表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

想像していたのとはだいぶ違うけど、あの時パトスがほとばしってよかった

  1


 俺、もう、攻略が目に浮かんでるぜ。

 なんのって、色々さ。

 エルフの里で、獣の日や死霊の森のことを聞いたんだけど、それ以外にも、呪いの森と宝玉の森の二つがあって、同じようにモンスターがあふれかえるそうな。

 昔むかーし風の口調で言ってみた。

 呪いの森は眺めたことがある。

 宝玉の森は、人間社会では遺跡と呼ばれている場所のことらしい。

 確かに地上部分に遺跡があるんだけど、その地下から、宝石や鉱物が多く産出した場所だとか。今は放置されているらしい。

 んで、モンスターの大量発生はこの後、呪いの森と宝玉の森で続くんだそうな。

 それはむかーし昔、同じようなことがあったそうな。

 四つの場所のモンスター大量発生はそれぞれ周期的に起こってるんだって。

 さらにさらに。四つの場所が同時期に発生するのは数百年ぶりなんだって。

 エルフは長生きで、それをよく知ってる人がいて、俺に教えてくれたってわけさ。

 エルフの多くは今、対策に勤しんでいる。

 とはいえ、宝玉の森からはモンスターが出てきたことが無いらしく、そちらはあまり気にしてなかったけど。

 俺はこの話を聞いた時、ピンときたよ。

 真実はいつも一つ!

 あの名言には、いつも反論したくなるんだけどね。一つじゃないんだな、これが。

 でも真似したくなるよね。

 なんにしても、名探偵さながらに、閃いたってわけさ。

 何をって?

 紐づけて言おうか?

 グル子は死霊の森で。

 ポチは獣の平野で…エルフは岩塩の森って呼んでた。全部森らしい。

 とにかく。

 それぞれ進化したよね。

 んで、リアとレムの進化が残ってるよねぇ。

 森も後二つ残ってるってことだよねぇ。

 それも同じようなことが起こるってんだから、もう、リアとレムのために用意されたステージだとしか思えませんよ!

 どちらから攻略しましょうかね。

 リアは…あの黒い煙みたいなのが本体として、あれって、呪いの一種とみれば、関係するのは呪いの森。

 レムは鉱物つながりで宝玉の森。

 二人とも強くなるのなら、大歓迎さ!

 一つ不満があるとすれば、二人ともお肌が硬いこと。

 いや、硬くないのかな?

 リアのあの黒いのが本体だとしたら、今度は触れられないほど…。

 まあいいや。とにかく。

 進化で、柔らかい肌を、肉体を手に入れて欲しいなぁ。

 例えば、呪いの森にはガルガンチュアがあって、悪魔合体で進化、とか。

 某ゲームみたいに。ガンデバイスとか持ってないけど。

 んで、肉体を得て…。

 ムフフ。

 レムの方は…そうだなぁ…。

 そうだ!

 賢者の石を発見して、肉体を錬成!

 両手を打ち合わせれば、錬金術の発動だ!

 俺には使えないけど。

 いいじゃないか!

 夢は膨らむもんだ!

 妄想では何でもありなんだ!

 ムフフな環境を作り上げるんだ!

 うん。近くのエルフたちが、痛い人を見るみたいに…。

 その目、止めて…。

 妄想はさておき、二人の進化する条件が、そこにある気がする。

 正確には、希望にそった条件、だな。

 俺の頭が確かなら…。

 いや、確かだよ。

 そうじゃなくて。

 俺の考えが確かなら、たぶん、二人ともそろそろ進化の条件はそろってる。

 でも、俺は二人に、柔らかい肉体も手に入れて欲しいんだ!

 そのきっかけが欲しいんだ!

 それが、それぞれの森にあると信じる!

 そうすれば、綺麗なおねぇさんが二人…。

 ムフフ…。

 あのアニメだって、進化の実を食べて、ゴリラやロバが美少女になってたじゃないか。

 同じように、何かをそろえれば、きっと…。

 ムフフ…。

 ポチがそわそわしてるな…。

 どっちから行こうかなぁ?

 ゆっくり決めたいけど、ポチがそわそわしだしてるし、早めに決めて行動しなきゃ。

 カーラがエルフたちに頼まれて、呪いの森へ向かうらしい。

 とすると、やっぱり呪いの森からかな。

 今回は、グル子もポチもいるし、向かうところ敵なし!

 魔法陣が大量発生しても、俺が活躍できるし!

 もう、最強布陣になりつつあるな。

 ヒーローらしくなってきたぜ!

 世界を守って、仲間も強くなって、一石二鳥だ!

 いや、美女の仲間が増えれば、もっともっとだ!

 ついにハーレムの時代だ!

 ムフフ…。

 まあいい。

 妄想ばかりふけって、ポチが暇を持て余して暴れても困る。

 周りの視線も痛いし、行動しますか!

 俺は腰を上げると、仲間を見渡した。

 ポチが、

「散歩に行くのか?」

 と目を輝かせてる。

 グル子が、

「ついて行きます」

 と言わんばかりに、俺を見つめてる。

 リアがしなを作って俺を誘ってる…。

 レムが優しい目で俺を見守ってる。

 いや、レム、胸をはだけさせないで!

 俺は思わず目をそらした。

 レムがウフフと笑った。

 その笑い声に、ドキリとさせられる。

 まったくもう!

 俺はそんなレムも、好きだ!

 もちろん、リアも!

 当然、ポチもだ!

 グル子…。

 俺のグル子!

 はっ!

 いかん。行動するんだった。

「呪いの森を攻略しに行こう」

 俺は単刀直入に言った。

 皆が頷く。

 視界に入れないようにしていた、アーディングとハンターも立ち上がった。

 こいつらも来るのね…。

 まあ、二人とも優秀だからいいけど。

 二人とも、俺のケツに視線を送るの、止めてくれれば、もっといいんだけど…。

 男じゃなく、女性に囲まれて、ハーレムしたいのに…。

 まあいい。

 機会はあるさ!

 俺はカーラにも声をかけた。

「私はあんたの下僕になった覚えはないわ」

 相変わらず、つれない返事だ。

 今回は里を守る役目らしい。呪いの森の近くで防衛線を張るんだとか。

 それならそうと言ってくれればいいのに。

 カーラはグル子たちについて行きたそうにしているけど、行けなくて、腹いせに俺に冷たく当たってるのかも。

 いいさ、いいさ!

 いつか、きっと、デレてくれると信じる!

 ま、カーラが残るのなら、少々モンスターを取りこぼしても、問題ないだろう。

 安心して呪いの森を攻略できるってもんだ。

 俺たちは早速、意気揚々と、呪いの森へ向かった。

 俺の服も、皆の服も、エルフが新しく仕立ててくれて、清潔な格好で旅ができる!

 こんなことで感動するなって?

 いやいや、数日前まで、俺たち、着の身着のままだったんだもの。

 それを思えば、なんと清々しいことか!

 綺麗な服がこんなにも心地いいとは思わなかったよ。

 そんなに思うことかって?

 思うことなのだよ!

 汚れを食べてくれるスライムと、排せつ物を食べてくれるスライムは必ず必要!

 旅のお供に是非!

 それにしても、ちょっと前までと比べて、旅が楽しくなってきた。

 はじめは逃げ回ってたものなぁ。

 今じゃ、皆強いから、何も怖くない。

 誤って魔法陣に触れても、どおってことないさ!

 もう、ピクニック気分さ!

 ポチと俺はウキウキして、じゃれ合いながら歩いた。

 ポチは嬉しそうに走り回って、俺の所へ戻ってくる。

 なんて可愛らしい奴なんだ…。

 俺が軽く、左右のステップを踏むと、ポチはタックルしてきた。

 かわせないよ!

 てか、避けることが目的ではないけどね。

 ポチは俺をつかまえると、一緒に走ろうとする。

 いやいや、ポチと一緒に走ってたら、俺の体力が持たないよ。

 って、引きずるな!

 まったく。

 ポチは限度を知らないな。

 少々怒られても、へっちゃらだし。

 そこがまた、いいのだけどね…。

 ポチが急に立ち止まって、横の方を見ている。

「何かあったの?」

 俺が声をかけると、ポチは、

「何か来る」

 と言って指差した。

 皆が同じ方向を向く。そして皆、戦闘態勢をとっていた。

 俺だけ、ポチの指す方向を眺めてぼんやりしていた。

 突然、木々の合間を何かが飛び跳ねて抜けてきた。

 俺はびっくりして尻餅をついた。

 もしかしたら、悲鳴でも上げちゃったかも。

 辺りを見渡しても、誰も俺を見ていない。

 大丈夫だ。悲鳴は出なかった!下の方も出ていない!よかった…。

 出てきたのは…前世の動物園で似たのを見たことがあるぞ!

 カンガルーだ!

 お腹に袋もある!

 間違いなくカンガルーだ!

 と思ったら、背中に小人が乗ってる!

 ホ…ホビット!

 マイプレシャス…あ、あれは悪い奴のセリフだった。

 女の小人だ。

 と言うか、小さな女の子にしか見えない!

 お人形さんが、カンガルーに乗ってるとしか思えない!

 か、可愛い!

 俺は思わず飛びだした。

 んで、気付いたら、吹き飛ばされてた。

 顔が痛い…。

 何かよく分からないけど、可愛いものには触れたい!

 皆が何かと戦っているようにも見えるけど、気にしない!

 俺はもう一度、カンガルーに近づいた。

 正面に立つと、カンガルーが短い腕を引いた。

 次の瞬間、見事な右ストレートをもらって、俺は吹き飛んだ。

 さっきもこれで飛んだのか…。

 通りで顔が痛いわけだ…。

「ヴィラマクロパスの正面には立たない方がいいですよ」

 アーディングが俺を助け起こしてくれた。

「ヴィラマ…なに?」

 俺は思わず尋ねた。

「ヴィラマクロパスと言う獣です」

 アーディングは俺の体のホコリを叩き落としてくれながら、言った。

「別名、狂乱パンチャーと言うほど、パンチを繰り出す獣です」

 アーディングは俺のケツを念入りになでる。

 俺は慌てて離れた。

 油断も隙も無い奴め…。

 鳥肌が立ったじゃないか!

「やーやーありがとう!モンスターに追われて難儀してたの。助かったわ」

 獣の背から、かわいらしい声が聞こえた。

「あちきは行商人のロココ。ここで会ったのも何かの縁。以後お見知りおきを」

「ロコ…」

 俺はふらふらと近づいた。

 俺が小人の女の子に手を伸ばすと、

「おっと、気安く触んないでおくんなさい」

 とロココは言い、

「テトが黙っちゃいませんよ」

 と、獣の向きを変えた。

 俺はパンチを見切った!

 けど俺の運動神経では避けられなかった。

 もろに顔面にもらってノックダウン。

 ん?

 テト?

 あの、指をかまれて、大丈夫、怖くない、ってやつか!?

 俺はすぐさま起き上がった。

 サイズが違い過ぎてあれだな…。

 うん、俺は獣に対する興味を失った。

 それよりも、だ。

 背中の愛らしい女の子を抱っこしてみたい。

 俺にそんな趣味があったとは、自分でも気づかなかった。

 でも無性に抱っこしたいんだ!

 魔性のかわいらしさだ!

 俺の行動をスルーして、ハンターがロココに声をかけた。

「行商人と言ったな。モンスターからの戦利品を買い取るのか?」

「ええ。買い取らせていただきますよ。ご入用のものがあれば、調達も承ります。少々値段の方は張りますが」

「いや、今は買い取りでいい」

 ハンターはそう言うと、指を口に当てて口笛を吹いた。

 エルフの里からそれほど離れていなかったせいか、すぐにエルフが現れた。

 そのエルフとハンターが何かを話すと、エルフはすぐに戻っていった。

 俺はそんな様子を横目に、じりじりと背後からロココに迫った。

 テトがクルッと向きを変えた。

 俺は飛び下がった。

 やるな…こいつ…。

 ポチも面白がってやってきた。

 さすがにポチはパンチを一発ももらわない。

 かわす、かわす、かわす!

 すごいな、ポチ!

 将来フェザー級世界王者になるイケメンのようなステップだ。ハードパンチャーの拳を紙一重でかわす!デンプシーロールもかわす勢いだ!

 俺も真似したいけど、無理だな。

 せいぜい、撃たれ役だ。打撃を受けて背面飛びに水面へ落ちるイケメン俳優の真似なら、できるかもしれない。

 アニメみたいに吹っ飛ばされてばかりだけども。

 レムもロココに興味を抱いたみたいで、近付いてお触りしてる。

 え、触れるの?

 俺も触りたい!

 決して、やらしい意味じゃないよ!

 ロココ見てると、無性に抱っこしたいんだもの!

 ロココ言い難いな…。ロコでいいや!

「アオ様ったら、あんな幼子が趣味だったのね。だから私のアプローチに惑わされないんだわ」

 リアが妙なことを言っている。

「失礼ね!あちきはこれでもれっきとした大人よ!」

 ロコが頬を膨らませた。

 リスのようだ…。

 可愛い!

「アオトさん。近づいてはダメです」

 グル子は何を警戒しているんだ!

 ポチは相変わらず、テトと遊んでる。

 ハンターとアーディングは…視線を感じるような気がするけど、放っておこう。

 振り向いちゃダメだ…。

 ダメに決まってる…。

 そうこうしているうちにエルフが数人、大きな荷物を抱えて現れた。

 その荷物をロコに渡す。

 麻袋の中身を、ロコが確認して回った。見る間に、笑みがこぼれる。

「これを全部、あちきに売ってくださるんですか?旦那!いいお方だ!」

 ロコはハンターに駆け寄った。抱きつかんばかりだ!

 なぜ俺に来てくれない!

 俺はどうして!

「アオちゃん…。感情が顔に出過ぎてますわ」

 レムが俺の心を察して指摘した。

 俺は思わず、自分の顔を両手で覆った。

 そんな変な顔をしていたのか?

 ロコに拒絶されるような顔をしていたなんて…。ショックだ…。

「それらの持ち主はそちらのアオト殿だ」

 ハンターはそう言って、ロコを避けた。

 通り過ぎたロコは、振り向いて俺を見た。

「それならそうと言ってくださればよろしいのに」

 ロコが妙な表情を浮かべている。

「代金は全てアオト殿に」

 ハンターが付け加えた。

「え、俺に?てか、なんで?」

「これらは先日のモンスターから得たものです。撃退できたのはアオト殿とその仲間のおかげですので、報酬の代わりにと。里の総意です。受け取ってください」

 荷物を届けたエルフが言って、頭を下げた。

「え?そうなの?…と言っても、俺、人里には行けないし、お金持ってても仕方ない」

「それでしたら、物は相談なのですが、あちきにお任せくださいませんか?きっちりと運用して差し上げますよ。それに、ご入用のものがあれば、預かり金からご用意させていただきますよ。仕入れから販売まで、食料から武具の調達まで、何でもござれです!どうかあちきにお任せを!」

 ロコがにじり寄ってきた。目が行っちゃってる!あれはお金に目がくらんでる証拠だ!

「契約いただけるのでしたら、サービスとして、あちきを抱っこできます!」

「のった!」

 俺は思わず叫んでいた。

 ロコが両手を広げて駆け寄る。

 俺も両手を広げて駆け寄った。

 俺たちはヒシと抱き合った。

 小さくて、柔らかくて、なんて抱き心地のいい…!

 それに、いい匂いだ!

「お金のためなら、悪魔にだって魂を差し出すあちきでござんす。これくらいお安い御用です。何でしたら、夜伽の方もサービスいたしますよ」

 俺の耳元で、ロコがすごいことをおっしゃった。

「それはダメです!」

 グル子がロコを俺から引き離した。

「俺が先だもの」

 ポチが俺に抱きついた。

「いいえ、私が先です」

 リアも主張する。

 レムは何も言わず、ポチを引きはがして、俺の頭を自分の胸に押し当てた。

 痛いよ!硬いよ!

