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たとえ超絶無比な力が無くとも、俺は仲間を見捨てない!

  1


 俺は鉄格子を…違うな。木製の格子をつかんだ。

 俺は囚われの身だ。

 冒頭でこんなことになったら、言わなければならないセリフがある。あるよね?

「なんでこうなった!」

 某幼女のように!

 いやあ、一度言ってみたかった。いろんなアニメや、映画でもこのセリフ出てくるんだよね。

 でも俺の一番印象に残っているのは、某幼女だ。

 まあそれはいいとして。

 回想には入らないよ?

 すぐ終わっちゃうもの。

 定番すぎるもの。

 隣で俺を睨む人がいて、そっちの方が気になるし。

 俺は木の上に造られた檻の中にいる。木製だけど、俺の腕力で折れるような代物じゃあない。当然だけど。

 グル子の腕力なら折れるかもしれないけど、ここの人たちを敵に回したくない。

 ここの人たちはグル子たちを捕らえるにしても、傷付けなかった。アルラニアの人たちよりよほど、ここの人たちの方がいい。だから、無駄な争いはしたくないんだ。

 と格好つけてみても、本当の理由は別にあるんだけどね。

 俺はちらりと横を見た。

 綺麗な女の人が俺を、頭の悪い男だと睨んでいる。

 まあ、唐突に叫んだから、仕方ないよね。

 その女の人は、奇麗なだけではない。ないのだよ!

 耳を見たまえ!

 尖ってるよ!

 エルフだよ!

 エルフしかいないでしょ!

 ファンタジーだよ!

 某スライムみたいに、巻き舌でエルフって言いたくなるの、よく分かるよ!

 それに!

 絶世の美女だよ!

 周りは美男美女だらけだよ!

 ファンタジーだよ!

 いかん。思わず興奮してしまった。

 でも、ぜひとも、仲間にしたいなぁ。

 檻の外にも見張りのエルフがいる。嬉しいことに、女性だ。こっちは剣を腰に帯びた、かっこいいタイプ。

 隣の女の子は…魔法を使いそうだ。

 俺の見立てに間違いはない!

 俺は閉じ込められたことなんてどうでもよかった。チラ見でもエルフを眺められるこの状況がたまらなく嬉しい!

 せ、せっかくだから、お話でもしてみようかな?

「ね、ねえ」

 俺は隣の檻に近づいた。

 睨まれて、引き返す。

 眼力強すぎ!

 でも聞きたいことはあった。

「俺って、殺されるの?君も?」

 声が震えていたような気もするけど、話しかけられたから良しとする。

「話しかけないでくれる?人の、それも男なんかに用はないわ」

 ツレなかった。

「安心しろ。すぐに殺されることはない」

 檻を見張っていた凛々しいエルフが答えてくれた。

「出かけている長が戻り次第、裁判を行ってお前たちの処遇を決める。それまでは無事を保証する」

「そうなんだ?その、グル子たちも?」

「グル子?」

「あっちの檻の。グル子とリアとポチとレム」

「あの魔物たちのことか。なぜ我々を襲わないのか理解に苦しむ生き物だ。だがやはり、長の判断を仰ぐことになるだろう」

「そりゃ、俺の仲間だもの。襲ったりしないよ」

 俺は自慢げに答えた。実際に自慢の子たちだもの。

「あれはお前が使役しているのか?」

「使役ではないと思う。俺のスキルを受けて仲間になったんだ。俺の頼みを聞いてくれるいい子たちだよ」

「スキルで仲間に、だと?」

「あり得ないわ」

 隣の囚われ人も話を聞いていたらしい。当然と言えば当然なんだけど。すぐ隣だし。

「俺のスキルは特別なのさ」

 ちょっと優越感に浸れた。

 俺自身は弱いのだけども。

「それに、種族と形状が違い過ぎる。強さもまるで…」

 看守の方が言った。

 俺たちが捕らえられた時、魔法でグル子たちを鑑定していた。俺も鑑定されたんだけど、取るに足りないと判断されたらしい。

 四人は下で厳重に警備されている。

 俺の監視は一人。

 四人の監視は…え?村全体?

 たぶん。

 看守は、俺みたいな弱者が、下にいる四人の強者の仲間になれるとは思えないんだろう。

「それもスキルの恩恵さ」

 ギフトだけに。

 俺、なかなかギャグのセンスがあるな。

「何笑っている」

「いえ、こっちの話で」

 看守はいつの間にか、俺を見ていた。ちょっと前まで背中越しに話していたはずなのに。

「そのスキルを使えば、強くなれるのか?」

「なれるよ」

「使えなかった魔法が使えるようになるのか?」

「うーん。分からないけど、たぶん、使えるようになると思う」

 看守は興味があるみたい。

 もしかして、仲間になってくれる?

 隣の子もいいけど、こっちの凛々しい感じも、いいと思う。

「バカバカしい」

 隣の子が呆れたように言った。

「はん!村の掟に反して魔導具を使うやつが、魔力なしを馬鹿にしてくれるな」

「バカになんてしてないわ。胡散臭い話だと思っただけよ」

 エルフ二人が言い争った。

 俺のために争うのはやめてくれ。

「カーラの父親の方がよほど胡散臭いね」

「何ですって!」

「すごんで見せても俺には通じないぜ」

 俺っ子来たぁ!

「フィジー。あなたは魔力がないからって、周りの皆に噛み付くのはよくないわよ」

 俺っ子はフィジーというのね。

 で、隣の子はカーラ、と。

「エルフで魔力なしはどうかと思うけれど」

 カーラのチクリ。

 そこから二人は俺のよく分からない罵り合いを続けた。

 意味が分からないので、俺は辺りを見学することにした。

 下の檻に、グル子たちが捕まっている。

 その近くに…この遠近感だと、魔女っ娘アニメのスティックくらいのものがあった。

 まさに魔女っ娘スティックのようにも見える。

 あれが魔導具かな?

 すると、カーラは…魔女っ娘?

 いいねぇ!

 仲間にしたい!

 ちょうど、魔法攻撃できる仲間欲しかったし!

 ぜひ、カーラを仲間にしよう!

 目的は決まったけど、檻の中は暇だ。

 エルフを眺めて過ごすには、いいのだけどね。ちょっと狭いけどね。

 それにしても、エルフの里って、木の上にあるんだねぇ。木と木の間を吊り橋でつないで、木の太い枝の上に家を建てて…。

 まさに隠れ里って感じ。

 そもそも、認識疎外の結界?なんかそんなのがあって、普通にはここにたどり着けないんだ。

 だけども。ポチの嗅覚はごまかせなかった。

「こっちになんかあるよ」

 そういうポチに導かれて…。ポチは本当に、度々迷子になりかける俺たちを導いてここにたどり着いたんだ。

 隠れ里だけあって、侵入者には厳しい対処をとる。だから、今俺たちは檻の中なのさ。

 ほら、回想する間もなく、説明終わった。

 大森林の中の、樹上の村落。

 夕日を浴びて…。

 心洗われる景色だ。

 高い所にいるとビル群を思い出すけど、まるっきり違うね。

 異世界に来てよかったと思う。

 檻の中だけど。

 とはいえ、快適なんだよね。どいう訳か、寒くも暑くもないし、食事もいいし。

 皆と離れていることが気がかりではあるけれど、俺と違って皆は強いから、大丈夫でしょう。

 いつの間にか、フィジーとカーラの言い争いは終わっていた。

 フィジーが檻に近づいた。

「なあ、おい」

 俺に呼び掛けてるのか?ヒソヒソと、聞き取り難いぞ。

 俺はフィジーに近づいた。

「お前のスキルを受けたら、俺はどうなる?」

「どうなるって?」

「だから俺自身が失われるのか?」

 俺は質問の意図を考える羽目になった。

 ああ、自我が失われるかどうか、人が変わったようになるかが気になるのかも。

「自我のある人に使ったことはないけど…多分変わらないでしょ」

 俺は根拠がなかったけど、そんな気がした。

 カーラがこちら側の檻の端まで来ていた。会話が気になるみたい。

「なんだ?」

 フィジーも気付いた。

「良からぬことを考えているんじゃないでしょうね」

「うるさい!お前には関係ない」

 フィジーとカーラは再び険悪なムードになった。

 でも言い争いにはならなかった。

 フィジーの交代が来たからだ。

 今度は男のエルフだ。

 美男子だなぁ。

 アーディングに勝る…?劣りはしないな。

 ここにはそんなのがゴロゴロといる。

「交代だ」

 男はフィジーに言った。

「ハンターが次なんだ?」

 フィジーはそう言って、男の二の腕を叩いた。

 ハンターと呼ばれたエルフは眼光鋭く、俺を…上から下まで隈なく眺めまわした後、背を向けた。

 フィジーは俺に何か言いたそうにしていたものの、交代が来たので吊り橋を渡って去っていった。

 俺は気になることがあった。

「ハンターって、本名なの?」

 ハンターは振り向きもしない。もちろん返事もない。

「通り名よ」

 カーラが答えてくれた。結構親切なのかも。

「その名の通り、狙った獲物は逃さないわ。変なことは考えないことね」

 ただの警告だったらしい。

「逃げたりしないよ。というか、俺、非力だから。ここから出られない」

 俺は檻の端にあるベッドに座った。

 そこから下が見える。

 仲間の姿は見えないものの、檻は見える。

 下では篝火がいくつもあった。

 もう暗くなっていたんだ。下はすっかり暗い。

 ここはまだ、夕日の最後の光が見える。

 こうやってみていると、のどかだなぁ。

 今夜はここでお泊りだ。

 長老が戻ってきて、裁判にかけられたらどうなるか分からないけど、でも、何とかなりそうな気もする。

 アルラニアのような殺伐とした雰囲気はないもの。

 何とかなったら…。

 フィジーは仲間になってくれそうだ。

 カーラも仲間にしたいな。魔法使い要員!

 美人が増えることも大歓迎!

 いよいよ俺のモテモテライフが始まるんだ!

 人にはモテなかったけど…。

 あ、前に亜人で試してダメだったことあったなぁ。

 でもこれだけのどかなエルフなら…、もしかして…!

 夢が膨らむ!

 女の子に囲まれた生活なんて!

「アオ様?」

 俺はびっくりして声を上げるところだった。とっさに自分の口をふさいだから、たぶんセーフ。

 カーラはこちらに気付いていない。

 ハンターも背を向けたままだ。

 リアの声は背後から聞こえる。

 そっと振り向くと、闇の中に紛れて、黒い何かがユラユラと俺を呼んでいた。

「リア?」

 俺は声を殺して尋ねた。

 黒いものが頷いたように見える。

 黒いものは下に伸びている。篝火の影を利用して、黒い触手を伸ばしたようにも見える。

「熱心に何を考えていたのです?他の女のことを考えていたんじゃないでしょうね?」

「図星か!」

 俺は叫びそうになるのを、口を塞いで何とか耐えた。

「檻に閉じ込められていることも忘れて、ほとばしるパトスに浸っていたよ」

 とは言えないわな。

「ち、違うよ」

 俺はそう言ったものの、どう言い訳しようか悩んだ。

 言い訳の必要はなかった。

「ポチから伝言です」

 リアは用件に入った。

「不穏な気配があるので気を付けて、だそうです」

「村の中から?」

「いいえ。外のようです」

 リアはそう言うと、黒い手を北に向けた。

 その方向にあって、ポチが気にしている場所…。俺はすぐに思い当たった。

 岩山と草原。岩塩のあった所。

 そこは獣系のモンスターが出現する。

 そして、魔法陣が増え始めていたのと、ポチが変な気配がすると言っていた。

 数日前の死霊の森の出来事を思い出した。

 もしかしたら、今度は獣があふれ出てくるのかも。

「分った。皆も気を付けて。檻から出られそう?ううん。今じゃないよ。何か起こったら、檻から出て皆を守るんだ。俺は木の上だから多分大丈夫。だから、この里の皆を守って」

「私たちを捕らえている相手ですよ?」

「それでも」

「お優しいのですね。さすがアオ様です」

「それと、リアに一つお願いがあるんだけど」

 俺は一つ良からぬことを思い付いていた。と言っても、悪だくみじゃないよ?ただ、後で俺の願望のために有利になるかも、と思うんだ。

 俺はリアに指示を出す。

 リアは、

「分ったわ」

 と請け負った。

 リアの黒いものが下に降りて行くと、少し寂しくもあったけど、打ち合わせができてよかったとも思う。

 何かが起こった後だと、声が届かないかもしれないし、パニクってるかもしれないし、色々大変だから。

 それにしても、リアが頼もしい。

 こんなに離れていても届くなんて、便利だ。

 肉体が無いのは残念だけど。

 いや、リアのことだから、肉体があったら、裸で浮いてきそうだ。それはそれで問題だ…。

 いや、見たいよ?

 見たいけど、絶対直視できないよ。

 やって欲しいけれども。

 暇だと、色々妄想しちゃうなぁ。

 俺はベッドで悶々と過ごした。



  2


「うるさいなぁ」

 俺は夜中に、騒々しさに叩き起こされた。

 空は真っ暗だ。

 何時かよく分からない。

 こういう時、スマホが欲しいよ。

 転生?召喚?で、スマホを要求したアニメ、あったよねぇ。その気持ち、分かる。

 ではなくて。

 眠いよ。

 騒がしいよ!

 檻が激しく揺れた。

「うわ!」

 俺は思わず檻にしがみついた。

 下で、篝火が倒れているのが見えた。何人かのエルフが慌てて火を消しにかかっている。

 あちらこちらに獣系のモンスターが見えた。

 北の方からさらに、多くの獣系モンスターが押し寄せていた。

 ビュン!

 後ろで音がしたと思ったら、モンスターの額に矢が当たって倒れた。

 ハンターが矢を続けて放った。

 次々とモンスターを仕留めていく。

「すごい…」

 俺は見とれていた。

 倒れたモンスターが、下の檻を破壊した。

「あ!みんなは?」

 俺はやっと、グル子やリアやレムやポチの存在を思い出した。

 幸い、檻は無人だったようだ。

 消火作業中のエルフにモンスターが襲い掛かった。

 けど、レムが現れて攻撃を防いだ。

「さすがレム!」

 別の場所ではリアがエルフを守って戦っていた。

 ポチとグル子の姿が見えない。

 北の方でモンスターが弾き飛ばされた。

 次々と、爆ぜるように。

 きっとグル子とポチだな。

 さすがです!

 ハンターがレムを狙っていたものの、状況を見て、レムが押さえていたモンスターに矢を当てた。

「ありがとう」

 俺は素直にハンターに礼を言った。

 ハンターは答えず、別のモンスターを射た。

 次々と矢を放つさまは、映画に出てくるエルフの王子か、森の中で抵抗運動をつづけた弓の名手か、矢尻をいろんなものに変えつつ戦ったヒーローの一人かってくらい、かっこいい。

 二本同時撃ちとかやってくれないかな?

「ああ!私の魔導具はどこ!?」

 カーラが檻に張り付いて、下を探し見ていた。

 下はモンスターが走り回り、メチャクチャだ。

 もう檻も全部壊された。

 カーラの魔導具も見当たらない。

 俺、木の上に捕らわれててよかった。

 下にいたら絶対、モンスターにひかれて死んでるよ。

「ハンター!ここは俺が見る!行って!」

 フィジーが現れた。

 ハンターは頷くと、なぜか俺を見つめ、勇敢に横っ飛びしながら矢を放った。

 宙に飛んだよ!

 落下しながら撃ったよ!

 うん。かっこいいし、それで仕留めるんだから、すごい。

 ハンターは垂れ下がっていた蔦に掴まって別の木に移った。ここからでは見えない敵を撃ちまくる。

「ハンターってすごいんだね」

 俺の言葉には誰も答えなかった。

 カーラは下を探すのに忙しい。

 フィジーは…。

「こっちに来い」

 俺を呼んでいた。

 こんな時に俺に用ってなんだろう?

 まさか混乱に乗じて俺を消す…!

 訳はないよな。俺、そんな重要人物じゃないし。

 フィジーは剣を使うらしく、スタイルがいい。

 チラッと見えている腹筋が割れてる!

