丈夫だって!だってお姉ちゃんはすっごく強いんでしょ?はやく行こうよ~~!!」


そう!自慢だけどわたしのお姉ちゃんは,龍人族歴代最強!な-んて言われるほど魔法と武道に得意で、

更には博学多才、容姿端麗で八方無敵の一切隙のない正に完璧を体現した人なのだ!


...だからこそ、お姉ちゃんがいればなんにも危険なことなんて無いと思うんだけどなぁ...


「駄目なものは駄目。...安心して、必ず約束は守るわ。私も外の世界を見たいもの」


そう言って、『でもね』と一言付け足して続ける。


「カスミと一緒に見たいのよ。妹であり、唯一の理解者である貴女とね。世界中を見て回りたい。本なんかじゃなく、自分の目で!」

「お姉ちゃん...!」

「だからこそ、カスミに危険に晒したくないの。外は当然私にとっても未知、何かあれば...カスミに危険が及ぶかもしれない」

「...自分の力で、自分を守れるようになってから...ってこと?」

「ええ。...分かってくれる?」


...とても行きたい。今すぐにでも駆け出して、地上の世界を見に行きたい。

その欲求は留まることを知らず今この瞬間も膨らみ続けている。


でも、ここまで言われたらわたしだって我慢しよう!


「ー-うん!...わたしが強くなるまで待ってて!!」

「!...ふふっ、ええ待ってるわ。...さてと、そろそろ仕事に戻らなくてはね」


そう言って机の上に置いてある大量の紙に目を戻し、神速が如き速度で筆を動かし始めた。


「ああ、帰りづらいなら一緒に帰ってあげる。すぐに仕事を終わらせるから待ってて」

「は~い!!ぅぅぅ~~!ようやく夢が叶うぅぅ~!!」


興奮も微塵と冷めやらぬ中、まだ見ぬ世界に妄想を馳せ時をお姉ちゃんの仕事が終わるまでの時を過ごしたのだった。









「...?...何か..違和感が





—————————————————————————————————————————————————————







「ふぇ...んぅ...?」


ん...?なにか、へん...頬がくすぐったい...

お姉ちゃんがわたしの顔で遊んでるのかな......?というかなんだかいつもよりまぶしいしあったかいような...


「ぅぅ...あふ...おはよお姉ちゃん...」


そう私は身を起こして眠い目を擦り、がんばって目を開けた...

と同時に目をくらませる程の光が目に飛び込んでくる。




それは、ありえないことなのに




「んなっ!...な、なに...?..............ほえっ?」





目の前に広がるのは満面に眩しく光る青、

一面に見える緑がまるで輝くように優雅に揺れ

心地良い風が髪を靡かせた。

それに遠くにもなんだか高い何かが見える。





「??????????えっ?え?....えぇ!?」


なにがなんだかわからず困惑していたが

自分でいうのもなんだが結構頭が回る私は、1つの結論に至り 解決策を実行した。


「いひゃい!ふひゅうにいひゃいひゃけど!?」


痛い!普通に痛いんだけど!?


...ということは???うん。えーと??つまり???


「ここ.......外?...やっひゃりいひゃい!」



改めて頬をつねってみたが結果は同じ。

...え?どういうこと???

と訳が分からなくなっていた私だったが、


『何事も切り替えが大事、いつまでも考え込んでいては駄目よ』


と、そうお姉ちゃんがよく言っていた事を思い出し、

ならば見習おうではないか、ここが世の真っ只中なのだからと

思考を放棄し楽しむこととした。


「いやったぁぁぁぁぁ!!!!!外だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!青く澄んだ空!!白い雲!!靡く草原!!

すーーはぁーー...うん!空気も美味しいし!!なによりも暖かいのに涼しい!!んーー!!

風も気持ちいいーー!!やっぱり外って楽園だったんだ!!!」


本で見たとおり...

いや、違う。どんな絵より、どんな文章よりずっとずっと、もっと綺麗だった!!!


「んぬぅ...よし痛い!夢じゃない...夢じゃないんだ!!」


みたび頬をつねってみたがちゃんと痛い!