 でもなんかエロいよ!恥ずかしいよ!

「あ、ずるいです!」

 グル子も俺に抱きつく。

 ポチも戻ってくる。

 リアまで加わる。

 柔らかいものがいっぱい触れて、天国だ…。

 俺のケツに、二つの手が触れているのは…気付かなかったことにしておこう。

 ってまさぐるな!

 希望通り、ハーレム状態になりつつある。

 あるけど、なんか邪魔がいる!

「美少女に囲まれてウハウハしたかったのに、厳ついのが紛れてる!」

 俺は思わず叫びたかった。

 ハーレムに、ロコも加わった気がするのは、気のせいではない。

 なぜって、さっき抱き合ったとき、思わず寵愛のスキル発動したもの。ロコは無条件で受け入れたもの。

 さすが、悪魔に魂を売る覚悟だけあるなぁ。

 嬉しいことに、ロコの見た目に変化はなかった。

 幼女趣味はないよ?

 無いけど…。

 幼女最高!



  2


 陰鬱に生い茂る森の入り口に立った。昼間でも薄暗い。

 植物もどういう訳か、黒っぽい。呪われた植物で、触れればたちまち呪いを受けてしまいそうだ。

「この森には太古の昔、恨みを残して死んだ女性の悪魔の体が安置されていると言われてますね」

 ロコが森を見上げて言った。

「その伝説でしたら、私も聞いたことあります」

 アーディングはそう言って、簡単に説明した。

「悪魔の女性の呪いが強すぎて、そのためにここが呪いの森のなったとの逸話です。何を呪ったのかは分からないのですが。今でも悪魔の体は朽ちることなく残っていて、それが呪いを引き寄せているとも言われています」

「へー」

 俺は相槌を打った後、ふと思った。

「その遺体は美女?」

「さあ?絶世の美女だったとの噂もありますが、そうでない話も伝わっています」

 さも興味なさそうなアーディング。

 でも、美女であれば、あれですよ。

 もしかして、リアの受け皿に…。

 まさに、ガルガンチュアだよ!

 俺は期待に胸を躍らせた。

「あちきは危うきに近づきませんので。せっかくのレア素材です。商人の血が騒いでおりまして」

 ロコはテトのお腹の袋をさすった。そこに、大量の荷物が消えた。まるで四次元ポケットのように。

 なんでも、好きに取り出せるとか。

 まんまじゃん!

「あ、ここで入手した素材もまた、あちきにお任せくださいね」

 ロコは言い置くと、さっさとテトを駆って、消え去った。

 ロコは連絡用にとイヤリングをくれた。イヤリングのボタンを押すと、なんと、通話もできるらしい!

 ロコの持っているものには相手の位置を把握する機能もあるってことで、いつでも呼び出せると言ってた。

 さっそく呼び出して…いや、イタズラは止めておこう。

 と言うか、俺にイヤリングだぞ。

 男なのに!

 似合わないだろうに!

 男どもはともかく。あいつらは色眼鏡で俺を見ている節があるからな。でも、グル子たちも似合うと言ってた。

 似合うのも腹が立つ!

 大昔のマンガに、イヤリングタイプの通信機が出てくるのあったけど、あれは美女が使ってたから絵的にも効果あったっていうのに!

 むしゃくしゃするから、このまま呪いの森へ突撃だ!

 ここも魔法陣が大量発生していた。

 前来た時はコカトリスか何かに出会わなかったっけ?

 でも今はグル子もポチも進化したし、仲間も大勢いるし、問題ないっしょ!

 案の定、早々にコカトリスが大量に現れたものの、グル子とポチが瞬殺した。

 レムも相変わらず、石化ブレスをものともしない。

 うん、余裕だね!

 俺たちは魔法陣を消しつつ、奥へ向かった。

「ふむ。これならば、行けるな」

 ハンターが頼もしそうに俺たちを見た。

「エルフの魔法使いを総動員してかろうじて凌いでいたモンスターたちをこうもあっさり退けるとは…」

「俺の仲間は優秀だもの!」

 俺は有頂天だ。

 自分では、魔法陣を消すことしかできないのに、さも自分の手柄のように誇らしかった。

 コカトリス以外にも色々出てきた。

 呪いの胞子をふりまく大きなキノコ。

 触れると相手に呪いをかける、手の魔物。

 黒い影のようなもの。

 この影のようなものが厄介だった。

 物理攻撃が効かない。

 なので、ハンターが役に立たなかった。

 アーディングは剣に気を帯びさせて戦い、グル子とポチは力押しで倒してた!

 物理効かないはずなのに…。

 なんにせよ、何とかなる。

 俺は次々と魔法陣を消して回った。

 それがまずかったのかもしれない。

 もしかしたら、気が大きくなって油断していたのかも。

 とにかく、その時はどうとでもなると思っていたんだ。

 初めは呪いなんて恐ろしいなって思ってたけど、何ともなかったんだ。

 某ゲームでは即死の呪いとか、いやらしいものがあったけど、そんなものない。カウントダウンもつかない!

 また某ゲームでは、状態異常が鬱陶しく、最後には死に至るもの…まさにハマるものがあった。宝石を集めて加護を受けたり、装備品で、麻痺耐性とかついたの集めて乗り切ったりした。何もないとゲームオーバーしまくりだったし…。

 そんなゲームのような、面倒くさいことは一切なかった。

 皆が強すぎて、瞬殺していくんだもの。

 もう、余裕だね!

 初見殺しの技を使うようなのは、アニメやゲームにしか存在しないのさ!

 そんな時に、それは突然起こった。

 皆が負けるような相手は一つも発生していない。だというのに、俺たちは窮地に追いやられ、全滅の憂き目に遭った。

 数に追い込まれたわけでもない。

 たった一つの出来事で、すべてが変わった。

 ポチの蹴った手の魔物が、偶然、グル子に当たった。

 多分、あれがすべての発端だ。

 突然、グル子の様子が変わり、モンスターにではなく、俺たちに襲いかかったんだ。

「グル子?」

 俺の呼びかけに、グル子が反応しないなんて!

 俺はショックを受けた。

 グル子に見捨てられたら、俺はどうすればいいんだ…。

 グル子が俺に襲いかかるなんて…!

 俺はリアに助けられた。

 多数のモンスターにも同時に襲いかかられて、でもリアは俺を抱えて逃げのびてくれた。

 レムが吹き飛んだ。

 グル子にやられたらしい。

 レムは!?

 モンスターに囲まれながらも、レムが立ち上がった。

 よかった、無事だ。

 でも、レムと合流はできそうにない。

 ハンターがレムの援護に回った。

 アーディングは俺の護衛についた。

 グル子は…。

 グル子!

 お願いだ!グル子!

 元に戻ってくれ!

 俺のグル子!

 念じても、呼びかけても、反応はなかった。

 グル子の攻撃を、ポチが受け止めた。

 もはや、対抗できるのはポチしかいない。

 グル子の正気を取り戻して!

 誰でもいいから!

「早く離れて!」

 アーディングが何かを叫んでいた。

 リアは俺を担いだまま、森の奥へ走った。

 ああ、グル子が…!

 俺は頭の中で叫んでいるのか、自分の口で叫んでいるのか、分からなくなっていた。

 グル子!

 見えなくなってしばらくするまで、俺は叫び続けた。

 俺たちは追い込まれていたことに、全く気付いていない。

 前衛二人を失い、レムとハンターもはぐれた。

 レムは何とかなるだろう。

 ハンターは…無事を祈るだけだ。

 そんなことを考えたのは、もっと後のことだけどね。

 逃げ場を失った俺たちは、森の奥、最深部へと向かっている。

 奥は魔法陣が大量にある。

 行けば行くほど、モンスターに追われた。

 大量のモンスターに追われ、邪魔だと怒りを覚えたころ、俺はやっと正気に戻った。

 状況から察するに、進退窮まったと言わざるを得ない。

 リアの表情は分からない。

 アーディングは、俺を心配そうに見ている。諦めの色も見て取れた。最後は俺と共に、なんて考えてるんじゃないだろうな…。

 アーディングと心中するのは嫌だ!

 リアもまだいる…。

 そう、いるんだ!

 ここへはリアの進化も目的に来ている。

 なら、リアを進化させれば、状況を打破できるかもしれない。

 一縷の望みはそこだ。

「リア。下ろして」

 俺は下ろしてもらうと、自分の足で奥へ向かった。

「破れかぶれですか?麗しの君」

「そうでもないさ。望みはまだある!」

 俺はアーディングに言い返した。

「それでこそ麗しの君!」

 アーディングはそう答えて、しんがりを買って出た。俺が何をしようとしているのか尋ねないあたりは、いい奴なんだよな。

 それにしても。

 なんで麗しの君って単語で、感情を表現しやがるんだ!まるで宇宙要塞ソロモンで「閣下」の一言の連呼で、感情の移り変わりを表現したあの声優みたいに…。

「麗しの君!あなたの寵愛をいただけるのでしたら、私は魔神にすら抗ってみせましょう!」

 うん。後ろの意気込みは嬉しいけど、

「だが断る!」

 の一言だ。

 男同士のラブは否定しないよ。でも、俺は嫌なんだ!

 ケツを撫でられて、前ほどゾワゾワしなくなってるのは、そうだ、あれだ、ただ慣れただけだ。俺が受け入れ始めているわけでは、決して、断じて、無い!

 なんか、アーディング、断られたのに、恍惚としているのは、どうしてだろう?

 気にすまい。

 最深部は、素人の俺でも感じとれるほど、禍々しい気配に満ちていた。

 異様な雰囲気の中、巨大な木が一本だけ、佇んでいた。

 周りには草木一本生えていない。

 巨大な木が悪意を放っているとしか思えない。その結果が、動植物の無い空間だ。

 魔法陣すらなかった。

 日の光を浴びて大きく育った木、と言うよりは、周りの全てを吸いつくして大きくなったかのようだ。

 根っこが巨大な蛇のように、辺りへ延びている。

 枝が大きく、あちらこちらへ張り出している。黒く禍々しい葉が…よく見ると血のような色の葉が、大量についている。

 張り出した枝は、射程範囲に入れば、枝を伸ばして掴みかかり、獲物の養分を吸いつくすのだ。

 吸われた血が、葉を形成しているのだ。

 どこぞの魔法学校に立つ、暴れ柳のようになぎ倒しはしないだろう。必ず、相手をつかまえるに違いない。

 はっ!

 俺としたことが、なんと真面目な感想か!

 妄想や連想の入り込む余地がほとんどないではないか!

 無いわけではないのだよ。俺にかかれば!

 そう、あれは…アニメ映画だ。かなり昔の。

 ギャグマンガの映画版で、主人公たちが自主映画を作る。巨大な桜の木を切ると、その木が泡を吹いて消える。で、その根元には骸骨が…。

 どこがギャグマンガだって?

 ここだけでは、分からないよねぇ。

 自主映画のストーリーが、脈絡なく多種多様だったり。そんなあたり?

 余計に分からないか。

 それにしても、あの映画ってどうなるんだっけ?

 ヒロインの鬼っ子が桜の霊に取りつかれるんだったっけ?

 おっと。

 ゆっくり考えている場合ではなかった。

 俺は巨大な木へ近づいた。

 リアとアーディングも続く。

 どうしたことか、モンスターたちは近づいてこなかった。

 おかげで助かるんだけども。

 まさか、本当に、この木に襲われるんじゃないだろうな…。

 近づいてみると、その巨大さがよく分かる。

 幹は何人の大人が手をつないで囲えるだろう?十人くらいかな?

 ………。

 数十人だな…。

 アニメ映画を思い出したせいか、木の幹に人の顔があるように見えた。

 ホラーだ…。

 ホラーと言えば、メイドインジャパン!

 洋物ホラーはグロテスクで…。スプラッタで…。視覚的に怖い!あと効果音とかも!

 メイドインジャパンは、精神的に怖い!

 後になっても印象強く残ってるのって、精神的に怖い方だと、俺は思うんだ。

 こういう、暗くてジメジメして、巨大な木だけで恐怖心をあたえるのは、メイドインジャパンだと思う。

 そう。

 俺はビビってる!

 木の幹に人の顔があるように見えた瞬間から、腰が引けたさ!

 モンスターのトレントも顔あるけど、あれは物理的に怖いだけで、見た目が怖いわけではない。

 この木は何かあるとしか思えないほどの異様な雰囲気が漂ってる。

 ような気がする。

 ホラー映画を思い出すからだな。きっと。

 そもそも俺はここに何しに来たんだっけ?

 ああ、そうだ。

 モンスターから逃げて来たんだ。

 後ろは後ろで、洋物チックな怖さがある。

 前は前で、精神的ダメージが…。

 あの木の暗いウロから長い髪の女の人が這い出て来ないよね…。井戸じゃないんだし…。

 じゃなくて!

 エンドレスになりそうだ。

 危ない危ない。

 ここへ来た目的…。

 確かに逃げてきたのもあるけど。

 そうじゃなくて、リアのために肉体を手に入れたくて来たんだ。

 リアを強くして、俺がさらにヒーローに近づくためだ!

 仲間を増やすと俺自身も強くなる、希少種を使役するテイマー!なんて都合のいい事は起こらなかったけど。仲間が強ければ、色々できるんだ。

 そうだ。

 美しい悪魔の遺体!

 噂のそれはどこにある?

 恐る恐る、巨大な木の幹に近づいて見上げた。

 幹の表面が波打っている。

 その形が、妙に人型に見える場所があった。

 二本の足のような形…。

 その上に艶めかしい腰。

 二つの膨らみまである…。

 俺の目がおかしいのか?そう思ったら、人の形にしか見えなくなった。

 ふくらみの上に、確かに顔があるんだ。

 顔の上に角っぽいものまで見える。

 まさか、あれが噂の悪魔の体?

 なんか、エロいけど。エロいけど!

 でもあんなのイヤ!

 柔らかい、暖かい肌がいいんだ!

 俺は木の周りを一周した。

 他にはそれらしいものは何もなかった。

 祭壇に安置された、眠るような遺体を想像していたのに…。

 祭壇なんてどこにもない!

 いや待て!諦めるな俺!

 この巨大な木が持っていったのかもしれないじゃないか!

 アニメ映画のラストシーンのように、ひときわ大きな光を抱いて空に昇って行ったのかもしれないじゃないか!

 パンと目玉焼きを持って冒険に出なきゃいけないじゃないか!

 冒険と言うほどのことではないんだけども。

 俺はリアに頼んで、木の上や枝に覆われた空間に何かないか探してもらった。

「何もないわ」

 リアはそう言った。

 次の瞬間、リアが悲鳴を上げた。

「どうしたの?」

 探索のため、頭や手を、黒い霧のように伸ばしていたのだけど、それらが戻ってこない。

 残った体が幹の方へ近づいた。足を踏ん張って、止まろうとしてる。

 幹の!

 顔に見える部分が…!

 目を開けてる!

 こっち見てる!

 枝が数本伸びてきて、リアの体を、幹の方へ押しやった。

「何が起こっているんですか?」

 アーディングが上ずった声で言った。

「俺にも分かんない!」

 俺の声も上ずっていたかもしれない。

「アオ様!助けて!」

 普段、何事も動じないリアが、悲鳴を上げた。

 上に伸ばしていた頭部が下りてこようとするのだけど、枝に手繰り寄せられて、引き戻されて行く。

 幹に触れた部分から、リアの体が、幹に吸い込まれて行く!

 俺のリアが!

 木に吸収される!

