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魔法トリコロール  作者: 夢のもつれ
第1章 ショコラ・マジック
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7.ショコラ・マジック


 一週間後、寄宿舎のヴァロの部屋にいつもの三人が揃っていた。彼はまだベッドに横たわっていた。


「回復魔法が得意なやつなんかいくらでもいるんだから、イルドの弱っちいのでなきゃとっくに全快してるのに」


 ランチを一緒できないでいるトゥーリがふくれっ面で言う。


「いいんだって! トリコロールでパーティ組むのに回復魔法は絶対必要なんだから、その練習も兼ねてるの」

「そんなこと言って、この部屋にちょいちょい来たいからじゃないの?」

「あんたねぇ、ケンカ売ってんの? 男の子の部屋なんか来たいわけない……」


 頬を赤らめながら反論すればするほど、深みにはまっていくのが自分でもわかる。


「いや、仲良くしようよ。せっかく三人だけの力であんな化け物を倒したんだから」


 親友たちが言い争いをしているのを心配して、ヴァロが身体を起こして宥める。


「そうよ。あんまり言うと、トゥーリにはチョコあげないわよ」

「ん? 俺には? ヴァロにはあげるの決定ってこと?」

「あ、う、うっさい!」


 ドアをバタンと開けて、イルドは出て行ってしまった。彼女の足跡からしゅうしゅうと音がし、焦げ臭いにおいが立ち込める。


 彼女がご機嫌斜めになりやすい理由は他にもあった。チョコがうまく作れないのだ。回復魔法と同じで、お菓子作りが得意な女の子もいくらでもいるし、頼めば教えてくれるだろう。


『でもなあ、私のキャラじゃないし、ヴァロにあげるって言ったら大騒ぎになるに決まってるし』


 オーガキングを消滅させた魔法は神聖光魔術として王都中の評判になっていた。その浄化の効果は学院からかなり遠くまで届いたと言われている。そんなヴァロの側にいられるのも自分が少しは(学年で一、二を争う高レベルなのだが)魔法が使えるからだ。


『不器用で、回復魔法もチョコ作りも満足にできないからって、くよくよしちゃいけないんだけどさ』


 陸上部がけだるそうな掛け声を挙げながらランニングしている。相変わらず音を外しがちなホルンが音楽室から聞こえてくる。グラウンドには杏の並木が植えられている。蕾が膨らむのにはまだ日があるだろう。


 青空を見上げると、校舎の屋根に黒いしみが見えると思って目を凝らす。黒猫だ。


「おいで」

「そっちが来いよ」


 頭の中に声を送って来る。なんと! そういうことなのね。すいっと跳ぶ。


「校舎たかっ!」

「風が気持ちいいよね。気が晴れた?」

「むしゃくしゃしてたの、わかるの?」

「そりゃあ、それが役割だから」

「へえ、私はイルド、あなたは?」

「僕はピメイ。よろしく。……ああ、そうだチョコ作りのコツ教えてあげるよ。テンパリングの時の温度管理が大事なんだ」

「師匠! よろしくお願いします!」


 その後数日間、調理実習室に女の子と猫の姿を見ることが出来た。


 いよいよバレンタイン当日、ヴァロが登校するとすでに机の上にはチョコの山が出来ていた。


「ま、当然だよ。なんせ学院の救世主、英雄だからな」

「トゥーリ、やめてくれる? 僕がこういうの嫌いなの知ってるくせに。あれ? 手に持ってるの何?」

「えへへ、俺ももらったってわけ。一個だけだけど」


 いつもの斜に構えた態度はどこへやら、口元がついついほころぶようだ。


「よかったね。誰からもらったの?」

「えー、それはヴァロでも言えないなぁ」

「ん。……あ、たまーに話をしてる栗色の髪の子じゃない?」

「あー、イルドのやつ遅いな」

「あ、来た来た。イルド、おはよー」

「おはー、ヴァロのチョコすごいだろ」


 イルドはうつむき加減で彼らのところに来て、こう言った。


「おはよ。放課後にグラウンドに集合ね。わかった?」


 返事も聞かずに自分の席に行き、窓の外を見ている。


「機嫌悪いな」

「そうだね。歯でも痛いのかな」


 放課後に二人がグラウンドで待っていると、紙袋を持ったイルドが現れた。


「なかなか夕陽にならないけど、まあいいでしょ……」


 何を言ってるのか男の子二人にはさっぱりだが、黙っている方がいいくらいはわかる。


「はい、これあげるわ。どっちも同じだから好きな方を取って」


 渡された紙袋を二人で覗くと、ふあっとチョコのいい香りがする。


「うわぁ! ありがと! いいの?」

「イルド、ありがとね。君のならうれしい!」

「うれしいこと言ってくれるじゃない。苦労して作った甲斐があるわ」


 ヴァロがはっと気づくと黒猫が足元で身体をすり寄せている。目が合うとトゥーリの肩にとーん、とんと乗る。


「わっ! こいつなんだ?」


 トゥーリは落としてはいけないような気がして、身体を硬直させてしまう。


「ピメイだよ。トゥーリよろしく。イルドから聞いてるよ。ヴァロもね」

「うん、よろしく、ピメイ。仲良くしようね」

「だね。それならチョコを一緒に食べないか? まだ試食してないんだ。イルドは胸焼けするくらい食べてたけど」

「ま、まだ大丈夫よ!」


 それから三人と一匹は夕陽を背に、グラウンドに長い影を映してチョコを食べながら楽しく話をした。


「すごくおいしいよ。売ってるのとは大違い」

「うん、王室御用達のチョコも食べたことあるけど、それ以上だよ。……で、本当にこれとあっちは同じなのか?」

「見た目や味は一緒よ」

「じゃあ、違うのはなんだよ」


 トゥーリも身体を乗り出して、訊いてくる。


「決まってんじゃん。愛情入りかなしかよ」

「「え?! これは入り? なし?」」

「さあね。私が本当に好きなら間違いなく取れたはずよ。ね? ピメイ」

「にゃあ」


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