「すごいすごい!なんだかよくわかんないけどすごい!」


ここがどこかもわかんないし今どういう状況かもわかんないし

なんで私がここにいるのかもわかんないけど

なんかもう気になんないぐらいすごい!!!!


私はそれはそれは有頂天に舞い上がり、くるくると舞を舞った。

きっと友だちに見られたら軽くドン引きのレベルを越えるぐらいには。そんなことをしているので...




「きゃあ!?な、なに!?なにこれ!ツタ!?」


最高潮に舞い上がっていた私は、背後から迫っていた気配に気付けなかった。


そのツタはいつの間にか私の手足に巻きつき、完全にこちらを固定している。

ツタの根本まで辿ってみれば大きな花がこちらの方向を向いて美しく咲いていた。...まるで口を開けているかのように。


「って引っ張られてる!?いやぁ!」


そのまま空中へ持ち上げられた。

ツタは私を引き寄せ、花がゆっくりと視界を埋める。

『外は危険』という言葉の意味が分かった気がした。



「あ、あわ、あわわわわわわわ!!た、食べられる......!?い、嫌!誰か!お母さん!お父さん!

お姉ちゃん助けてぇぇぇぇ!!!!!」






そんな願いも空しく散り、花は私を包むように閉じた————————————————————————






そして何故か私はいきなり吹き飛ばされ地面に投げ出された。

しかも顔から。



「うわあっ!...ぐえっ!!...ぁっ....うぅ...いったあぁ....いったい何が...?」


少しふらつきながら起き上がりさっき花の方を見ると、

根元から切り離されていて花弁も細切れに切り刻まれていた。


「た、助かった......?や、やった一!!よかったぁ~~......一時はどうなるかと......」


でも一体なんで?まあ助かったからいいか!!!

そう生還の喜びに浸っていると背後から足音がした。


「......」

「ん?あ!もしかして助けてくれた人!?」


振り返るとそこには人がいた。

翼も何も生えていない、ということはたぶん人間なはず!

第一外の住民発見!

所謂黒い"コート"を着た男の人だ。

よくみれば左手には槍を持っている。

ということは槍士ってこと!?くぅーー!カッコいい!


「ありがとー!命の恩人だよーー-!

わたしの名前はカスミっていうの、それで...って、あ、そうだ」


何故か地上に来た興奮ですっかり忘れていたけど...いったいお姉ちゃんは何処に?


「わたしのお姉ちゃんが何処にいるのか知らない?きっとこの辺りにいると思うの!同じ龍人なんだよ。"龍園庭"って場所から一緒に来たんだけど...」


自分でいうのもなんだが頭の回転が早い私はこの状況をこう判断した。


まず私は、気持ちがはやったお姉ちゃんと一緒に旅立ったが、

なんらかの事情があってその記憶が消えた。お姉ちゃんの隠された地上への執着ぶりを考えればありえない話じゃない。

そして眠っている間に何かがあってあそこに放り出された。


と考えたのだ。...起こしてくれてもいいのになぁ。もう。


そしてその人は踵を返しどこかへ歩いていった......


「ちょ、ちょっと待って!どこいくの!?」


焦った私は追いかけて横から訪ねるも反応はない。しかも全く見向きすらしない。


「え、えっと聞こえてる?あのー?もしもーし?」


私は目の前に手を振ったり身振り手振りで頑張った。

しかしこれをもってしても全く歩みを止める気配はない。こ、こうなったら...


「あの!お願いだから話を聞いてほしいの!」


私は進行方向に体を大の字にして立ちふさがった。


...が、普通に横をスイっと避けて進んでいった。


「え、えぇ...?も、もしかしてわたし、無視されてる!?」


その言葉すらも無視し、なおも進み続ける。


「うっ...なら道もわかんないしずっと着いていくからね!!」


無視されていると思った私はちょっっっとムキになって言ったが

やはりなんの反応もない。さっきからずっとこっちには目もくれず何処かへと歩いている。

まさか初めて出会った人にこんな最初っから無視されるなんて...


