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19.古都での再会

 二人は乗合馬車を次々と乗り継いで、数日後には古都の地を踏んでいた。歴史を感じさせる古くて重厚な建物が整然と並ぶ様は、熱気にあふれて雑然とした辺境の街を見慣れた二人の目には新鮮に映った。


 それでもキャサリンは、さほど気後れもしていなかった。豪商の娘である彼女は、子供の頃から大きな街を見慣れていたのだ。一方のデイヴィッドは明らかに街の雰囲気に圧倒されていて、落ち着かなさげに目線をさまよわせている。


「ええと、裁判所はあっちね。……デイヴィッド、どうしたの? なんだかさっきからそわそわしているように見えるわ」


「こんな大きな街の、それも裁判所や役所があるような区画には入ったことがなくて……どうにも勝手が分からないんです」


 その言葉に、キャサリンは納得したようにうなずいた。デイヴィッドは流浪の民の出だし、こういった場所には縁がなかったのだろう。


 どこか恥ずかしそうにしながらそう打ち明けている彼の姿を微笑ましく思いながら、キャサリンは流れるように彼と腕を組んだ。


「大丈夫よ。この辺りの建物はちょっといかめしいけれど、普通の街と何も変わりはしないんだから。さあ、一緒に行きましょう」


 あえて無邪気に振る舞う彼女の姿に励まされたのか、彼は正面を見据え、ゆっくりと歩きだした。隣のキャサリンと、しっかりと腕を組んだまま。






 そうして二人が裁判所に向かっている時、後ろから不意に叫び声が上がった。


「キャサリン、あなたなのね!」


 二人が腕を離して振り返ると、そこには見るからに裕福な中年の夫婦が立ち尽くしていた。どことなくキャサリンに似たところのあるその夫婦は、揃ってふっくらとした福福しい体つきをしていた。


「父さん、母さん!」


 彼らの姿を認めたキャサリンも、そう叫んで立ち尽くす。三人は、まるで石像にでもなったかのように微動だにしなかった。


 見かねたデイヴィッドがそっとキャサリンの腕をとり、彼女の両親の方に歩みを進める。キャサリンは目を見開いて呆然としたまま、彼に引かれながら前に進む。そして二人は、ついに両親の目の前までやってきた。


「……二人とも、どうしてこんなところにいるの?」


 まだぽかんとしている彼女の口から漏れたのは、感動の再会には似つかわしくないそんな言葉だった。けれど両親はそんなことを気にもしていないようで、母はキャサリンを力いっぱい抱きしめる。父も彼女の肩に手を置き、涙ぐみながら答えた。


「あの男爵の裁判のために、私たちの話を聞きたいと裁判所から呼び出されたんだよ。私はかつてあいつに金銭を提供していたから、その繋がりでな」


「そうだったの……私も、裁判所に呼び出されてここに来たのだけど、まさか同じ日に来ることになるなんて」


「きっと神様のお導きよ、キャサリン。あなたに会えて良かった。……ところで、こちらがあなたの旦那様ね?」


 まだキャサリンをしっかりと抱きしめたまま、彼女の母はデイヴィッドに微笑みかけた。キャサリンとよく似たその笑顔に、デイヴィッドも思わず笑顔を浮かべて頭を下げる。


「ええ。彼がデイヴィッドよ。手紙にも書いたけど、私は彼に救われたの。彼がいなかったら、今の私はなかった」


 それを聞くと、両親は見た目に似合わず機敏な動きでデイヴィッドの向かいに並んで立ち、深々と頭を下げた。面食らうデイヴィッドに、二人は頭を下げたまま感謝の言葉を口にする。


「デイヴィッド君、娘を救ってくれてありがとう……君には、どれだけ感謝してもしきれない」


「私からも、お礼を言わせてください。私たちのせいで不幸になってしまったキャサリンを、幸せにしてくれてありがとうございます。そしてどうかこれからも、娘をよろしくお願いします」


「あの、お二人とも顔を上げてください。……それに俺も、キャサリンに救われてきたんです。だから、俺もあなた方に感謝しています。彼女を生み育ててくれた、あなた方に」


 戸惑いながらもまた頭を下げるデイヴィッド。一人取り残されたキャサリンは目元に浮かんだ涙をそっと拭いながら、ことさらに明るい声で言った。


「ほら、三人とも顔を上げてよ。今はみんな幸せなんだから、それでいいでしょう」


 そう言われて顔を上げた三人は、みな泣き笑いのように顔をゆがめていた。






 四人はそのまま連れ立って裁判所に向かった。ちょうど裁判所の入り口に差しかかったその時、キャサリンにとって嫌というほど聞き覚えのあるねちっこい声が、不意に前方から投げかけられた。


「ああら、あなたはベンダー男爵の元奥様じゃない? ずいぶんと元気そうね? そちらは従者かしら?」


 キャサリンが反射的に声のした方を見ると、ベンダー男爵の愛妾が裁判所の奥の方からこちらに歩いてくるのが見えた。


「いいえ、彼は私の夫よ、ノーラ」


「あらあ、そうなの。ついこないだ離縁されたと思ったのに、もう再婚してたのね。新しい旦那様は見たところ貴族でも豪商でもないようだけど……物好きね、あなたも」


 彼女は相変わらず肉感的な肢体をくねらせながら、キャサリンたちの方にゆっくりと歩み寄ってくる。香草と香辛料を複雑に混ぜ合わせたような、不可思議な香りが彼女の鼻をついた。珍しく、デイヴィッドがほんの少し顔をしかめている。


「……ノーラ……あなたも、裁判所に呼ばれてきたの? それとも、ベンダー男爵の面会に?」


「私は裁判所に呼ばれたから来ただけで、ベンダー男爵に会う気なんてこれっぽっちもないわよ」


 そう言うとノーラは顎を上げ、キャサリンを見下すような視線を送ってきた。昔と変わらない、尊大な態度だった。


「今の私は子爵夫人よ。しかも、この古都で暮らしているの。しみったれで田舎者のベンダー男爵なんかよりずっと素敵で、気前のいい旦那様を見つけられたから。それじゃあ、私はもう帰るわ」


 そう言って笑う彼女の後ろには、一人の少女が付き添っていた。小柄で細身の、中々の美少女だが、沈鬱な表情がその容貌を台無しにしている。彼女は暗い目をちらりとキャサリンに向けると、また顔を伏せてしまった。


 少女の暗い表情にかつての自分を重ね合わせながら、キャサリンは一足先に裁判所を出ていくノーラたちを見送っていた。

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