1.旅立ち
雪原の遥か向うに猟師と猟犬は黒い点に目を留めた。
ざっく、ざっく、ざっく。
膝の上まで柔らかい雪に埋もれながら、ゆっくりと近づいて行く。点は塊になり、やがてうつ伏せになった人の姿になった。人といってもたぶん少年だろう。
「この寒さだ。助かるまい」
相棒にそう言いながら、まだ息がある以上は見捨てたりはせず、背中におんぶして家路に着く。
少年はかろうじて一命を取り留めた。もちろん猟師が家に連れて行ったことが最大の要因だが、他にも貢献したと述べる者がいた。
「なんと言ってもあたしがシチューを欠かさずあげたからだよ。身体が芯からあったまる自慢のシチューだからね」
猟師のおかみさんはそのたくましい腕を組んで言う。太陽の気まぐれのようなこの季節にはめずらしく暖かい日で、少年が歩行訓練を始めたのだった。
「何を言ってるの。冷えきったあの子をわたしが三日三晩抱きしめてあげたからよ」
猟師の一人娘は自分になついてエプロンをつかんでいる少年ーーヴァロを見遣りながらそう言った。
「ぼくはみなさんのお蔭でこうやって生きていられるんだと思います。このご恩は一生忘れません。一生と言っても、ついこの間、あの広野に落ちて来てから始まったとしか思えないんですけど……」
「まあ、そのことはいいじゃねえか。たまにそういう子どもがいるってことだし、何かの拍子にすっかり思い出すこともあるんじゃないか」
回復した少年は猟犬の世話や薪割りをして過ごしていた。日曜日には猟師の家族と一緒に村の教会に出掛けた。おかみさんが神父に少年を紹介する。
「君に神の祝福がありますように。……君は能力があるようだね。ちょっといいかな」
神父は村人たちが帰った後、少年を教会の裏に連れて行った。
「神父さんは、あの子に何の用があったんだろうね」
「知らないわ。ただ神父さんとあの子がいたはずの教会の裏から光が立ち上ったの。あれ? 光が落ちて来た?」
一人娘は自分が見たはずのものに自信が持てないでいた。
「なんだよ。しっかりしとくれよ」
その数日後、神父が猟師を訪ねて来て、いろいろと話をし、最後には猟師が部屋でもかぶっている帽子を脱いでお辞儀をする。
「神父様、よろしくお願いします。どうしてだかヴァロは他人に思えないんです。……この村には王都に行ったことのあるやつですらほとんどいません。それをよりによって魔法学院に入学だなんて。本当に大丈夫なんですか?」
「心配いらないよ。こう見えてもわたしは若い頃は王室魔術師の一員としてヒーラーを勤めてたんだ。そのわたしの目にくるいはない。あの子の潜在能力は……まあ、入学するのには十分だ。あそこの院長が一期下の後輩でね。推薦状を書いておくから、一年生に編入できるよう早々に出発させるのがいいだろう」
近くの町に行く荷馬車があるので、それに便乗させてもらうことになった。
「水が変わるとお腹をこわしたりするから気をつけて。それからまだまだ寒い日が続くからお腹を冷やしたりしないように」
「お母さんたら、お腹のことばかり。……さみしくなったらいつでも帰っておいで。おねえちゃんがぎゅってしてあげるから」
「おねえちゃん、苦しいよ」
猟師は黙って、ヴァロの肩をぽんぽんと叩いて見送る。
町でもう少し大きな街へ行く荷馬車を見つけ、そこからいよいよ王都に向かう乗合馬車の片隅に乗った。村を出て既に三日が経っていた。