「...はぁ、それとも地上の人って皆こんな感じなのかな?」


私は文字通り後を着いていきながらも果敢に話しかけつづけた。

...結果は?とりつく島もなかったよッ....!


そしてなんかもう諦めてきたので景色を眺める方向にチェンジした。

切り替えって大事だよね?お姉ちゃんもそう言ってたし。


「それにしてもやっぱり綺麗...!!!空は済んだ青色をしているなんて書いてあったけどやっぱり本当なんだ...うーんお姉ちゃんと一緒に見たかったなぁ...」


本当にいったいどこにいるのか...というかここはどこでわたしはどこにいるんだろう?

家からどれぐらい離れてるんだろう...二人とも心配してるだろうなぁ。友だちにお別れとかも言ってないかもしれないし...


そうこう悩み、景色を堪能し悩むことを繰り返して数時間後、

遠くに恐らく"レンガ"というものでできた建物が立ち並んでいるのが見えた。それに一際高いレンガじゃない白色のなにかで出来た建物も。それよりちょっと手前には小さな門もある。


「...あれって...もしかして街!?いやそれとも国かなぁ?」


どっちかなんて私には見分けも区別も付かないけど

今は街ということにしておこう。

どちらにせよこの人に着いていったのは正解だった!

まさか憧れだった街に来ることが出来るなんてね!



そうして私達は門をくぐり街中へと辿り着いた。

相変わらずこの人は何の反応もしてくれなかったけど...


まあでも街に来れたし!どうしよっかなぁ~~!

まずは観光してぇ...それでお団子も食べてぇ...

って!その前にお姉ちゃんを探さなくちゃ!

...でもなにをしたらいいのかな?


そう思案しているといつの間にか自分の周囲に人だかりができていることに気がついた。

ざわざわと話し声も聞こえてきた。

それにみんな私を見ているし...なんだろ?

私が立ち止まって様子を見ていると

その間に槍士は人だかりを通り抜け行ってしまった。

最後までなにも話せなかったなぁ...

というかそれよりも、


「うーん...わたしもしかしてなんかしちゃった?」


人だかりは更に増え、いつの間にか周りを完全に取り囲まれていた。しかも縄なんて持っている。

...ってあ、そっか!私が龍人だからみんな珍しがってるんだ。

そういえば地上には龍人は殆どいないんだっけ。

と、なれば交流を深めなければ。


「こんにちは!わたし龍人のカスミっていうの!あのね、ついさっきここに来たばっかりで、全然なんにも分かんないから教えてくれると

「うおらぁ!」

「!?」


目の前に立っていた人は唐突に私へと飛びかかってきた。






-------------------------


「なんにもしてないってばぁぁぁぁ!!!あーけーてーよおぉぉぉぉっ!!!!」


鉄の格子に手をかけ、ガシャンガシャンと揺らし、いるであろう誰かを呼んだ。

シンとした空間に叫び声が木霊する。


「誰かー-ー!?」


けど、残念ながら誰もいないのか反応はない。

...無視されてるだけかもしれないけど。


「と、とにかく!本にもこんな場面があったし色々試してみよう」


その後もわたしは本当に色んな事を試した。


「おんどりゃぁぁぁぁぁっ!!」


と、鉄格子にストレートをかましたり


「...途方もないなぁ」


壁を掘ってみたり


「...全く思いつかない...」


頭脳でどうしかしようとしてみたり


「お姉ちゃぁぁぁぁぁん!!!」


お姉ちゃんを呼んだりしてみたが...


「ふえぇぇぇ...疲れたぁ...」


結果は全く実らず。意味もなくいたずらに体力と時間を浪費しただけだった。


「はあぁぁ...どうしてこんなことにぃ」


理由は全く分からないけど、とにかく早く誤解を解いてここから出なくちゃ。わたしはお姉ちゃんを探さないといけないのだ。


...いや待てよ


「そもそも、何を誤解されてー---







「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」






「!?」


突如として響き渡る悲鳴。


「な...なに...!?」


さっきの...自分でいうのもなんだがさっきまでのわたしの呑気な声とは違う。

いわば...本で言う...断末魔ー---



「おおお、おち、おちつけ、落ち着けわたし...!」


そう、不測の事態に陥った時大事なのは状況確認だ。

まずは格子越しに周りを見渡して....


