過去の秘密は言えない 2
次に目が覚めたのは、翌日の夜だった。
丸一日眠っていたのだ。
まだ、眼も痛い。瞼を開いても、ほぼ見えなかった。目には、包帯も巻かれており、軽い圧迫感があった。
私は、うつ伏せのままで眠っていたようで、そこは柔らかいベッドの上だった。
「目が覚めたか? どうだ気分は? 私がわかるか?」
みえないけど、この声は私が従軍している隊の隊長だ。
「マリス隊長……?」
「ひどい目にあったな……止血程度には、回復魔法をかけたがかなりの出血だった。しばらくは起きないほうが良い。背中の傷もだが、目を先に治さないと失明してしまうから、背中の傷は後回しですまない……」
「見えるようになりますか?」
「魔法薬のせいで治りが悪いだけで、いずれ治るだろう」
中年男性のマリス隊長はこの村を任された白魔法使いだ。
まさか、重傷者の回復に当たっている間に隊の白魔法使いがこんなことになるなんて予想外だっただろう。
私は、あんなことがあったから、隊や負傷者の好奇の目にさらされないように、村長の家の一室を借りて、そこで一晩中寝ていたらしい。それも、私を助けてくれたあの方の計らいだった。マリス隊長にあの方のことを聞こうとしたところで、廊下が響く音がした。
乱暴な音と共にドアが開き、聞こえた声はお父様だった。
「……っダリア!! どうしてこんなことに……っ」
「お父様……? どうしてここに……?」
「お前が怪我をしたと聞いて……」
「理由も……?」
「……伝えに来た男性が教えてくれた」
私を助けてくれた男性が、前線に帰る途中にお父様のいる村に寄り、私のことを知らせてくれたらしい。
助けてくれた男性が、お父様のもとに使者をかって出てくれたのは、私のことをあまり人に知られないようにするためだった。
どこまで私を思いやってくれたのか……。その優しさに触れただけで、救われた気持ちだった。
「すぐに帰ろう……ここには置いておけない。大事な娘なんだ。こんな目に合わされるなんて……!」
怒りをこらえているお父様は、初めてだった。顔は見えないけど、その声には、怒りを押し込めているのだ。
「……すぐに馬車を出そう。じきにここにはもっと重傷者たちがやって来る。王都にいる知り合いの白魔法使いに手紙を書くから、そこでゆっくり回復した方がいいかもしれない」
「……白魔法使いには、心当たりがあります。とにかく早く帰らせてもらおう」
マリス隊長の提案をお父様は断った。心当たりは、きっと師匠のことだ。
師匠なら、この眼も治せるだろう。
それに、重傷者たちが来るとわかっているという事は、やはり前線でなにかあったのだ。
「前線は厳しいのですか?」
「……騎士団長が戦死した。すでに遺体は王都に運ばれている途中だ。それを知った敵軍が押しているらしい」
そんなところに、私を助けてくれた人は帰ったのか……そう思うと、不安に襲われる。
もう、会えないかもしれない。お会いしても私には姿すらわからない。
くぐもった声しかわからないから、本当の声さえわからない……。
ただ、無事でいて欲しい……と願った。
そんな思いの中で多量出血をしたせいか、意識もまただんだんとボーっとしていた。
その私の蒼白の顔を見て、お父様は「一刻も早く帰ろう」と強い口調で言った。
マリス隊長は、私を含めた隊の者たちが乗って来た大きな馬車を準備してくれた。
これなら、寝たまま帰られるからと、私を気遣ってくれたのがわかった。
助けてくれた男性は、私の治療費にと、持っていたお金まで置いて行きマリス隊長はそれを渡してくれた。
村長の奥様は、怪我の理由はわからないらしいけど、若い私が重傷をおっていることに心を痛めてくれたのか、馬車の中で食べられるように……と、軽食も持たせてくれた。
あんなことがあり、いつもよりいっそう人の優しさが心に染みた。目尻に涙が浮かんだ。
そして、痛みと不安にかられるまま、マリス隊長に用意された馬車に運ばれて、私とお父様は、ユージェル村をあとした。
私とお父様は、何日も馬車に揺られてやっと自分の屋敷にある村まで帰って来た。
体力は回復してなかったが、失明するわけにはいかないと思い、時折回復魔法を自分でかけながら戻ったのだ。
そのせいで、ほとんど馬車の中では眠っていることが多かった。
時折、うつつで聞こえた声は、お父様の苦しそうな「許せない」という言葉だった。
私が起きている時は、そんなことを言わなかった。だから、心配させまいと、ただ労わるだけだった。
そして、やっと屋敷に着くと、私たちを乗せた馬車は、すぐに折り返してユージェル村に帰った。
私は、そのまま屋敷で眠ってしまい目が覚めた時には、部屋に師匠がいた。
どうやってあの森に入ったのか……お父様が師匠を連れて来たらしい。
目が覚めた私にミストは、ぺろぺろと心配そうに私の顔をなめている。
「ダリア、大丈夫か? 眼はすぐに治る。背中の傷は痕が残りそうだが……文でも出せばすぐに行ってやったのに」
「お金をいっぱい取るじゃないですか……」
「弟子割引ぐらいはしてやるぞ。私を呼べば、傷痕も残らずに治してやったのに……」
「いいんですよ。もう……あんなことがあって、結婚したいともなんとも思えません」
正直、貴族に絶望した。あんなことする貴族ばかりではないが、自分勝手な貴族に虫唾が走っていた。
この傷痕のせいで結婚できようが、出来まいがもうどうでもいい気分だった。
ただ、お父様には申し訳ない。娘がこんなことになったと知られれば、きっと噂の的になるのはわかっている。
こんな没落貴族が噂になっては、お父様がなんと言われるか……。
でもお父様は違った。自分のことよりも私のことを考えていた。
私が噂の的にならないように、隠そうとした。
そして、ある日あの男たちが、私を探していることをお父様は偶然にも知ってしまった。
騎士団の記録庫にたまたま行った時に、ユージェル村の白魔法使いたちの従軍資料を探している貴族がいた、と言い出したのだ。その時は、とっさに隠したらしい。でも、持ち出す事は出来ない。
それに、私は、途中で隊を抜けたことになるから、記録を見ればすぐにわかるだろう。
すぐに、記録を消そうと思ったが、記録消しがわかればますますバレてしまう、と不安だった。
「セフィーロ殿にもう一度頼もう。彼なら、上手く消してくれる」
「また、お金がかかりますよ。私なら大丈夫です……」
お父様はそう言って、師匠にまた助けを求める事にした。
本当は不安だった。私の名前がバレれば、ルヴェル伯爵令嬢だとわかってしまう。
そうすれば、いくら没落貴族とはいえ、この屋敷まですぐにバレるだろう。
お父様まで、社交界の笑い者だ。仕事にも支障がでるかもしれない。
そもそも、何故私を探すのか……。
「……金よりも娘のほうが大事だ。マレット伯爵は、金の流れも追求するやつではない。彼に金を借りて、ダリアの痕跡を消そう」
「マレット伯爵は変わったお方ですよ……」
「それでも、すぐに貸してくれるのは、マレット伯爵だけだ」
お父様は、そう言って師匠に相談した。
最近は、ずっと師匠と密かになにかを話している。
そのころには、もう眼も治っており、背中の傷も引きつるぐらいで、普段の生活は出来ていた。ただ、体力が完全に戻ってなかっただけで……。
それでも、師匠に診てもらったのは間違いなかった。こんなに短期間で治してくれたのだから。
そして、私たちは騎士団の記録庫に忍び込んであの記録に魔法をかけたのだ。