 腹筋が割れた女の子も、それはそれでいい!

 と見ている場合じゃないよね。

 俺はフィジーの前に立った。

 顔を見るのは恥ずかしいから、下を向く。

 愛らしい胸と、やっぱり腹筋が目につく。

「俺にスキルをかけろ!」

「え?」

 俺は自分の耳を疑った。

 フィジーはもう一度同じセリフを繰り返した。

「どうして?」

「お前のスキルを受ければ、俺は強くなれるのだろう?そうすれば、この状況を打破できるんだろう?」

「あー。うん。たぶん、打破できると思う」

 ポチやグル子も戦ってるけど、確かに前衛が足りない。

 レムやリアが駆けまわって、地上のエルフを守っているのが見えた。

「いいんだね?」

 俺に拒む理由はない。

「やってくれ!早く!」

 フィジーは見張りを交代に来たのではなくて、これが目的だったんだ。

 だからって、別にいいけどね。

 俺はフィジーに手を伸ばした。

 待てよ?触れていいのか?

 怒られない?

「どうした!早くしろ!」

 何もしなくても怒られた。

「触っても?」

 俺はお伺いを立てた。

「接触が必要なのか?だったら…」

 フィジーは言うが早いか、俺が伸ばした手に触れた。

『対象を寵愛しますか?』

 懐かしい声が耳の奥に聞こえた。

 答えは、イエスだ。

「寵愛ってなんだ?まあいい!」

 フィジーは受けておいて、俺を睨みつけた。

「どう?何か変わった?」

 俺は気になっていた。

 グル子たちは初めの接触で知性を得た。でも、フィジーは初めから知性を持っている。その違いはどう表れるのか、気になるじゃない?

「何だこれは…」

 フィジーは自分の両手を見つめた。

 俺はフィジーのステータスを見た。始めから見ればよかったんだ。寵愛を受けた相手のステータスは見れるんだから。

 フィジーの身体能力は高い。そして、魔力なしと言われていたけど、それもある。

 ということは、寵愛を受けて、魔力を得たんだ。彼女の望む変化があったんだ!

 フィジーは剣を抜き放つと、軽やかに飛んだ。木の幹を蹴って飛び、落下の衝撃を和らげていた。

「スゲー。忍者みたい」

 フィジーは地上に降りると同時に、モンスターを斬った。その刀身が炎に包まれていた!

「おお!」

 俺は思わず唸っていた。

 魔法剣だ!

 モンスターは炎に包まれて倒れた。

 フィジーは次から次へとモンスターを倒していく。そのすべてが、焼き尽くされた。

「うそ…」

 カーラが驚愕していた。その視線の先は、フィジーだ。

「それがあなたのスキルなの?」

 カーラは俺を、驚愕の目で見た。

「うん。レムやリアも強いでしょ」

 カーラは下を見た。

「確かに…。ただのゴーレムやリビングアーマーではないわ。見た目だけではなかったのね」

「君も俺のスキルを受けてみる?」

「お断わりよ」

 即座に言われた。

「みんなの役に立てるよ?」

 今は戦力が多い方がいいに決まっている。カーラもきっと、里を救う戦力になる、と思う。

 カーラの気持ちが揺らいだ。目が泳いでいるからきっとそうだ。

 あと一押し!

「リア!」

 俺はリアに声をかけた。

 リアの手だけが昇ってくる。

 器用なことやるなぁ。そのままモンスターと戦ってるよ!

 リアの手が俺の横に来た。その手に、スティックがある。

「私の魔導具!」

 カーラが即座に反応した。

 俺はリアの手から魔導具を受け取った。

 なんか、悪魔のささやきをやる気分だ。

「これを持って、俺のスキルを受ければ…」

 俺は辺りを示した。

「君なら解決できる」

 と思う。口では断言しておいた!

「ダメよ!この檻は魔法封じも施されているもの!」

「リア!隣の檻を開けて!」

 俺の言葉に反応して、リアの手が隣の檻を破壊した。

「リア!ありがとう!」

 リアの手が本体へ戻っていった。

 カーラは戸惑っていた。壊れた檻と、俺と、俺の持つスティックを見つめた。

 俺はスティックを差し出した。

 悪に徹するのなら、手を差し伸べて触れさせるのが先なんだけど、それって、卑怯すぎる。

 カーラは戸惑いつつも、魔導具を受け取った。

 俺はにっこり微笑んで、手を差し伸べた。

「いいわ!悪魔に魂を売ってやろうじゃないの!」

 カーラは意を決すると、俺の手を取った。

 俺は悪魔かい!

 ちょっと傷付くなぁ。

『対象を寵愛しますか?』

 傷付くけど、まあ、約束だし?

「イエス!」

 だけど、カーラは怒り出した。

『拒絶されました』

 耳の奥で響いた。

 言われなくても分かるよ…。

「寵愛って何よ!お断わりよ!ちょっと顔がいいからってうぬぼれないで!」

 あれ?

 カーラは言うが早いか、檻から出て、モンスターに魔法攻撃を放った。

 アイスランス、エアカッター、ブリット…。

 多彩な魔法を使った。

 魔法の属性に縛られずに撃てるのは、スティックに秘密がありそうだ。

 カーラは魔法を放つ前に、スティックの手元を指で操作していた。

 そこに何か秘密があるんだ。

 それも気になるけれども。

 さっき、カーラ、なんか言ってなかった?

「うぬぼれないで?」

 いやいや、これじゃないな。

「お断わりよ!」

 は、違う。

「ちょっと顔がいいからって…」

 これだ。違和感の正体は。

 何気に俺、褒められたらしい。

 美男美女のエルフから見て、俺って、顔がいいんだ…。

 俺は嬉しくなった。

 非力で何の取り柄もないと思ってたけど。

 へー。

 俺。へー。

 笑いが込み上げてくる。

 だって、嬉しいもの。

 なんでこんなに嬉しいんだろう?

 女の子から言われたから、かな?

 うん。きっとそうだ。

 異性からそんなこと言われたことないし。

 やっぱり俺のモテ期、到来してるんだ!

 カーラもきっともう一押しで…。

 ぐふふふふ。

 おっと。悪だくみした猫型ロボットみたいな笑いが出た。

 カーラとは、健全に!

 無理強いはしない!

 だって、あの多彩な魔法攻撃は、ぜひとも欲しい。

 無理にでも仲間にしたいけど、それではダメだ。

 何とか口説いて仲間にしたいな。

 ………。

 口説くなんて、俺、無理そうだけども。

 まあ、じっくり考えよう。

 ああ言うくらいだから、脈がないはずはない!

 カーラは魔法で水を生み出した。

 いつのまにか、火を消しに回っていた。

 気付くと、あちらこちらで火事が発生している。

 うん。これって、きっと、フィジーのせいだろうな。

 俺の立場、悪くなりそう。

 こういう自然を愛する里って、火事をすごく嫌う。大抵のアニメや映画でそうだもの。

 できるだけ知らない顔をしておこう。

 ポチやグル子やリアやレムはこれで立場をよくして、歓迎してもらえるかも。

 俺は何もしてないからなぁ…。

 悪い方の要素まで引き受けることはできないぞ。

 とにかく、四人が歓迎されれば、俺はそれでいいんだけどね。

 檻の外に誰かが立った。

「グル子!」

「アオトさん」

 グル子は俺の名を呼ぶとき、少しはにかむ。その仕草がまた可愛いんだ!

 俺はメロメロだ。

 って、グル子の服、ボロボロだな。

 健康的なお肌が見え隠れ。

 俺は恥ずかしくなって目をそらした。

 ずっと森で生活してるものなぁ。いつの間にか、服はボロボロになってる。

 俺の服だってそうだ。

 グル子は特に動き回るから、余計に。

「ケガはなかった?」

 俺はグル子を心配した。

 その心配はないと分かっていても、ついこの前、グル子を失いかけたんだ。気になるじゃない。

「うん。大丈夫」

「よかった」

「歯痒いなぁ」

 ポチがいつの間にか、グル子の後ろにいた。

「どかってやってがばって行けよ!」

「うん。何言ってるか分からん」

 俺は言ったものの、実は分かった。

 ポチは檻をぶち破って、がばって抱きつけよと言いたいらしい。

 グル子は顔を真っ赤にして、俺を見た。目があった途端に顔を逸らす。

 グル子にも伝わったらしい。

「アオ様。私が抱きしめて差し上げますわ」

 リアもいつの間にか上がってきていた。

「あらあら。私を差し置いてアオちゃんをいじるなんて」

 レムも登ってきていた。

 レムが檻に触れた途端に、折れた。

「あ」

 俺は思わず声をもらした。

 周りに見張りはいない。

 カーラは火消しに加わってどこかへ行ったし、フィジーも戻ってきていない。

 ハンターの姿は見えないし、他のエルフたちも、下で忙しそうに動いているだけだ。

「ちょうどいいじゃない。アオト。出てこいよ」

 ポチは歓迎した。

「うーん。何か、罪が増えていっているような気もしないでもないけど…」

 俺はそれでも檻から出た。

 開いちゃったものは仕方ない。

 ポチが俺の背中に飛びついた。

 柔らかい物が当たってる!

 レムが俺の腕をとった。

 硬い!けど!胸の形!

 リアも反対側の俺の腕に絡みついた。

 こっちも硬くて冷たいけど、触れる曲線ががががが!

「ちょ、ちょっと…」

 俺が戸惑っていると、グル子が戻ってきて、俺の胸にのの字を書いた。

 とろける!

 俺、とろけちゃう!

 なんだこれ!

 グル子の指の動きに合わせて、俺の中の何かが溶け出していた。

 だめだ俺!しっかり意識を保て!

 他のことを考えろ!

「そ、そうだ。もうモンスターはいなくなったの?」

「全部やっつけた!」

 ポチはそう言って、褒めて褒めてとせがんだ。

 背中でせがまれても…。

 そして手を伸ばして頭を撫でようにも、手が動かせない!

「で、君たち?離してくれないかい?」

 全員が嫌だと言った。

「だって、しばらく触れられなかったんですもの」

 レムはそう言って、俺の指にレムの指をからませた。

 俺は緊張のあまり、何も考えられなくなった。

「最低ね」

 冷たい声に振り向くと、カーラが立っていた。

「スキルで言うこと聞かせて…いやらしい」

「ち、違う!俺、こんなこと頼んでない!」

「アオトさん…私に触れられるの、いやだったの?」

 グル子が離れた。

「違う違う!触れて欲しい!」

「やっぱり最低ね」

 今度はカーラの軽蔑だ。

 まずい。このままでは!

 カーラに嫌われたら、仲間にする計画が!

 何かいい方法は…。

 下から声が聞こえた。

 どうやら、ケガ人がいるらしい。倒れた木の下敷きになっているエルフもいるらしい。

 これだ!

「グル子!ケガ人の手当を!レムとポチは下敷きになっている人の救出を!リアは動けない人がいないか探して!」

 四人は素直に俺の指示に従ってくれた。

「女の子を働かせるなんて、最低」

 カーラはさらに俺を蔑んだ。

 ドツボだ!

 何やっても、カーラの心証が悪い!

「カーラの心をつかんで仲間になって欲しいのに、やることなすこと逆効果だ!」

 俺は嘆くしかなかった。



  3


 夜が明けた。

 光が満ちていく。

 空気が清められていくようだ。

「清々しい朝だなぁ」

 ひと段落付いたものの、エルフたちは忙しく動き回っていた。

 俺たちの朝食を用意してくれるほど、余裕はなさそうだ。

 隣から刺さる視線があるのは、気にすまい。

 でも、モンスターの襲撃はこの一回で終わると思えない。

 元を断たないと、また襲われるはずだ。

 とすると、俺の行動は決まってくる。

 死霊の森に続いて、獣の森を…原野かな?とにかく、あそこを攻略しなきゃ。

 全員で行ってもいいけど、その間にここが襲われたら大変だ。

 そうやっていろいろ考えているところに、皆が戻ってきた。

 俺は皆を労った。

 で、疲れているところに悪いけど、次の指示だ。

「獣のモンスターの出現を止めに行こうと思う」

 俺の言葉に、誰も反対しなかった。

「でもその間にここが襲われたら大変だから」

 俺はそう言い置いて、グル子を見つめた。

「グル子はここに残ってエルフのみんなを守って」

「そんな…!」

 グル子はついてくる気だった。

「グル子は一番強い。だから一緒に行って欲しかったけど…」

「だったら!」

「だからこそなんだ!」

 俺はグル子が反論するのを制した。

「強いからこそ、グル子ならここを守れると信じてる!」

 グル子は悲しそうな顔をしたものの、

「それがアオトさんの望みなら」

 と承知した。

 俺はグル子の手を取った。

 俺からこんなことするなんて、自分でもびっくりだ。そして女の子にこんなことできるなんて思いもしてなかった。

 俺はグル子を抱きしめた。

「一番信頼しているから、頼むんだ!グル子!必ず守ってくれよ」

 グル子が俺を見上げた。

 俺の信頼が通じたのか、グル子は笑顔を見せた。

「キスしてくださったら、喜んで」

 耳元でとんでもないことを言ってくれるじゃないの!

 俺は当然、何もできなくなった。

 グル子は自発的に顔を近づけ、キス!された!頬に!

「ずるいわ!」

「ずっこい!」

「私にも!」

 皆が抗議している。

 冷静になれ、俺。

「ゲスね」

 カーラの刺さる一言が、俺を冷静にさせた。さらにどん底まで落ちかけたけど、何とか耐えた!

 俺はグル子から離れると、今度はリアに言った。

「リアにもここに残って皆を守って欲しい」

「え?私が?」

「レムにも」

「守るのは私の仕事だからいいけれど、それだとポチしか連れて行かないことになるわよ?」

 レムは冷静に指摘した。

「私が同行してお守りしますわ」

 リアが名乗り出た。

「いや、リアの方が機動性が高い。だからここに残って。行くのはレムにお願いしよう」

 俺は言いながら、人選を修正した。

「よろこんで」

 レムはシナを作って承知した。ただよろこんでって言っただけなのに、色香が…。

 リアは不服そうだったけど、俺に抱きついた。

「では、たっぷりとアオ様成分を吸収させていただきます」

 妙なことを言って、俺の体中をスーハーし始めた。

 くすぐったい…。

「ヘンタイね」

 カーラがますます冷たくなっていく…。

「僕はモンスター退治だね」

 ポチは意気揚々だ。

「そう。今回はポチにかかってるから、しっかり頼むよ!」

「任せとけ!」

 頼りがいのある子だ。

「よし、善は急げだ。早速行こう」

「ちょっと待ちなさい」

 カーラが呼び止めた。

「何かな?」

 俺はポチに頼んで地上へ下ろしてもらおうとしていた。

「脱獄は許されないわ」

 カーラはそう言って、檻に戻るように促した。

 でも、その檻はもう自由に出入りできる。折れちゃってるし。

 カーラの方もそうだ。だけど、カーラは中に入って大人しくしていた。

「モンスター退治を急いでやらないと…」

 俺は自分の正当性を訴えにかかった。

「分ってるわ。獣の日は明日だもの。昨夜のような規模ではないのよ」

 カーラは言った。

 獣の日?襲われることが決まってるのかな?

 あ、だから木の上に住んでいたのかも。被害を最小限に食い止めるために。

 獣の日と言うくらいだから、定期的に襲われているんだ、きっと。ゲームの定期イベントみたいに。

 なら、なおのこと、それを止めなきゃ。

「俺なら止められる!」

 たぶん。

「私にも止められるわ!」

 カーラが叫んだ。

「でも、許可が下りないのよ!」

「どうやって止めるのか知らないけど、方法があるのなら、やろうよ。皆のためになるのなら、許可なんて必要ない」

「これだから野蛮な人間は…」

 カーラは軽蔑するように言ったものの、俺の言葉に心動かされたらしい。

「一緒に行こう!んで、皆を助けるんだ!」

 カーラが驚いた顔をした。

「そうだ!いっしょに来て、俺を監視すればいい。ついでに獣の日を止める!一石二鳥でしょ!」

「何その言葉」

 ことわざが通じなかった。

 でも、カーラの気持ちが動いたことは、表情で分かる。カーラも里の役に立ちたいと願っているんだ。

 この子にもヒーローの素質があると見た!

