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英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。  作者: 屋月 トム伽


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近づく距離




馬に乗り、ノクサス様とミストと王都のノクサス様のお邸に帰宅中だった。

そして、なぜかノクサス様の腕の中にいる。その私の腕にはミストがいる。

ノクサス様が、「一緒に……」と言って、私を離さないから、仕方なくノクサス様の馬で帰っている。

私の馬は明日にでも誰かに取りに来てもらうようにするらしい。


「ノクサス様。少し離れませんか?」

「馬に乗っているんだから、これくらい普通だ。それに以前もこうして乗っていたのだろうか?」

「私じゃないと思いますよ」


また妄想が始まってしまった。

初対面だったのだから、一緒に馬なんか乗ったことがあるわけない。


雨の中、馬を走らせて、びしょ濡れでノクサス様の邸に帰ると、アーベルさんとフェルさんが心配して出迎えてくれた。


「ダリア様!! 心配しました! 急にいなくなったと聞いて……!」

「すみません、アーベルさん。でも、少しのお暇のつもりだったのですよ」

「至らない点があったのなら、なんでもおっしゃってください」

「大丈夫ですよ。この邸は好きですから……」


その言葉に、アーベルさんはホッとしていた。


「フェル。ダリアは見つかったから、捜索は中止だ。皆に引き上げさせろ」

「かしこまりました」

「……捜索?」

「ダリアがいなくなったから、捜索隊を出していた」

「……っ!! な、なにをしているんですか!!」


一体なにをしていますか!?

しかも、捜索隊を出しているなら、もっと早く言ってください!

のん気に寝て、スープを食べている場合ではなかったのではないですか!?

ケロッと言わないでください!!


「ノクサス様! 捜索隊なんかだしてはダメですよ! そういうのは、重要人物に出すのですよ!」

「ダリアがいなくなったら、大変だ。国家の一大事に匹敵するぞ?」

「しません!!」


なんでしがない没落伯爵令嬢がお暇をもらったぐらいで、国家の一大事に匹敵するんですか!?


「……ダリア様。あながち嘘ではありませんよ」

「フェルさん?」


側にいたフェルさんが、困ったように言ってきた。


「ノクサス様は、ダリア様と結婚出来なかったら、騎士団を辞めるぐらいのお人です。今日も、陛下たちとの会話でアリス嬢を勧められるような会話になったら、騎士団を辞めると、本当に言われたのですよ」


イ、イヤすぎる!!

私のせいで騎士団を辞めるなんてことになったら、絶対に陛下たちに恨まれます!!


「アーベル。今日はもう疲れたから、部屋で軽く食事を摂りたい。部屋に2人分頼むぞ」

「かしこまりました」

「さぁ、ダリア。部屋でゆっくり食事をして休もう」

「寝る時は忍び込んで来ないでくださいね」


ノクサス様は、ニコリとこちらを見るが、怪しい。

そして、「この白猫にも、何か食べさせてやれ」とミストの食事も頼んでいた。

あれだけ威嚇されたのに、やっぱりノクサス様は優しい。

ミストは、喋る猫だとバレないように「ニャオ……」と言うだけだった。







ノクサス様の部屋で食事を摂っていた。

ミストは、温かいミルクを出してもらうようで、待ちきれずに、階下へとアーベルさんについて行ってしまった。


ミスト、アーベルさんには威嚇しないのね。その人も困った人の片燐が見えるわよ。


食事が終わると、食器を片付けに来る前に、2人で話していた。

ノクサス様は、何か話したいことがあるらしい。

早く寝てもらって、深夜にミストと騎士団の記録庫に忍び込みたいのに……。


「ダリア、記録庫の経歴のことだが、俺の執務室に預かっている」

「ほ、本当ですか……!?」

「隠していたのだから、誰にも見られたくないのだろうと思ったのだが……それでかまわないか?」

「はい……!」


早く処分しなければ……と焦っていた気持ちから、安堵へと変わっていった。


「でも、ノクサス様はいいのですか? もし、何か言われたら……」

「騎士団の記録庫のものなら、騎士団長の執務室にあっても違反じゃない。君が、隠していることの方が問題視されるかもしれないからな。もちろんそうなっても、俺が命をかけて守るが」


ノクサス様の命はいらないけど、感謝しかない。


「ありがとうございます。なんとお礼をしたらいいか……」

「……理由は言えないか?」

「聞けば私を嫌いになります……」

「どんな理由であれ、嫌うことはない。だが、そう聞いてくるということは、俺に嫌われたくない、という気持ちがあるのか?」

「……ノクサス様のことは良い方だと思っていますよ」


ノクサス様は、真剣に悩んでしまった。

元々のノクサス様がわからないから、なにを考えているのかわからない。

それでも、ノクサス様になにかしたいと思う。


「ノクサス様、せめてお礼をさせてください。私で出来る事なら何かいたします。今度はもっと食材を使って豪華なスープを作りましょうか?」

「それは、お願いしたいが……なんでもしてくれるのか?」

「ベッドに忍び込むのはやめてくださいね」


そう言うと、下を向いてしまった。まさか、今夜も忍び込む気だったのだろうか。


「……ちょっとこちらに来なさい」


そう言って、両手を差し出された。


「なんですか? この手は?」

「褒美をくれるのだろう?」


手を繋ぐぐらいなら……と思い、ノクサス様の手に乗せると、引き寄せられた。

呪われていても、意外と力は強い。それよりも、いきなり力いっぱい抱きしめられると、心臓がおかしくなりそうだった。


「前にもこうして抱きしめたことがあると思うのだが……」

「記憶にありませんよ……」

「ダリアは忘れっぽいのか?」

「全てを忘れているのはノクサス様です……!」


ちょいちょいおかしなことを言うノクサス様は不思議な方だ。

しかも、ここにミストがいなくて良かった。こんな状態なら、ノクサス様に飛び掛かりそうだ。


「……ダリア。俺と結婚をして欲しい。記憶も必ず思い出すから……」


頭の上から聞こえた声は、真剣な求婚だった。

でも、記憶があっても、私はノクサス様に相応しくない。


「……私は、妾にあがるのです。それ以上にノクサス様に相応しくない理由があります。私は、潔癖な人間ではないのです」

「それは誰でもそうだ。俺だって潔癖な人間ではない。戦争中は、汚い手も使っている。君に聞かせられないようなこともしている」


ノクサス様は国のためにしたことだろう。そのことを聞く気はない。

困った私を離して、ノクサス様は部屋の机の引き出しから一つの小箱を出した。

包装され、青いリボンの小箱は明らかに贈り物だった。


「……無理強いをする気はないが、諦めるつもりもない。だが、これを受け取って欲しい。階段から落ちた日に俺が持っていたらしい」

「ノクサス様の物ですか?」

「俺が買いに行ったらしい。記憶がなくなってから、フェルと聞き取りに行ったが店の者がそう証言していた」


開けていいものかと思うが、ノクサス様は、私の手に乗せ、引き下げる気はないようだった。

開けると、予想通り指輪だった。


「……誰かに求婚しようとしていたのですか?」


そう言いながら、指輪を軽く回すように見ていると、刻印が見えた。


「名前を見てくれ」

「私が見てもいいのですか? 求婚する相手に失礼なのでは? 求婚する相手より先に他の女性が指輪に触るなんて……」

「問題ない」


記憶の手がかりになるなら……と、刻印を見るために指輪を取った。

それに、もしかして……と予感が脳裏もかすっていた。








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