一緒に食事したことありませんよ
荷物をアーベルさんと、ノクサス様の邸に運んでもらい、片付けを済ませた。
荷物が少なくて良かった。あっという間に終わったから。
ノクサス様は、記憶喪失だけど、周りは知らないために、いつも通り騎士団本部へと仕事に行く。
騎士団本部は、お城の一角にある大きな建物だ。その執務室で、フェルさんがフォローしながら、やっているらしい。
しかも、元々やっていたからか、物覚えはいいらしい。
フェルさんは、戦争時代からのノクサス様の従騎士で、執務官としても優秀で助かっていると、アーベルさんが言っていた。
信頼に足る関係なのだろうとは思う。ノクサス様のために私を探し出すぐらいだから……。
♢♢♢
私の引っ越しのためか、すでに夜になっているのに、ノクサス様は、まだ帰ってこない。
遅くまで仕事をしているせいで帰りも遅いのだ。
ノクサス様は、お疲れかと思うけれど、玄関にお迎えに上がると、嬉しそうな笑顔を見せる。
「ダリア。俺の迎えに……」
「はい。お食事のあとはゆっくり回復魔法をかけますね」
ノクサス様は、マントを脱ぎ、隣のフェルさんにわたしながら、私の出迎えに感激したままそう言った。
「ダリアが邸にいるなんて夢のようだ。ずっと会いたかった気がするんだ」
「ふ、不思議ですね……」
本当に意味がわからないと困惑してしまう。思わず呆気にとられてしまう。
今日の荷物運びの時も、アーベルさんに「本当にノクサス様と、恋人ではなかったのですか?」と聞かれた。
心当たりはなく、むしろ何故私がノクサス様の恋人? と、不思議なままだった。
夕食は晩餐スタイルで、順番に料理がやって来る。
晩餐には、ドレスに着替えないといけないことはわかっている。
でも、困窮していた私にドレスはない。
「ノクサス様、やはり食事は別にしてもらえませんか?」
「どうしてだ? 君と一緒に摂りたいのだ」
少し悩んでしまう。
没落を隠しているわけではない。あの家を見れば一目瞭然だっただろう。
ましてや、妾にあがる身だ。
そんな私がノクサス様と一緒に食事なんて出来ない。
やはり、そのまま素直にノクサス様に伝えるべきだ。
せめて、ドレスが必要な晩餐は、私には相応しくないと……。
「……ノクサス様。私は晩餐に出席するような令嬢ではないのです。見たとおり没落貴族なのです。ですから……お恥ずかしいのですが、ドレスもないのです。どうか、晩餐は別にしてください」
「ダリア、そんなことを気にするな。俺は、全く気にならない」
「でも、ノクサス様とご一緒できるような令嬢ではありませんから」
「君以外とは食事したくない」
「それは……無理ですよ」
「それくらい君と食事がしたい。……君とどんな風に食事をしていたのか思いだしたいんだ」
また、おかしなことを言い出した……。
初対面の私に一緒に食事したことなんてあるわけがないのだから、絶対に思い出さないと思う。
本当に誰かと間違っているんじゃないのかしら……。
「ダリア様。ノクサス様も本日はこのままお食べになられますので、どうかダリア様もお気になさらずに……」
うーん、と困惑していると、アーベルさんが声をかけてくれた。
意外とフォローはする気なのか。
それとも、ノクサス様に使用人のところに行って欲しくないのか……後者のような気がする。
「ダリア、この食堂が嫌なら別の部屋に準備をさせるが……どこか、気を使わない部屋を……」
「だ、大丈夫です! あの……ノクサス様とここでいただきます」
今から、私のために部屋を変えるなんて……思わず焦ってしまう。
ノクサス様は、「では、一緒に……」と私の手を取った。
……意外と、ノクサス様の手は怖くない。男らしい筋張った手なのに……。
それに、自然に手を取るノクサス様は、エスコートが身についている。
「ノクサス様は、貴族ですか?」
「そうらしい。俺もダリアと同じ伯爵家の出らしいぞ」
そう言いながら、ノクサス様は、私の手を見ている。
「あの……なにか?」
「いや……食事にしよう」
私の手になにか思い出すものでもあるのだろうか。
わからないまま、優しく見つめてくるノクサス様を前に、晩餐が始まっていた。