 実のところ、大抵の人は素質を持っている。後は行動に移せるかどうか、それだけだ。

「いいわ。悪魔の誘いに乗って、行きましょう」

 カーラはそう言って、檻から出た。

「行くからには、成功させるわよ!」

「当然!」

 話は決まった。

 俺とカーラ、ポチとレムの四人で北に向かった。

 里のエルフたちはまだ騒然としていて、俺たちを見咎めなかった。おかげですんなりと事は進んだ。

 しばらく森を進んだところで、俺たちは見咎められた。

 しっかりと見張りがいたのねって、フィジーじゃん。

 フィジーは姿を現すと、

「どこに行く気だ?」

 と問うた。

「獣の日を止める」

 俺は断言した。

 フィジーは驚いた顔をした後、口元を歪めた。

「俺も行く」

 フィジーはそれ以上何も言わず、ついてきた。何か目的がありそうな顔なんだけど、俺に読み解くスキルはない。

 あれ?

 そう言えば、俺、人の…女の人の顔を見れてる?

 俺も成長してきてるのかな?

 最近、いろんな人に囲まれてるのもあるけど、グル子やリアやレムやポチのおかげだろう。

 感謝感謝だ。

 巨大な木の森を抜け、岩山が点在する平原に出た。

 平原は…魔法陣で埋め尽くされてる!

 前に見たときはここまでじゃなかった。それがちょっとの間に様変わりだ。

 あまりの多さに身の毛がよだつ!

 ポチも警戒して臨戦態勢のままだ。

 カーラが中空を見つめている。何か気配でも感じているのかな?

 先に進もうとするフィジーを、俺は引き止めた。

 俺の様子を見て、レムが前に出た。俺を守ってくれる、頼もしい仲間だ。

「どうして進まない?」

 フィジーは不機嫌に言った。

「魔法陣が無数に出ているんだ」

 俺は言った後、しまったと思った。魔法陣は誰にも見えない。この話をすると、皆が皆、俺の頭がおかしいとばかりにあしらってくれる。

 フィジーも案の定、

「何訳の分からないことを言ってやがる」

 と取り合わず、俺を押しのけた。

 幸い、レムが立ちはだかって止めてくれた。フィジーがいくら力強くても、レムはそう簡単にどかせられない。

「あなたも魔眼の持ち主だったのね」

 カーラは中空を睨みつけたまま、言った。

「魔眼?」

 俺はオウム返しに聞き返した。

「あの魔法陣が見えているのでしょう?それが魔眼を持っている証拠よ」

「へー。ってことは、カーラも見えてるの?」

 カーラは俺を睨みつけた。名前を呼んだことが気に食わないらしい。そう言えば、俺のこともあなたとかあんたとかしか言わないな。そもそも俺の名前を聞こうともしない…。

「カーラと呼んでも?」

 俺は念のため、許可を求めた。

「好きになさい」

 一応、認められた。

「俺はアオト。…よろしくね」

 一応名乗ってみたけど、無視された。俺の差し出した右手は空しく漂っただけ。

 カーラはスティックを構え、手元のボタンを押した。そしてスティックを振る。

 するとファイアアローが飛び出した。

 炎の矢は魔法陣の一番上にある模様を貫いた。どうしたことか、魔法陣が揺らいで消えた。

「え?魔法陣て消せるの?」

「あの部分を破壊すれば」

 カーラは短く答えた。ただ、埋め尽くすばかりの魔法陣を一つずつ破壊するのは気の遠くなる作業だ。

「これを日が暮れるまでに消さないと…」

 カーラは両手を広げてみせた。

 日が暮れると、獣のモンスターによる大行進が始まるらしい。

 死霊の森と違って、ここは時間で発動するんだ。

 これは面倒だ。

 カーラが一つずつ消すにしても時間がかかり過ぎる。絶対に間に合わない。

 もう一つ、魔法陣を消す方法がある。

 一つの魔法陣は複数モンスターを召喚すると消えるんだ。ただ、その複数のモンスターを対処しなければ、大変なことになる。

 俺は間違いなく、死ねる。

 エルフの隠れ里も襲われる。

 そんなのダメだ。

 俺が触れても消せるのかな?

 ふとそんな疑問が浮かんだものの、宙に浮いてる魔法陣の一番上なんて、俺が届くはずもない。

 勢い込んできたものの、俺、何もできないじゃん!

 何にも解決できないじゃん!

「何やってるか知らないが、こんなのつっこみゃいいだろうよ!俺は強い!何が出てこようと燃やし尽くしてやるぜ!」

 フィジーがレムを振りきって平原に飛び込んだ。

 すると獣系のモンスターが次々とわき出した。

 バトルウルフ。群れると恐ろしい。

 デビルベア。単体でも恐ろしい。

 キラーエイプ。単体でも強力なのに群れる。

 恐ろしい奴ばっかりじゃん!

 隠れ里では上から見てたから、あまり気にしてなかったけど、目の前に迫ってくると…うわ!…レムが守ってくれなきゃ死ねる!

「ありがとう!」

 レムは俺の前で身をていしてくれる。その剛腕で少しずつ、モンスターを退治していく。

「難しいだろうけど、カーラも守って!」

 俺は無理な注文を付けた。できるだけカーラの傍にいれば、両方守れる…はずだ。

 ポチはモンスターの群れの中に飛び込んで暴れまわった。

 フィジーも暴れまわってるみたいだ。時々火柱が上がっているから、きっとあそこにいるんだろう。

「まったく!脳筋はこれだから!」

 カーラはぶつくさ言いながらも、スティックを振って魔法陣を一つずつ消して行った。

 やっぱり試してみるべきかな。

 俺はこのまま居ても何の役にも立たない。せっかくいるんだから、何かやりたいじゃん?

 怖いけど、レムとポチを信じる!

「レム!俺をこの角度で放り投げて!」

「アオちゃん?正気?」

「さあね!でも試したい!」

 レムはそれ以上聞かず、俺を片手で持ち上げた。

「ポチ!俺が地面に近づいたら受け止めてね!絶対に飛び上がらないで!」

 ポチが魔法陣に触れて、向こうへ消えても困る。その意図がちゃんと通じていますように。

 俺は祈った。

 そして俺は絶叫した。

 投げられたら、飛んでる!

「何こんな時にバカなことを!」

 カーラが怒っていたけど、俺はそれどころじゃない!

 飛んでるじゃん!

 というか、落下してるじゃん!

 怖い怖い怖い怖い!

 目の前に魔法陣があった。

 俺は咄嗟に手を伸ばした。

 俺の手が魔法陣に触れると、モンスターが出現すると同時に消えた。

 まさかうまく当てられるとはぁぁぁぁ!

 俺は落下した。

 落ちる!

 死ぬ!

 涙で視界が曇る!

 無謀だった!

 もう遅いけど、無茶だった!

 俺は何が何だか分からなくなって目を閉じた。

 でも!

 死にたくない!

 きっとすごく痛いんだろうなぁ。

 そう思って身構えていたら、すごく柔らかい感触だった。

 落下も止まっている。

 手探りしてみると、柔らかい…。筋肉質…。

 筋肉質?

「アオト!どこ触ってんの!」

 ポチの声だ。ポチの声が下から聞こえる。

「あ、待って、今尻尾触っちゃ!」

 フサフサだ!

 俺は頭から地面に落ちた。

「いったぁ!頭打った!」

「僕の尻尾触るからだよ」

 ポチは抗議しながらも、周りのモンスターを蹴散らして俺を守ってくれた。

 俺はやっと上下の感覚が戻って起き上がった。

 頭が非情に痛い。両手でさすっても涙が出る。

「あんたバカなの?」

 遠くでカーラが叫んでいた。

 うん。俺もそう思う。今の実験は、浅はかだった。

 でも。

 見上げると、俺が通ったらしい空間は、魔法陣がすべて消えていた。

 あれ?

 魔法陣の上の模様を壊さないといけないんじゃなかったっけ?

 そう思いながら、俺は立ち上がって頭上で点滅する魔法陣に手を伸ばした。

 モンスターが出現する。

 そして、俺の手が触れると、魔法陣は消えた。

「何だ。触ればよかったのか」

 モンスターは出現するけど、魔法陣も消せる。

 わざわざ飛ぶ必要はなかった!

 モンスターはわんさか出現してるけど!

 これなら、俺も活躍できる!

 周りに一杯迷惑かけるほどモンスターが出てくることなんて、この瞬間は考えもしていない。

 俺は活躍できると思った瞬間に、手を上げて駆け出していた。

 ゴールテープを切るランナーみたいな恰好で!

 次々と魔法陣は消えた。

 代わりにモンスターがあふれかえって、俺の後を追いかけてる!

 待って!

 クマさん追いかけないで!

 イヤリングなんて落としてないから!

 俺、男だから!

 ハチミツ手に入ったらあげるから許して!

 俺にはジャブでクマを仕留めるなんて無理だ!

 パニクって色々混ざってるな。

 でも両手は下げなかった。

 おかげで魔法陣は大量に消せた。

「これだから男って!オツムないわね!」

 カーラは魔法を切り替え、範囲魔法でモンスターを相手した。魔法陣を消す余裕はなくなったみたい。

 それって、俺のせい?俺のせいだよね。

 なんか、やることなすこと、カーラの心証悪くしてる…。

 俺は急いでレムの後ろに隠れた。

 ポチとレムが向かってくるモンスターをなぎ倒した。

 カーラの広範囲魔法がモンスターの数を減らしていく。

「ああもう!私の魔力が尽きるわ!こんなバカの言うこと信じるんじゃなかった!」

 カーラが嘆いた。

「俺のスキル受けたら、魔力増えると思うよ?」

 俺はこの危機に乗じてみた。

 視線が刺さった!

 こわっ!

 状況に付け入ってごめんなさい。

 モンスターの数が多すぎる。

 このままじゃじり貧だ。

 確かに俺は考えが足りなかったらしい。後先考えずに行動しすぎたらしい。

 俺は自業自得だ。

 だけど、こんな奇麗なカーラを巻き込むわけにはいかない。愛でるにはいいけど、ぐちゃぐちゃになるのは見たくない!

「カーラ!ごめん!魔法で逃げられるなら今のうちに逃げて!」

「どこに逃げ場があるっていうの!」

「あ、うん。ごめん」

「後先考えなさいよね!」

 いくらポチが強くても、レムが頑丈でも、敵が多すぎる。

 せめてもう一人くらいいてくれれば…。

「あれ?フィジーはどこ行った?」

 見渡しても、どこにも爆炎は上がっていない。

「あんたみたいに向こう見ずに突っ込んで飲み込まれたんでしょう!」

 カーラは無慈悲に言った。

「私はそうなりたくないわ!何か手はないの?」

「あるにはあるかな?」

 俺に考えがある。

 違うな。

 俺に策あり!

 うん。かっこいい。

 決して、チートアイテムとか、チートスキルとか、メテオ数発撃てる権利とか、そんなものは持ち合わせていない。

 アイテムストレージには何もない!

 ゲームじゃないから、そんなものないし。

 おっと。俺、危機的状況になると、変なこと考えるようになってるな。最近。

「あるならやって!」

「え?いいの?」

 俺は耳を疑った。

「いいからやって!」

 本人がいいと言っているんだから、いいに決まってる!

 俺は早速、カーラの肩に触れた。

『対象を寵愛しますか?』

「イエス」

「それが打開策かっ!」

 カーラの一喝だ。また拒絶されたっぽい。

 ちょっと傷付く。

 俺、ナイーブなんだぞ。

「いやぁ。だって、俺の寵愛受けたらカーラがギフト授かって、きっと打開できる力が手に入るもの」

「いやよ!あんたの寵愛を受けるなんて虫唾が走るわ!」

「えらい言われようだ…。じゃ、このまま仲良くモンスターに押しつぶされて死のう」

「あんたと一緒に死ぬのもいやよ!」

「わがままだなぁ。寵愛を受けるか、死ぬか、どっちかだよ?」

 俺はちょっと悪ノリし始めていたことは、内緒にしておこう。

 これでだめなら、もう一個の打開策を挑戦するしかない。けど、まだ条件満たしていない気がするんだよなぁ…。

「どっちも嫌よ!」

 カーラは魔力が尽きたらしい。膝をつき、肩で呼吸している。

 ポチが必死に暴れまわって何とかしのいでくれてるけど、いつまで持つことか。

 ポチの献身的な働きには頭が上がらない。仲間思いのいい子だ。

 レムもそうだ。

 身をていして、俺とカーラを守ってくれている。いつまで彼女の身が持つのか、分かったものではない。

 やっぱり、二人の進化に賭けるしかないか。グル子の時のような切羽詰まったものが無いから、難しい気もしてるんだけど、試してみる価値はある。

「あなた、悪魔ね!」

 カーラが俺を睨んでいた。

 モンスターがどんどん迫ってきている。

 レムが俺たちを庇いきれなくなりそうだ。

 できるだけ庇う範囲を減らそうと、俺はカーラに近づいた。

「いいわ!悪魔に魂を売ってあげる!だけど、私があんたのものになるとは思わないことね!」

 カーラはそう言って身を硬くした。

 えっと、それって?

 目まで閉じたよ。

 え?これって、キスしてもいいやつ?

 ってダメだよねぇ。ブブーって鳴る奴じゃんこの選択肢。ピンピロリロリンがいいんだ!

 華撃団にいるわけでもないんだけどね。

「早くなさいよ!グズ!」

 カーラが怒っている。

 怒った顔も奇麗だ。さすがエルフ!

 俺は手を伸ばし、カーラの頬に触れた。

『対象を寵愛しますか?』

 イエス!

 次の瞬間、カーラの体が光った。

「誰が頬に触れていいって言ったのよ!」

 俺はひっぱたかれた。

 光が消えても、見た目上、カーラに変化はなかった。

 だけど、尽きたはずの魔力が戻っていた。

 読み通り!

 一応、そう言わせて。

 魔力回復しなかったらどうしようかと不安だったんだから。

 カーラはさっきよりも数倍威力の増した、広範囲魔法でモンスターを一掃した。

 ポチは間一髪で、レムの後ろに飛び込んでいた。動物的勘で、危機を感じ取ったみたい。

「おおポチ!よく頑張った!」

 俺はポチの頭を撫でてやった。

 ポチは嬉しそうに、俺にすり寄った。その体はあちこち、傷だらけだ。服もボロボロでお肌が覗いている。いつもの俺なら目のやり場に困るところだけど、今はそれ以上に、傷が目についた。

 俺は胸が痛んだ。

 傷だらけになるまで俺たちを守ってくれていたんだ。レムもそうだけど、自分の身を顧みず、献身的に。

「レムは大丈夫かい?」

「私は平気よ。丈夫な体が売りですもの」

 レムはそう言ってほほ笑んだ。確かに、彼女は傷一つ付いていない。

 でも、さすがのレムも疲労しているんだ。ちょっとよろめいたのを、見逃さなかった。

「ありがとう。レム。ポチも」

 カーラは自分の力に驚いていた。疲れた様子はない。

「カーラもありがとう。おかげで助かったよ」

「これがあなたのスキルの効果なのね。まさに悪魔的ね」

 俺を悪魔呼ばわりし続けるつもりかな?

「アオトと呼んでね?」

「悪魔に心まで捧げるつもりはないわ」

 カーラはツレなかった。

「まあ、可愛そうに!」

 カーラは俺に対する態度と打って変わって、ポチに心配そうに触れた。

「奇麗なお肌が台無しよ!」

「大丈夫。なめとけば治る」

 ポチはそう言って、実際に届く範囲はなめていた。

「里に戻ったらしっかり治療してあげる」

 カーラは請け負った。

 俺には刺すような視線と冷たい言葉しかかけてくれないのに…。

 ちょっとポチに妬けちゃう。

 俺はポチの頭をわしゃわしゃした。

 ポチの尻尾が大きく動く。

 心が和むなぁ。

 なんにしても。

 魔法使いをゲットだぜ!

