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5.デイヴィッドの過去

 このところキャサリンは、デイヴィッドの言動が気にかかっていた。彼は時折、自分をひどく卑下するようなそぶりを見せている。けれどどうして彼がそんなことを言うのか、彼女にはその理由が全く分からなかったのだ。


 そんなある日、二人は森の中で野宿をすることになった。キャサリンはこれが生まれて初めての野宿だったが、野宿には慣れているらしいデイヴィッドが手際よく支度をしてくれたこともあって、今のところ不便は感じていなかった。


 森の中、木々が少し開けたところで小さな焚き火を起こしながら、二人は眠りにつく前のひと時をゆっくりと過ごしていた。


「ああ、そろそろ火が弱くなってきましたね」


 デイヴィッドが立ち上がり、焚き火に木の枝をくべようとする。彼も疲れていたのか、地面からわずかに突き出た木の根に足を取られ、よろめいた。


 キャサリンがとっさに腰を浮かし、デイヴィッドを支えようと腕を伸ばす。二人の顔がいつになく近づき、体勢を崩した拍子にデイヴィッドの長い前髪が乱れた。今までずっと隠されていた右側の顔が、キャサリンの目の前にさらされる。


 そこには、彼のどこか女性的ですらある繊細な容貌には似つかわしくない、大きな傷が走っていた。右の頬から目じりをかすめて、額の半ばほどまで伸びる細い刀傷。


 思わず傷を見つめたキャサリンの目の前で、デイヴィッドは狼狽すると前髪を整え、また元のように右目ごと傷を隠してしまった。


 彼は無言のまま手早く焚き火に木の枝をくべると、元の位置に腰を下ろした。キャサリンの方を見ないように顔を背けている。


 キャサリンはしばらく迷ったが、結局彼に声をかけることにした。


「あの、あなたの右の顔……隠さなくてもいいと、私は思うのだけど」


 彼女は本心からそう思っていた。確かに大きな傷ではあったが、あそこまで必死に隠す必要があるほど醜いものでも、恐ろしいものでもない。


 けれどデイヴィッドは、傷ついた様子でうなだれたまま小さく首を横に振った。


「いえ、あんな醜い傷を、人目にさらすわけにはいきませんから……」


「醜くなんかないわ。大きな傷ではあるけれど、取り立てて醜いものでもないし」


「……醜いんです。ラウル様は、いつもそう言っておられました」


「どうしてそこでラウル子爵の名前が出てくるの? ……私で良ければ、話を聞くけど」


 キャサリンがそう言うと、デイヴィッドはしばらくためらった後、ぽつりぽつりと話し始めた。どうやら、彼も胸の内に抱えているものを話したいと思っていたらしい。二人きりで他に聞く者もいないこの状況も、かたくなだった彼の心を少しばかり溶かしたようだった。


「この傷は……かつて、ラウル様をお守りした時についたものなんです」


 それから彼が語った過去は、キャサリンを呆れさせるには十分だった。かつて彼の主であったラウル子爵は、戦に出た時に敵をあなどって突出し、包囲された。その時に身をていして彼を救い出したのが、他ならぬデイヴィッドだったのだ。


 しかしラウル子爵は彼に感謝するどころか、自分の失敗をまざまざと見せつけてくるような彼の傷と、彼自身をうとんじ、さげすむようになっていたのだった。彼らがベンダー男爵の屋敷に来ていたあの夜、彼だけが宴に参加せず警護を命じられていたのもそれが理由だった。


 彼は私と同じだ。キャサリンはそう感じた。身近な存在にずっと否定され続け、自分の価値を見失ってしまった人間。


 気がつくと、彼女は彼に腕を差し伸べていた。かつて自分が彼に救われたように、今度は自分が彼の救いになりたい。そんな思いを込めながら、彼女はデイヴィッドをしっかりと抱きしめていた。デイヴィッドはただ黙って、されるがままになっていた。






 隠していた傷について打ち明けてしまってから、デイヴィッドの態度は少しずつ変わっていった。今まではどこか遠慮がちで、自分を卑下するような態度が目立っていたのだが、少しずつそんなそぶりが減っていったのだ。


 もっとも、それは彼が後ろ向きになっていると、すぐさまキャサリンが励ましの言葉をかけて回るようになってしまったからなのかもしれないが。


 彼を励ますように、彼が後ろ向きな気分に浸ってしまわないように、今日もキャサリンはつとめて明るく声をかけていた。そんな彼女に、デイヴィッドは困ったように微笑み返す。しかしその顔は、同時にどこか嬉しそうにも見えた。


「君って、思っていた以上に前向きだったんですね」


「子供の頃はこういう性格だったのよ。あの男爵の屋敷にいる間に、すっかり見る影もなくなっていただけで。けれどあなたのおかげで、こうして元の自分を取り戻すことができたの」


「俺は、特に何もしていないのですが」


「いい加減認めて欲しいわ、私が変われたのはあなたのおかげなんだって。あなたは自分で思っているより、ずっと素敵な人なのよ」


 そんな会話を交わしながらも、キャサリンは隙をついてデイヴィッドの前髪に手を伸ばそうとしていた。デイヴィッドは一歩横に動き、彼女の手をかわす。


「駄目ですよ、君こそ何度言ったら分かるんですか。俺はこの前髪を上げるつもりはありません」


「そんな傷、気にしなければいいだけなのに。……私も、屋敷から追い出された時は人の目にさらされるのがとても怖かった。あの時の私は、自分のことをとても醜いと思っていたから」


「あの頃の君は醜くなどありませんでしたよ。ひどくやつれているな、とは思いましたが」


「今では私もそう思う。間違っていたのは、自分が醜いという自分の認識の方だったんだって。だからあなたも一度思い切って髪を上げてみれば、きっと気持ちが変わるわ」


 そう言いながら、諦めていなかったのかもう一度彼に向かって手を伸ばすキャサリン。その手を優しくつかんで動きを止めると、デイヴィッドは困ったように笑いかけた。


「君の根気強さには負けますね。……いずれ、少しずつ慣れていければ、とは思いますが」


「そうなの? だったら、今夜宿で試してみましょう。他の人がいないところで。それならいいでしょう?」


「お、お手柔らかに」


 がぜん張り切るキャサリンの手をつかんだまま、デイヴィッドが恥ずかしそうに口ごもる。それがおかしかったのか、キャサリンが声を上げて笑った。


 彼らの旅は、もう終わりに近づいていた。

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