「させるか!」

 俺は駆け寄って、枝をどけようとした。

 でも俺の力では何もできなかった。

 俺の意を察してくれたアーディングが枝を斬った。

 枝が鞭のようにしなり、アーディングを吹き飛ばした。

 俺は急いでリアに駆け寄り、体をつかんだ。

 鎧の部分は硬い。

 その鎧までが、木の幹に、半分同化しかかっていた。

「ダメだ!俺のリアを返せ!」

 俺は幹を叩いた。

 俺の手が痛いだけだった。

 でも構わず叩いた。

 リアの体がさらに幹の中へ溶け込んでいく。

 俺の大事な仲間を、リアを、取られてたまるか!

 必死にしがみついた。

 木は、俺を取り込むことができないらしい。

 枝がしなり、俺は吹き飛ばされた。

 上空の別の枝にぶつかり、俺は咄嗟にそこにしがみついた。

 下ではアーディングが再び枝を斬り、追い払われそうになってもその枝を斬って凌いでいた。

 複数の枝が動き、さすがのアーディングも対処しきれず、吹き飛ばされた。

 まずい!

 まずいぞこれは!

 このままではリアが完全に吸収されてしまう!

 何とかする方法はないのか?

 そうだ!木は燃える!

 火だ!

 って、カーラはいない!

 俺は火を噴くこともできない!

 爆炎魔法を使って暴れて美女をさらうこともできない!

 だったら、あの幹の顔に攻撃してみれば…。

 俺は顔めがけて飛び下り、飛び蹴りを狙った。

 だけど目標がずれて、頭突きになっちゃった。

 人型の体に抱きつくような格好だ。

 けっして、木のふくらみをつかみたいわけじゃない。如何わしいことをしたいわけじゃない!

 偶然、片手がそこをつかんでいただけだ。

 落ちたくないもの!

 かなりの高さだもの!

 俺、また考えなしに行動しちゃったな。

 さて、幹の顔の方は…。

 なんともなさそうだった。

 石頭め…。

 俺の額がジンジンするのに…。

 俺は気付くと、また枝に吹き飛ばされていたらしい。

 別の枝の上に引っかかって止まっていた。

 地面がかなり遠い。

 落ちたら死ねる…。

 リアの体は、もう背中が見えるだけだ。

 急いで何とかしないと!

 でも俺では遠すぎる。

 アーディングが再び、枝に斬りかかっていた。

 アーディングに託せる方法は…。

 俺は必死に考えを巡らせた。

 あのアニメ映画は、塩を塗り付けた斧で切りつけると、そこから泡を吹いて消えた。

 よし、これだ!

 塩はないけど…。

「アーディング!幹を斬りつけて!」

 とあるアニメでは、オブジェクトの耐久値を超える攻撃をあたえれば、一撃で破壊できるとあった。

 命をかけたゲームを乗り越えてきたわけでも、政府の研究に協力しているわけでもないけど、あのアニメみたいになるかもしれないじゃないか。

 アーディングにもヒーローの要素があって、危機に瀕した今、真の力に目覚めるかもしれないじゃないか!

 こんなことなら、アーディングにも寵愛スキルを使っておけばよかったかも。

 そうしておけば、切り倒す確率は高くなったのかも。

 いやいや、ダメだ!

 そんなことしたら、アーディングは勘違いして、俺を襲うに決まってる!

 俺は断固として、ケツを守る!

 アーディングは見事、幹に一太刀入れた。

 確かに傷はついた。

 でも、泡を吹くことも、一刀のもとに切り倒されることもなかった。

 グル子かポチのどちらかでもいたら、何とかできたかもしれない。

 グル子の蹴りで、この忌々しい木をへし折ることができるだろう。

 ポチの凶暴な一撃は、あの幹でも粉砕するはずだ。

 でも、どちらもいない。

 肝心な俺は何もできずにいる。

 もう、何も手を思い付けない。

 アーディングがまた吹き飛ばされた。

 巨大な木は俺をあざ笑うかのように、周りに集まったモンスターを枝でつかんでは、幹に吸収して行った。

 リアも直に、あのモンスターたちと同じ運命をたどり、この木の養分になるんだ…。

 俺はリアを失うんだ…。

「リアを理想の進化に導きたかったのに、逆にリアを失うようなことに!」

 嘆く俺の胸に、リアの兜が飛び込んできた。



  3


 俺は振るえた。

 リアの頭が俺の腕の中にある。

 正確には、リアの兜だ。

 でも、リアは元々リビングアーマーだ。頭と言って過言ではない。

 ここに頭があるということは、リアは既に吸収されてしまったってことだ。

 俺は枝の上に崩れ落ちた。

 大切な仲間が、リアがいなくなった。

 俺の判断ミスだ。

 もっと慎重に行動してたら…。

 もっと事前調査して、準備していたら…。

 エルフの里にも協力を頼んでいたら…。

 後悔が次々と浮かんだ。

 リアはこの兜で、器用に笑ってみせた。

 リアはよく、俺の腕に、胸の形に湾曲した胸当てを押し付けて、俺の反応を楽しんでいた。

 リアの大きな盾に、俺は守られてきた。

 そのリアが、もういない。

 俺の頬に触れるものがあった。

 俺はいつの間にか、泣いていたらしい。

 涙がリアの兜の上に落ちた。

「リア!」

 俺は兜を抱きしめた。

 何度も何度も叫んだ。

 巨大な木が、モンスターを吸収して更に巨大化していることに、俺は気付きもしなかった。

 俺はただただ、いなくなったリアのことを思った。

 初めは鎧でも、女性の形をしていれば、愛せると思った。

 実際、俺は愛せたはずだ。

 リアの姿にドギマギしたもの。

 でもいつしか、リアにも柔らかい肌を持ってほしくなって、俺は欲を出した。

 リアの進化条件はもうほぼ達成していたと俺は予測していた。

 さっさと進化してもらっていれば、こんな木に負けることなんてなかったはずだ。

 リアを失うようなことにはならなかったはずだ。

 そもそも、この森に手を出さなければよかったんだ…。

 全ては俺が悪い。

 仲間を犠牲にするようじゃ、ヒーロー失格だ。

「リア…」

「はい」

 何か、微かに聞こえたように思ったけど、俺はそのまま兜に涙の雨を降らせ続けた。

「リア!」

 リアへの思いがあふれる。

「アオ様」

 リアの声が…幻聴まで聞こえるよ。少しかすれたような声だ。

 きっと、俺の記憶の中の声だな。

「リア」

 俺の思いが、幻聴を誘ったんだ。

 俺の顔を、黒いものがさすった。

 涙で曇る視界に、黒い何かがあった。

「私はここに」

 リアの声がする!

「私のために泣かないで」

 リアの声でそんなこと言わないで!

「私はアオ様のおそばにいられて幸せでした」

 今生の別れみたいなこと言わないで!

「愛しています」

 その言葉に、俺は思わず飛びついていた。

 黒いものは俺の体を受け止めきれず、一緒に倒れた。

 大きな枝の上だ。転げ落ちることもないほどに、巨大化していた。

「俺も好きだ!」

「好き…ですか」

 リアの声が、悲し気に聞こえた。

「ううん!愛してる!」

 俺は急いで言い変えた。

 今生の別れに、恥ずかしがってなんていられない!ただでさえ、後悔だらけなのに、これ以上悔いを残したくない。

 リアには俺の気持ちを、ちゃんと伝えておきたかった。

「愛してるとも!」

「アオ様…」

 リアの黒いものが、俺の頬をなでた。

 黒いものの中に顔の形があった。

 顔が俺に近づいてくる。

「もうお別れのようです。最後に、お願い…」

 額と額を合わせて、リアが懇願する。

 何をお願いされているのか、俺には分かった。

「消えないで」

 俺は涙を流して言った。言いながら、俺から顔を近づけた。

 リアは何も答えず、顔の向きを合わせて近づいた。

 唇に何かが触れる。

 柔らかくて切ない何かが…。

 黒いものが少しずつ薄れていった。

 唇が触れたまま、リアは消える。

 そんなの嫌だ!

 だって、リアだぞ!

 俺のリアなんだぞ!

 俺は黒いものを抱きしめ、唇を強く押し当てた。

 頭の中で何かが響いていたことに、しばらくは気付けなかった。

 周りが止まっている。

 まるでビデオの一時停止ボタンを押したような状況だ。

 そうと気付いて俺は初めて、頭の奥の声に気付いた。

『条件を満たしました。対象を進化させますか?』

 大賢者!ではないけども!

 そうだ!

 これが最後の望みだ!

 リアが進化して、自力で解決できるかもしれないじゃないか!

 もちろん進化だ!

 超進化だ!

 この状況を打破できる強さを!

 俺からリアを奪わないでくれ!

 そして、またお肌の触れ合いができますように!

 もう、悪魔の肉体を得ることなんて考えもしていなかった。

 ただただ、リアの無事を願った。

 風が頬をなでた。

 涙でぬれた頬は、風に敏感だ。

 あれ?

 風が強すぎて、目が痛い!

 え?

 目の前に白いもや…

 これ、雲?

 えええええ!

 俺、落下してるぅぅぅぅぅ!

 空に捧げられた巫女と違う!

 飛行石も持ってない!しかも真の名なんてない!

 落ちるぅぅぅぅ!

 死ぬぅぅぅぅぅ!

 はるか下に、丸い地面がある…。

 おお、遠くに海が…。

 あのあたりが大森林か…。

 って、どうすればいいんだ!

 パラシュートもないぞ!

 服がムササビみたいになる、なんてこともないぞ!

 こんなの脱出不能!

 冷静になれ!

 俺は飛行能力に目覚めたのか?

 違う!

 ただ落ちてるだけ!

 飛べない!

 空は泳げない!

 スーパースーツもまだ手に入れてない!

 ゴムの体で、自分がパラシュートに…アメコミ映画であったぞ…。

 って出来るかいっ!

 屁をこいたら空を飛べる…わけあるかい!

 マッスルマッスル!

 とにかく落ち着こう。

 なんでこうなった?

 なんで?どうなった?

 ………。

 ダメだ!考えても分からん!

 てか、誰か、落下を止めてぇぇぇぇぇ!

 考えろ!考えろ!

 俺の中でコスモが目覚めて…。

 うん、それらしいものは身につけてないから、違う。星座の戦士にはなれない!

 超能力に目覚めて転移。

 何かが自分に向かって飛んできたら、転移するとか。

 そんなわけはないな。あれは少女の超能力者だし。

 そう言えば、超能力に目覚めた人々が戸惑いつつ、自分の理念のために使う洋物ドラマあったなぁ。

 俺はあのドラマみたいに能力に目覚めて、戸惑ってるだけで、この後はヒーロー街道まっしぐら…。

 でもなさそうだぁぁぁぁ!

 妄想してる間に、海は見えなくなった。

 巨大な木が迫ってる!

 大森林よりデカいぞ!

 このデカさは…世界樹か!

 って、あそこ、もしかして、さっきまでいた場所?

 なんか、周りは暗いし、そんな気がしてきた…。

 俺はまっしぐらに、そこに落ちてるんだ!

 これはもう死んだ!

 俺死んだ!

 ショック死していいレベルだよね?

 バンジージャンプなんて怖くてできなかったんだもの!

 足は竦むけど、高い所からの景色は、なんかヒーローの見る景色みたいで好きだったけども。

「アオ様、楽しんでます?」

 どこからか声がした。

 風切り音がうるさくて、よく分からない。

 何かが俺に触れた。

 ん?

 小手?

「ごめんなさい。ちょっとのつもりが投げすぎちゃったみたい」

 リアの声が聞こえる。

 とすると、この状況は、リアのせいだと?

「リア?」

 振り向くと、鎧姿のリアがいた。

「とっさに避難させようと思ったの」

「いやいや、危なく宇宙漂流者になるところだったじゃないか!」

「宇宙ひょ…?」

「あ、うん、何でもない」

 引力に掴まってる時点で、それはないんだった。

「とにかく、無事に下ろせるんだよね?」

「もちろん!」

 リアは請け負った。

 どうも、リアの声は頭の中に響いているようだ。

 リアの声は、後ろで俺の体をつかまえているリアからではなさそうだ。どういうことだろう?

 というか、リアに変化が無いのはどういうことだ?

 進化したんじゃないの?

 それに、リアはどうやって俺を助けるつもりなのかな?

 俺の背中がリアの体と密着した。

 いつも恥ずかしくなる、ふくらみが二つ。

 そして、いつも通りの硬く冷たい感触。

 もしかして、中身が変化してるのかな?

 俺は何とか手を伸ばし、リアの兜のフェースガードを上げてみた。

 いつもの、得体のしれない黒いものがあった。

 特に変わった様子はない。

 変わったと言えば、風切り音が大人しくなった?

 相変わらず、俺は落下を続けている。

 リアに変化が無いのも気になるけど、もう一つ気になることが頭から離れない。

 俺はどうやって、あんな上空へ飛ばされたんだろう?

 自分で飛んだはずはない。飛行能力者に触れて、能力をコピーした…はずもないし、そもそも俺にそんな力があったら、スーツ作ってヒーローやってる!

 それはいいとして。

 どうやって上空に?

 謎だ。

 やっぱり落下速度が落ちてる。

 まさか、リアの背中に羽が生えて飛んでるとか?

 羽は…ゲームだと、背中の装備品で見かけるねぇ。天使の羽系が多い。

 でも、リアなら、悪魔の羽だな。

 それとも浮遊能力?

 ジェットパックを装備して空を自由自在に飛ぶ!

 あのキャラも、鎧と言えなくもない兜装備してたなぁ。あれには企業のロゴが入ってたけども。

 ありがとう!そして、ありがとう!と、同じ言葉を繰り返すのが特徴だ。

 しっかりつかまれてて、後ろを確認できない。

 考えても分からないことは、聞くに限る!

「ねえリア。俺、どうやってあんな上空に?リアって今、飛んでるの?」

「何でしょう?それは、たぶん、スポーンと飛び上がったのかと」

 リアの声が頭の中に聞こえた。やっぱり後ろからじゃない。

 って、スポーンて、ギャグマンガみたいに、ツルッとすべって?そんな無茶な…。

 それに、現実に起こったら、俺の体がGに耐えられない!

 敵から白い悪魔と呼称されたGではないよ?

 皆大っ嫌いな、黒い、カサカサ動くあいつでもないよ?

 進化して、言葉話したり、襲いかかってきたりしないよ?じょうじ。

「…空の旅はいかがでしたか?」

 俺が変なこと考えている間に、リアが飛んでいるのかどうかの返事があったらしい。

「え?なんて?」

「ですから、スポーンと」

「いや、そこではなくて、その後」

「空の旅はいかがでしたか?」

「その前」

「魔法で飛んでいます。羽が生えた方がよかったですか?」

 なんだ、魔法か…。

 ん?

 リアって、騎士タイプだったよね?

 騎士で魔法と言えば、パラディン!回復魔法を使えるのかも!

「魔法って、どんなのが使えるの?」

「分りません」

 リアはそう答えたものの、下の巨大な木の中で火柱が上がった。

「攻撃魔法が使えるみたいです」

 リアがあっけらかんと言った。

 攻撃魔法?

 それは、侍に進化したと?ダンジョン探索のプロとして…!

 あ、うん。ゲームの話。パラディンあたりから。

 罠にかかって壁の中にめり込むんだ。あのゲーム。

 え?下で火柱が上がったって…。俺の背後から魔法を打ったのかな?

 徐々に巨大な木が、更に巨大になった。

 枝が激しく動き回って、もう、某映画の暴れ柳のようだ。柳の木ではないけど。

 枝のあちこちが燃えていた。

 火を消そうと暴れまわっているようにも見える。

 枝の中に、何かが見えた。

 俺は何か良い物を見たような気がして、凝視した。

 浅黒い肌。

 枝が邪魔だ!

 綺麗な足だ。

 動き回らないで!

 色が白かったら、グル子と見紛うほどだ。

 その上に、プリッとした…ケツ!

 俺は思わず鼻血を吹き出していた。

 くぼんだ背中。

 もはや、動き回る枝は視界から消えていた。俺の願望ゆえに、脳内修正が入ったのだ!