「...!?」


いた。

恐らくいや確実にさっきの断末魔に関係してるであろう犯人がいた。


「あ、あわわわわわわわわわわわ...!?」


所々が赤く滲んだコートを身に纏い、

足音を響かせながら槍を持ってこちらへと近づいてくる。


「こ、こっちこないで...!」


迫るその人物に思わず後ずさるが、足がもつれ尻餅をついてしまう。


そんなことなど気にも留める訳もなく、その間にも歩を進めー---


鍵を使い、鈍い音を立てながら格子を開けた。


目、目が怖い...


その威圧感と見た目、この絶望的な状況から、一つの結末が頭をよぎった。



ー---殺される



「ひっ...!い、いや!こないで...!」

「......」

「たっ、助けて...!助けてお姉ちゃん...っ!!お姉ちゃん助けてぇぇぇっっ!!!」

「........」

「お姉ちゃん助け.......たすけ.......?」

「........」

「...........?」




...何も、してこない?


謎の人は尻餅をついたわたしを見下ろしたまま、何もしない。

ただじっと、一体何を考えているのか全く読めない表情で、ただただわたしを見つめている。


「......」


いったい何を....


「.........あっ!!」


少し冷静になれたからか、唐突に記憶がよみがえる。

さっきからどうしてか見覚えがあるなーと思っていたら...!


「あの時!大きな花に襲われてた時に助けてくれた槍士さん!!?」

「......ああ」

「んも~~~っ!!驚かせないでよぉぉー-っ!」


その一言で緊張感が一気に崩れる。きっとまた助けに来てくれたのだんだろう!

まさか二度も助けてもらうとは、なんと感無量なことか!!いやぁ全くわたしも不甲斐ないなぁ...


...って待って、じゃあこの血は?


「...あ、あのー...その、血は...何?」


恐る恐る、わたしは血と思われる液体が付着した服を指差す。


「...ペンキだ」


謎の槍士はそう言って、コートを投げ捨てた。


「...なに、それ」


ペンキって...そんな...


「そういうことぉぉぉぉぉ!?心配して損したぁぁぁぁっ!!!!もう!じゃあさっきの悲鳴はなんなのさ!」

「....追い出したのさ」

「もーー-!ねえだとしてもオーラ纏い過ぎだよぉ!!すっごく怖かったんだから!!」


全ての疑問が答えを伴い帰ってくる。

そのあまりに単純かつ平和的な答えに拍子抜けしたものの...


「でもありがとう!!あのままだったら何もできなかったもん。わたしもやることがあるからいつまでもここにいる訳にはいかないの!」


そう、お姉ちゃんとはやいところ合流しなくては。離れ離れではわたしが何もできない。


「...っと」


...そういえば、まだ一つ疑問があった。


「そういえば、最初に会った時どうしてあんなに無視したのさ。少しぐらい反応してくれてもいいでしょー?」

「...考え事を...していた」

「考え事?」

「ああ。...とにかく、場所を移そう。いつまでもここにいる訳にはいかない」

「了解!どこに行くのか知らないけど着いてくよ!」


ー---------------


そうしてわたしは謎の槍士さんに連れられ、抜け道を通って

街から少し離れた場所にある少し大きめの家に案内された。


「わぁ...すっごい...!これが...外の家...!!!お洒落なものがたっくさん...!」


壁に賭けられたよくわからない緑色の地図、なんか凄そうな絵画、植木鉢に可憐に咲く青色の薔薇、

縦長の時計、テーブルに置かれた蝋燭がすっかり暗くなってしまった闇を照らしている。


...待って、外が暗い...?...それってまさか!?


