記憶喪失らしいです
目の前のお茶を味わいながら、飲んだ。
香りがよく品のあるお茶は、私が飲んでいる安いお茶とは全然違う。
薔薇の香りもほのかに香り、優雅な気分をあおる仕組みだろう。
そして、ゆっくり音を立てずに、ティーソーサーに戻した。
香りの良い紅茶で、気分を鎮めておそれながら聞いてみる。
「……今何と?」
「俺は記憶がないのだ」
「……ノクサス様ですよね?」
「そうらしい」
ひきつる顔の筋肉を抑え、必死で笑顔を作った。
ノクサス様は、引き締まった顔のままだ。
困ってはいるのだろうが、言われなければ不安はわからないだろう。
でも、馬車の中でも、落ち着かないように不安気だった。
そんなノクサス様の後ろにいるフェルさんが聞いてきた。
「ダリア様、ノクサス様の仮面は気になりませんか?」
「気にはなりますけれど……なにか事情があるのであればお聞きはしません」
気にはなるけれど、人には言えないこともあるだろう。
そう思ったけれど、ノクサス様は見てくれというように仮面を外した。
仮面の下は爛れており、黒ずんでいる。
……瘴気の呪いだ。
間違いない。治療院で見たことがある。
魔物には、時々瘴気を吐く魔物がいる。
ノクサス様は、その瘴気を浴びたんだ。しかも、禍々しい。うっすらと黒いモヤが見える。
呪いがかかっているようにみえた。
あの仮面が呪いのモヤを抑えていたんだ。
「ダリア、俺は呪いを受けているんだ」
「呪いを浄化しないのですか? 呪いの元を浄化するとか……」
「呪いをかけたのは、魔物だ。もう討伐してしまっているらしく……なんの呪いかは、本人にも聞けないが、調べたところおそらく獣化の呪いだと言われた」
「記憶がないのに、覚えているのですか?」
「かけられた時のことは全く覚えてない。魔物も俺が止めを刺したらしく……」
やっぱり記憶喪失……。
きっと、魔物は最後に目の前の人間に呪いを吐いたんだわ。
しかも、獣化の呪いって……呪いが全身にまわれば、獣になってしまう。
そのうえ、瘴気を身体に受けているのも毒だ。
だから、顔が爛れているんだ。瘴気の爛れは薬では治せない。
白魔法の回復でないと綺麗には治せないのだ。
「ノクサス様には、記憶がなくなってから再度説明しました。しかし、元々呪いにかかっていることは秘密でして……限られたものしか知りません。ノクサス様は、騎士団の頂点に立つお方なのです。そうそう呪いにかかっているなど言えません」
「でも呪いと記憶喪失は関係ないのではないですか?」
「そうなのですけれど……瘴気を受けているせいか、呪いのせいか、体力が以前よりも落ちているようで……それでも常人よりもあるのですけれど。ですが、ある日階段から、落ちたようで……」
アーベルさんが見つけた時には、階段の下で倒れていたらしい。
そのまま、ベッドに運び、目が覚めた時にはもう自分の名前さえ覚えてなかったらしい。
唯一覚えていたことは、私の名前ダリアと顔だけだったと……。
それで、フェルさんは情報網を駆使し、私を探し出したということだった。
一体、騎士団の情報網を何に使っているのか……。
「ノクサス様、本当ですか?」
ノクサス様に確認するように聞いた。
「本当だ。ノクサスという名前も、このフェルとアーベルに教えてもらった。この邸ではこのことを知っているのはこの2人だけだ」
確かに、邸の使用人が外で吹聴するのはマズイ。
あの顔も治す必要があるし、お世話係が必要な理由はなんとなくわかった。
でも……どうして私のことを知っているのか、疑問だった。