 肩甲骨の隆起が、なぜか俺の目を引き付けた。

 色っぽく感じるのはなぜだろう?宝物をその前に隠しているからだろうか?

 肌とは対照的に、白い髪。

 頭に角が見えた。

 お尻が揺れた!

 胸が見えそうで見えない!

 もうちょっと横向いて!

 後ちょい!

 俺は鼻を手で押さえたまま、必死に頭を動かした。

 けど、近付いてきて、より鮮明に見えるようになると、恥ずかしくて直視できない。でも見たい!

「アオ様!もう少しお待ちくださいね!」

 裸の女性が言った。

 え?あれがリアなの?

 じゃあ、これは?

 俺をつかまえている鎧は何なんだ?

 俺はゆっくりと降下していき、地面に下り立った。

 久々の地面だ!

 足の裏に踏みしめるものがあるって、こんなに嬉しいことだったんだ!

 両膝、両手をついて、俺は大地を歓迎した。

 大地にキスしたっていい!

 鎧が巨大な木に戦いを挑んだ。

 アーディングも一緒だ。

 今は、大きな盾が俺の前を、ビットのごとく浮遊し、守ってくれている。

 リアはニュータイプになったのか!

 ちょっと言ってみたかった。

 俺がリアのステータスを確認すればいいんだった。

 裸のリアを見るのは恥ずかしいし、気が引けるけど、枝が邪魔!…ではなくて、いい具合に自主規制かかってるし、やや遠巻きなので、何とか見れた。

 クリシュヴィラって種族になってる。

 ポチのナーリーもそうだけど、聞いたこともないものだなぁ。

 でも角があるってことは、魔族になったのかな?

 てか、肉体!

 肉体ですよ!姉さん!

 ホテルでトラブルですよ!

 ではなくて。

 諦めた肉体を得てるよ!

 感極まるよ!肉体一つで!

 浅黒い肌も、乙ですなぁ。

 リアが作り出した魔法の風が、枝を斬り裂いた。

 俺の傍に落ちてびっくりしたけど、しっかりと盾が守ってくれてた。

 鎧も盾も、遠隔操作?

 自立型?

 そう言えば、鎧の中に黒いものがあったなぁ。

 まるで○人みたいな…。

 あの亜○は、遠隔操作ではなくて、特定の思いを自動的に行っていたよねぇ。

 リアが、幹から何かを引っ張り出した。

 すると、巨大な木は見る間に生気を無くし、動かなくなった。

 リアが取り出したものは、美女だった。

 肌の色が緑だし、角もあるし、羽まであるし…。

 胸は動いていない。

 呼吸していないんだ。

 当然、目を開けることもない。

「これが呪いの元凶でしょうか?」

 アーディングが美女を見下ろした。

「そのようです」

 リアが答えた。

 裸のリアがそこにいると思うと、顔を上げられない。

 見たいけど…見れない!

 浅黒い足だけ見てる俺。

「元凶は処分しましょう」

 アーディングは美女が邪魔だと言わんばかりに、首を斬りにかかった。

 俺の目に触れさせたくないのかも。

 だけど、斬れなかった。

 傷一つ付かなかった。

 美女の横たわる大地が、何かがしみ出すように黒く染まり始めた。

「呪いがしみ出してます!このままでは…」

 アーディングは慌てて下がった。

 何とか対処しないと、呪いの森が生まれ変わるだけなのかも。

 その証拠に、美女の回りから、黒い植物が生えてきた。

「リア、何とかできない?」

 俺はリアが、呪いの産物だと考えていた。鎧の中に黒いものがいたことを知ったころからだ。

 同じ呪いの化身で、進化した今のリアなら、何とかできるように思えた。

「やってみます。アオ様」

 リアはそう言うと、手から黒いものを出した。

 黒いものが美女を包む。

 その黒いものが徐々に小さくなると、どういう訳か、美女も消えていた。

「あぁぁ」

 リアの艶っぽい吐息に、俺は思わず見上げた。

 リアのチチが!

 って鼻血を出している間に、別の異変に気付いた。

 いつの間にか、リアの背中に羽がある。美女の背中にあった羽と同じだ。

 よく描かれる、悪魔の羽だ。これで尻尾もあれば、トラブル続出のお色気マンガだ。

「と言うか、限界!リア、服着て!」

 俺は自分の上着を脱いで、他所を向いたまま渡した。

「このままでもよろしいのに」

 リアは変なこと言って、服を受け取らない。

「いいから!」

「もっと見てくださってよろしいのに。ほら、触ってみませんか?」

 リアが、俺の横に、来てる!

 俺は目をつむった。

 リアがいつものように、俺の腕に絡みついた。

 絡みついた!

 柔らかく!

 しっとりした!

 柔らかいものが!

 俺の腕が!

 脳が!

 溶ける!

 リアの体に吸い込まれそうだ!

 リアは笑い声をあげて、俺から離れた。

「もう大丈夫ですよ」

 リアの声に、俺は顔を上げた。

 リアはいつの間にか、鎧を着込んでいた。

 いつの間にか、鎧と盾が消えている。あの鎧を着込んだのだろうか。

 俺の疑問に答えるかのように、リアの鎧が、リアの体の中に溶け込んで、裸になった。

 俺が鼻血を吹き出している間に、リアの体の中から服が出てきて、初めから着ていたようになった。

 リアは面白がって、俺を見つめてる。

「それ、どうやってるの?」

 俺は気を紛らわせようと、質問した。鼻もだけど、股間も問題で、真っ直ぐ立てない。

「私は取り込んだものを自由自在に出せるようです」

 今着ている服は、そう言えば、美女の悪魔が着ていたものだ。

「じゃあ、呪いの森の元凶を取り込んだってこと?」

「はい。もうここで呪いの木が発生することはないでしょう」

 いとも簡単に言ってのけた。

 リアは俺に近づくと、俺の手を取った。

 俺の手を、胸に運ぶ…。

 と見せかけて、頬に触れさせた。

 悪戯っぽく微笑んでるのが、魅惑的だ。

 手に触れる感触は、温かく、柔らかく、スベスベだ。

 愛おしいリア。

 リアを失いそうになって、肉体は諦めてたのに、ちゃんと手に入れるなんて、憎らしい奴!

 最高です!

「呪いの力を操るなんてヒーローっぽくないけど、俺のパトスがすべてを許してる!」

 もう一度言おう。

 最高です!



  4


 呪いの元凶が取り払われたためか、周りの森が静かになっていた。

 多数出没していたモンスターの姿も見えない。

 埋め尽くすほど浮かんでいた魔法陣も消えていた。

 呪いの森を攻略したんだ!

 それもこれも、すべて、リアのおかげだ!

 感謝してもしきれない。

 けど、一つ、大きな疑問が浮かんだんだ。

 男として、これは、聞かずばなるまい!

「リア。鎧着てるときってさ…」

「はい、なんでしょう?」

「何も着てないの?」

 素肌に鎧なの?

 非常に重要な疑問でしょ?

 え、違う?

 重要だって!

 男にとって!

 鎧を見る目が変わるよ!

「おっしゃってる意味が分かりませんが…」

 リアはそう答えたものの、鎧に着替えた。

 そして、鎧の胸当てを外す。

 ポロリせんでよろしっ!

 まったく…。

 リアは俺に鼻血を出させて、喜んでる…。

 でも、答えは得られた!

 ちょっと、鎧が羨ましい。

 俺も健全な男の子なんだい!

 ヘンタイじゃないんだ!

 下着を喜ぶ人たちと一緒にしないでいただきたい!

 ………。

 下着も興味ないとは言えないけど…。

「ってなんで裸になってるの!」

 俺はリアにツッコミつつ、急いで顔を逸らした。

「麗しの君!あれは目に毒です!見てはなりません!」

 アーディングが、俺とリアの間に割り込んだ。

「うん、まあ、ある意味、目に毒だね」

 鼻血を大量に誘うという意味で。

 股の間を隠さなければいけないという意味でも。

「そんな…私の体はそんなに醜いですか」

 リアが悲壮な声を上げた。

「そんなことない!」

 俺は思わず言い返した。

 アーディングが俺の視界を塞いでいる。おかげで鼻血を吹き出さずに済んだ。

 何か非常にもったいない気持ちもするんだけども。

「いいえ。目に毒と言われるのですから、よほどの醜さなのですね」

 リアの声が打ち震えている。

 何とかしないと、まずい気がする…。

 俺は必死に頭を回転させ、言葉を探した。

 いい言葉が思い浮かばない。

 時間をかければかけるほど、よくないと思った。

 焦った挙句、俺は口走った。

「綺麗すぎて!パトスがほとばしるんだ!抑えられなくなっちゃう!」

「何を抑えられないのかしら?」

 俺の背後で艶っぽい声がした。

 慌てて振り向くと、レムがニヤついている。

 俺の股間と顔を見比べるの、止めてくれる?

「たぎっていいのですよ!私がしっかりと受け止めます!この柔肌でアオ様を喜ばせることができるのならば…本望ですわ」

 リアはリアで、訳の分からないことをほざいている。

 何か他のことを考えて静めなきゃ…。

 そう思えば思うほど、リアの裸がまぶたの裏に浮かぶ。

 もちろん、永久保存ものですけども!

 アーディングの服がずり落ちていく。

 肩が見え、胸がはだけ…。

 なぜおまえが脱ぐ!

 しかも、その脱ぎ方は…。

 さてはお前、ヌーディストビーチか!

 変なもので上書きしないでもらいたい!

 まあ、おかげで少し治まった。

 そう言えば、考えなきゃならないことあったんだった。

 リアの裸のせいですっかり大事なことを忘れていた。

 アーディングのおかげ、と言うのが癪に障る…。

 傷だらけで、矢も尽きたハンターが、上着をリアの肩にかけた。

 いつの間に!

 しかも紳士だった!

 アーディングの同類だと思ってたのに!

 アーディングはハンターの行為を見て冷静になったのか、顔を赤らめて、着衣を正した。

 レムは平気そうだけど、せっかく新しくもらった服はボロボロになっていた。

 二人とも大変だったんだ…。

 よく無事で戻ってくれた!

 レムがにっこりと微笑んだ。

 うん。俺に自覚はないんだけど、こうやって頭の中でしゃべってること、時々口にしちゃってるらしい。

 ま、問題ないっしょ!

 森の中は静まり返っていた。

 そうだ。

 大事なこと!

 グル子とポチはどうなった?

 俺は皆を促して、森の出口へ向かった。

 向かいながら、どこかでまだ戦い続けている音がしないか、グル子やポチが倒れていないか、探し回った。

 目と耳をフル活用して。

 レーダーとか、サテライトアイとか、欲しい。

 ドローン一機あれば、重宝しそうだ…。

 もちろんソーラーパネル付きの。

 じゃないとこんなところで使えないもの。

 皆も俺の思いを察してくれて、横に広がって探してくれている。

「グル子!ポチ!」

 俺には気配を感知することも、空間把握することもできない。

 だから、返事をして欲しい。

 物音を立てて欲しい。

 音がすれば、俺が聞き逃しても、誰かが気付いてくれる。

 狩りの達人、ハンターなんか特に。

 森のあちこちが破壊されていた。

 激しい戦いの跡だ。

 グル子とポチが本気で戦い合えば、そうなるよね。

 木々がなぎ倒され、陥没したところもある。

 二人とも無事でいて…。

 俺は祈った。

 森の荒れた風景を見るたびに、胸が痛んだ。

 グル子やポチが同じように傷付き、苦しんでいるように思われた。

 俺の思い上がりが、この結果を招いた。

 どうして俺はいつもこう、行き当たりばったり何だろう。

 これだけ仲間が増えたんだから、もっと慎重に行くべきだった。

 後悔ばかりが浮かんで、胸を締め付けていく。

 グル子のはにかんだ笑顔が脳裏に浮かんだ。

 ポチの明け透けな様子も見える。

 二人は無事だろうか?

 リアの浅黒い肌…。

 それは今思い出さなくていい!

 夜、誰もいないところで、じっくりと…。

 それはいいんだって!

 今はグル子やポチのことを考えよう。

 二人を見つけて、無事を確かめたい。

 グル子の綺麗な足が傷付いてないだろうか。

 ポチの弾けそうな体が…。

 いやいや、そこから思考を離せ、俺!

 グル子は正気に戻っているかな?

 戻ってたら、俺を探しているに違いない。

 今にも、

「アオトさん」

 と言って出てくるかも。

「アオト!」

 ってポチがいきなり抱きついてくるかもしれない。

 んで俺は、グル子と見つめ合うんだ。

 ポチに、

「顔をなめるな」

 って注意するんだ。

 音がした。

 俺は慌てて振り向いた。

 レムが大きな枝を踏み折ったらしい。

 注目を浴びて、詫びた。

 その姿がどういう訳か、色っぽい。レムの仕草がそう見えるのかも。

 俺ががっかりした顔をしていたんだろう。レムはもう一度詫びて、

「二人を見つけますよ」

 と意気込んだ。

 それにしても、二人はなかなか出て来ない。

 出て来ないところを見ると、まだ正気には戻ってないのかも…。

 だとしたら、ポチはまだグル子の相手をしているのかも。

 それにしては、辺りが静かすぎる…。

 俺たちの足音が聞こえるだけだ。

 鳥のさえずりもない。

 呪いの森だから、生き物がいないんだろう。

 いたら、呪いを浴びまくって、祟り神にでもなってたかも。

 生き物いなくてよかった。

 ………。

 まさかね。

 俺は、自分の妄想から、不安の種を増やしてしまった。

 グル子やポチが呪いを受けまくって、祟り神に…。

 どうしようもなくなって、二人を退治することになったらどうしよう。

 退治したらしたで、呪いを受けて…。

 常人以上の力を得るのか?

 ………。

 いやいやいや!

 天秤にかけることじゃない!

 グル子とポチの無事が一番!

 二人を救えない事態なんて、あっちゃダメ!

 二人を犠牲にして得る力がもしもあったとして、そんな力、いらない!

 力があれば、俺がヒーローになれるとしても!

 二人を犠牲にしてまでヒーローになりたいとは思わない!

 それに、あれはアニメじゃないか。

 現実にはないし、考え通りの都合のいいことにはならないよ。

 きっと暴れ疲れて、どこかで休んでるんだ。

 そのうちにひょっこり顔を出すさ!

 もしかしたら、揉み合って倒れ込んで、そのまま絡み合って倒れてるかもしれない。

 グル子の綺麗な足に、ポチの健康美あふれる足が絡み合ってて、胸と胸がひっついて絡み合ってて…。

 あの二人、けっこう胸大きいんだよね。

 月曜の朝に拝みたくなるような…。

 汗ばんだ二人がくんずほぐれつ…。

 いかん…。

 息子よ!反応しないでおくれ!

 妄想しすぎたせいかな。

 そこの幹から足が生えてるように見える。

 いち、にい、さん…?

 三本足?

 近づいてよく見ると、もう一本足が隠れていた。

 ついでに尻尾まである。

「ポチ!」

 俺の妄想が現実に現れたんじゃなければ、あれはポチに違いない!

 四本の足が絡み合ってる。

 妄想の通り過ぎて、幻でも見てるのかな?

 俺の声に反応はなかった。

「グル子!」

 やっぱりピクリともしない。

 当然、返事はない。

 皆が集まってきた。

 ハンターが素早く木に登った。

 リアが羽を使って飛び上がった。

 飛んでる!

 飾じゃないのね!

「気を失っているだけだ」

 ハンターの声が降ってきた。

「グル子にかかった呪いはまだ残っているわ。無理やり抑え込んだまま、気を失ったのね」

 リアはそう言いながら、幹に隠れて見えないグル子の体に触れた。

 リアは呪いを操って、自分に吸収した、らしい。後からリアに聞いたことで、俺にはよく分からない。

 なんにしても、リアがいてくれてよかった!