「俺を慕ってくれる仲間を増やしたかったけど、利害が一致するならその限りにあらず」

 だな。

 カーラも、フィジーも。

 あ。フィジー、無事なのかな?

 魔法陣はまだ無数に広がっている。その中に、フィジーの姿も、火柱も、モンスターも見えなかった。



  4


 俺たちはしっかり休息をとった。

 傷は癒えないけど、動く体力は戻ったはずだ。

 打開策は見つかった。

 だから、ここからが、獣の平原の攻略開始だ!

 俺はポチにおんぶしてもらった。足が速く、体力のあるポチに駆け回ってもらい、俺は伸ばした手で魔法陣を消す。

 レムがカーラを守って、モンスターがある程度出現したら、カーラが範囲魔法でせん滅する。

 これが作戦だ。

 なお、例によって君、もしくは君のメンバーが捕らえられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないので!

 ちょっと言葉が違った気がするな。

 けど、作戦というと、なんか、あの映画の気分だ。

 そして、打開策が見つかっている以上、不可能なミッションではない!

「準備はいいかい?」

 俺はポチの背中から声をかけた。

「任せとけ!」

 ポチは請け負った。

「大丈夫よ」

 レムは破れかけた服の胸元を…わざと俺に見えるように広げた。

 俺は思わず目を逸らす。

 レムの笑い声が聞こえたように思う。

 きっとレムは最後まで生き残るな。

「最低」

 カーラは返事の代わりに、俺を軽蔑していた。胸元を押さえている。

 いやいや、今はそれどころじゃないから!

 見たくないと言えば嘘になるけど!

 まあいいや。

「じゃ、カーラ。頼んだよ!」

 俺は言い置くと、ポチに向かう方向を示した。

 ポチは俺の指差す方向をめがけて突き進んだ。

 片手で方向を示し、片手で魔法陣を消す。俺はこれだけ。

 後は人任せ!

 ちょっと寂しいけども!

 でもまだ俺に役目があるだけマシだ!

 ヒーローになりたい俺が、いつまでも蚊帳の外は、いやだもの!

 それにしても、俺が魔法陣に触れると消えるなんて、どういう仕組みなのかな。

 後ろでモンスターが湧き続けているけど、ポチの足についてこれない。これなら怖くない!

 確かに、今まで魔法陣に触れて見たことはなかった。

 どこまで近づいたらモンスターが出てくるのかは実験したけど、それ以上は近づかなかった。

 待てよ?

 アルラニアに初めて来たとき、森でしゃにむに走った時、魔法陣に触れたかも?

 でもあの時、消えたかどうか確認してなかったなぁ。逃げるのに一生懸命で。

 それとも魔法陣を消すにはほかに条件があるのかも。たまたま今回はそれが揃っているだけ…。

 俺は試しに、消えるなと念じて魔法陣に触れてみた。

 でも、ちゃんと消えた。

 まあ、念じて変化する必要もないか。

 これからは魔法陣見かけたら、触れて消せばいいのね。一体は出現するけど、皆で対処すれば大丈夫。

 でも問題は、アーユス属性の魔法陣だな。

 俺の考えが間違っていなければ、アーユス属性は人も魔法陣を利用できるはずだ。

 それとも他に条件があるのかもしれないけど。図形とか。

 そう言えば、人が消えたって話もなかったなぁ。少なくとも、よく見かける図形では、属性が合っていても使えないんだろう。

 とすると、試すべきは、魔神クラスが出るというデカグラムの魔法陣で、アーユス属性のものが見つかった時だな。

 とはいえ、出てくるものが強すぎて対処できないかも。

 怖すぎて実験できないか。

 俺は物思いにふけりながら、ポチを縦横無尽に駆けさせた。

 カーラがモンスターを一掃する。

 ポチが疲れるまで繰り返し、休息をとって、また繰り返した。

 そのおかげで、空が赤く染まるころには大半の魔法陣が消えた。

 残ったのは、ヘキサグラムの、文様も複雑な魔法陣だ。虹色に輝いている。

 明らかに、やばい奴だ。

 カーラが魔法陣の頂点を破壊しようと試みたものの、効き目がなかった。

「こんな魔法陣、初めて見たわ」

 カーラは何度か試した後、呟いた。

「これ、放置してもいいのかな?」

 俺も手を出さない方がいい気がしてならない。

 カーラは辺りを見渡した。

 俺も一緒になって見渡す。

 気のせいか、遠くの方に魔法陣が復活しているように見えた。

「おそらくだめね。ここから出てくるモンスターを倒さない限り、魔法陣は復活するわ」

 ゲームなんかでありそうな設定だ。

「俺もそう思う」

 そういう危機感がヒシヒシと伝わってくるんだもの。

 ボス戦の予感だよ。

 前衛ポチ。

 中衛レム。

 後衛カーラ。

 俺は後方で。

 こんな布陣でボス戦、大丈夫か?

 一抹の不安はあるものの、ポチは強い。カーラの魔法もとんでもなく強い。

 レムが敵を押さえて、ポチとカーラで攻撃。

 これで何とかなる気がする。

「やるしかないよね」

 俺はそう言っておいて、ふと、格闘ゲームの開始前のセリフを思い出した。

「やるしかないのか?」

「今さら命乞いか」

 ファイっ!

 まったく関係の無いものを思い浮かべてしまった。俺の頭って、ほんと、脈略ないよね。

 まあいいや。

 ポチはやる気だ。

 レムも頷いている。

 カーラは…俺を睨んでいた。

 俺、またカーラの気に触れること、何かやっちゃった?

 俺がオドオドしていると、カーラは、

「さっさと下がりなさい!あんたは足手まといよ!」

 と、胸に突き刺さるお言葉を…。

 でも、布陣からして、俺が魔法陣に近づいて出現させないといけないよねぇ。

 出したらすぐ逃げる!

 覚悟を決めた!

「俺が魔法陣を反応させて、その後は逃げるからよろしく!」

 様にならないセリフだけども。

 覚悟を決めたわりには、足が震えた。

 虹色って、故郷のあの魔神の魔法陣を思い出させるんだよね。

 強力な魔神だったんだもの。

 あんなのが出たら、怖いに決まってる!

 まあ?またあの子だったら?大歓迎だけど!

 いつの間にか、足の震えが納まっていた。

 俺って、時々すごいな。

 妄想で恐怖心が消せるなんて!

 魔法陣が点滅を始めた。

 いっそのこと、触って魔法陣を消して…。

 それでもモンスターは出てくるし、消せるとは限らない。さらにはその魔法陣に触れて、俺がどこかに飛ばされても困る。

 属性が違うと言っても、確かめたことないんだ。もしもの間違いがあっては困る。

 ここは冷静に、出現させるだけにしておこう。

 決して、恐れをなしたわけではない!

 ないぞ!

 だから足、震えるな!

「さっさとなさい!」

 カーラの怒声だ。

 その安定の冷たさが、俺の足の震えを取ってくれた。

 俺にだけ冷たいんだよな。ポチには優しいのに。俺にもその優しさを向けて欲しいな。

 そう思ったら、動けたんだ。

 魔法陣が反応するまで進むと、すぐに俺は引き返した。

 後ろは見ない!

 よくアニメとか映画とか、立ち止まって後ろ振り向くよね。

 あれって、普通、死ぬよね?

 こんな場面でやったら、当然だ。

 なんで逃げないのかなって思っちゃう。

 俺は逃げるよ。

 なんか大きな音が…振動が…後ろからくるけど!

 唸り声、でかすぎ!

 でも振り向かないよ!振り向かないで!

 歌いだしそうになったけど、それは止めておこう。

 俺はレムの後ろまで逃げ、やっと振り向いた。

 そこにいたのは、巨大な…ワンコだ!

 じゃなかった。

 狼だ!

 吐息が凍てついてる!

「フェンリル!」

 カーラが驚愕した。

 フェンリルって、前世でも神話クラスのやつじゃん!

「ブレスに気を付けて!」

 俺はそんな予感がして、叫んだ。

 案の定、フェンリルのブレスが触れた大地が凍り付いた。

 ポチはうまく避けていた。

 レムは多少受けたものの、凍らなかった。

 よかった!

「フェンリルなら!」

 カーラは炎系の魔法を優先した。

 ファイアアロー、ファイアボール…。

 効いているのかよく分からない。

 無数のファイアアローがフェンリルに次々と襲いかかった。

 嫌がっているようにも見えるし、効いていないようにも見える。フェンリルは激しく暴れまわり、カーラを踏みつけようとした。

 レムがフェンリルの前足を受け止めた。

 レムは無事だけど、地面に少しめり込んだ!

 とんでもなく重い一撃だ!

 ポチがフェンリルに飛び掛かり、引っかいたり蹴ったり咬みついたりした。

 ポチもなかなかの攻撃力のはずなのに、びくともしない!

 うるさいハエでも払うように、フェンリルはポチを、頭を振って弾き返した。

「ブレスが来る!」

 俺は思わず叫んだ。

 フェンリルが空気を吸い込んでいるんだもの!

 吹き飛ばされたはずのポチが戻ってきて、フェンリルがブレスを吐く直前に、下顎を蹴り上げた。

 ブレスがフェンリルの口の中で発動したみたいで、閉じられた口の隙間から冷気が漏れた。

 さすがにダメージがあったみたい。

 フェンリルが怒りに燃え、ポチを殴り飛ばした。

 ポチは避けきれず、吹き飛ばされて岩山にあたった。

「ポチ!」

 俺は思わずポチの元へ駆け寄った。

 でも俺がたどり着く前に、ポチは勢いよく飛び出し、フェンリルに向かった。

 ポチの額に血が見えた。

 俺の胸がうずく。

 ポチの腕に血が見えた。

 俺の胸が痛む。

 ポチが片足を引きずっていることに気付いた。

 俺の足が震えた。

 ポチが再び弾き飛ばされた。

「ポチ!」

 俺は転がるようにしてポチの元へ駆けつけた。

 ポチは俺の目の前で起き上がろうとする。

「もういい!動くな!」

 俺は必死でポチを引き止めにかかった。

 相手が悪すぎたんだ。

 勝ち目のない戦いをするのは、無謀だ。ここは逃げるのが正しい。

 レムに囮になってもらって、カーラも先に逃げてもらう。

 これしかないだろう。

 レムには申し訳ないけど、たぶんレムは耐えられる。俺たちが逃げた後で、死んだふりでもして生き延びるように言おう。

 俺はポチにタックルして止めた。

 なぜか、手に柔らかい感触が…。

「こんな時にアオトったら!」

 俺は強烈なアッパーカットで舞い上がった。

 俺が地面にもんどりうって、やっとのことで立ち上がっても、ポチはそこにいた。

 荒い呼吸を整えていたんだ。

 決して俺にアッパーを放ったことで、疲れが増したわけではない!

 …ないと思う。

 俺はポチを抱きとめた。

「行くな!」

「ダメ!アオト、約束したもの!僕、アオトのために…!」

 ポチは俺の手を解き、震える手足で歩み始めた。

 まだ戦うつもりなんだ。

 ポチの目は死んでない。

 血や土埃で体中汚れて、足も引きずっているというのに、ポチはまだやるという…。

「もういいんだ!俺の言葉なんて気にしなくていい!ポチに死んでもらいたくないんだ!」

 そうだ!このまま戦い続けたら、ポチが死んでしまう!

 ポチを失いたくない!

 俺はポチをつかまえようと手を伸ばした。その指先をかすめるように、ポチは走っていった。

 俺は無力だ。

 俺はやっぱり何もできないんだ…。

 傷付いたポチを引き止めることもできないなんて…。

 ポチの気持ちは嬉しい。嬉しいけど、それで死なれたら、俺はどうすればいいんだ!

 小さかったポチ。

 尻尾を振ってジャレついてくれたポチ。

 俺を抱えて飛んでくれたポチ。

 俺の顔をなめたがるポチ。

 褒めてと目で訴えながら、頭をすり寄せてくるポチ。

 色々なポチが走馬灯のように過った。

 そのポチがいなくなる。死んでしまう。

 そう思うと、たまらなく苦しい。

 足の力が抜けて、俺は塞ぎ込んでしまいそうだ。

 ダメだ!

 絶対にポチは死なせられない!

 俺は踏みとどまった。

 俺を慕ってくれるポチを、俺のために死なせるのは、間違ってる!

 なんとしても俺がポチを助ける!

 決意は咄嗟の行動に反映された。

 吹き飛ばされてきたポチを、俺は体をていして受け止めた。

 激しくぶつかって痛い!

 でも、ポチの痛みはこんなものじゃない!

 俺はポチが地面にぶつからないよう、必死で抱えた。

 そのかいあって、非力なはずの俺が、奇跡的にも、ポチを受け止めきった。当然、俺の背中はすり傷だらけだけど。

 こんな痛み!

「大丈夫か?ポチ!」

 俺の腕の中で、ポチが微笑んだ。

 尻尾がけいれんするように動いた。

 でも、ポチは動けなかった。

 あれだけ元気な、元気が取り柄なポチが…!

 そうだ。もう一度胸に触れれば、元気にアッパーを見舞ってくれるに違いない!

 俺はこんな時に何を馬鹿なことを…。

 身動きできない女の子の胸に触れようだなんて!

 恥じ入っている暇もなかった。

 フェンリルがレムを踏みつぶし、こっちに向かっていた。

「レム!」

 フェンリルの後ろで、レムが起き上がるのが見えた。

「よかった!大丈夫そうだ」

 と言ったものの、それどころではなくなってる。

 早くポチを連れて逃げなきゃ!

 もし、カーラが横から魔法攻撃でけん制してくれてなかったら、もう俺はフェンリルの足の下だっただろう。

 俺はポチを引きずろうとした。でも、俺の力じゃ、ほとんど動かせない。

「アオト…。僕を置いて行って」

 ポチを置いて逃げるなんて選択肢はない。

「バカ言うな!」

 俺はポチの頭を抱きしめた。

「たとえ超絶無比な力が無くても、俺は仲間を見捨てない!」

 憧れのヒーローなら、この窮地からも脱するんだろうけど、俺には無理だ。

 でも、最後まで見捨てない!覚悟だけは、ヒーローなんだ!



  5


「アオトが傷付くの、見たくない…」

 ポチは諦めが悪かった。

「それは俺のセリフだ!これ以上ポチが傷付くのを見ていられるか!」

「僕がもっと強かったら…」

 どうしても俺を逃がしたくて、そんなことを言う…。

「ポチは強い!」

 相手が悪すぎただけだ!

「グル子がいてくれたら」

 ポチの呟きは、俺の胸に突き刺さった。覚悟を決めたはずなのに、その言葉は重かった。

 グル子を置いてきたのは俺の判断だ。それは間違いだったんだ。

 確かに、グル子がいたら、フェンリルも倒せたかもしれない。

 でもその代わり、エルフの里は俺たちが取りこぼした獣のモンスターに襲われていただろう。

 あれだけ大量に湧いていたんだ。全部を倒せたとは思えないもの。

 フェンリルの前足がすぐそこに振り下ろされた。

 もう、次で俺たちは踏みつけられる!

 レムが叫んでいるようにも思えるけど、俺の耳に届いていなかった。

 俺はポチの顔を見つめていた。

 ポチは俺の顔を見上げていた。

 ポチって、結構愛らしかったんだね。

 愛らしいポチと一緒に死ねるなら、それでいいかも。

 これが最後だと思うと、俺のアガリ症はどこかへ吹き飛んでいた。どうしてそんな行動に出たのか、俺自身にも分からない。

 グル子の時のことを思い出していたら、行動しようとしたかもしれないけど、それはそれで意識しすぎて、きっと何もできなかっただろう。

 意識していなかったからこそ、できたんだ。

 何をって?言わなくても分かるだろう?

 俺はポチの唇に、俺の唇を重ねていた。

 お別れだもの。

 一緒に逝くんだもの。

 いいよね。

 でもこういう、浸ってるときに限って、耳の奥でうるさい声がするんだよね。

『条件を満たしました。対象を進化させますか?』

 おうおう!いいともさ!

