6.彼の腕前
目的の街まであと少しというところで、二人の旅は難所にさしかかっていた。二人が見上げる先には険しい岩山がそびえており、まばらに生えた木と岩ばかりの光景が延々と続いている。
ここからは丸一日、ひたすらに谷間を進まなくてはならない。乗合馬車であれば問題なく通り過ぎることができるのだが、金がなく徒歩の旅人たちは途中で野宿をし、二日かけて通り抜けるのだ。この山はたまに山賊が出るということもあって、旅人たちは用心のために一か所に集まって夜を明かすのが常だった。
キャサリンとデイヴィッドの二人も、他の旅人たちに混ざって一夜を谷間で過ごそうとしていた。二人は乗合馬車を使おうかぎりぎりまで迷っていたのだが、山賊が出るのはせいぜい月に一度程度と聞かされて、路銀を節約したいという心が勝ってしまったのだった。
上方からの攻撃を避けるために、旅人たちは大きな木の下に身を寄せ合っていた。さらに、男たちが交代で周囲を見張っている。
「デイヴィッド、私も手伝うわ。私は戦えないけれど見張りくらいはできるし」
「ありがとうございます。けれど、明日に備えてちゃんと寝た方がいいと思いますよ」
「それは分かってるんだけど、何だか目が冴えちゃって」
もう夜遅く、ほとんどの旅人は眠りについている時間だった。今はデイヴィッドと数名の男性だけが見張りに立っている。キャサリンもいったんは眠ろうとしたのだが、すぐに目が覚めてしまったのだ。
彼女は周囲を見渡しているデイヴィッドの隣に立ち、周囲に気を配り始めた。二人とも無言だったが、その沈黙はキャサリンにとって心地よいものに感じられた。
彼女がそっと隣のデイヴィッドをうかがうと、その口元にははっきりと笑みが浮かんでいた。どうやら彼も、彼女と同じように感じているらしい。
そんなささいなことに喜びを感じていたキャサリンは、ふと小さな違和感を覚えた。どこからか、かすかな足音のようなものが聞こえてきたのだ。その音は周囲の岩山に反響し不気味に響く。
「……下がってください。誰かいます」
先ほどとは打って変わって険しい表情をしたデイヴィッドが、そっと彼女の体を後ろに押しやる。彼の片手は、既に剣の柄にかけられていた。
彼の邪魔にならないようにキャサリンは用心しながら下がり、眠っている人々の傍まで来た。その時、武器を構えた数人の人影が大きな岩の陰から姿を現した。きっとあれが山賊だろう。そんなものを生まれて初めて見ることになったキャサリンは、小さく悲鳴を上げてしまった。
その悲鳴に気づいたのか、眠っている人々が一人また一人と目覚め始めた。しかし目覚めた人々は、みな一様に同じ方向を見て呆然としている。その姿は、まるで逃げることも忘れているようだった。
キャサリンがつられてそちらに目をやると、そこにはたった一人で山賊たちと戦っているデイヴィッドの姿があった。彼は山賊たちよりも遥かに腕が立つらしく、次から次へと襲い掛かってくる山賊を、全て一太刀で切り伏せていた。
しかも、彼は注意深く相手の腕や足を狙い、決して山賊を殺さないよう気をつけているようだった。数において不利であるにも関わらず、彼の方にはかなり余裕があったらしい。
「……綺麗……」
キャサリンの口からそんなため息がこぼれる。こんな状況にはふさわしくないと分かっていながら、彼女は思わず彼に見とれてしまうのを止めることができなかった。星明りの下で山賊たちを追い払う彼の姿は、まるで優雅な舞を踊っているように見えたのだ。
周囲の人たちがぽかんとしていたのも、きっと自分と同じ理由なのだろう。彼女はそう確信していた。
やがて、全ての山賊がうろたえながら逃げていった。デイヴィッドは剣をていねいに拭って鞘に納めると、キャサリンたちの方に歩いてきた。ずっと戦い続けていたにもかかわらず、彼は息一つ乱していなかったし、返り血も浴びていなかった。
「もう大丈夫です。お騒がせしました」
まるで何事もなかったかのように微笑みながら、彼は周囲の人々に話しかけた。呆然としていた人々は、戸惑いながらもまた寝床に戻っていった。他の見張りたちも、戸惑いながら散っていく。その場には、デイヴィッドとキャサリンだけが残された。
「……ねえ、山賊たちを逃がしてしまっていいの?」
おそるおそる彼女が尋ねると、デイヴィッドは今まで彼が見せたことのない冷ややかな表情で静かに答えた。かすかな星の光が、彼の輪郭を冷たく浮かび上がらせている。そんな彼は、まるでキャサリンの知らない別の人間になってしまったかのように見えた。
「山賊といえど人間ですし、できれば殺したくはなかったんです。心配ありませんよ、もう二度と武器を振るうことができなくなるくらいには痛めつけておきましたから」
恐ろしい内容を穏やかに言い放つ彼の顔は、もうすっかりいつもの表情に戻っていた。キャサリンはそんな彼をほんのわずかに恐ろしく思いつつも、それ以上に惹かれるものを感じていた。
「……あ、それと……あなたって本当に強いのね。さっきあなたが戦っている時、思わず見とれてしまったの。とても強くて、とても綺麗だったから」
「綺麗、ですか? 自分では分からないのですが。しかしそう褒められると、照れてしまいますね」
自分を卑下することは少なくなった彼だが、それでも面と向かって褒められるのには慣れていないらしい。彼の照れた顔は予想以上に可愛らしく、それがキャサリンの胸をより高鳴らせた。
いつもの穏やかな表情だけでなく、さっき見せた冷たい顔に、照れた顔。どうやら彼は、彼女が思っているよりもずっと多くの顔を持っているようだった。
また見張りに戻った彼の背中を見つめながら、キャサリンは温かいものがじわりと広がる胸をそっと押さえていた。




