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27.仕事熱心な彼女

 それから連日、キャサリンは店の移転先を探すためひたすらに街の中を歩き続けていた。


 彼女は慎重にいくつかの候補を選び出すと、毎日のようにそれらの場所に通い詰めた。周囲の店はどのような感じなのか、人通りは十分か、もしここに店を開いたとしたら客層はどうなるのか。そんなことを調べて手元の帳面に書きつけながら、彼女は熱心に調べ歩いていた。


「そうだ、仕入れ先との距離も考えないとね。ああ、考えることが多すぎるわ」


 そんなことをつぶやきながら、彼女は繁華街を過ぎ、住宅街まで調べ上げていた。治安の悪い区画は調査から外していたが、それでも彼女が調べた範囲はかなりの広さになっていた。


 気がつくと、彼女は最低限の家事だけをこなし、残った時間は全て移転先の調査にあてるようになっていた。元々彼女は少々凝り性なところがあり、そこに持ち前の責任感が拍車をかけてしまっていたのだ。


「私の働きに店の未来がかかってるんだから、しっかり頑張らないと」


 最近では、それが彼女の口癖となりつつあった。最初の頃、デイヴィッドはその言葉を聞くたびに微笑みながら同意していた。しかし次第にその笑みは苦笑に変わり、今では彼女を心配するような表情となっていた。


「……最近、少し働きすぎじゃないですか? いつも上の空ですし、少し休んだ方が……」


「そうかな。うん、気をつけることにするわ」


 そう答えた彼女はやはり上の空だった。店の候補地についてまた考えているのか、書き溜めた帳面をめくり、口の中で何事か独り言を転がしている。


 デイヴィッドはそんな彼女をどこか悲しそうな目でちらりと見た後、切なげなため息をそっともらした。キャサリンはそんな彼の様子に気づいてもいないのか、考え込んだまま視線を宙にさまよわせていた。


「……ちょっとだけ、ポールさんとアンナさんを恨みたい気分です」


 そんな彼の小さなつぶやきは、キャサリンの耳に届くことはなかった。






 そんな日々がしばらく続き、デイヴィッドがどことなく元気をなくしていたある日の夕食時、キャサリンは高らかに宣言した。


「やっと、お店の場所が決まったの!」


「本当ですか!」


 このところずっと沈んでいたデイヴィッドが、驚くべき速さで顔を輝かせた。キャサリンも浮かれた様子で、楽しげに説明する。


「ええ。大通りのすぐ裏の、広場に面したいい場所なの。もう一か所と最後まで迷ったんだけど、そっちに決めたわ。ポールさんもアンナさんも、いい場所だねって喜んでくれたのよ。ああ、やっと肩の荷が下りたわ」


 満足そうに笑いながらほっと息をつくキャサリンに、デイヴィッドが期待に満ちた目を向ける。彼はどこか弾んだ声で提案した。


「でしたら、お祝いも兼ねてゆっくりしませんか。最近の君は、ずっと働き詰めでしたし。気分転換も必要ですよ。家でゆっくりするのもいいですし、どこかに出かけてもいいですね」


「それはいいわね。最近お店のことばかり考えてたから……あ、でもその前に」


「……まだ何か、あるんですか?」


 彼女の返事を聞いて喜びに顔を輝かせていたデイヴィッドが、一転してこわばった表情になる。そんな彼の様子に気づいているのかいないのか、キャサリンは斜め上の方を見やりながら可愛らしく小首をかしげた。


「そろそろ、カインさんのところに装飾品を買い取りにいかないと。前にごっそり買い上げてからしばらく経つし、そろそろカインさんの在庫がたまってきてる筈だから。母さんにはあるだけ買いつけろって言われてるしね」


「その買いつけ、俺も同行します。いえ、させてください」


 彼女の説明を聞いたデイヴィッドが、立ち上がらんばかりの勢いで宣言する。キャサリンはきょとんとしながら尋ねた。


「でも、あなたには騎士の仕事があるでしょう?」


「それは何とかしますから。とにかく、俺も一緒に行きます。いいですね」


 いつになく強引なデイヴィッドの様子に、キャサリンは驚いたように目をまたたいていた。彼のそんな行動の理由に、まだ彼女は気づいていないようだった。






 次の日の午前中、二人は揃ってカインの家を訪ねていた。キャサリンが慣れた様子で装飾品を買い上げる。代金を受け取ったカインはしばらく考えこんでいるようだったが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……なあ、俺がもっとたくさん装飾品を作ったら、あんたらはそれを全部買い上げてくれるのか?」


「ええ。倍あっても足りないくらいです。でも、これ以上たくさん作れるんですか?」


「材料さえあればな。俺の足だと、材料になる原石を取りに行くのが一番大変なんだよ」


 そう言いながら、カインが伸ばしたままにしている足を示す。彼はかつて兵士として働いていた時に足に傷を受け、その傷がもとで兵士を引退することになったのだ。日常の生活には支障がないようだが、街の外まで出かけるのはさすがに辛いようだった。


「でしたら、誰かに頼んで原石を採ってきてもらうというのはどうでしょう」


「原石のある場所は秘密にしてるんだよ。俺の唯一の収入源だし、うかつにばらす訳にはいかねえ。ただ、あんたらにだったら話してもいい。あんたらは俺の取引相手だからな」


 キャサリンが驚いた顔になり、デイヴィッドが嫌な予感でもしたのかわずかに眉間にしわを寄せる。そんな二人を見て、カインがにっと笑った。


「だから、これからはあんたらが原石を採ってきてくれないか。そうすれば俺も安心して、装飾品の加工に専念できる」


「分かりました」


「キャサリン、君は止めてもきかないんですよね……ですが、街の外は危険です。だから、俺と一緒に行きましょう」


 カインの提案に即答するキャサリンと、諦め顔で釘を刺すデイヴィッド。カインは二人を手招きすると、声を潜めて原石の場所を打ち明け始めた。




「はい、ちゃんと場所は覚えました。他の人に見つからないように気をつけますね」


 やがて話を聞き終えたキャサリンが、張り切りながら返事をする。


「おう、危険はないと思うが一応気をつけろよ。まあ、デイヴィッドがついてるなら安心か」


 そんなカインの言葉を聞いたデイヴィッドが苦笑しながらわずかに肩をすくめる。いつもと違う彼の様子にカインは目を見張ったが、何も言わずにただ笑うだけだった。


 どうやら、デイヴィッドの様子に気づいていないのはキャサリン一人だけのようだった。

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