「超進化!」

 は反応してくれないのね。

「進化させて!」

 それでグル子の時のように、ポチが助かるのなら、望むところだ!

 強く、勇ましく、健康美あふれるポチに!

 そして何物にも服従しない、強い心の持ち主に!

 獣たちの王に!

 俺は必死に願った。

 女の子に王って…。女王か!

 周りの時が止まっていた。

 フェンリルの前足が、頭の上で止まっている。

 今にも落ちてきて、俺を踏みつぶしそうだ。

 向こうで、レムがこっちに向かって手を伸ばして固まっていた。

 カーラのスティックから、魔法の弾丸が複数飛びだしかけていた。

 俺は、光の塊を抱きしめていた。

 光は俺から離れ、立ち上がる。

 俺より背が高くなって、立派なフサフサした尻尾を持っていた。

 上着は大きな胸の一部しか覆っていない!

 下乳!

 ホットパンツは…もうほとんど隠せてない!

 割れ目!

 俺は鼻血を流して倒れた。

 悩殺一発KOだ。

 上で衝撃波が生まれた。

 でも、フェンリルの前足が落ちてくることはなかった。

 ポチが片手で受け止めている!

 凛々しい半ケツがまぶしい!

 追い打ち食らった!

 進化したポチはフェンリルを圧倒した。

 俺の鼻血を大量に誘いながら!

 レムやカーラが呆気に取られて見つめる。

 カーラはそれでも、

「破廉恥だわ!」

 だとか、

「あんな場面でよくもあんなことを!」

 なんて、俺を非難し続けているようだけども。

 いやー。死ぬ覚悟決めたら、どうした訳か、ポチの唇に触れてたわけで…。

 カーラの言うとおり、俺がスケベなだけなのかな?

 あれだけ強かったフェンリルを、ポチはあっさりと地面に叩きつけ、完膚なきまでに叩きのめした。

 ポチの圧勝だった。

 俺に対しても、ポチの完勝だった。

 俺はボロボロになった服をちぎって鼻に詰めた。でないと、いつまでも鼻血が止まらない。

 俺、死ぬよ。

 さっきより確実に死ねるんじゃない?

 出血多量、怖い。

 レムが駆け寄って、俺を抱きしめた。

 嬉しいけど、痛いよ!

「加減!加減!」

 俺はレムの腕をタップした。

「バカな真似はよしてよ!アオちゃん…」

 レムは消え入りそうな声で言い、俺が消えてしまわないようにしっかりと抱きしめ続けた。

 嬉しいけど、これも死ねるかも。

「レム。アオトの首が絞まってるぜ。あの世に送るつもりかい?」

 ポチが横に来て言った。

「あ、ごめんね」

 レムは慌てて離れた。でも、手は俺の肩に触れたまま、放そうとしない。

「ポチ、ありがとね」

 俺は礼を…鼻血が!

 俺は上着を脱ぐと、ポチを見ずに差し出した。

「とりあえず、羽織って!目のやり場が!」

「えー。さっき自分から触ったくせに、今さら恥ずかしがるなよ」

 ポチはそう言って笑った。

「あれは不可抗力!たまたま!」

 俺の抗議を面白がっているようだ。

 それでもポチは俺のボロボロになった服を受け取って…クンクン匂うな!

 はぁ。やっと着てくれた。

 それで豊かな胸は、一応、隠れた。後は下を見なければ、何とかなりそうだ。

 と思ったら、背中丸見え!

 奇麗だ…。

「私は絶対に、あんなことや、そんなこと、しませんからね!」

 カーラが軽蔑するように俺を、俺たちを見ていた。

「たとえ、目を疑うほど強くなれるとしても!」

 カーラはポチの変わりようを確認しようと、周りをぐるぐる回った。上から下を、なめるように見つめて。

 俺もポチを見つめた。

 進化したということは、ステータス、変わってるよね。

 ポチは身体能力に特化した成長を果たしたみたい。って魔力もある…。

 もしかしたら、動物的勘で、身体強化魔法を習得しているのかも。だから、フェンリルの一撃を片手で受け止められたんだ。

 種族は…。

 ナーリー?

 聞き覚えの無いものだ。ゲームとかにもなかったと思う。

 でもまあ、フェンリルを圧倒するくらい強くなったのだから、問題ない!

 ポチが俺を見つめていた。

 その目は…。

 俺は手のひらを下にして上げた。

 するとポチの頭が滑り込んできて、俺の手がポチの頭に触れる。

 撫でてやると、尻尾が激しく動いた。

 こういうところは、変わらないな。

「ポチのおかげで助かったよ。ありがとう」

 ちゃんと言葉でも言っておく。

 でもポチは、言葉だけではなく、撫でることも要求する。

 それだけでは足りず、ポチは俺を押し倒した。

「俺、すげーだろ!」

 ポチは興奮していたのね。俺の上に座り、俺の両肩を抑え込んだ。

 座った位置が…ちょ、まずいって!

「最低…」

 カーラは俺を軽蔑した。

 ますます、カーラの心証が悪くなっていってる…。

 レムがポチの首根っこをつかんで俺から引き離してくれた。

 俺は急いで起き上がった。ただし、前屈みなのは内緒だ。

 だって、ねえ。俺も男の子だし。生理現象なんだから仕方ない!

 カーラが俺を汚物のように見ているような気がするけど…。

 なんにしても。

 俺は辺りを見渡した。

 虹色の魔法陣はまだ残っているけど、他の魔法陣は見当たらない。

 モンスターも見当たらない。

「俺たち、やったんだね」

「私たち、よ。あなたは何もしてないでしょ。ポチを襲った以外は」

「カーラ?襲ったって…?」

「弱ったポチに無理やり…!」

「違う!無理やりじゃない!合意の上だ!」

「確認したのかしら?」

「そんなの必要な…」

「ほらやっぱり」

 え。俺、間違ってたの?

 俺は思わずポチを見つめた。

「もう一回チューしよう!俺としよう!」

「ほら!」

 俺はポチを指差して、カーラに訴えた。

「忠実なポチのことだもの。あなたが卑劣にもそう育てただけだわ」

「違う!」

 俺の抗議は、カーラに通じない。カーラに言葉でも勝てそうになかった。

 なんか、勝利の余韻がない気がする…。

 洋物ドラマなんかで、最終回の華々しいシーンじゃないのかよ!

 ………

 そういうドラマって、最後のシーンで、絶体絶命の危機に瀕して終わるよね。

 こういう場面だと、大量の魔法陣が復活する、とか?

 そう考えたせいなのか、たまたまなのかは分からない。でも、目を疑う光景が広がったのは間違いない。

 皆開いた口がふさがらなかった。

 平原を埋め尽くす魔法陣が瞬時に現れた。

 変なこと想像するんじゃなかった!

 俺のせいだ!

 皆ごめん!

 もう日は沈みかけている。

 沈み切ったら、この魔法陣は全て、モンスターを吐き出して、獣の日とやらが発生してしまう!

 フェンリルを倒せば終わるんじゃなかったのかよ!

 カーラは絶望して崩れ落ちた。

 レムは立っているのがやっとだ。

 ポチ一人が気を吐いている。

 俺も心折れそうだ。

 ヒーローはこういう絶望をはねのけて、何度も立ち上がるよね。俺にもできるのかな…?

 ポチはいい。ポチは戦える。

 でも、ポチだけでは何ともできない。

 せめてグル子がいてくれたら、ポチとグル子の連携で、出てくるモンスターを倒しながら、魔法陣を消して回れるのに!

 そう思っていたからなのか、今岩かげから出てきた、地面を這いずる人影がグル子に見えた。

 だんだん近づいてくる。

 やっぱりグル子だ!

 その後ろに、エルフが一人、ほふく前進している。

 リアもいた!

 自分の盾の上に座って、自分の手で引っ張るという器用なことやってる!

「あれは何?」

 カーラも気付いた。

「グル子とリアだ」

 ポチが言った。

「もう一人は…ハンターだ」

「まだだいぶ離れてるのに、よく分かったね」

「においで!」

 俺の問いに、ポチは自信たっぷりに答えた。

 俺は思わず自分の脇をにおってみた。よく分からない。ここが一番におうはずだけど…。足の裏もあったか!

「何靴を脱いでるのかしら?」

 レムが冷静にツッコンだ。

 俺は靴を履きなおすと、魔法陣郡の反応しないギリギリのところまで進んでグル子たちを待った。

 少し時間がかかったけど、間が微妙に持ちにくかったけど。

 グル子は俺に飛びついた。

 リアも!

 俺は耐えきれず、後ろに倒れた。

「痛いよ!」

 俺は訴えた。自分でも忘れていた、背中のすり傷の痛みがぶり返していた。

「ごめんなさい…すごいケガ!」

 グル子はすぐに治癒魔法を使って治してくれた。

 その間、リアは俺の薄い胸板を撫でている。

「何やってんの?」

「せっかく素肌なんですもの…」

 なんか、よだれたらしそうな言い方…。

 俺はリアを押しはがした。

 でも俺の力では、押しきれない。

 見かねたレムがリアを連れて行った。

 いつの間にか、ハンターが横に来て、土埃をはらっていた。なぜか、俺を見つめながら。

 それにしても、ハンターはなぜ来たのだろう?グル子やリアも。

「どうしてここに?」

 俺は聞かずにいられない。

「フィジー殿が里に戻り、こちらが危機的状況だから手を貸せと」

 ハンターが答えた。

「フィジーは無事だったのね。勝手に里に戻って!」

 カーラは喜んだのも束の間で、いないフィジーに向かって文句を言った。

「私たちも行けって。里は自分に任せておけって」

 グル子も俺の質問に答えた。治癒魔法を終え、俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。

「だから来たのよ。ここから出られなくなっていたのかしら?」

 リアは質問も加えた。

「ハンターはなぜ?」

 カーラが尋ねた。

「里を守ってくれた恩人の危機と聞かされて、じっとしていられなかった」

 ハンターはそう言って、なぜか俺を見た。

 里を救ったのって、レムやポチやグル子やリアなのに。

「しかし、何も起こっていない…」

 ハンターは辺りを見渡した。

 俺は咄嗟にハンターの手を引いて、魔法陣から遠ざけた。危なく、反応するところだったんだ。

「見えないだろうけど、モンスターが出現する魔法陣がびっしりと宙に浮いてるんだ」

 俺は簡単に説明した。

「そうなのか。…それでグル子殿はほふく前進するようにと…」

「はい」

「しかし、もう日が暮れる。獣の日が訪れるぞ」

「出てきたのを片っ端からやっつければいいさ!」

 ポチは息巻いた。

 グル子も頷く。

 二人は大丈夫だろう。

 でも、またフェンリルが出てきたら、同時に大量のモンスターが現れたら、いくら強い二人がいても、飲み込まれてしまう。

 さっきから俺の脳裏には、一つ試していないことがあると、心の声が訴え続けていた。

 やっぱり試すしかないのかな。

 ビックリした!鳥肌立った!

 無数の魔法陣が一斉に点滅を始めたんだ。日が暮れるのに合わせて、動き始めているのかも。

 カーラも悲鳴を上げていた。

 そうだった。彼女も魔法陣が見えるんだった。カーラは時間がないことを悟り、絶望していた。

 そう。時間がない。

 躊躇している場合じゃない。

 俺は覚悟を決めると…。もしも今、俺を画面の中に見ているとしたら、四隅に、覚悟完了、と!

 それくらいの意識で!

 虹色の魔法陣に近づいた。

「何をする気?」

 カーラが気色ばんだ。

「魔法陣を消す」

 俺は短く答えた。

 たとえフェンリルが出たとしても、今はポチとグル子がいる。すぐに何とかしてくれるはずだ。

 今回はかなり、ゲーム的要素が強い気がしてる。そう考えると、この虹色の魔法陣、怪しすぎじゃない?

 こいつが消えたら、全部消える、なんてことがあるかもしれない。

 ここの正当な攻略方法は分からない。なら、裏の攻略を試す。それが、魔法陣を消すということだ。

 これは俺にしかできない。俺だからできる!

 虹色の魔法陣はカーラの魔法でも消せなかったんだ。

 成功すれば、俺もやっとヒーローらしい活躍ができたってことさ!

 これで消えなかったら、恥ずかしさ倍増だけどね。

 俺は震える手を伸ばした。

 もう反応していいはずなのに、フェンリルは出て来なかった。

 ディレイタイムみたいなものがあるのかも?

 おかげで助かった!

 俺は素早く手を伸ばして魔法陣に触れた。

 魔法陣は俺が触れた途端に消えた。というか、俺の手に吸い込まれたようにも見えた。

 え?もしかして、今までの魔法陣も、全部俺の中に?

 俺の中からモンスターが出てくるなんて、止めてよ!

 ホラーすぎる!

 お腹を食い破って出てきて、酸の血を流す怪物なんて!

 幼虫が人の顔に巻き付いて、お腹の中に入るんだ…。

 あー怖い怖い。

「アオト?」

 いつの間にか、ポチが俺の隣にいた。

「あ、ごめん。ちょっと妄想してた」

 周りを見渡してみる。

 俺の読みは当たっていた!

 俺は思わずガッツポーズだ。

 見渡す限り、宙を埋め尽くしていた魔法陣が、奇麗さっぱり消えている。

 地表近くにポツポツと、普段からあるくらいの魔法陣が残っただけだ。

 これはもう、解決したと言っていいでしょう!

「うそでしょ…こんな…」

 カーラが目を見開いて、力なく座り込んだ。

「何があった?」

 ハンターが心配してカーラに近づき、何が起こっても対処できるように身構えた。

「獣の日は防いだよ」

 俺は自信たっぷりに答えた。だって、虹色の魔法陣も、無数の魔法陣も消えたんだから。

 俺がこの手で、解決したんだ。

 そう思うと、体の奥から震えが来た。嫌な震えじゃない。心地いいものだ。このまま浸っていたいくらいに。

 でも、不満もある。

 映画のヒーローもののように、敵を倒して終わるのではない。実に、あっけない終わりだという事実に、物足りなさを覚えていた。

 それはぜいたくと言うものだな。

 少なくとも、俺の手で、エルフの里を救うことができたんだ。

 それで十分じゃないか!

「カッコよくヒーロー活動したかったけど、現実は地味なもんだ」

 それでも!俺は充実感と、成し遂げた感動を味わっていた。



  6


 魔法陣が見えるのが二人いると、仲間を導くのは楽になった。

 皆、俺とカーラの言うことを信じて、魔法陣に触れないルートをたどってくれた。

 カーラは興奮しているのか、時折、グル子やポチに抱きついてはしゃいだ。

 獣の日を防いだことが、よほど嬉しかったらしい。

 そして、女の子がはしゃぐ姿は、見ていて、心がくすぐられて…。うん。悪くないよ。

「ハンター。そんなに周囲を警戒してくれなくても大丈夫だよ」

 一人、気を吐いて警戒してくれているハンターに、声をかけた。

 魔法陣を避けて通るから、モンスターに襲われる危険はほとんどない。動物もこれだけ大人数だと、襲ってこないでしょ。

 もしも何かに襲われたとしても、レムとリアが守ってくれるさ。

 俺は人任せな自信をもって、悠々と歩いていた。

「癖でね」

 ハンターはそう言って笑った。

「アオト殿とお仲間は人の里でもさぞ活躍されていたのでしょうな」

 ハンターは俺の隣を歩いた。

「そんなことはないよ。アルラニアの人々は俺の仲間を恐れて受け入れてくれなかった」

 エルフの里でも同じことが起きなければいいのだけど。

 それが俺の危惧するところだ。

「なんと嘆かわしい!確かに元はモンスターだったのかもしれないが、彼女たちは自分の意思でアオト殿を助けているように見受けられる。それに、里を救い、獣の日を沈めたという実績がある。誰が彼女たちを疑いましょうや!」

 まるでエルフの里の総意のように言ってくれた。その気持ちが嬉しい。

「ありがとう」

 俺の心が軽くなったような気がする。僅かでも、彼女たちを認めてくれる人がいることが、嬉しくて仕方ない。

 アルラニアでも、一人だけ味方になってくれた。あの筋肉逞しい「おかん」のマリアはどうしてるかな?