 そうそう。

 戦闘でリアが魔法を使っていたけど、あれも正確には呪いだそうだ。呪いの炎とか、呪いの風を使っていた、ってこと。

 リアは呪い全般を操れる存在になったんだ。

 鎧だけを動かして、俺を空中でキャッチしたのも、その中身は呪いの一種だったんだって。

 けっして、○人ではなかったという。亜○でなかったことは、ちょっと残念だ。

 リアとハンターが協力して、グル子とポチを地上に下ろした。

 二人とも多少の傷はあるものの、無事だ。

「よかった…。無事だったんだね」

 俺は安堵した。

 二人は祟り神になることなく、無事に戻った。

 どちらか一方が、死ぬようなこともなかった。

 帰ってこなくなるようなこともなかった。

 それもこれも、グル子を必死に引き止めたポチのおかげ。

 そして、グル子の呪いを解いたリアのおかげだ。

 無事だと分かると、俺も現金なもので、くんずほぐれつした貴重な様子を脳内に記憶した。

 スクリーンショット機能が欲しい!

 後でカーラがこのことを知ると、俺をなじるのだけど、なんで責められるのかよく分からなかった。

「あ、アオト」

 気付いたポチが、寝ぼけた様子で俺にしがみついた。

「あ、こら!顔をなめるなって!」

 ポチの豊満な胸の感触を味わう余裕もなく、俺はポチの顔を押し戻さなければならなかった。

「いいじゃん。減るもんじゃないし」

 そう言って離れようとしないポチを、レムが引き離してくれた。

 ちょっともったいない気もするけど、顔中なめられるのは、たまったものじゃない。

 あれは完全に、キスとは別物だな。

 初めはなめられるのを恥ずかしがっていた俺も、そう思うようになって、冷静に対処できるようになってきた。

 何はともあれ、ポチは元気だ。

 よかった。

「アオトさん」

 グル子のか細い声が聞こえた。

 俺は急いでグル子の傍に跪いた。

「大丈夫かい?」

「はい」

 グル子はすぐに答えたものの、体を動かすのも辛そうだ。

「無理しないで!」

 俺はそう言って、グル子を抱きかかえようとした。

 当然、俺では抱えることなんてできない。

 非力な俺!

 こんな時くらい!

 お姫様抱っこで運ぶくらい粋な事させろよ!

 そんなこともできないのが、俺なんだな…。

 リアが鎧を出して操り、俺の代わりにグル子を抱えてくれた。

「里へ戻ろう」

 ハンターがいつの間にか横に来ていた。

 エルフの里で養生しろってことらしい。

 皆、服もボロボロだ。

 ポチも元気そうにしているものの、疲れているはずだ。

 お言葉に甘えて、俺たちはエルフの里に行った。

「何か色々御利益のある物を見た気がするけど、非力な俺は色々台無しだ」

 俺一人、意気消沈していた。



  5


 エルフたちは俺たちに至れり尽くせりだ。

 皆をゆっくり休ませてくれる。

 美味しいものを食べさせてくれる。

 温泉も使わせてくれた。

 新しい服まで用意してくれた。

 呪いの森での戦利品まで集めてくれた。

 絶えず、誰かが俺たちについて、なに不自由なく接してくれた。

 あまりに至れり尽くせりで、誰かが必ず近くにいる。おかげで、脳内映像を活用する時間すらなかった。

 ちくしょう!

 美男美女に囲まれて、思い出に浸る余裕がなかったとも言うけど。

 温泉では、ハンターが背中を流してくれた。

 そう、絶えず、傍に人目があった。

 まあそれはいいとして。

 グル子はすぐに元気になった。

 まずは一安心だ。

 ポチは相変わらずだし、リアは…ハイになってるのかな?

 リアはいろんな服を取り込んで、早着替えしてた。

 なんか、鎧の時より幼く見えるのは気のせいだろうか?

 きっとはしゃいでるから、そう見えるんだ。

 たぶん。

 実は、一人、元気のなさそうなのがいる。

 レムだ。

 愁いのある笑顔を向けてくれる。

 リアが俺とスキンシップしていると、特にその顔だ。

 やっぱり、レムも柔肌を手に入れたいんだね。

 ………。

 なんか、妙なニュアンスがあるけど、やらしい意味じゃないよ?

 いや、将来的には…でも今は、ね?

 いくら願望があっても、俺の耐性がつかないことには…。

 とにかく。

 皆が回復したら、レムの進化のために、行動を起こそうと思う。

 目指す先は、もちろん、宝玉の森だ。

 遺跡群も未確認なので、次の探索は時間がかかる。

 準備もそれなりにしなきゃ。

 そして、宝玉の森の異変だけは、エルフの長老たちも詳しくは知らなかった。

 あそこだけは、モンスターが外にあふれかえったことが無いんだって。

 でも何かが起こっていると、長老は言った。

 調査に向かった若者が、誰一人戻ってこなかったんだとか。

 近年ではその調査もしたことが無いらしい。

 エルフの近年って、どのくらい前なのかは、聞かないでおこう。

 まずは情報を集めよう。

 仲間を失いそうになるのは、もういやだ。

 俺が死にそうになるのはまだ自業自得だけど、仲間を不幸にするのは耐えられない。

 毎度毎度、危機一髪だしね。

 ここはロコの出番だ。情報を集めてもらおう。戦利品の処分もあるし。

 俺は戦利品を持って、護衛にリアとレムを連れて、いったんエルフの森を出た。

 道案内にハンターもついてくる。

 ポチとグル子は、念のため安静。

 二人ともついてくるって聞かなかったけど、何とか言いくるめ…じゃなくて、説得した。

 カーラが二人のことを引き受けてくれた。

 いい子じゃないか!

 エルフの里を出る前に、イヤリングでロコと打ち合わせしておいたので、待ち合わせ場所ですんなり出会えた。

 待ち合わせ場所で、俺は驚くことになる。

 なんと、おかんがいた!

 筋肉隆々の、マリアだ。

 俺は厚い筋肉の抱擁を、気を失うまで味わった。

「心配したのよ」

 マリアは何度も言った。

「マリアこそ無事だったんだね」

 俺の言葉に、マリアは何のことと言いたげに、首をかしげた。

「ほら、俺たちを逃がした時…」

「ああ、あれね。どうってことないわ。あたしに敵う者なんていないわ」

 我は無敵なり、みたいなことケロッと言うよ、この人…。武技言語唱えたりしないよね?

 無理か。あれはこことは異なる世界のマンガの話だし。

 なんにしても無事でよかった。

 マリアは俺の仲間も、抱きしめて無事を確かめた。

 当時と見た目も変わってるのに、マリアにはすぐに分かったみたいだ。

「娘の顔くらいすぐ分からないでどうするの!」

 マリアはそう言って、皆の成長を祝福した。

 グル子とポチを心配してくれて、

「姿を見るまでは離れないわよ」

 仁王立ちで言ってくださる。

 どうやら、ついてくることが確定らしい…。

 いいのかな?

 エルフの里として…。

 ハンターは諦めたように頷いた。俺に関わると、里の掟は守れないらしい。

 そうしている間にも、ロコは戦利品を検品して、よだれを垂らしていた。

 唾つけて回る勢いだった。

「もう、お礼にあちきの体でも差し上げますよ」

 ロコはそう言って、俺の頬にキスした。

 キス!

 うん、まあ、だいぶ耐性がついてきたとはいえ、ドギマギするわけですよ。

 リアは対抗して、反対側からキスするし、レムは物悲しい笑顔を浮かべるし…。

 望んだハーレムのため、レムも本当の笑顔になってもらわないと困る!

 俺はキスで頭が真っ白にならずに済んだ。

 マリアとロコに、遺跡群のことについて何か知らないか、尋ねた。

「昔はお宝が多く眠っていたとは聞きますが、あちきが訪ねた限りでは、なにもありませんでしたよ」

 すでに探索済みだった。どうやら、情報収集を頼むまでもないようだ。

「噂ではどこかに地下への入り口があって、その奥にドワーフの王国があるとも言われているわね」

 マリアが付け加えた。

「ドワーフの王国…」

「そうよ。背は人より少し低くて、皆がっしりした体格をしているってされているわ」

「されている?」

「噂話みたいなものなの。ドワーフ自体、見たことが無いわ。だから空想上の産物って考えている人も多いのよ」

「ドワーフは確かにいた」

 ハンターが割って入った。

「本当に!?どこに?今すぐ会わせて!」

 食いついたのは、ロコだった。

「エルフの里でも近年は出会ったことが無い。すでに絶滅しているのかもしれない」

「そんなぁ!」

 俺はちょっと考えついたことがあって、確認するために聞いた。

「ドワーフって、もしかして、宝玉の森の奥に住んでるとか?」

「そうだ」

 ハンターは頷いた。

 ファンタジーものだと、大抵、ドワーフは洞窟の奥に住んでて、貴金属の扱いに長けてる。

 ここでも同じなんだ!

 宝玉の森と言うくらいだから、宝石や、もしかしたら貴金属も出るんじゃないかな。

 ドワーフはそれを加工して…。

 あれ?

 でも、外に出て来ないんじゃ、作っても意味が…。

 買い手が無きゃ、ねぇ。

 俺の閃きには落とし穴があったようだ。

 でも、ロコが反応している。

「宝玉の森!なんていい響きなの!貴重な宝石が手に入りそう!アオトさん!後生ですから、あちきに宝石を貢いでください!」

 貢げって…。

 思わず苦笑しちゃった。チャットだと、草がいっぱい生える瞬間だよ。

 まあいいけど。

「まあ焦らないで。遺跡とか、その宝玉の森で出てくるモンスターはどんなの?」

「遺跡では、ゴーレムばかりですよ」

 ロコが答えた。

「いろんな種類がいましたっけ。石とか木とか鉄とか…宝石のゴーレムっていないかな?ぜひ欲しいと思いません?」

 ロコは興奮して何か言い立て始めたけど、スルーしておこう。

「私もあまり探索したことはないが、宝石を食べる爬虫類がいるはずだ」

 ハンターが言った。

「ジュエルイーターね。噂でしか聞いたことないわ」

 マリアが補足した。

「宝石を食べるなんてもってのほかです!退治してください!」

 ロコは興奮しきっている。

 宝石に目が無いのか、金目の物に目が無いのか…。

 きっと後者だな。

 宝石の類を身につけていないもの。

 アクセサリーか…。

 皆、アクセサリー似合いそうだよな。

 そう思うと、何かプレゼントしたくなってきた。

 皆に指輪を…。

 いやいやいや!

 いきなりすぎるし、俺、何考えてんだ!

 初めてのアクセサリーに指輪は重すぎだろ!

 てか、結婚なんてピンとこないし。

 でも、アクセサリーとしての指輪も、捨てがたい…。

 でもでも、誤解受けそうだから、まずいよね。

 グル子は何が似合いそうかな?

 足が奇麗だし、アンクレットってのもいいかも。

 ポチは…ネックレス?首輪っぽいかな?

 でも似合いそう。

 いっそのこと、チョーカーがいいかも。首輪っぽくならないように、ハート形の装飾をつけて…。

 リアは…。

 何でも似合いそうだな。

 サークレットなんて面白いかも。

 リアの呪いを受けて、サークレットに魂が宿って…。

 それって、とある島の戦記であったなぁ。

 サークレットつけた人が体を乗っ取られるという恐ろしいものだった。

 そしてサークレットに宿った魂も、恐ろしい存在だったはず。

 ………。

 やっぱ別のにしよう。

 うーん………ブレスレットかな?

 レムは…今のままなら、ネックレス。

 生身を手に入れてからなら、イヤリングだな。

 俺が考え事している間に、マリアが伝え聞いたジュエルイーターの姿や能力、弱点を説明していた。

 肝心なことを聞き逃している俺。

 まあ、皆しっかり聞いているようだから、大丈夫でしょう。

 なんにせよ、ゴーレムなど、硬いモンスターが多く出現するようだ。

 グル子もポチも、攻撃力は高いけど、足や拳だ。

 硬い物を攻撃してケガしないかな?

 心配だ…。

 となると、役に立つ武具が欲しいな。

 俺は早速、ロコに相談した。

「お安い御用ですよ!アオト様からの預かり金で、良いものを仕入れてきましょう!」

 ロコは請け負った。

 なんか、様呼ばわりされていたような気もするけど…。

「布生地もいくつか手に入れてくださる?」

 マリアが付け加えた。

「あたしが皆の服を作ってあげたいの」

 ロコが俺の顔を窺うので、頷いた。

「心得ました」

 ロコは答えると、テトを操って森の中に消えた。

 当然、渡した戦利品の数々は、いつの間にか消えている。

 消えた先は、テトのお腹の袋だ。

 入れる瞬間を見逃してしまった…。

 どうなってるのか見たかったのに…。

 拠点設営キットみたいなのも入ってたりして…。

 ゲーム内に転移するアニメって、拠点があったり、そういう便利アイテムがあったりするよね。扉が出てきて、転移前に暮らしてた部屋に行けたりとか。

 ふかふかのベッド…ちょっと恋しいな。

 ロコに頼んだら、手に入れてくれるかも。

 置き場所無いけど。

 とにかく。

 硬いモンスターの処理に手間取って、大量に溜まってくれたら、ポーションがぶ飲み…じゃなくて。MMOから離れよう。

 大量に溜まったら、飲み込まれかねない。

 その事態を避けるため、武具が必要だ。

 グル子には、その足を利用するための特別なブーツ。

 ってアンクレット隠れるじゃん!

 意味ないじゃん!

 そうだ。ブレスレットをグル子に、アンクレットをリアにしよう。

 いつか、アクセサリーを手に入れるときのために。

 皮算用って、楽しいじゃん?

 ウキウキと考えてられる。

 だから脱線しまくるんだけども。

 ポチには、グローブだ。

 リアは既にあるけど、もっと強力な物を、例えば、伝説の剣なんか欲しい。

 はやぶさの剣と破壊の剣を装備して、呪われて…。

 呪いだし、リアにちょうどいい。

 そんな武具があるといいなぁ。

 あったとして、買えない気もするけど。

 レムは、まだイメージ固まってないんだよなぁ。

 変わった武器がいいとは頼んだんだけど。

 例えば、鉄扇とか、鞭もいいかも。

 鉄扇だと、格ゲーだよね。

 ウシチチだよね。

 レムは忍者じゃないけども。

 もちろん、防具も欲しい。

 グル子とポチは、動きやすいものがいい。

 リアは、フルプレートじゃなくて、ライトプレート的なものでいい気がする。

 レムは、俺の希望通り進化するなら、防具は必要ない。

 はずだ。たぶん。

 そのように進化して欲しい。

 ロコには希望を伝えたけど、俺の金が一体どれくらいあるか知らないし、ほとんど買えないかも。

 その時は、武器優先で、とお願いした。

 そもそも、買わなくても、ドワーフを救ってお礼に装備一式作ってもらうという、王道パターンが…。

 そんな先を考えて、最弱武具で序盤を頑張る。

 ゲームならそれでもいいけど、ここはゲームじゃない。

 皆の負担を減らすことを考えなきゃ。

 だから、もしも本当に王道パターンになったとしても、がっかりはしない!

 この選択で間違ってない!

 俺が妄想を膨らませている間に、気付けばエルフの里に戻っていた。

 ワープしたの?

 なわけないか。

 どうやら、ハンターに導かれて、普通に里に戻ったみたいだ。俺はそのことに気付かないほど、妄想にふけっていた。

 だって、皮算用は楽しいもの!

「完全無欠な装備が欲しいと妄想したけど、実際はお色気装備だった」

 なんてことだって、あるかもしれない。

 それはそれでいいんだけども!

