22.種明かし
いきなり突き付けられた事実に二人が呆然としていると、デイヴィッドは二人が我に返る暇すら与えずに畳みかけた。
「アリサさん、あなたは今すぐに家に戻って、父君の傍についてあげてください。きっとノーラがまた薬を差し入れてくるとは思いますが、それは彼女に気づかれないようにどこかに隠してください。できますね?」
「は、はい。でも、どうやってノーラがやったという証拠をつかめばいいんでしょうか」
「それは俺がやります。あなたは早く、父君のところへ」
デイヴィッドにせかされたアリサが、訳も分からないまま駆け出していった。それを見届けると、デイヴィッドは先ほどの小瓶を厳重にしまい込み、別の方向に歩き出す。
置いていかれそうになったキャサリンも、急いで彼を追いかけた。
「デイヴィッド、どこに行くの? 私も行くわ」
「俺はこれから、古都の外に向かいます。少し危険が伴うかもしれないので、君には古都に残っていてほしいのですが……」
「お願い、私も連れていって。ここで私だけ蚊帳の外だなんて嫌だから。それに、あなた一人でノーラの尻尾をつかむって、どうするの? 彼女については私が一番良く知っているし、きっと何か手伝えることがあるわ」
言い出したら聞かないキャサリンの性格を知っているデイヴィッドは、少しの間迷っているようだったが、すぐに首を縦に振った。キャサリンの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「分かりました。ですが、ここからは俺の指示に従ってください」
キャサリンが重々しくうなずくと、彼は彼女を伴って速足で歩き始めた。古都の外に広がる、明るい森に向かって。
デイヴィッドの後を小走りで追いながら、キャサリンは彼にだけ聞こえるような小さな声で話しかけた。
「ねえ、一つ聞いてもいいかな。どうしてあなたは、あれが毒だって気づけたの?」
デイヴィッドは険しい顔のまま唇を噛みうつむいたが、やがて顔をあげると、少しだけ歩く速度を落としてキャサリンの隣に並んだ。内緒話のような、かすかな声がキャサリンの耳に届く。
「……君になら、話してもいいでしょう。どうか、ここだけの話にして欲しいのですが……あの毒には、流浪の民が関わっています」
流浪の民。その言葉に、彼女はデイヴィッドが一度だけ語った昔の話を思い出していた。両親を一度に亡くすまでは、彼も流浪の民の一人として暮らしていたと、彼はそう語っていた。
「ある木の実を、流浪の民に伝わる秘密の方法で加工すると、心臓の薬が作れるんです。ただ、それはとても強い薬なので、薄めずに使えば毒として作用します」
「もしかして、さっきの小瓶に入っていたのは、その薬……毒なの?」
「そうです。先ほどアリサから受け取ったあの小瓶からは、濃いままの薬の匂いがしました。あれだけの濃さであれば、健康な人間であってもひとたまりもないでしょう」
突拍子もない思いつきにしか思えなかったアリサの主張は、どうやら偶然にも的を射ていたらしい。それに気づいたキャサリンは、ぶるりと一つ身震いした。
「あの薬はとても独特の匂いがして、しかも一度体につくと中々取れません。昨日出会ったノーラからは、かすかですが確かにその匂いがしました。きっと彼女は、その薬の匂いを隠そうとして、あんな強烈な香りをまとっているのでしょう」
「だったら、やっぱりノーラが……ねえ、彼女が本当に毒を盛っていたとして、誰か気づけなかったのかな。かかりつけの医者とか」
キャサリンはノーラを嫌ってはいたが、それでも彼女がそんな恐ろしい行いに手を染めているなどとは信じたくなかったらしい。どうにか現実を否定する材料を探そうと、彼女は思いつくままを口にする。しかし、デイヴィッドは沈痛な面持ちで、そっと首を横に振った。
「あの薬は流浪の民以外にはまず知られていません。秘伝の薬なんです。普通の医者では、気づくことすらできないでしょう」
「……そうなの。どうやら、ノーラの犯行だっていうのは、覆しようのない事実みたいね。だったら早く、彼女を止めないと」
覚悟を決めたように前を向くキャサリン。対するデイヴィッドは、物憂げに目を伏せた。
「……彼女が毒殺に成功し、そのことが公になれば、流浪の民に対する風当たりがさらに強くなるでしょう。俺も元流浪の民として、同胞がそんな目に合うのを見過ごしておけません」
「私もそう思うわ。流浪の民の秘薬で貴族が殺された、なんてことが公になったら、どんな事態になるか……想像もしたくないわね」
「だから、できるだけ秘密のまま、全てを解決したいんです。アリサの父君が亡くなられてしまう、その前に」
「ええ、急ぎましょう」
そうやって話しながら歩く二人の目の前に、古都の大門が迫ってきた。二人は口を閉ざし、急ぎ足で大門をくぐり抜けた。
古都を出た後も、デイヴィッドの歩みには迷いがなかった。すぐ近くにある森に向かって、真っすぐに歩き続けている。
「それで、私たちはどこに向かうの?」
「薬の材料となる木の実のあるところです。そこで待ち伏せしていればノーラ本人か、彼女と手を組んだ流浪の民のどちらかに会えるはずです」
「待ち伏せって、どれくらい待つことになるのかな。野宿の準備、しておいた方がよかったんじゃない」
「いえ、おそらく大丈夫です。木の実も加工後の薬も日持ちがしないので、おそらく毎日木の実を採りに来ているはずです。そう長くはかかりませんよ」
そう言いながらも、彼は周囲の様子をうかがい、森に分け入っていく。獣道のような細い道をどんどん奥に進むと、小さな黒い実を鈴なりにつけた大きな木に行き着いた。
その実はとても小さくて固く、これを食べようと思う人間はいないだろうな、とキャサリンはこっそりそんな事を考えていた。だからこそ、こんなにたくさんの実が手つかずのまま放置されているのだろう。
「ああ、やはりありました。少しここで待っていてくれませんか、周囲を見てきますから」
デイヴィッドはキャサリンの返事も待たずに、慣れた身のこなしでさらに奥に分け入っていった。
彼女が目を丸くして立ち尽くしていると、じきに別の方向の茂みががさがさと動き、そこからするりとデイヴィッドが姿を現した。たっぷりと茂った木をかき分けていたとは思えないくらい、無駄のない動作だった。
「どうやらこの辺りには、あの種類の木は他に生えていないようです。この近くに隠れていればいいでしょう」
「……デイヴィッド、あなたって森にも慣れているのね」
「それはまあ、子供の頃は流浪の民でしたから。こういうところの歩き方も、しっかり学んでいるんですよ」
少し得意げに返すデイヴィッドに、キャサリンは嬉しそうに笑い返すと、二人は大きな木が見える茂みの陰に二人そろってかがみこんだ。
無言で待ち続ける二人の前に、やがて何者かがゆっくりと近づいてきた。