 きっとフライパン片手に奮闘してるんだろうな。自分が着れない服を一杯作っているんだろうな。

 いつか、またマリアには会いたい。

 ふと、アーディングの顔が浮かんだ。

 確かに美男子だよ?だけど、俺が美男子を思い浮かべてどうする!

 俺は頭を振って、アーディングを追い出した。

 頭から追い出したアーディングが、ランタンを持って現れた。

 え?これ、夢か何か?俺の頭から出てくんな!

「麗しの君」

 アーディングはランタンの明かりで俺を捕らえると、優しい笑みを浮かべた。

 いやにリアルな夢だな。

 俺は幻影を消そうと、アーディングに触れた。触れた!

 夢じゃなかった…。

 アーディングは俺の手に自分の手を重ねた。

 俺は慌てて手を引っ込めた。

 けど遅かった。

 アーディングは俺の手首をつかんで、俺を引き寄せた。

 反対側から引かれ、途中で止まる。

 ハンターが俺を引き止めてくれたんだ。

 ハンターとアーディングが睨み合った。

 アーディングは俺の手の甲に口づけすると、放してくれた。

「見境ないわね…」

 後ろでカーラの軽蔑する声が聞こえたような気がする。気のせいにしておこう!

 そもそも俺が手を出したんじゃないし。

 あ、今回は出したのか…。

 危ない危ない。色々な意味で!

「アーディング。どうしてこんなところに?」

 俺は疑問を口にした。

「時期的にそろそろ獣のモンスターが大量に発生するころだと分かりましたので、調査に訪れました」

「一人で?」

「一人で。運が良ければ、麗しの君を一目見ることができるかと期待しておりました。期待通りです。神の御導きに感謝いたします」

 アーディングはそう言って、ハンターとカーラを見た。

「そちらはエルフの方ですね。ああ、待ってください。敵意はありません。私は麗しの君…セシルのしもべです」

「セシル?」

「ああ、それ、俺のこと」

 認めたくはないけど、怪訝そうにするカーラとハンターのために、認めた。

「獣の日であれば、未然に防ぎました。アオト殿の手によって!」

 ハンターが言った。どこか自慢げに聞こえるのは気のせいだろうか?

「さすが麗しの君です!」

 アーディングは素直に賛辞をくれた。

 なんか、俺への信奉度合いが増してないかい?

「これからどちらへ行かれるのです?」

「エルフの里…というか、戻っていいの?俺」

 不法侵入で捕らわれてたんだよね、そう言えば。

「里を救ってくださったのだ。ぜひ、里へお越し頂きたい」

 ハンターが里を代表して、俺を歓迎してくれている。

「そのみすぼらしいなりをしたまま里を追い出せないわ」

 カーラも認めた。

 俺は上半身裸だった。そう言えば。皆の服もボロボロだ。

 汚れて、ボロボロで、みすぼらしいったらありゃしない。

 その隙間から見える、グル子やポチのお肌は眩しすぎるけれども。

「麗しの君。あなたさえよければ、今後私もあなたのお供をしたいのですが」

 唐突に、仲間になりたがってこちらを見ている。

 グル子たちを排除しようとしていたのは、ついこの前のことだよね?

 とはいえ、もうやらないのなら、許してもいい。俺は心が広いのだ。というか、俺のケツを狙わないのなら、これほど優秀な騎士もいないからなぁ。

「申し訳ないが、招かざる者は里に入れぬ」

 ハンターの声色が変わった。

 カーラも頷いているところをみると、というか、侵入したら捕らえられるほどだものなぁ。当然の反応と言えるのかも。

「なあ。そんなことより、あっちが燃えてるぜ」

 ポチが、エルフの里がある方向を指差して言った。

「血の臭いも」

 ポチの不穏な一言は、ハンターとカーラの表情を凍り付かせた。

「ハンター!カーラ!グル子を連れて先に!ポチがいれば里には入れるから!」

 俺は即座に提案した。

 ハンターは返事の代わりに駆け出した。カーラもグル子を促して走り出した。

 グル子は一度俺の顔を見た。

「里の皆を頼む!」

「はい!」

 グル子は返事をすると、先行する二人を追った。

「俺たちも行こう」

「血なまぐさい事態が発生しているのならば、私の剣が役に立つでしょう!お供させてください!」

 アーディングは必死に食い下がった。自分から、勝手について行こうとはしない。律義な人だ。

 俺が責任を追えばいいよね。まずかったとしても、元々部外者だし、追放処分くらいでしょう。

 俺は高をくくった。

「よし、行こう!」

「ありがとう!」

 俺たちはポチを先頭に、里を目指した。

 レムはやっぱり疲労が残っていた。どうしても足が遅くなる。

 仕方なく、レムのペースで進むことになった。

 レムは私を置いて行ってと言うけど、そうもいかない。今のレムを放ってはおけない。

 俺はレムに手を差し伸べ、まあ、役に立たないだろうけど、手助けした。

 気持ちの問題だ!気持ちの!

 たとえ非力でもね!

 レムの片手で俺が押しつぶされるとしてもね!

 レムはそっと手を、俺の手に重ねて歩いた。

 森は突然、姿を変えた。

 闇夜の中で、炎が辺りを赤く染め上げていた。

 多数のエルフが、老若男女関係なく、消火活動に携わっていた。と言っても、俺には老いてるのか若いのか見分けがつかないけど。

 あちこちにケガ人も倒れている。救護にあたる者。里を駆けまわる者。

 木の上の吊り橋も駆け渡っている。その吊り橋に火が移り、切れて走っていたエルフが落下した。

「ポチ!」

 俺が声をかけるまでもなく、ポチが飛び上がってエルフを受け止め、着地した。

 燃え盛る木から飛び降りたエルフを、リアが飛ばした盾で受け止めた。

「まるで戦場じゃないですか!」

 アーディングは腰の剣に手をかけて、辺りを警戒した。

 ただ、敵らしき姿は見えない。

 先行したグル子やカーラやハンターの姿も見えない。

 レムが燃え盛る木を持ち上げて、下敷きになっているエルフを救い出した。

 俺が指示しなくても、皆俺の望みを実行してくれてる!

「ポチ、リア、レム!頼んだよ!」

 俺は三人に目配せすると、アーディングをひきつれて里の中へ進んだ。

 木が倒れ、燃え盛る。

 走り回るエルフがいれば、倒れて動かないエルフもいる。

 吊り橋が垂れ下がって、そこに火が燃え移った。

 数人のエルフが水魔法を駆使して、火の魔手と戦いを繰り広げた。

「ひどい…一体何があったというのです!」

 アーディングはエルフの里の惨状を、まるで仲間の悲劇のように嘆いた。

「麗しの君。私も救護に加わってきます!」

 アーディングは言い置いて炎の中に飛び込んでいった。

 俺の仲間を排除しようとしたくせに、人もエルフも境なく…。俺はちょっと、理不尽な怒りを覚えた。

 アーディングは悪くない。ただ、扱いの差が、気になっただけだ。

 でも、そのアーディングも今は、俺の仲間に手を出すようなことはない。ないはずだ。

 それで良しとすべきなのかもしれない。

 里の奥へ進む。

 激しい音が聞こえ、爆炎が起こった。

 張り出した枝を突き破って何かが飛んできた。

 それは俺の傍を抜け、近くの幹にぶつかって止まった。

「グル子!」

 俺が見間違うはずがない。

 俺は慌ててグル子に駆け寄った。

 体中傷だらけで、服もボロボロになったグル子が横たわっていた。

 そんな!

 グル子をこんなに打ちのめす相手なんて、今の俺たちじゃ勝ち目がない!

 そうは思ったものの、傷ついたグル子を残して逃げるような選択肢は、俺の中に存在しなかった。

「弱い!弱いなぁ!」

 誰かが勝ち誇ったように叫んだ。

「いや、俺が強くなり過ぎたんだ!」

 そう言って高笑いする。

 炎を背に、その人物は悠然と立っていた。

「アオト殿!ここは危険だ!下がって!」

 ハンターが飛び下りてきた。弓に矢をつがえ、炎を従えた人物に狙いを定めた。

 鋭い音とともに、矢が空を切った。

 でも、その矢は炎が飲み込んで消えた。

「あーっはっはっはっ!最強の狩人と呼ばれたあんたでも、俺には歯が立たないな!」

 炎を背負った人物が近づいた。

 それはフィジーだった。剣を手にぶら下げ、残忍な笑みを浮かべている。

 フィジーが剣を振ると、炎が巻き起こり、触れた物を燃やした。

「フィジー!何やってるんだ!」

 俺はグル子の前に立った。状況から見て、里を燃やしたのはフィジーだ。グル子を痛めつけたのも、フィジーに違いない。

 どんな理由があったにせよ、俺はフィジーを許せそうになかった。グル子を傷つけたことも、無差別な里への攻撃も、俺の感性には合わない。

 それでも、理由があるのかもしれない。理由を聞かないうちから決めつけるのは、いやだった。

「これをやったのはフィジーなのか?」

 フィジーは俺を蔑むように見た。俺は取るに足りない相手と認識されている。

「そうだ」

 あっさりと認めた。

「あんたには感謝してるぜ!おかげで俺は無敵になった!あんただけは、殺さずにおいてやるよ」

「グル子を痛めつけたのも?」

「そうだ!お前の頼もしい仲間も、今の俺の相手じゃあない!」

 俺はフィジーの言葉に苛立った。けど、まだだ。まだ聞くべきことがある。

「なぜ里を襲ったんだ?」

「そんなことを聞いてどうする?」

「俺の見識が足りなくて、逆のことを思っているかもしれないからだ。君に正当な理由があって、正義を成しているのかもしれない」

 これだけの惨劇を引き起こしておいて、正義も何もないと、心の底では思う。だけど、実は里の皆が悪で、フィジーは悪を蹴散らしているだけということも、無いとは言えない。

 その場合でも、これは行き過ぎた正義だ。どのみち、止めなければと、俺は覚悟していた。

 でも、グル子が勝てない相手だ。どうやってとめる?

 それを考えるためにも、今はフィジーと話をして、時間を稼ぐんだ。付け入る隙を探すんだ!

「正義?正義!」

 フィジーは嘲笑った。

「何がおかしい!」

「か弱いくせに、ヒーロー願望かい?自分ではできないから?それで強い仲間を増やして、代わりにやってもらおうってかい?いいさ、俺が代わりに、クズどもを粛正してやろうじゃないか!ひ弱なヒーロー君の代わりによ!」

「アオトさんを…侮辱するな!」

 グル子が起き上がった。

 無事だったんだ!よかった!

 だけど、グル子は立ち上がるのが精いっぱいで、木の幹に寄りかかっていた。

 ハンターが隙を探して弓を構えている。でも、その隙が見つからないらしく、冷や汗を流していた。

「クズども?粛清?」

 俺はグル子の前に立ちはだかって、彼女をかばった。今、グル子が襲われたら、もうだめかもしれない。

 そう思うと怖くてたまらない。

 だからって逃げられるか!グル子を見捨てることなんてできない!

 俺がグル子を守る!

 そう思うと、勝手に体が前に出た。

「あんたらお似合いだよ!」

 フィジーは俺とグル子を見て笑った。

「何もできないクズと、俺に手も足も出ないか弱い元モンスターだ。二人で乳繰り合ってるのがお似合いさね」

 グル子が飛び掛かろうとするのを、俺は止めた。

「俺たちのことは何とでも言えばいいさ。だけど、里の皆は?フィジーの仲間だったんだろう?なんでこんな仕打ちを!」

 俺はグル子を抱きしめた。いま彼女を放したら、俺から離れて、いなくなってしまいそうだ。放したら、永遠の別れのような気がした。

 俺はグル子の顔が見れなかった。そんなに傷付くような事態に、俺が追いやってしまった。そんな負い目があるのに、屈辱を晴らそうとするグル子に、さらに耐えるように要求しているんだ。

 俺はどれだけグル子を苦しめればいいんだ!

 自責の念って言うやつだ。

 でも、グル子を放すわけにはいかない。俺が何と思おうと、グル子は無茶をして、俺を、俺の名誉を守ろうとしてくれると分かっているからこそ、放すわけにはいかない。

「里?仲間?違うね!俺は魔力なしと散々蔑まれてきた!ここの連中はな、魔力のないエルフなど、生きるに値しないと考えてやがるんだぜ?俺は奴隷同然に扱われて、かろうじて生かされていただけさ。だけど、あんたが俺に力を与えてくれた。見ろよ!俺を蔑んだ連中のなんと無様なことか!俺の力に抗うことすらできないときてやがる!魔力なしの俺に、一方的にやられるしか能のない連中だぜ?悪いのはこいつらだ!力のないエルフは生きる価値がないと考え、教え込んできた!だから力で示してやってるのさ!どうだ?俺の力に抗えないこいつらこそ、力のないエルフだ!教えの通りだろう?そうさ!そんな奴ら、生きる価値すらない!みんな焼き尽くしてやるよ!無駄に生きるよりも、その方が幸せと言うもんだ!」

 フィジーは何かに酔いしれたように言った。

「それは違う!確かに魔力の無いものに、少々冷たい連中もいただろう!だが、分け隔てなく、生活できるように工夫してきた!」

 ハンターが反論した。

「工夫?俺を貶めて奴隷としてこき使っていただけじゃないか!力有る者は無い者の苦労を分かろうともしない!それを、俺が理解してないかのような言い草!それだから貴様らこそ生きる価値がないというんだ!」

 つまりはなんだ。

 蔑まれ、いじめられたから、仕返しに皆殺す、と言う訳か。

 俺にはそれ以外の解釈ができなかった。

 正義などどこにもない。いや、いわれのない差別をなくそうとする気持ちには、あるのかもしれない。でも、手段が間違ってる!

 俺はフィジーを許すことが出来そうにない。

 グル子を傷つけられたからだけではなかった。里には縁も所縁もない俺だけど、でも惨状を見ると、憤りを覚える。そして、フィジーが俺の期待を裏切ったこと。それも大きな要素だ。

 そりゃ、確かに、フィジーにヒーローになれ、ヒーローの仲間になれとは言った覚えはない。ないけど、俺の仲間になった以上、無法を許すことなどできない!

 フィジーが力を悪用すれば、それは転じると、力を与えた俺の責任でもあるんだ。この景色は俺の責任なんだ!この景色は俺の望んだものじゃないのに!

 俺は責任を取るためにも、この惨劇を終わらさなければならない!

 フィジーと戦ってでも!

 ヒーローの仲間同士で意見が違い、争うことはある。映画でそういうものもあった。そんな争いなら、ちょっと興味がないでもないけど、これはそんなレベルのものではない!

 里を燃やし、同胞を殺し、グル子を傷つけた。フィジーはやり過ぎた。そんなフィジーを、俺はもう、寵愛することなんてできそうになかった。

 何とかしてフィジーの無法を止めさせなきゃ!

 とはいえ、グル子を凌駕する強さとなると、打つ手がない。せめてギフトの効果がなくなれば、ただのエルフの剣士になるはずだ。それなら、どうとでもできるはず。

 そんな都合のいい方法があれば、一番に試すところだ。

 どこぞの大賢者みたいに、スキルの使い方を説明してくれたらいいのに。

 無いものを願っても仕方ない。

 何とかして、あの化け物染みたフィジーを止める手立てを見つけないと…。

 手も足も出せずに、やられてやるつもりはないぞ!

 手も足も…?

 俺は少し引っかかるものを感じた。

「ハンター」

 俺はハンターに、降って湧いた一縷の望みを託した質問を投げかけた。

「グル子は反撃した?」

「いや、反撃できなかった」

 ハンターはレベルが違い過ぎたんだと言った。

「そうか…」

「何だい?悪だくみか?でもよ!望の綱が、それじゃあな」

 フィジーは俺のグル子を嘲笑った。

 俺の怒りは頂点に差し掛かっている。超必殺技が出せそうなくらいに!