 でも、俺の大事な仲間の命を守るものだもの。ちゃんとした装備が欲しいし、可愛く、そしてかっこよく決まった皆を見たいじゃないか。

 だから、ロコ様。どうか、最高の装備をお願いします!

 ロコ様!

 俺は祈っておいた。



  6


 エルフの里は本来、宝玉の森のトラブルに関わらない。

 それにもかかわらず、ハンター、カーラが俺と同行することになった。

 ハンターはまあ、放っておいても勝手に来るね。

 カーラは、グル子たちが危険なところに行かされるのが気に食わないらしい。

 俺に食ってかかった。

 でもそれだけじゃない。

 宝石を手に入れて、グル子たちにプレゼントすると呟いて、ニヤついていたのを、偶然にも聞いてしまった。俺は聞かなかったことにしておいた。

 紳士的だろう?

 それにしても、本当に、カーラは俺には冷たく、彼女たちには優しいんだ…。

 ちょっと寂しい。

 グル子、ポチ、リア、レムは新たな服装を手に入れた。

 マリアがエルフの用意した生地を、瞬く間に服に仕立てた。

 それがまた、皆の体にピッタリなんだ。

 皆可愛くなって、俺は嬉しい。

 マリアもよく分かってるなぁ。

 足による格闘主体のグル子には、パンツスタイルだ。

 綺麗な生足が見れなくなるのは寂しいものの、体のラインがしっかり出ていて、美しい。

 そして、ロコが用意したブーツとも、見事にマッチしている!

 さすが、俺のグル子!

 何か特別な、魔法的処理がされたブーツらしいけど、俺にはよく分からなかった。

 うん。聞き流したともいう。

 ポチもパンツスタイルだけど、自分で破いてかなり着崩した。

 マリアにこっ酷く怒られたものの、当人は気にしていない。

 でもね。

 そのワイルド感が、ラフな感じが、とても似合ってる!

 ポチって、意外とセンスあるのかも。

 指抜きのグローブを装備すると、より一層ワイルドになった。

 これでポチの強力な爪も、腕力も、十分に使えるはずだ。

 ポチも気に入ったようだ。

 かっこいいぜ!ポチ!

 ポチのグローブも、何かあるらしいけど、例のごとく、君、または君の仲間が当局に…じゃなかった。

 例のごとくで変な方向へ行っちゃった。

 とにかく、聞き流した。

 聞き流したから、だいぶ後で知るんだけど、グル子とポチの服、どっちもミスリル製だったらしい。

 ミスリル製の服を破くって…ポチの腕力がすごいのか、度胸がすごいのか…。

 もったいなくもあるよね。

 リアは、羽が気に入ったようで、服の背中に羽用の穴を用意してもらった。

 と言うか、マリアは背中が大きく開いた服を用意したよ。

 リアが後ろを向くと、俺はドキッとして、目を逸らしちゃう。

 綺麗な背筋が見えちゃうもの。

 でも見たいのよねぇ。

 あの奇麗な背中に指を這わせてみたい。

 そう思うのって、俺だけ?

 ライトプレートを装備するとその背中もだいぶ隠れちゃうけど、どういう訳か、羽には邪魔にならなかった。

 偶然て、恐ろしいね…。

 ライトプレートについては、よく分かった。

 ミスリルだそうだ。

 いろんなゲームに出てくるやつだね。

 剣もミスリル製で、軽くて丈夫で切れ味サイコー!だってさ。

 俺はね、リアに似合っていれば、それでいいのさ!

 いや、装備で強くなるなら、何でもいいのさ!

 鎧をつけても、リアはセクシーだ。

 最高です!

 レムは、服が破れることが一番多いため、ミスリルの糸と言う、エルフの秘術を利用した、特別な服だ。

 ミスリルは金属だ。

 それを糸に加工してしまうエルフもすごい。

 そして、それを布に織り上げるのも!

 マリアはその特殊な布を、魅惑的で大人びたレムにピッタリの、シックなデザインに仕上げた。

 唯一のスカートで、ロングだけど、これがまたいいんだ。

 スリットも何もないのに、妙に魅惑的。

 上は…胸元が大きく開いて…じゃなくて、ボタンを留めてないだけね。

 胸元を大きく開けているので、当然、俺の視線を釘づ…じゃなくて、恥ずかしくて目をそらすことに。

 これ、レムが生身になったら、胸がはちきれて、ボタンが飛ぶんじゃないのかな。

 そのボタンはお守りとして、毎週月曜日に配られる…。

 とある漫画の話でした。

 レムの武器は、鞭だ。

 考古学の教授で、遺跡探索の権威が愛用する、あの鞭だ。

 まあ、あの人は、銃も使うけどね。

 鞭にも何か施しがあるらしいのだけど、やっぱり聞き逃した。

 強ければそれでいいもの!

 装備したら、ステータス大幅上昇!

 それに限る!

 与ダメが上がれば問題なし!

 とにかく、だ。

 レムをより奇麗な生身の…俺から見て、だけどね。でもレムの望みも同じだと思う。

 レムはリアを再々見て、憂い顔をしているから、生身を手に入れたいはずだ。

 そうに違いない!

 だから、俺はレムに奇麗な肉体を手に入れてもらいたい。

 そのために、俺は、俺たちは行動する!

 宝玉の森からの脅威を無くすという、対外的な目的は、きれいさっぱり忘れていた。

 さてさて。

 アーディングも当然、同行する。

 ロコは、当然残る。

「宝石をお待ちしております」

 無事の帰りをお待ちしております。

 とは言わないところが、ロコらしい。

 そして、マリアも同行する。

 マリアは重たいハンマーを武器に戦う。

 フライパンは手加減する時に使うんだってさ。

 ハンマーが飛んだり、稲妻を放ったりしないよね?

 ハンマーを利用して空を飛んだり…。

 見た目も、あれくらい強そうだ。

 うん、マリアは心配なさそうだ。

 俺を加えると、総勢九人。行かないロコも加えれば十人!

 増えたなぁ。

 アルラニアでは拒絶され、一人ぼっちになった俺なのに、今やこれだけの仲間に囲まれてる。

 それだけでも俺は感無量だ。

 接近戦キャラが多いから、援護系や中距離遠距離系がもう少し欲しいな。

 なんて贅沢も出てくるんだけども。

 レムの肉体を手に入れれば、ハーレムも…。

 カーラが俺にデレれば、なおいい。

 望んだハーレムも近づいてる!

 それだけじゃないよ?

 俺は相変わらず非力だけど、これだけの仲間がいれば、人々を救うことも夢じゃなくなる!

 まあ、救った人から感謝されないのはちょっと寂しいけど、だからって、被害が出るのを見過ごすつもりはない。

 まだ見たことのないドワーフたちを、これから助けに行くと思うと、俺の士気は勝手に上がっていくんだ。

 レムも進化出来れば、一石二鳥!

 突き進むぜ!

 準備の整った俺たちは、意気揚々と出発した。

 これだけのメンツだと、遺跡群は難なく突破できた。

 魔法陣をいくつか、わざと発動させたけど、みんなそれぞれが簡単に撃破した。

 アーディングの剣も新調されてるんだね。

 しきりに見せたがるんだけど…。

 でもまあ、ゴーレムを一刀両断にしたのは、驚いた。

 負けじとハンターは、魔力のこもった矢を放って、ゴーレムを貫いた。

 こっちも驚きだ。

 魔法の効き難いゴーレム相手に、カーラは魔法で貫くし。

 硬いゴーレム相手に、ポチは叩き潰し、グル子は蹴り壊した。

 リアも一刀両断する!

 レムは鞭を巧みに操ってる!

 初めて使うはずなのに、もう、女王様みたい!

 レザーの女王様スタイルも似合いそうだ。

 マリアは軽々と、ハンマーで叩き潰した。

 迫力満点の一撃!

 ストーンゴーレム、ウッドゴーレム、アイアンゴーレムと、いろんなゴーレムが出てきた。

 どのゴーレムも、一撃で消えて行くのは、爽快だ。

 敵の硬さなんて微塵も感じない。

 それだけ皆が強くなったってことだね。

 まさしく一騎当千!

 一騎当千と言えば、関羽雲長、張飛翼徳、趙雲子龍…。

 そう、三国志!

 劉備軍ばっかり出てくるのは、ジャパニーズだからだね。

 本国では魏の国が人気だとか聞いた覚えがある。

 でもまあ、劉備軍が思い浮かぶには、もう一つ理由があるんだな。

 俺が劉備の位置になるから、だ。

 賢くはないよ!

 悪かったな!

 でも弱い所は似ている…はずだ!

 周りが豪傑ばかり過ぎたんだろうけども。

 そうさ!

 俺は劉備玄徳とは比べ物にならないほど弱いさ!

 例えるぐらいいいじゃないか!

 関羽は、やっぱりグル子だな。

 張飛はポチしかいない。

 趙雲は…レムかな。劉備の子を守った逸話が有名だし、レムも守りには定評がある。

 あと残ってる将軍は黄忠と馬超か。

 弓使いでハンターが黄忠…。

 じゃあ、馬超はリアだな。

 色々当てはめると楽しいな。

 他には…。

 考え込んでいる間に、いつの間にか、洞窟の中にいた。

 坑道っていうんだろうね。

 柱で補強された洞窟だ。

 明かりはカーラの魔法と、ハンターの持つたいまつだ。

 天井が頭に降ってきそうで怖い。

 洞窟って、こんなに圧迫感があるものだったの?

 ゲームとかだと、こういう場所は再々出てくるよね。

 序盤のゴブリン退治とか、地下ダンジョンとか、神様に愛された冒険者たちが挑むダンジョンとか。

 上に昇って行くダンジョンもたくさんあったなぁ。

 なんちゃらの塔ってのもあれば、ダンジョンとひとくくりのもあったし。

 アニメやファンタジー映画でも出てくる。

 天然の洞窟から遺跡まで。

 ゲームにしろ、アニメにしろ、そこにレアなものがあると期待する。

 映画とかは怖いものが出る場所と相場が決まってたな。

 もちろん、お宝もたんまりだけどね。

 そう言えば、ここは宝玉の森って言ったっけ。

 お宝がその辺の壁にあったりするかも。

 そう思うと、俺は洞窟の怖さを忘れていた。

 それに、仲間が大勢いるから、前後を襲われる心配もない。皆警戒して進んでくれているもの。

 けどやっぱり怖いものはあったよ。

 崩落した現場。

 これは、そこまで怖くない。

 初めから塞がっている道程度だ。

 戻って別の道を進むだけ。

 でもなぜか、崩落現場を見た時から、胸騒ぎが続いていた。

 某映画のように、虫が大量に…。

 なんて現場はなかったのでご安心を。

 うじゃうじゃいたら俺も怖いもの。

 じゃあ何が怖かったかって?

 初めはまた崩落現場かと思ったんだ。

 だけど、近付いてみると、壁が動いてる。

 ついに虫の壁が…。

 ではなかった。

 爬虫類の頭や腕がいっぱい突き出た壁だった。

 その頭や腕が、動いてる!

 もぞもぞと!

「ジュエルイーターね」

 マリアの声が響いた。

 多数のジュエルイーターが狭い通路に集まって、道を塞いでしまっている。

「なぜこうなった…?」

 ハンターがたいまつを掲げで、ジュエルイーターが折り重なってできた壁を眺めた。

 壁は生きていて、近付いたハンターに噛み付こうとしている。掴みかかろうとしている。

 俺は鳥肌が立って、近付けなかった。

 怖いものあるけど、気味が悪い。

「これ、雪崩打って襲ってこないよね?」

 俺は怖い状況を想像してしまった。

 びっしり詰まっていて、落ちて来ないようにも見える。

 見えるけど、頭や手は動いているんだ。

 状況が変わらないとは言えない。

「この道は避けましょう」

 アーディングの提案に、皆従った。

 壁に、試しに突っ込もうとするポチを除いては。

 ポチにはおもちゃに見えたらしくて、とても遊びたがった。

 グル子とリアに手伝ってもらって、何とか引き離したんだ。

 ポチが突っ込まないよう、俺もポチの体をつかまえて、押さえた。

 何か非常に柔らかかった気がするけど、堪能している余裕もなかった。

 残念だ。

 なんだかんだと行きつ戻りつしていると、光を反射する物を見つけた。

 その周りに、ジュエルイーターが集まっている。

 ということは?

 あれは宝石に違いない!

「ポチ!遊んでおいで!」

 俺は即座に、ポチを送り込んだ。

 ポチも言われるが早いか、飛びだしていた。

 ポチは狭い空間を、上へ下へと走り回った。

 壁も走ってるよ!

 強く、硬いはずのジュエルイーターを瞬く間にせん滅した。

 咬みつかれたら、手足なんて簡単に引きちぎるジュエルイーターなのに。

 危ないとか、怖いとか、そんな場面、一切ないな。

 本当に今回は、楽勝らしい。

 俺は輝く物の傍へ急いだ。

 魔法の明かりを受けて七色に輝いている!

 まさか、ダイヤモンド?

 アダマス?

 どっちも同じものですが!

「クリスタルかしら?」

 俺よりも先に、それを手に取った不届き者がいる…。

 たんに俺が、足場の悪さに手間取ったせいもあるんだけど。

 カーラ!

 透明な、奇麗な石を手に、ニヤついてるよ。

「俺にも見せて!」

 カーラは俺の言葉を無視した。

 もう一度言い、手を伸ばした。

 するとカーラは、自分の物だと言わんばかりに抱き込み、俺から隠した。

 ああ、いいさ。

 また別のを見つければいいさ。

 と思っている後ろで、マリアが見事な手さばきで、ジュエルイーターのお腹を開いていた。

 えぐいもの見ちゃった…。

 マリアったら、平気でそのお腹に手を突っ込んだよ!

 血を滴らせながら、手を引き抜いたよ!

 まるで拳で穴をうがって、引き抜いたみたいに。

 血の下たるその手を開くと、赤や青や黄色に輝く欠片があった。

「まだ消化されてなかったものがあるわ」

 マリアは俺に押し付けると、別のジュエルイーターに取り掛かった。

「不純物が奇麗に取り除かれているわ。伝承通りね」

 マリアはそう言って、別の宝石を取り出した。

 どれも奇麗に輝いていて、土くれとか別のものが付着していない。

 俺は慌てて袋を用意して、マリアが取り出すものを入れた。

 どこかで洗いたいな。

 そう思いながら、一つ手に取ってみる。

 キラキラ輝いて、まぶしいくらいだ。

「ちょっと見せなさい」

 カーラの声が聞こえた。

 俺はわざと、カーラを見つめた。

「さっきは悪かったわよ!だから見せて!」

 あのカーラが、俺に誤った!

 それだけでも驚きだ。

 でも、この際だ。

「ちっちっちっ」

 俺はわざとらしく舌を鳴らした。

「言い方」

 俺は多くを語らなかった。

 カーラは怯んだ。怯んだものの、俺を睨む以外は行動を起こさなかった。

 いや、手を伸ばしていたか。

 俺は袋を遠ざけた。

「お願いします」

 カーラは絞り出すような声を出した。

 まあいいでしょう。俺は優しいのだ。袋の口を広げて差し出した。

 カーラの手が滑り込んだ。顔まで突っ込みそうな勢いだ。

 宝石が好きなのね。

 無防備に、滑らかな肌を俺の前にさらして。

 変なふうにとらないでね。腕だよ。

 うなじだと俺が耐えられなかったに違いない。

 カーラは宝石に夢中だ。

 こうやってるところを見ると、可愛らしい女の子だ。

 俺にツンケンしなければ、絶世の美女だ。ツンケンしても美女なのは違いないけども。俺にも優しくしてくれれば、もっと美しく見えるってことさ。

 玉の肌も美しい。

 ちょっと触ってみたい。

 カーラは宝石をとっかえひっかえ見つめている。

 ちょっとくらいいいよね?

 俺はゆっくりと、恐る恐る、指を伸ばした。

 カーラに気付かれませんように!

