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13.良い知らせ

「どうしよう、手紙の返事が来てしまったの」


 いつものように帰宅したデイヴィッドは、何も手につかないほどうろたえたキャサリンに出迎えられた。


「手紙……って、前にご両親に出したあの手紙のことですよね?」


 手土産の小さな花束を差し出しながら、デイヴィッドは小さく首をかしげる。そんな彼に、彼女は震える手で一通の手紙を差し出してきた。


「そうなの。怖くて開けられなくて、まだ読んでいないのよ……ねえ、あなたが先に読んでくれないかしら」


「俺が読んでいいのでしょうか。これは君あての手紙でしょう?」


「いいのよ。どうかお願い」


 彼女の必死な様子に、彼はためらいながらも手紙を受け取った。差出人の名前は、確かに彼女の両親になっていた。




 落ち着いた動きで手紙を開封し、ゆっくりと目を通すデイヴィッドを、キャサリンははらはらしながら見守っていた。食い入るように見つめる彼女の前で、彼の口元に小さな笑みが浮かぶ。


「……安心してください。君が恐れているようなことは、何もありませんよ」


 明るく笑いながら手紙をキャサリンに返す。彼女はまだ震えの残る手でそれを受け取ると、おそるおそる読み始めた。


 そこには、娘の無事に安堵し、幸せに暮らしていることを喜ぶ両親の言葉がつづられていた。ほっとしたのか崩れ落ちそうになるキャサリンを、デイヴィッドがすかさず支えた。


「ねえ、これを見て」


 キャサリンが指さしたそこには、思いもよらないような内容が書かれていた。彼女の両親は、彼女がベンダー男爵に離縁され、屋敷を追い出されたことを知らなかったのだ。


 彼らはずっと彼女に会えないことを不満には思っていたが、彼らの立場では男爵相手に強く出ることができなかったのだ。その結果、彼らはキャサリンがまだ男爵の屋敷にいると思い込み、男爵への資金援助を続けていたのだった。


『お前がそんなひどい目にあっていることに気づいてやれず、済まなかった。商売のために貴族と縁を結ぼうとした私たちが間違っていた。私たちはもうあの男と縁を切ることにする。どうか、許して欲しい』


『あなたが良い方と巡り会えたのがせめてもの救いだったわ。そこでの暮らしが辛くなったら、いつでも戻っていらっしゃい。もちろん、あなたの素敵な旦那様も一緒にね』


 手紙につづられた両親の温かい言葉に、キャサリンは満面の笑みを浮かべながらぽろぽろと涙を流していた。そんな彼女を後ろから支えるように抱きしめながら、デイヴィッドも幸せそうに笑っていた。


「ありがとう、あなたが手紙を書くように勧めてくれたおかげね」


「どういたしまして。だから言ったでしょう、大丈夫だって」


「本当ね。あなたの言った通りだったわ」


 それから二人は一緒に、両親からの手紙をゆっくりと読んでいった。カインの手による装飾品を売ることについても両親は乗り気で、『試しにいくつか、こちらに送ってみてくれ。実物を見てからどうするか決める』と申し出てくれたのだった。


「良かった、カインさんにいい報告ができそう」


「そうですね。君が見込んだ品ですから、きっと君のご両親にも気に入っていただけるでしょう」


「そうだ、今からカインさんのところに行かない? このことを話したいし、早く両親に返事をしたいの」


 すっかり元気になったキャサリンを抱きしめる腕に力をこめると、デイヴィッドは彼女の耳元にささやいた。


「そろそろ夜になってしまいますし、明日にしましょう。……君が元気になって良かった」


「デイヴィッド、くすぐったいわ。夕飯の支度をしないといけないし、そろそろ放してちょうだい」


「もう少しだけ、こうしていたいんです」


「あら、今日はちょっとだけ強引なのね」


「俺にだって、そういう気分の時もありますよ」


 結局デイヴィッドが彼女を解放した時には、もうすっかり日は暮れてしまっていた。






 次の日、それぞれの仕事を終えた二人は、カインの家の近くで待ち合わせていた。


「ごめんなさい、待たせてしまいましたね」


「いいの、私が少し早く来ちゃっただけだから。お店の主人に事情を話したら、少しだけ早く帰らせてもらえたの」


「それでも、待たせてしまったことに変わりはありませんから。おわびに、帰りに何か美味しいものでも買って帰りましょうか」


「あなたって、本当に律儀ね。そんなところも素敵なのだけど」


 そんな他愛のない話をしながらカインの家にたどり着いた二人は、相変わらずむさ苦しいカインに出迎えられた。


「よう、二人揃ってどうしたよ?」


「カインさん、今日は話したいことがあって来たんです」


 そしてキャサリンが、両親の手紙に書かれていたことについて説明すると、カインは少し警戒しつつもにやりと笑ってみせた。


「へえ、あんたの親が大きな街でこれを売ってくれるかもしれないって? それがうまくいけば、俺ももうちょっと稼げるようになるのか?」


「はい。正式に取引することが決まれば、ですけど」


「ま、実物を見てもらわないことには始まらないってことか」


「ええ、ですから今いくつか私に売ってくれませんか? それを両親のところに送ってみようと思っています」


 カインはキャサリンの求めに応じて、完成した装飾品をいくつか持ってきた。彼女はそれらをじっくりと検分し、特に出来のいいものを数個選び出し、その場で購入した。


「まいどあり。いい返事がもらえることを祈ってるぜ」






「いい買い物ができましたね」


 家に戻る途中、デイヴィッドが嬉しそうに口を開いた。


「改めて見てみると、カインの装飾品はどれも素敵なものばかりで、迷っちゃったわ。……きっと、これなら母さんも気に入ってくれると思う」


「母さん、ですか。ご両親、ではなく?」


「ええ、そうよ。母さんの好みに合いそうなものをわざと選んだの。母さんがこれを気に入って身に着けてくれれば、商売相手の人たちが自然とこれに興味を持ってくれる。きっといい宣伝になるわ」


「君はそこまで考えていたんですか。さすがですね」


「両親の教育のたまものよ」


 感心するデイヴィッドに、キャサリンが得意げに胸を張る。そんな妻の姿を愛おしそうに眺めながら、彼はぽつりとつぶやいた。


「……いつか、君のご両親にも会ってみたいですね」


「だったら、いつか一緒に会いに行きましょう。きっと両親も、あなたのことを気に入るわ。ああ、今から楽しみね」


 キャサリンが言いながら、ふと遠くを見て懐かしむような目つきになった。デイヴィッドは黙って彼女の手を取り、並んで同じ空を見上げていた。

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