「これが...夜!?さっきまで明るかったはずなのに!!凄い凄い!!本当に暗くなるんだ!!ってことは...!」


近くにあった窓を開け身を乗り出して"あるもの"を探す。


「!」


"あるもの"を見つけた時。その美しさに、思わず息をのんだ。


「はあぁぁぁ...!!ほんとうに...ほんとうに綺麗...!」


黒色の空に、金色に輝き浮かぶもの..."月"。


本で見て、ずっと、ずっと憧れていたその光景。そして想像を遥かに超える輝きを前に

わたしは一瞬にして目を奪われ、その幻想的な光に魅入られていた。


「...何をしているんだ、カスミ」


暫くそうしていると、その行動に疑問を持ったのか槍士さんが問いかけてきた。


「夜空を見てたの!...はぁ...綺麗だなぁ...!」

「...そうか」


...そうして、飽きることなく夜空の煌めきと暗闇を眺めているとふと、あることに気が付いた。


「あ、そういえば。貴方の名前はなんていうの?」


わたしの名前は最初、初めて出会った時に言ったが、この人の名前は聞いていない。

せっかく会えたのだ。名前ぐらいしっかり聞いて、覚えておかなくては。


「.............?」

「槍士さん?」

「....................」

「や、槍士さ~~~ん?おーい...」

「...それでいい」

「?」

「"槍士"そう呼んでくれ」

「やりし...え、それって名前なの?」

「ああ」

「ふーん...」


...変な名前。


一瞬そう思ったけど、口には出さなかった。


「それより」

「?」

「早く逃げた方がいい。奴らはお前を殺す気だ」

「...............え゛...っ!?」


唐突に語られた、あまりにも受け入れがたい衝撃の事実に思わず面食らう。


「な...な、な...なんで...?え...?もしかしてわたし...本当に何か悪い事しちゃったの...?」

「さあな」

「えっ...ぇぇぇ...?」

「まあ、そういうものさ」

「ひ、ひえぇぇぇぇぇぇ....」


せ、世紀末...?

ここは世紀末なの...!?

世紀末だったの...!?


「つまりここも安全ではないということだ、いずれ来る。早く立ち去った方がいい。足止め程度なら出来るだろう」

「そ、そう言われても...」


何処に行けばいいのか、どっちに行けば何があるのか、そもそもここは何処なのか?

本当に何一つわからない。まさに『右も左もわからない』だ。


「......」


どうすればいいのかなんてわからない。


逃げるって何処に...?


そうして思案していると、不意に槍士さんが口を開いた。


「...まずいな」

「えっ」


その言葉に空気が一瞬で凍り付き、鳥肌が湧き上がる。


「足音が近い、こちらに近づいているようだ」

「えっえっええっ!?そそそ、それって...!?」


さっき槍士さんが話していた『奴らはお前を殺す気』

それがもし本当なら...見つかったら......殺されるってこと...!?


「い...いや、死にたくない!やだやだやだ...っ!ね、ねえ!どうしよう!?どうすればいいの!?」

「そうだな...」


槍士さんは一瞬考え込む仕草を見せ言った。


「近くに森がある。入り組んでいるから身は隠せるはずだ」


そう言って...何故か割れている窓から見える、恐らく森と思わしき、木が所狭しと広く生えている場所を指差す。


「早く逃げろ、俺が時間を稼ぐ」


そう言い放ち、壁に立掛けていた槍を取り扉を開ける。

一瞬見えた外からは、斧や槍、弓を持った人達が壁のように集団でこっちに向かってきているのが見えた。


「ま、待って!!」


このままだと...なにかとても嫌な予感がする...!!

それが何かは分からないけど...でもその背中にとてつもなく不穏なものを感じたのだ。


「どうした?」


そう思った時には、その背中を呼び止めていた。


「一緒に来て!付いてきてほしいの!一緒に逃げようっ!!だ、だって...わたし一人じゃどうしようも...」


少しだけ、槍士さんは驚いたのか目を見開いた。


「......」

「......」


わたしにも聞こえるほどにまで迫る足音の中、沈黙が続く。


「......姉を探していると言っていたな」

「う、うん...」


先に口を開いたのは槍士さんだった。


「......わかった。協力しよう」

「!...い、いいの!?」

「.....ああ。ともなれば時間はない、こっちだ」


言うが早いか、槍士さんは割れた窓へと駆け出した。


...わたしを置いて。


「えっ!?ちょ、ちょっとまってぇぇぇ!!!」

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