 触れたら気付かれることなんて、考えにない。

 お肌に指が触れた。

 スベスベだ!

 と感触を楽しむ間もなかった。

 カーラが腕を引っ込めて睨んだから。

 てのもあるけど、別のことで、楽しむ余裕がなかった。

 それほど驚いた。

『条件を満たしました。対象の恩恵レベルが上がります』

『条件を満たしました。寵愛のレベルが上がります』

 後者はまあいいとして、前者には、びっくりです。

 だって、相手が俺に対する愛情を少しでも抱いていないと、上がらないはずでしょ。

 少なくとも、俺はそう認識していた。

 だから、俺はまじまじとカーラを見つめた。

 睨み付けられても、やじられても、いやな気持にならなかった。惨めな気持ちにもならなかった。

 俺の様子に、カーラが怯んだ。

 どうやら、俺の考えは、間違っていないらしい。

 ついに、デレる時が来たのか!

 カーラよ!

 もっと触らせておくれ!

 カーラから触ってくれたよ。俺の頬が真っ赤に燃えたけど。顔を真っ赤にしたカーラの平手打ちだった。

 うん、デレてくれるには、まだだいぶかかりそうだ。

 でも、この痛みは、カーラが一歩近づいた証!

 いいんでないの!

 俺は嬉しくなった。

「想像していたのとはだいぶ違うけど、あの時パトスがほとばしってよかった」

 俺はそう思い始めていた。

 俺がニヤついてるからか、カーラはよりツンケンするようになるのだけど、カーラの真の気持ちを知ったからには、すべてを許す!



  7


 俄然やる気の出た俺たちは、ジュエルイーターを狩って狩って狩りまくった。

 ただ、必ずしもお腹に宝石があるとは限らなかった。宝石も、価値のある物、無い物隔てなく取り込んでいる。

 と言っても、俺は目利きじゃないので、どれに価値があって、どれに無いのかさっぱりだ。

 あーさっぱりさっぱり。

 調子に乗って集めまわっていたので、初めからこの坑道はおかしいのに、そのおかしさに気付けなかった。

 そう、初めから。

 冷静になって、過去を振り返っていたら、すぐにでも分かること。

 その冷静さが、俺たちにはなかった。

 宝石に目がくらんだんだ!

 宝探しの期待感が、警戒心を失わせていたんだ。

 ここ最近、酷い目にばっかり遭っていたから、今回は気をつけようと思っていたのに…。

 警戒心の強いハンターでさえ、俺の喜ぶ顔を見たさに、ジュエルイーターを狩って、腹を裂いていた。

 無警戒に。

 また、俺の落ち度で…。

 そのことに気付いた時は、すでに遅し。

 気付かずに、俺たちは奥地へ奥地へと向かった。

 坑道を進むにつれて、鉱床も見つかった。

 それが何の鉱物かは分からないけど。

 精錬されてない石ころなんて、分かるわけがない!精錬されても分からないけど!

 ジュエルイーターは、鉱物は食べない。

 なので、スルー。

 ちょっと考えが回れば、ミスリルとか、特殊な鉱物を見つけて、皆の装備を新調する手もあったのに、思いつきもしない。

 それほどに、宝石に囚われていた。

 何でもある坑道にも、不思議に違和感がなかった。

 不思議じゃないな。

 欲に目がくらんだ俺たちの目が、雲っていただけさ。

 探索は順調に進んで行った。

 よく、こういうところを描いた映画やアニメだと、縦穴があって、エレベーターなんかあったりする。

 人手が足りないから、夜食を買いに出ていた見習いがエレベーターの操作を任される。滑車の上に女の子を寝かせているのが気になって…。

 ってシーンもあったよねぇ。有名なアニメの冒頭だ。

 他には、縦穴の奥に古代の生物が眠っていて、なんてものもあった気がする。

 大怪獣が現れて、ロボットで戦う、なんてのも。まあ、これは海の底から来たけども。この映画は熱くて面白かった。

 まさしく、ヒーローたちの戦いだ!

 監督がジャパニメーションの大ファンで、アニメ的な作りだったのも、よかった。

 思いだした。

 地中から大怪獣が見つかるのは、怪獣同士が戦うやつか。もともと自然災害や、放射能災害を、怪獣に見立てた映画だった。

 あの映画のヒーローは、人ではなく、怪獣だ。

 人にとってはヒーローとも言い切れない存在だけどね。

 そんなのがここにもいたのかって?

 そうじゃない。

 巨大な縦穴もない。

 大怪獣はいてもいいけど。

 見てみたいじゃない?

 踏みつぶされたくは無いけどね。

 ファンタジーには、大怪獣レベルの、いるよね。

 ドラゴン!

 だから、ドラゴンは会ってみたい。

 できることなら、寵愛したい!

 ドラゴンの住処だったのかって?

 残念!

 クイズ番組の名文句のように言っちゃうよ。

 地中から巨大なサンドワームが出てきて飲み込まれた。

 なんてこともない。

 クジラの中を探検するようなノリになるのかな?

 それはいいとして。

 俺たちは大量の宝石を得て、上機嫌に進んでいた。

 誰も、異変に気付かない。

 だって、初めからだもの。

 途中から変わったんじゃないもの。

 その事態が始まったのは、幾つもの崩落通路を迂回した後だった。

 明らかに、一方へ進めていない。

 まるでそっちに行かせたくなくて、わざと崩落を起こしたかのように。

 方向感覚の鋭いハンターとポチがそのことに気付いた。

 まさか穴を開けて進むわけにもいかないし、他に道がないか、探し回った。

「何か変」

 ポチが警戒して、暗闇を睨んだ。

 初めて、俺たちに緊張感が走った瞬間だ。

 ポチの警戒する先が、前だけではなく、後ろにも…。

「囲まれたの?」

 俺はすぐに察した。

 ポチが返事をするまでもなかった。

 後方にいたカーラが光の矢を放つ。

 坑道が照らされ、見渡せ…ない!

 さっきまで道だった場所が塞がれていた。

 光の矢は壁に当たって消えた。

「カーラ!前方もお願い!」

 カーラは珍しく、俺の頼みに言い返すことなく従った。

 光の矢が前方へ突き進む。

 こちらは壁ではなかった。

 うごめく何かがあふれかえっている最中だった。

 ここまでくる間に、うごめく壁を見たのを思い出した。

「まさか!」

 カーラがもう一度、今度は前方と後方へ一発ずつ同時に放った。

 後方の壁が近づいている!

 うじゃうじゃ何かがうごめいている!

 前方はまだ、完全には塞がっていない。

 誰ともなく、

「突破しろ!」

 と、前方へ走り出した。

 グル子とポチが先行する。

 その脇を、ハンターの魔力のこもった矢とカーラの魔法が追い越して行く。

 ハンターの矢が、ジュエルイーターを次々と貫いた。

 カーラの魔法が複数のジュエルイーターを倒した。

 その死骸の上に、ジュエルイーターがあふれ出る!

 まるで樹海から溢れ出した虫の群れのように!

 金色の野に青き衣で降り立たなきゃ止まらないレベルで!

 もう、宝石の回収なんてできない。

 アーディングとリア、マリアも飛び込んで、ジュエルイーターの群れを次々となぎ倒した。

 レムが後方を警戒してくれている。

 魔法の明かりの中に、後方の壁が現れた。

 通路を埋め尽くしたジュエルイーターが、仲間を乗り越えて進んでくる!

 波のように!

 鳥肌もんだ!

 俺は必死に走った。

 前方も、宇宙生物の卵の群れに飛び込んだかのように、上にも下にも横にも、ジュエルイーターがいた。

 首に巻き付いて口の中に入ってこないでね!

 お腹の中で幼虫にならないでね!

 お腹を食い破られるのは嫌だからね!

 仲間は皆強くて、敵を一撃で倒せるけど、数が圧倒的に多い。

 多すぎる!

 カーラが後ろにも魔法を放ったけど、乗り越えてくるジュエルイーターが多すぎて、壁が進んでくるようにしか見えない。

 壁に数発魔法を打ち込んでも、貫通することはなかった。

 一体どれだけいるんだ!

 どれだけ湧いて出てきたんだ!

 湧いて?

 そう言えば、魔法陣はどこに?

 この逃げながらの状況で、やっと俺は間違いに気付いた。

 坑道に入ってから、魔法陣を一つも見ていない。その事実に、おかしいと思うべきだったんだ。

 宝石に目がくらんだ俺は、そんなことにも思い至らなかった…。

 近くに魔法陣がないということは、俺が魔法陣を消して、増えるのを止めることができない。

 近くに魔法陣が無いにもかかわらず、これほどの数がいるってことは、相当数出現して、坑道のあちこちにいるってことだ。

 だから、ジュエルイーターが詰まってできたような壁が途中にあったんだ。

 そう考えると、色々なことがつながってきた。

 坑道の崩落場所も、もしかしたら、向こうにジュエルイーターが入り込まないように塞いだ跡だったんじゃないか。

 だから、特定の方向に進めないんだ。

 とすると、その特定の方向に、まだ生きている人…つまりはドワーフがいるのかもしれない。

 ドワーフについては、確認する暇なんてない。

 とにかく、大量のジュエルイーターを突破しないと!

 できることなら、発生源を見つけて止めたいけど…。

 側道からもジュエルイーターが流れ込んでくる!

 一方をレムが体を張って止めた。

「レム!」

 俺の声を、カーラの魔法がかき消した。

 レムを手助けするため、カーラが魔法を複数放って、あふれ出るジュエルイーターを次々と倒した。

 まるでホーミングレーザーのようだ。

 歌姫が歌を歌えば強くなれるかも!

 敵がひるんで!

 可変戦闘機が…。

 あ。あれって、ミサイルだっけ?

 ホーミングレーザーは関係のないシューティングゲームか。

 レムが俺たちの後を追いかけてくる。

 無事でよかった!

 やっぱりカーラはせん滅力あるなぁ。

 前方が詰まってきた。

 俺の足で皆に追いつくなんて!

 と思っていたら、前にも壁があった。

 ジュエルイーターの壁が!

 後ろからも迫ってくる!

 もう逃げ場がなかった。

 万事休す!

 ジュエルイーターに飲み込まれて、圧死する!

 俺が異変に気付かなかったばっかりに、こんな事態に…。

 せっかく装備を整えて、事前調査もしたってのに、何の役にも立ってない。

 終わった。

 もう、俺たちはここでジュエルイーターの波に飲み込まれ、死んでいくんだ。

 魔法陣なんて初歩的なことを見逃すなんて!

 俺のせいで、グル子が、ポチが、リアが、レムが、苦しんで死ぬなんて…。

 マリアにも迷惑をかけた。

 俺についてきたばっかりに…。

 アーディング…。もうちょっと優しくしてあげるべきだったかも。

 ハンターもごめんね。

 俺についてきてくれたばかりに…。

 カーラ…もっと打ち解けたかった。

 俺にデレて欲しかった…。

 こんなことなら、恥ずかしがらずに、グル子たちとスキンシップすべきだった。

 せっかくハーレム状態になってきてるのに、俺はまた、女の子を知らずに死ぬ…。

 ポチの豊満な胸に触れたい!

 グル子の綺麗な足を堪能したい!

 リアの背中に触れたい!

 レムに生身を手に入れてもらって、抱擁して欲しかった!

 アーディングやハンターに…。俺のケツは捧げないよ?

 それは断固拒否する!

 グル子とイチャイチャしたかった。

 ポチとくんずほぐれつしたかった。

 リアと空のデートとしゃれこみたかった。

 レムに優しく包み込んで欲しかった。

 後悔ばかりが浮かんでくる。

 本当に最後は、色々思い浮かぶものなんだなぁ。

 走馬灯のように、とか言うけどさ。

 過去の出来事はあまり思いださなかった。やり残したこととか、仲間のことが、頭から離れない。

 このまま死ぬ…。

 俺は躓いて転んだ。

 手に、妙に柔らかい石が触れた。硬いんだけど、軽く指が食い込む程度なんだ。

 粘土の硬い状態みたい?

 俺は思わず拾い上げた。

 ジュエルイーターが波のように押しかけている状況でなかったら、

「珍しいものがあったよ」

 と皆に報告するところだ。

 皆とワイワイ言いながら、お宝を探すんだ。

 だというのに、ジュエルイーターに飲み込まれそうな現状。

 やっぱり嫌だ!

 このまま死ぬのなんて、嫌だ!

 いつものことだけど、まだ試していないことが一つあるじゃないか!

 俺はレムを呼んだ。

 ジュエルイーターを殴り倒していたレムが振り向いた。

 雪崩に飲み込まれた。

 レム!

 レムの手が出てきた。

 ジュエルイーターの尻尾をつかんで振り回し、周りを弾き飛ばした。

 レムが俺の方に向かってきた。

 そのレムが、足を止めた。

「早くこっちへ!」

 俺の言葉は聞こえていないのか、レムが他所を向いている。俺の後ろを見ているらしい。

 そう言えば、なんか音がしたような気がしないでもないけど。

 まさか、そこにジュエルイーターの親玉がいて、俺を飲み込もうとしている?

 俺はサブイボいっぱい立てて振り向いた。

 毛むくじゃらがいた!

「こっちだ!」

 毛むくじゃらがなんか言った!

 と思ったら、ゲームとかアニメでよく見るドワーフっぽい。横幅があって、がっちりした体形。顎ヒゲと頭髪の境が無いくらい、毛むくじゃら。

 似たような姿が二人!

 その背後が暗い。

 さっきまでそこ、壁だったよね?

 穴に見えるのは気のせい?

 気付くと、俺はレムに抱えられて、ドワーフの後ろの穴に飛び込んでいた。

 カーラとハンターがけん制しつつ、アーディング、マリア、グル子、ポチ、リアも穴に飛び込んできた。

 最後にカーラが魔法を複数放った。ハンターがカーラを抱えるようにして、穴に飛び込んできた。

 ドワーフ二人が、巨大な岩を押して穴を塞ぐ。

 岩の向こうで、何かがぶつかる音がした。

 ドワーフが体を使って岩を支えた。レムも加わる。

 ハンターはいつの間にかたいまつを失っていた。だから、今はカーラの魔法の光しかない。

 とはいえ、その明かりで辺りがよく見渡せた。先ほどと同じような坑道だ。

 ここは崩落させず、大岩で塞いだだけだったんだ。

 まだ奥がある。ドワーフは奥から来たんだろう。

 そのおかげで、俺たちは九死に一生を得た。

 俺は何もしていないのに、息が切れて、落ち着くまで時間がかかった。

 皆は戦い疲れて、座り込んでいる。

「人がこんな場所に来るとは…」

「兄者。人じゃないのがいるぞ」

 ドワーフ二人が俺たちを眺めて言い立てた。

「エルフとは珍しい」

「だけじゃない。こいつら、見たこともないぞ」

「尻尾のある女!」

「羽のある女!」

「人間の女とはそのような生き物なのか?」

「兄者!こっちは鉱物の体だ!」

「何!?ちょっと削らせてくれ!」

「ダメ!」

 俺は咄嗟に叫んでいた。

 レムに触れさせてなるものか!

「ふむ。これはまたメンコイ女子だ」

「わしらよりもだいぶ細いが、フム、なかなか…」

 二人の視線が、俺を上から下まで、絡みつくように…。

 おいこら!

 よだれ垂らして俺を見るな!