「お前らじゃ、俺を止められやしない!むざむざ仲間が殺されて行くところを指をくわえて見ているがいいさ!」

「俺は何が許せないかって?」

 俺は叫んだ。

 フィジーもハンターも、驚いて俺を見た。

「誰もそんなことは聞いてない!」

 フィジーはすぐに冷静になり、言い返した。

「俺の仲間をバカにするやつが一番許せないね!」

 他にもあるような気がするけど、頭に血が上った今じゃ、思いつけない。

「だからどうしたってんだ!お前じゃ何もできないくせに!」

「そうさ!俺は何もできない!だけど、グル子にはできる!」

「はん!俺に一方的にやられる奴が、何ができるってんだ!」

 フィジーは勝ち誇っていた。

 勝ち目のない戦いを仕掛けているのは、仕掛けようとしているのは、どう見ても、俺たちだよね。

 それがヒーローの醍醐味でもある。あるけど、実は裏技でもあるんだよね。

「正義を信じるヒーローになりたいくせに、ちょっと悪党な俺」

 内心、そう思いつつ、俺はグル子に言った。

「できるさ」



  7


「できるさ」

 俺は腕の中のグル子を見つめた。

 グル子も俺を見返した。

 グル子の肩をつかんで少し離れた。

 グル子の頬に血の跡がある。俺はその血をぬぐった。

 グル子の胸がこぼれそうだ。

 もっと見ていたい気もするけど、そんな場合じゃない。

 と言うか、俺、即座に目を逸らさなくなってきたな。なれてきたのかな?

 それはそれでちょっと…。

 ではなかった。

 目の前のことに集中しろ!

 そう!目の前の双丘に…って違う!

 この状況に!集中しろ!俺!

 この状況、もしかしたら、ひっくり返せるかもしれない。それも、俺の言葉一つで。

 でも、間違っていたら、グル子が死んでしまう!

 分の悪い賭けのようにも思えた。

 だからって、逃げ場はない。助けも来ない。なら、ベットするしかないでしょ!

 人のアバター賭けてコイコイしまくったあのアニメみたいに!

 賭けるのは、俺の命とグル子の命だ!いや、フィジーは俺を殺さないと言ったから、グル子だけか。

 でも、グル子を失うくらいなら、俺が死んだほうがましだ!

 ダメだったら、俺が飛び出す!

 それだけのことだ。

 俺は運命の言葉を告げた。といっても、たいそうな言葉じゃないんだけどね。

「グル子。俺が悪かった。あいつには攻撃していい!」

 グル子は俺の目を見つめ、言葉を理解すると、力強く頷いた。

 やっぱりだ。

 アルラニアで、人を傷つけちゃダメだって、俺はグル子たちに教えた。その教えをグル子は守っていたんだ。だからここまでボロボロにされたんだ。

 俺はグル子から手を放した。

「こらしめてやりなさい!」

 ご老公のようなセリフ、吐いてみたかったんだ。こんな機会に恵まれ…じゃなくて。

 グル子はもう一度、力強く頷くと、フィジーと対峙した。

 フィジーは余裕しゃくしゃくと構えている。当然だ。一度完膚なきまでに倒した相手と、すぐに再戦するんだから。

 それに、アンデットは火に弱い。

 グル子はアンデットで、フィジーは火を使う。これだけ分の悪い勝負もない。

 あえて分の悪いカードを使って、相手を圧倒するようなゲスな考えはない!

 あ、ゲスって言ってごめん。

 相手の心を折るには効果的な方法だものねぇ。いろんなアニメでそういうシーンがあった。

 俺はそんな効果、考えてもなかった。ただ、グル子なら勝てると信じていただけだ。

 フィジーは炎をまとった剣を、グル子に向けて振った。

 グル子は避けたものの、すぐに炎の前に戻った。炎の軌道が俺に向いていたからだ。

 フィジーはどこまでも卑怯な奴だ!

 嫌いだ!こんな奴!

 フィジーが後方へ飛んだ。

 いや、飛んだのではなく、吹き飛ばされたんだ。その証拠に、燃え盛る木に激突した。

 俺の目の前の炎から、奇麗な足が伸びていた。

 グル子が炎から飛び出した。

 全然燃えてない!

 よかった!

 フィジーは勢いよく立ち上がった。けど、次の瞬間には、グル子の拳を受けて体が折れ曲がり、続いて打ち出された拳によって、宙返りした。

 フィジーの体は地面に落ちる前に、グル子の蹴りによって打ち上げられ、飛び上がったグル子の蹴りを受けて地面に叩きつけられた。

 おー!まるで格闘ゲームだ!

 あのまま空中コンボを決めてもいいな!今度グル子と考えてみよう。

 フィジーはまだ立ち上がる力が残っていた。剣を杖代わりにし、幻でも見ているかのように、グル子を見返していた。

「バカな!なぜ急に強くなる!俺の方が強いはずなのに!」

 フィジーが現実を認めることができない様子だ。

「俺が来たからかな?」

 俺はフィジーをからかった。

 でも、何パーセントかは、影響があったかもしれない。グル子は俺の前で、張り切っているからだ。

 かっこいいよ!グル子!

 可憐な戦いだ!

 エールを送りたいけど、ぐっと我慢して、頭の中で送ることにした。

「ふざけるな!」

 フィジーは怒鳴り、剣を振って炎を俺に飛ばそうとした。

 その手元をグル子が蹴り上げ、フィジーはバランスを崩して跪いた。

 剣を落とさなかったことには驚きだ。それほどに、フィジーは武力に固執していたのかもしれない。

「俺が人を傷つけちゃだめだって教えてたからだ。でも、フィジーは攻撃していいと許可した」

 俺は事実を教えた。

 反撃するかしないか、たったそれだけの違いで、戦況はガラッと変わる。そもそも、それだけグル子とフィジーの実力差があったんだ。

 グル子が一方的にやられるなんて、おかしいと思ったんだ。

「手を抜いていただと!?」

 フィジーは納得できない様子だ。

 フィジーが納得しようと、しまいと、そんなことは関係ない。二度と人を、エルフを傷つけられないようにする。それが大事だ。

「武器を捨てるんだ」

 俺は、できることなら、フィジーですら、命を奪いたくない。武器を捨て、罪を償って欲しい。

 グル子は俺の意思を察したのか、攻撃の手を止め、様子を見ている。

 ハンターも引き絞っていた弦を緩め、様子を見守った。

 俺は言葉巧みに説得できるような、弁達者ではない。だから、ストレートに言うだけだ。

「フィジーに勝ち目はない。武器を捨てて投降するんだ」

「投降?ふざけるな!里の者が俺を殺すに決まっている!その前に全員血祭りにあげてやるだけさ!」

「させない!」

「お前に何ができる!」

「俺にはできない。けど、グル子が阻止する」

「はん!女のケツに隠れるしか芸の無いヘタレが!」

 なんか、急に口汚くなってきたな…。

 いいさいいさ。聞きなれた言葉さ。好きなだけ吠えてろ。

 俺は故郷の村でのことを思い出しかけて、頭の中から締め出しにかかった。

 もうあんな惨めな思いはしなくていい。

 だって、今の俺には仲間がいるんだから。

「おい!グル子!お前それでいいのか?この男にいいように利用されているだけだぞ!自分好みに仕立て上げ、己の欲求を満たすためにお前を利用する!男は皆そうだ!際限なく求められるぞ!人が下手に出れば、それがさも当然のごとく振舞う!それが男だ!そのままだと付け上がって、お前の体まで求めるだろうさ!…ああ、そうか。モンスターはそんなこと、考えもしないか。逆にモンスター相手に手を出すようなやつもいないな。飼い犬にさかる男もいやしない。そんな奴がいたら、ただのヘンタイだ!」

 フィジーは狂ったように笑った。

 グル子が不安そうに、俺を見ている。

 俺はグル子の隣に並んだ。

「俺がヘンタイだとかなんだとか言われるのは別に気にしない」

 内心、傷つきはするけどね。

「だけど!グル子は飼い犬ではないし、もうモンスターでもない。可愛い女の子だ」

「気色悪い!」

 フィジーは即座に、吐き捨てるように言った。

「お前は人形を手に入れて、いいように操って、悦に入ってるだけだ!ああそうか!逆らわない人形相手じゃなきゃ、そういうこともできないんだな、お前は!」

 グル子は嬉しそうに顔を赤らめた。

「アオトさんが望むなら…」

 グル子はか細い声で言った。言っておいて、俺から目を逸らす。

 押し倒してしまいたい!

 って俺、何考えてんだ?こんな時に!

 そうは思っても、恥じらうグル子から目が離せなかった。

 それがいけなかった。

 気付いた時には、フィジーが俺の背後に回り、筋肉質な腕で、俺は首を絞められていた。フィジーの剣の切っ先が、俺の頬に触れる。

「気色悪い!おっと!動くな」

 フィジーは警告した。

 グル子は慌てたものの、何もできなかった。俺の身を案じてくれてるんだ。フィジーの求めに応じ、大きな木の裏側まで下がった。

 ハンターはフィジーの、下がれ!という言葉には耳を貸さず、弦を引き絞って狙いを定めていた。一瞬の隙があれば、その弦は矢をはじき出すだろう。

「こいつがどうなってもいいのか!」

 フィジーは脅しをかけ、それが見かけだけではないことを示そうと、切っ先を俺の頬に当てて滑らせた。

 冷…痛い!

 そう思った瞬間、俺の頬に血が滴る感触があった。

 心底救えないな…。

 俺は自分の命がかかっているというのに、あまり恐怖を感じていなかった。何とかできると思っていたわけではなく、フィジーに対する怒りが、恐怖を打ち消していただけだ。

 フィジーのやってることは、もう、倒すべき悪党の所業だ。

 決して、俺の愛せる相手ではない。

 グル子を傷つけただけでも許しがたいのに、俺のスキルの恩恵を復讐や保身に使うなんて!

 里が燃えたのも、エルフが多数死傷したのも、全部俺のせいじゃないか!フィジーなんかに力を与えたからこうなったんだ!

 俺はフィジーの所業を憎むと同時に、自分の浅はかさを呪った。後悔しか浮かんでこない。

 こんな奴を寵愛しなきゃよかった!

 寵愛を取り消せるなら、取り消したい!

『条件を満たしました。寵愛を取り消しますか?』

 なんと都合のいい。

 俺は一瞬耳を疑ったものの、そのスキルの言葉を聞き逃しはしなかった。

 もちろん取り消す!

 俺は願った。

 口を開くと、頬に触れた切っ先が、頬を突き破ってしまいそうだもの。

 突き破る…。

 俺は急に怖くなった。足が震える。

 立っていられなくなって、俺の首に回されたフィジーの腕にしがみついた。

「な、なんだ!これは?」

 フィジーが俺の耳の後ろで叫んだ。

 耳が痛い!

「私のアオ様に何をしているのですか?」

 その声は!リアだ!

 俺の頬に触れていた剣が、黒いものに吸い込まれて消えた。

 鉱物の手が、フィジーの腕を俺の首から引き離した。

 俺は地面に崩れ落ちた。けど、その前に駆けつけたグル子に受け止めてもらえた。

 首を回すと、レムがフィジーをつかみ上げているのが見えた。

 レムはまるでごみを投げ捨てるように、フィジーを放り投げた。

 フィジーの悲鳴が、次の瞬間に途切れた。ポチが殴り飛ばしていたからだ。

 フィジーは木の幹にぶつかり、地面に落ちると、動かなくなった。

「ポチ?」

 俺はポチに攻撃の許可を与えた覚えはないぞ。

 ポチは叱られると悟ったのか、俺が次の言葉を発する前に素早く姿を消した。

 まったく。

 俺は怒る気にもなれなかった。

 正直に言おう。気持ちが晴れたよ。ポチの一撃は!

 レムの、フィジーを投げたことも。

 リアが助けてくれたことも。

 グル子が俺を支えてくれることも。

 全てが嬉しかった。

 だから、勝手に行動したからって、仲間を責めるつもりは全くない。

 ハンターがフィジーを確認していた。

「死んでる?」

 俺はグル子に支えられたまま、尋ねた。

「いや」

 ハンターは短く答えると、手持ちの紐でフィジーの両手を縛り上げた。

「よかった。やり過ぎはよくないからね」

 俺はそう言ったものの、聞かせるべきポチはどこかに隠れている。

 ま、そのうちに出てくるだろう。

 出てきたら、褒めてやるとしよう。俺を想っての一撃だったんだろうから。

 それにしても、皆よく、俺の危機に気付いて駆けつけてくれたなぁ。

 俺、運がよかったんだろう。

 リアとレムはグル子に後を任せて、消火とエルフの救出に戻った。

 グル子が治癒魔法で俺の頬の傷を治してくれた。

「ありがとう」

 俺はグル子の手を取った。

 グル子はしばらく俺を見つめた後、急に慌てふためいた。

「こんな時に…だめです」

 こんな時に?どんな時に?

 何がダメなの?

 俺は戸惑ったものの、それ以上考えることができなかった。急にグル子が離れ、俺は体勢を崩して木の根で頭を打ったからだ。

「ああ、ごめんなさい!アオトさん!大丈夫?」

 俺の頭は何か柔らかい物に包まれた。

 それは温かく、弾力があって、妙に心地いい。おかげで俺の頭の痛みもすぐに引いた。

 それがグル子の胸だと気付いた時、今度は俺が慌てる番だった。

 慌てて下がったら、ろくなことないね。

 木の根で躓いて、俺は盛大に転んだ。

 どれだけ盛大かって?

 次の日まで気を失うほどさ。

 気付いたら、周りは明るくなっていた。

「何か良いことがあったような気がするのだけど、大事なことを見逃した気分だ」

 俺はものすごく損をした気分で目覚めた。

 何を損したのかは分からない。

 なぜか、そんな気分で、日の光が恨めしかった。



  8


 目覚めた時、周りには誰もいなかった。

 俺はすごい格好をしていた。上半身裸。ズボンはボロボロ。毛布で隠したいくらいに。

 こんな格好で外に出たら、変態扱いされそうだ。

 綺麗な服が横に置いてある。

 これを着ろってことかな?

 服を広げて体に当ててみると、ちょうどよさそうだ。

 新しい服は、お日様の匂いがして、俺を誘惑している。俺は誘惑に負けてそれに着替えた。

 お肌に触れる感触が心地いい。俺の安物の服より断然良い物だ。

 勝手に着て怒られるかな?

 少し不安になったものの、着たら、もう脱ぎたくない。お肌が喜んでるみたいだもの!

 おあつらえ向きに、新しい靴まであった。俺の足にピッタリだ。

 ありがたく履かせてもらおう!

 俺は気分がよくなり、そのまま建物を出た。

 そこは木の上だった。

 焼け残った建物の一つのようだ。

 エルフたちが忙しく働いていた。

 焼けた建物や吊り橋を撤去し、新しい建物や吊り橋をかける準備をしていた。

 地表でもいろいろ作業している。

 燃えた木の表面を取り除き、内側が使えそうな物は乾かして建材とする。

 使えそうにないものは、砕いて篝火などに再利用だ。灰は畑に使う。余すことなく利用する。

 どうしてみただけでそれが分かったかって?

 俺、エスパーかな?

 なんてことはない。

 俺の視線の先を、ハンターが解説してくれたんだ。

「って、ハンターいたの?」

 俺は声を聞いても、それと分かっていなくて、思わず振り向いた。

 ハンターが頷いた。

「あ、これ、勝手に着たけど…」

「かまわん。里からの贈り物だ。受け取ってくれ」

「助かったぁ。前のはもうボロボロだったから」

「少し滞在して行くといい。その間に着替え分も用意する」

「そんな!悪いよ」

「里を救ってくれたお礼だ。皆の感謝の気持ちを少しでも受け取って欲しい」

 ハンターは里の代表のようなことを言った。

「そう?なら、遠慮しないよ?俺、貧乏人だからね。もらえるものはもらう!」

「里長から伝言だ。里を救っていただき感謝いたします。不法侵入の件は不問とし、里に滞在くださいますように。とのことだ。里総出で歓迎しよう」

「おー。そう言えば、俺、囚われの人だったね」

「そのことについても、詫びを…」

「いいっていいって」

 俺はハンターの頭を上げさせた。

「それで、長はどこに?服のお礼を言いたいんだけど」

「忙しいお方だ。色々言い付けて出かけられた」

「そうなの?残念」

 エルフの長ってどんな感じなのか、ちょっと興味あったんだけどな。

「あ、そう言えば、俺の仲間は?」

「カーラが案内して体を休めてもらっている」

「あ、カーラの罪はどうなったの?」

「魔導具の使用については、特例として認めることにした。里を救った一人だ。それを罰することなどできようはずもない。が、いずれ、魔導具については再び問題となるだろう」

 含みのあることを言っているけど、俺は聞き流していた。皆がどこで休んでいるのか、気になった。皆の顔を見たかった。声を聞きたかった。

「それはよかった。で、体を休めるってどこで?」

 だって、ちょっと寂しいじゃない?