 俺は身震いして、手で体を覆った。手にさっきの石を握ったままだった。

「俺は男だ!」

 叫んでも、背後に波はやってこない。

 それはいいとして。

 ドワーフ二人は、今度は俺の手の物に釘付けになった。

「おい、それをどこで手に入れた!?」

「まさか、それは…」

「これ?」

 俺は手に持った石を上下左右に動かした。

 ドワーフ二人は体ごと、その動きについてくる。

 大岩の向こうが静かになっていた。

 もう大丈夫らしい。

 と言うか、助かったんだ…。

 と感慨にふけることもなかった。

 ドワーフ二人の様子が変過ぎ。

「これが何だっての?」

 ただの硬い粘土みたいなものを、よだれを垂らして見ているんだから。

 だいたい、俺を女と勘違いしたまま、こいつら、聞いてなさそうだし。

 安全になったせいか、さっきまで考えていたこともすっかり忘れて、ドワーフ二人の様子を観察していた。

「高い技術を持ったドワーフを想像していたのに、ただのおかしな毛むくじゃらだった」



  8


「間違いない。賢者の石だ」

 ドワーフの一人が、俺の手の石を観察し、触ったうえで、断定した。

「これが伝説の!」

 もう一人も、興奮した態で石に触れた。

 俺の手からもぎ取ろうってのか?

 俺のだぞ?

 価値は知らないけど、俺のものは俺のもの!

 賢者の石って響きもいい!

「もしかして、これ使えばオリハルコンが造れるとか?」

 俺はゲームだかマンガだかの知識を口にした。

 多分マンガだ。古代アーティファクトを奪い合うやつだ。

「違う」

 違っていたらしい。

「オリハルコンを精錬するために必要な物だ」

 どこが違っていたのかな?

 俺は疑問に思いつつも、追及しなかった。

 カーラが、むさ苦しいドワーフを、レムたちに近づけさせまいと、四人を遠巻きに連れて行った。

 レムは確かに、ドワーフに狙われている。正しい判断のようにも思えた。

 マリアとアーディングはドワーフを珍しがった。

 二人がドワーフの肩をつついても、ドワーフは意に介していない。

 それほど、この石が珍しいとみえる。

 ハンターは、大岩の向こうを気にかけて、他から入り込んで来ないかと、辺りを警戒していた。

 あ、ポチが勝手に奥へ行っちゃった。

 ワクワク顔だったから、探検にでも行ったんだろう。

 俺はグル子に目配せした。

 グル子は頷くと、リアも連れて、ポチの後を追った。

 リアは呪いの炎を灯して明かりの代わりにしていた。

 カーラまで後を追おうとしたけど、いなくなっては困る。

 ここが暗くなっちゃうじゃないか。

 言うまでもなく、レムが気を利かせて残った。

 レムが残ったことで、カーラの足も止まる。

 カーラはドワーフとレムを交互に見ていることから、レムの安全を危惧しているんだろう。

 ドワーフ二人は、俺の手に釘付けだ。正確には、手に持っている物に。

 レムへの興味はなくなっているようにも見える。見えるけど、いつまたレムの体を狙うか分かったもんじゃない。

 うん。

 レムのガードは、カーラに一任しておこう。

「女子よ。それをわしらに譲ってくれ!代わりに、宝石たっぷりの装飾品をいくらでも差し上げよう!」

 ドワーフの兄らしい方が言った。

 宝石は、余るだけ、袋の中に、ある。

 賢者の石?

 レアものだとしたら、宝石ごときで譲る気にはなれないな。

「俺は男だ。そして断る!」

「そう言わずに!ドワーフの武具も差し上げよう!なんだったら、各々に合うよう、特製の武具を作ってもいい!」

 弟の方が言った。

 オーダーメイドの武具ですか。

 それはちょっと興味があるよ。

 そして、ドワーフの作る武具と言えば、性能の高いものと相場が決まっている!

「だが断る!」

 このセリフが言いたかったってのもあるけど、俺の想像している通りの賢者の石だとしたら…。俺には別の思惑も生まれていた。

 だから、手放すわけにはいかない。

 二人は執拗に、譲るよう言ってきた。どうやら、すべての財産を投げうってでも欲しいらしい。

 それほどの物なの?

 硬い粘土みたいなものなのに。

 ますます手放せないな…。

 ハンターが奥の確認に向かった。

 アーディングとマリアは、俺の護衛のように、左右に仁王立ちした。

 ドワーフ二人がどんどん俺ににじり寄って、今にも何かされそうだもの。

 アーディングとマリアが間に割り込んでくれたおかげで、身の安全が確保された。

 ドワーフ二人は諦めるということを知らないのかも。

 どんどん食いついてきて、自分の体まで差し出すと言う。

 いらんし!

 まあ、ドワーフの職人としての腕なら、欲しいかもしれない。

 この二人がどの程度の技量なのか知らないけどね。

 と言うか、名前すら知らない。

 名乗ってないよね、この二人。

 二人が言い寄るのを聞き流していたら、色々疑問が浮かび始めた。

 なんであんなタイミングで、俺たちを救いだしたんだろう。

 どこかで様子を窺っていたのかな?

 たまたま大岩を動かしたら、あの状況だった、と言うのも否定はできないけども。

 ドワーフ二人だけで、こんなところまで何をしに来ていたんだろう。

 近くに住処のようなものは見えないから、遠出のはずだ。

 異変に気付いて出てきたのか、材料集めに来ていたのか…。

「あっついあっつい!」

 ポチが駆け戻ってきて、俺の手を引いた。

「どうしたの?」

「向こうに火の海がある!」

 珍しいものがあるから俺に見せたいのかも。

 遊びの誘いのように、強引に引っ張られた。

 火の海…。

 地中奥深く…。

 思い当たるのは、溶岩。

 見たい気もするし、近付かない方がいいような気もする。

「その奥は天然の溶鉱炉だ。近づかない方がいいぞ」

 ドワーフの片割れが言った。

 見た目がおんなじで、どっちが兄でどっちが弟か分からない。

 やっぱり溶岩らしい。

 ちょっと見てみるだけ。

 いいよね。

 俺はポチに従って、ついて行った。

 ドワーフの口説きにも飽きてたし。

 坑道を…。

 あれ?

 天井を支える柱とかない。

 もしかしたら、天然の洞窟かも。

 洞窟をしばらく進むと、前方が蒸し暑くなってきた。

 どんどん熱くなって、明るくなる。

「あつ!」

 ポチは言いながら、服をめくり上げた。

 おへそ!

 下乳が見えそう!

 俺は顔をそむけた。

 でも、ついつい、チラ見しちゃう。

 筋肉質で、それでいて奇麗なお腹だ。

 ポチが俺の視線に気付いて、ズボンまで下ろそうとする。

「止めろ!」

 危ない危ない。

 ポチはお腹を抱えて笑った。

 なんか悔しい…。

 けど、それもまた、かわいい…。

 憎めないやつだ。

 まったく、リアといい、ポチといい…。目のやり場に困るじゃないか!

 見たくないわけじゃないけども!

 もっと俺に耐性が付いたら、じっくりと見せてもらおう。早く耐性付くといいなぁ。

 一段と明るく、暑くなったころ、天井が遠くへ離れた。

 左右も広い。

 リアとグル子、それにハンターがこちらに背を向けていた。

 俺も皆の所に並んで、同じ方を眺めた。

 赤い、粘り気のある液体が、ゆっくりと流れている。

 あふれ出る熱気が半端ない。

 熱気だけで火傷しそうだ。

 カーラとレムも横に並んで、異様な熱気の立ち込める景色に目を奪われた。

 そこはかなり広い。

 溶岩湖、という表現が頭に浮かんだ。

 まさにその通りだもの。

 火竜の住処か、サラマンダーが潜んでいるのかってくらいだ。

 なんか、ラスボス感ある景色。

 格闘ゲームの背景になりそう。

 溶岩湖に沿って、狭い足場が壁沿いに続いている。

 足を踏み外せば、一巻の終わり。

 ふと思ったんだけど、溶岩におしっこかけたら、固まるのかな?

 試してみたい衝動に駆られるけど、俺の息子が焼けそうだからやめとこう。

 きっと、おしっこ臭い蒸気を浴びることになる。

 止めて正解だな。

 俺はくだらない考えを、自己完結していた。

「ダメね」

 リアが言った。

 まさか、リアも試そうとしていたの?

 俺は一瞬耳を疑ったけど、違うことがすぐに分かった。

「壁沿いの道は途中で途切れているわ」

 呪いの一部を飛ばして確認していたらしい。

 リアは溶岩湖を覗き込んだ。

「さすがにこれは取り込めそうにないわ」

 溶岩を取り込めたら、もう無敵でしょ。

 最近のリアは何でもかんでも取り込みたがる。宝石を何個か取り込んでいたのを、俺は見逃さなかった。

 好きにさせておくけどね。

 剣なんかをたくさん取り込んで、そのうちに、サウザンドソードズとか…。

 止めた。

 中二病っぽい。

 俺にその要素が無いとは言わないけどね。

「暑い!」

 俺は我慢できなくなって引き返した。

 いたるところから汗が噴き出してるもの。

 汗で艶めかしく見える女性陣を眺めていたい気もするけど、耐えられない!

 ってカーラは汗かいてないな。

 魔法で自分の回りの空気を冷やしているのかも。

 カーラも汗かいて欲しかった…。

 俺の邪な思いが伝わったのか、カーラが鋭く俺を睨んだ。

 グル子もリアも、汗をたっぷりかいて、それを見ただけで、俺はドキドキする。

 ポチの汗もそうなんだけど、ポチは服まで脱ごうとしてるから別の意味でもドキドキ。

 カーラは俺を睨むのを止めて、グル子とポチとリアを交互に見ていた。

 カーラの顔が妙に赤い気がするのは、気のせいかな?

 きっと暑さのせいだな。

 レム一人、汗一つ掻かず、涼しげだ。

 ハンターは、視界に入れない。

 男の汗ばんだ姿を見てもときめかないでしょ!

 俺はときめかないよ!

 だから見ない!

 見たら変な気分になるとか、警戒してないからね!

 とにかく、俺は洞窟を引き返した。

 それにしても、途中に分岐はなかった。

 だとしたら、あのドワーフ兄弟はどこから来たのかな?

 ずっとここで暮らして…るわけはないな。

 食べられるものが無い。

 まさか、溶岩湖で釣りができるとは思えないもの。

 そのまさか、か?

 ドワーフが作りし釣り竿と、溶岩にも耐えうる糸、ルアー。

 できそうな気がしてきた。

 溶岩に耐えられる生き物が、食べられるとも調理できるとも思えないけどね。

 あらゆるものが食材になるあのマンガだったら、溶岩に耐えられる皮膚の下に、至高の旨味が詰まっている、なんてなりそうだけど。

 ハンターが壁の前で立ち止まった。

「そこに何かあるの?」

 俺は近づいて、ハンターが見つめている壁を眺めた。

 特に何の特徴もない。

 周りの壁や天井と同じだ。

「隠し通路だ」

 ハンターは断じた。

「よくぞ見破った」

 ドワーフの声が聞こえた。

 ドワーフたちがこちらに向かって歩いている。

 マリアやアーディングも一緒だ。

「エルフにも優れたものがいるんだな、兄者」

 ドワーフの弟が言った。

 さてそれは、右側を歩いているドワーフでしょうか?それとも左側を歩いているドワーフでしょうか?

 チックタックチックタック…

 俺には分かりません!

「そやつはおそらくハンターだ」

 あ、左側の口ヒゲが動いた。

「ハンター?なるほど。通りで」

 よく見たら、右側のドワーフの口ヒゲが動いた。

 そう言えば、こいつらの名前、聞いてなかったな。

 男の名前なんてどうでもいいけど。

「わしはクラベだ」

 兄の方が言った。

 俺の心の声が聞こえたのか!

 いや。きっとまた、俺の心の声が口からこぼれ出ていただけだな。

「わしはニディだ」

 弟も答えた。

 俺たちも名乗った。

 改めて、礼も言う。

 クラベとニディがいなければ、俺たちは今頃、ジュエルイーターのお腹の中で結晶化していたはずだ。

 初めに礼を言った時は二人とも、賢者の石に夢中で聞いてなかったし。

「アオト?まるで男のような…」

「俺は男だ!」

 クラベの言葉を遮って、俺は何度目かの主張を叫んだ。

 クラベとニディは顔を見合わせ、俺の顔からつま先まで、なめるように視線を這わせた。

 止めて…虫唾が走る…。

「ふむ。それはそれでよい」

 ニディが言い、クラベが頷いた。

 何が「よい」なのかは知らんけど。

 この二人、はやり警戒しなきゃならないのかも。

 どうして俺の回りにはこんな男どもばかりが集まるんだ!

 マリアは俺に迫ってこない存在だから問題ない。おかんだし。

 アーディングとハンターは、新たなライバル出現とでも言いたげに、ドワーフ二人を睨んでいる。

 そのうちに誰かが、

「やらないか」

 なんて言い出さないだろうな…。

 うん。

 とりあえず、触れずにいよう。

 考えたくない。

 ケツは死守するけどね。

 俺は視線をそらすために、質問した。

「隠し通路はどこにあるの?」

 俺の目では、何の変哲もない洞窟の壁が広がっているだけだ。

「わしらの技術のたまものだ。そうそう見破れはせん」

 クラベはそう言うと、ハンターの横へ行き、場所を開けるように小さく手で合図した。

 ハンターが下がると、クラベは少し前へ、壁へ進む。

 そこに隠し通路の扉があるというんだろうけど、俺の目には、全く違いが分からない。

 俺は思わず近づいて見ていたらしい。

 肩越しに振り向いたクラベと目が合った。

 危険だ!

 離れろ!

 俺はケツを押さえて下がった。

 クラベは目で笑うと、壁の凹凸に手を這わせた。

 一瞬、クラベの指の先が岩に食い込んだように見えた。

 岩が鈍い音を立てて動いた。

 まさかのスライドドア!

 横に動き、隣の岩の裏側に入って行く!

 てっきり押すのか引くのかと思ってたのに。

 そう、横の岩も、作り物ってことだ。

 なんということでしょう!

 このドワーフの技術の粋を目の当たりにして、驚かずにはいられません。

 と言うか、隠し扉に何と無駄な…。

 気合入り過ぎ。

 開いた空間の奥は明かりがある。

 後に、光る鉱石を利用した照明が、そこかしこについていると教えてもらった。

 洞窟の壁ではなく、素材は分からないけど、天井も床も壁も、人工のものだった。

 もはや通路だ。

 どこかのビルの一角に迷い込んだような感じだ。

 光る鉱石を、LEDの照明器具だと思えば、まさに…。

 ドワーフって、近代的…じゃなくて、ここでは異世界的と言うべきか?

 とにかく文明レベルが違いそうだ。

「ようこそ、ドワーフの国へ」

 クラベはそう言って、俺に向かってお辞儀した。

 クラベの手が、中に入るよう促している。

 アニメとかで得たドワーフの国のイメージと違う。

 まるでコンクリートジャングルの一角だ。

 俺はきょろきょろしながら通路に入った。

 当然、壁をノックしてみる。

 コンクリートではなさそうだけど、硬そうな感触だ。

 ニディの目が、自慢げに見える。

 ヒゲに隠れて見えない表情は、きっと、ドヤ顔に違いない。

 皆も入ってきて、銘々が壁や天井を眺めたり、触ったりした。

 クラベとニディは最後に通路へ入ると、後ろの扉を閉めた。

 こちらから見ると、完全に扉だ。

 完全に閉まると、空気も遮断するかのように、プシュッと、僅かに押し込まれた。

 通路はどちらに進んでいいのか分からないから、クラベとニディに案内してもらわないと。

 だけど、俺はついにドワーフの国にも足を踏み入れたんだ。

 ちょっとワクワクしてる。

 エルフの里はなし崩し的だったから、あまり感慨はなかった。

 でもここは、自らの足で、未知の領域へ踏み込んでる。

 ワクワクが止まらないぜ!

 俺は危機感も忘れて、探検気分に浸っていた。

「体にからむ熱い視線も忘れて、ワクワクが溢れ出していた」

 そう、男バージョンのハーレムもできつつある事実を、すっかり忘れていた…。

 続く!

 某アニメのラストのように言っておこう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