「里には湯の出る泉があってな」

「温泉!」

 俺は即座に叫んでいた。

「温泉?」

「うん。温かい水の出る泉でしょ?温泉っていうんだ。そういうの」

「そうなのか?人は何でも名前をつけたがる…が、温泉か。悪くない」

 俺は辺りを見渡していた。

 それらしいものは見えない。湯気が立ち昇るのも見えない。

「でも森に温泉があったら、人が見つけてそうな気もするけど」

「里と同じように認識疎外の結界が施されている。里から特定のルートをたどらなければ入ることができないのだ」

「それ、教えて」

 ハンターが怪訝そうな顔をした。

「後で俺も入りたい!温泉好きなんだ!」

 俺は慌てて言った。

 まあ、嫌いではないから、嘘ではないはず!

 それよりも、だ。

 うら若き乙女が温泉ですよ?

 黙って見過ごす手はないのでは?

 グル子やポチや…レムまでは分かるとして、リアの温泉に浸かる姿が想像できないな…。それはともかくとして、想像通りか見てみたい!

 ともすれば、レムかリア辺りが、

「一緒に入りましょう」

 って俺を連れ込んでくれるかもしれないじゃないか!

 まあそれで素直に入れるとは思えないけど、恥ずかしくて。でも、想像では入れるんだから!見たら想像できるじゃない?

 見れるかどうかも不安が残るけど、そこは、ロマンでしょ!

 幸せパンチ食らって一発KOされるとしても!

 俺、ヒーローじゃないな。

 そう自覚しても、心惹かれる。止められそうにない。

 ハンターは俺の邪心に気付いたのか、

「後で案内しよう」

 とだけ答え、ヒントさえくれなかった。

 仕方ない。他のエルフに聞くとしよう!

 ハンターがいなくなったら…。

 俺がそう考えたからなのか、ハンターにお呼びがかかった。

「どうぞ。手伝ってきて」

 俺はハンターを促した。

 ハンターは小さく頭を下げると、仲間の元へ向かって吊り橋を渡っていった。

 姿が見えなくなるまで見送り、俺はロマンのために動き出した。

 ロマンに向かう道のりは、難関続きだ。

 まず早速、ここからどうやって降りるかが問題だ。

 ビルの五階くらいあるんじゃない?

 当然、飛び下りることはできない。

 昇降用にロープが垂れ下がっている。これを伝って下りるしかなさそうだ。ロープは等間隔に結び目がある。そこを握るといいのだろう。

 スパイ映画の主人公なら、女性を抱えてロープを伝い降り、追っ手をまく。

 そんな芸当、俺には無理だな。

 そもそも、非力な俺が、下まで握力持つかな?

 いや、持たす!

 ロマンのためには、今こそ限界を超える!

 俺は躊躇なく、ロープにしがみついた。

 みっともなかろうが、降りられれば気にしない!

 思い返せば、前世の小学校にこんなのあったよなぁ。子供のころはできたんだ!きっと大丈夫!

 って、それ、前世じゃん。今と違う…。

 俺は思わず下を見た。

 目がクラクラする。

 た、高い。

 落ちたら死ねる!

 それがどうした!ロマンのためならどんな障害だって越えてみせる!

 考えてもみたまえ!

 グル子が背中を流している姿を!

 ポチが温泉ではしゃいでいる姿を!

 レムがしっとりと湯に浸かっている姿を!

 リア…温泉に沈んでないかい?

 やっぱり想像できないな。

 その想像が事実かどうか、確かめられるんだぜ?逃す手はないよな。

 俺は少しずつ、落下して行った。

 手が痛い。

 ご褒美のために、耐える!

 でも、後でグル子に治してもらおう。

 俺は四苦八苦の末、地面にたどり着いた。最後は落っこちて尻餅着いたのは内緒だ。

 俺はお尻をさすりながら、里の中を歩いた。

 皆忙しそうに立ち働いていて、声をかける隙が無い。隙がありそうなエルフは、住まいを失って気力を失っていたり、大ケガで動けなかったりするだけだ。

 俺は声をかけることができなかった。やましい気持ちがあるからかもしれない。

 向こうの方でアーディングが、エルフに混ざって倒木の撤去作業を行っていた。

 さすがアーディング。すぐに俺に気付いて目配せしたよ。もしも作業を投げ出してきてたら、俺は軽蔑するところだった。

 アーディングはそんなことなく、手伝いを続けていた。

 俺は運に任せてさ迷い歩いた。

 ワンダリング♪

 ワンダリング♪

 やっほー♪やっほー♪

 妙な歌を頭の中で繰り返しながら、足取りも軽く歩いた。

 だんだんとエルフのいない場所へ進んだ。里の外に出ると戻ってこれなくなることなど、全く頭になかった。

 分かっていたら、こんな無謀なことはしなかった。俺一人で里を出て、何ができるというんだ。

 まあ、魔法陣が見えるから、逃げ回ることはできるけれども。

 考えていなかったそんな危険は横に置いておくとして。

 俺はただ、無謀に歩いていたわけでもない。人が歩くと踏み固められた道ができるものだ。俺はそういう、人が通ったらしい道を歩いていたんだ。

 何かが聞こえたような気がした。

 俺の神経が耳に集中する。

 妙に蒸し暑い気がした。

 音の正体が分かった。内容は聞き取れないけど、カーラの声だ!

 俺はすぐに声の方向へ進んだ。

 ドキドキしながら。

 ワクワクしながら。

 次第に水のような音も聞こえた。

 でも、温泉も、皆の姿も見えない。

「グル子って、お肌綺麗ね!」

 カーラの声だ。

 そうだろう!そうだろう!グル子は特に足が奇麗だ!

「ちょっと触ってもいいかしら?ほら、減るものじゃあるまいし、恥ずかしがらない!」

 カーラの声だ。でも、これ、本当にカーラ?

 俺に冷たいだけの、カーラ?

 いや、俺以外には、冷たくないのかもしれない。と言うか、すごく、馴れ馴れしくない?

「ちょっと!どこ触ってるんですか!」

 グル子の声だ!はっきりと分かる。

「いいじゃないの!羨ましいわぁ」

 どこ触ってるんだ?

 俺も非常に気になる!

「ポチは筋肉質ね。うわ!こんなところも硬い!」

「くすぐったいな」

 今度はポチの声だ。以前よりも大人びた声だ。

「ここはさすがに柔らかいぜ。ほれほれ」

「ほんとだ!」

 どこを触らせてるんだ!ポチィ!

 見えないことで、俺はより妄想が激しくなったのかもしれない。より興奮したのかもしれない。

 気付くと、鼻血が出ていた。

 俺は上向きになった。

「レムは妙に温泉になじんでるわね」

「心地いいわよ」

 レムだ!

 レムもいた!

 声を聞くだけで、俺は嬉しくなった。頭の中のレムは、鉱物の肌ではなく、柔らかい人肌で、温泉に浸かってピンクに染まっているんだ。温泉の縁に背を預け、ゆったりと浸かっているところが目に浮かぶ。

「リアは…」

 さすがのカーラもコメントに困った様子だ。

 リアのことだ。鎧のまま浸かっているか、あるいは中身のあの黒い何かが浸かっているかのどちらかだろう。

 ちょっとシュールな映像しか思い浮かばない。でも、どこか、エロスがあるのは気のせいだろうか?

 実際に見てみたい!

 そう思って再び歩き出そうとした。

 ところが、俺は雰囲気にのぼせていたらしい。足元がふらついて、目の前の茂みに倒れ込んだ。

 俺はそのまましばらく意識を失っていたのかもしれない。

 気付くと、ポチの力強い手に引っ張り出されていた。

 ポチ?待って!裸でなんて!

 ポチはちゃんと服を着ていた。

 あれ?

 確かに服を着ている。元のまま、ボーイッシュな、動きやすい格好だ。シャツに、ズボン。でも、そのシャツが余計に、ポチのふくよかな胸を強調した。

 ポチの肌が色っぽく見える。赤く火照った肌が。しっとりと潤んだ肌が、俺の腕にしがみついている。

「アオト。変なところで寝てるな」

 ポチのこの言葉で、俺は意識を失っていたらしいと気付けたんだ。

 そうでなかったら、ポチがいつの間にか服を着て現れたことに、納得いかないところだった。いや、実際納得いかなかったし。

 でも、触れる肌の感触が、俺の鼓動を早くさせた。服の上からでも分かる、健康美あふれる体の線が、俺を緊張させた。

 これはこれでいいのかもしれない。

 後ろにグル子がいた。

 グル子はスカート姿で、俺は少しがっかりした。

 グル子が歩むと、スカートの脇が切れて、美しい足が覗いた。

 なんというインパクト!

 隠れていると余計に、際立つのね…。

 いい…。

 某アニメの飛空艇乗りたちの呟きを思い出した。一輪の花は持ってないけど!

 スリットの入ったスカート、最高です!

「覗きに来たの?残念ね」

 からかうように言うのは、レムだ。

 レムは肩がむき出しの服だ。胸の膨らみが僅かに頭を出している。

 俺を悩殺する気か!

「これから一緒に入りましょうか?」

「お背中を流しましょうか?」

 リアとレムが揃って申し出た。

 悩殺する気だった…。本気だった…。

 リアは変わらず、曲線美の鎧姿だ。何か悪巧みしてそうな雰囲気だけども。

「ダメに決まってるでしょ!」

 即座に反対したのはカーラだった。

 俺に考える時間もくれないなんて…。

 カーラも火照った肌で、ただでさえ美しいエルフが、艶めかしくもあった。

 美しい人のパンツスタイルも、また良い物だよ。

 俺は思わずカーラを眺めていた。

「じろじろ見るな!ヘンタイ!」

 俺には冷たい所も、元のカーラのままだ。でもいいんだ。フィジーに言われた「ヘンタイ」と、カーラの言った「ヘンタイ」は、断然カーラの方が温かく感じられるもの。

 愛が感じられるもの!

 俺がヘンタイだから、そう感じるのかな?

 深くは考えまい。

「アオト。温泉入るの?よし、俺が運んでやるよ」

 俺はポチに抱えあげられ、お姫様抱っこで運ばれた。

 ポチの後に皆がついてくる。

 皆、もう一度入るのかな?

 俺は期待に胸を膨らませた。

 カーラまでついてくる。

「見張ってないと、このヘンタイ、何をしでかすか分かったものじゃないわ!戦場でポチを押し倒すくらいですもの!」

 監視が目的だった…。

「って、押し倒してない!」

 俺は思わず言い返した。

「どうかしら?」

 当然、信用はされてない。

「聞いたわよ。アオちゃん?私にはキスしてくださらないの?」

 レムが悲しそうに言った。その割には、笑顔だ。

 俺をからかってるな…。

「いってくだされば、私がお答えするのに」

 リアはそう言って、鎧の頭部を外して俺の前に運んだ。

 なんか、それは、違う気がする…。

 森の中に、ポツンと建物があった。その建物の向こう側に湯気が立ち昇っていた。

「そこに清潔な布があるので…使いなさい」

 カーラは簡単に説明すると、ポチに俺を下ろさせ、強制的に皆を引き連れて行ってしまった。

「そんな…」

 俺は思わず呟いた。

 なんだかんだと言いながら、誰かが一緒に入ってくれると期待してたのに。ンで、仕方なく、カーラも…。

 なのに、俺一人…。ちょっと空しい…。

 とはいえ、せっかくの温泉だ。

 立ち直るのも早い俺だった。

 考えてもみたまえ!皆の残り香がある温泉だ。残り香だよ?

 入らない手は、無かった。

 女の子の浸かった後の匂いがする…と思えばするんだ!

 体は思春期なんだから、仕方ないだろう。俺自身もちょっとどうかとは思ってるんだけど。

 気持ちを切り替えよう。せっかくなのだから、温泉を楽しもう。

 そう言えば、お風呂に入るのも久しぶりだ。

 俺は念入りに体を洗って、温泉に浸かった。

「生き返るぅ」

 まるでおっさんだな。

 まあ、前世の年齢と、この異世界での年数を足すと、十分おっさんの領域だ。

 だからおっさんの資格が…。

 いらないな、そんな資格。

 でもゆっくり浸かってるだけでも癒される。お湯に温められるのがいいのだろうか。このお湯に浮く、浮遊感が心地いいのだろうか。

 皆で入れなかったのは残念だけど、そんな邪念もすぐに洗い流された。

 でも、足音が聞こえたら、やっぱり期待するじゃない?

 俺は気付かないふりをして、ドキドキしながら待った。

 足音は二人分だ!

 綺麗なエルフの女の子かな?

 それとも、レムが俺をからかいに戻ってきたのかな?

 ポチなら問答無用に飛び込んできそうだから、違うと思うんだ。

 リアも違うと思う。金属音が無かったから。中身だけだったら、分からないけど。

 実はカーラなのかな?

 口ではあんなにつんけんしておいて、こっそり俺の背中を流しに来てくれた?

 それはそれで、大歓迎です!

 グル子が恥ずかしそうに入ってきてくれるのも、いいなぁ。

 誰かな?誰かな?

 俺は我慢できなくなって振り向いた。

「見るんじゃなかった。見るんじゃなかった」

 俺は頭を戻し、連呼した。

 二人とも美しいには違いないよ。

 でも、二人とも、筋骨たくましい。

 一物も、わりと…。いやいや、あんなもの、脳内からデリート!

 二人が左右に分かれて、俺の隣に入った。

 なぜ俺の左右に!

 右は、美青年のアーディング。肩が妙に白く見える…。

 左は、好青年のハンター。当然、エルフなので、美形なのは間違いない。

 これは…いったい、どういう状況なの…?

 ハンターとアーディングは、互いに睨み合っている。その合間に、二人とも、俺を見つめてないかい?

 アーディングには、その気があったな…。まさか、ハンターまで?

 見ると、ハンターの手が、湯の中でそっと俺に近づいていた。

 俺は思わず逃げた。

 ケツを押さえて。

 貞操の危機だ!

 襲われてなるものか!

「私の麗しの君に何をしようとしているのです?」

 アーディングがハンターの手をつかんで立ち上がった。

「ほう。いつ貴様のものになった?アオト殿はアオト殿のものだ」

「色目を使っておいて何をおっしゃる!」

「色目とは心外な!美しいアオト殿に見惚れたに過ぎない!」

 ハンター!お前もか!

「その意見には同意しましょう」

 同類二人が俺を見た。

 その視線が、妙に俺の体をからめとる!

 いやだ!

 そんな目で見るな!

 俺は湯の中に浸かって体を隠した。

「紅く染まったその顔がまた…」

 ハンターが恍惚と言った。

「おお!美しすぎます!」

 アーディングも陶酔している!

 危険だ!

 この二人!危険だ!

 俺の頭の中で危険を知らせるサイレンが鳴り響いていた。

 俺のケツの危機だ!

 そうだ!温泉から出よう!

「俺はもう出るよ!二人は今来たばっかりだし、ゆっくりして行って!」

 俺は言うが早いか、湯の中を急いで進んで、勢いよく立ち上がって走り出た。

 当然、お尻は隠している!

 体を拭くのも適当に、急いで服を着込んで逃げだした。

 楽しい温泉のはずだったのに!

「モテモテパラダイスが望みだったけど、異性がいいの!」

 俺は悲鳴に似た声を上げつつ、里へ駆け戻った。

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