第8話 アルバトロス5号
「最後に、宇宙ステーションの5号です」
「おお、やっとか」
丞が待ちくたびれたといったトーンで言った。
「5号は、名古屋と同じ経度の上空にいる固定の人工衛星になります。ここで、国内のあらゆる電波を拾います」
そう説明しながら、レインズは5号のイラストを投影した。
「おおー!」
「このイラストでの上の部分に電波の受信器を数基格納し、同時に複数の電波を拾えるようにします」
「ほうほう」
「そのうえで、数秒単位で周波数を変えて電波を受信しますが、救助に該当するキーワードを拾ったらそこにフォーカスして周波数を固定し、アラームを鳴らすと同時に、その内容と発信された場所をオペレーター正面のスクリーンに投影します。救助範囲は国内なんですが、外国人もいるので、日本語をメインに主要20か国の言語は拾うようにはしてあります。それでも、全世界をターゲットにするのと比較するとかなり装置数が削減できました。この程度であれば、今のコンピュータの性能なら容易いことです。この辺は、中尾が専門です」
中尾は、鳥石井家のメンバーに軽く会釈した。
「ありがとー」
鳥石井家の全員は中尾に手を振りながらにこやかに言った。
「しかし、どの言葉を救助に該当するキーワードにするかってのは難しくないかな」
烈が言った。
「おっしゃる通りです。ですので、この部分には学習機能を持たせて、随時追加できるようにする予定です」
「さすがレインズ!色々と考慮してるねえ」
「いや、色々と見落としがあると思いますから、まだまだですよ」
「うん、その心構えも素晴らしいな」
「船体の説明の続きです。真ん中の大きな区画の大部分は多数の通信装置にスペースを使っています。多数の電波を常時拾っている必要がありますから通信機器の数もそれなりになります」
「ふむふむ」
「船体の周りをドーナッツ状に覆っている黄色がかった部分が、回転して遠心力で重力を発生させる居住区です」
「ほうほう」
「ん?てことは、中の人は足を側面に向けて立ってるってこと?」
と、丞が聞いた。
「そうなるね」
「それ、ちょっと面白いかも」
「このレイアウトだと、当然のことながら中央部分は無重力になりますね」
「なるほど、そうだねー」
「俺、子供のころから宇宙ステーションってのに行ってみたかったんだー。楽しみー」
剛が子供のように嬉しそうな顔で言った。
「いや、これに乗るのは俺と新だから」と、丞が真顔で言った。
「そうだけど、たまには行くでしょ?」
「いや、ゴウどんは交代要員でもないから、宇宙での救助活動の助っ人に行くことはあっても、5号には全然乗らないだろ」
「ええー!そうなの、レインズー?」
「基本的にはそうだね。でも、出来上がったら全員で下見に行く予定だから、その時に乗れるよ」
「おお!やったー!」と、喜ぶ剛。
「やれやれ」
他の鳥石井家の一同は、あきれた顔をした。
「誰かさんのせいで話が横道にそれましたが、機体の説明を続けます。下部の三角錐状に延びた部分は、左右に太陽電池パネルを装着した電力供給用の装置になります」
「ほうほう」
「また、3号が宇宙で救助活動をする際は、この5号が基地からの通信の中継基地になりますから、その電波の送受信部が下端にある白いところになります」
「ほうほう」
「あまり遠い距離だと、時間的に間に合わない可能性が高くなって救助活動が不可能になりますけど、一応、木星軌道あたりまでは交信可能にする予定です」
「ほおー」
「なお、宇宙では日本の上空で他国の宇宙船や宇宙ステーションがトラブルに見舞われることもあると思いますので、宇宙に限っては他国の救助も行うことになると思います。鳥石井さん、いいですよね?」
「ああ、構わんよ。元々は国際的な救助組織にする予定だったのが、時間的制限で国内に絞っただけだからな。それに、宇宙なら領空侵犯だなどと言われることもないしな」
「ありがとうございます。そんなわけだから、ジョーくん、アー坊、よろしくね」
「わかったー。問題ないよー」
「ところでさー、宇宙ステーションでも、地球のインターネットには繋げられるんだよね」
丞が聞いた。
「そうだけど、なんで?」
「だって、ずっとそこにいるんでしょ。ネトゲやネットサーフィンでもしなきゃヒマを持て余しちゃうじゃん」
「そうだよなー」
新も同意した。
「あー、まあその気持ちはわかるけど、あくまで仕事で行くんだから、アラートやメッセージを見逃したりダメだからね。そこは忘れないように」
「大丈夫、大丈夫。ほどほどにするから」
「うーん、イマイチ不安だなあ・・・そうだ!アラートが上がったら、チクッとする腕輪でもしてもらおう」
「ああ、それは私からもぜひお願いするよ」
烈が言った。
「ええー!それひどくない?」
丞が言った。
「ぷぷぷ、チクッとされて飛び上がるジョーくんの図を想像すると笑える」
新が言った。
「いや、交代要員のアー坊もだから」
「ええー!それひどくない?」
「いやいや、鳥石井さんからも依頼されたから決定だよ」
「ぶーぶー」
丞と新は不満げだった。
「ま、頑張れよ」
と、誠が涼しい顔で言った。
「くそー、他人事だと思って」
「しかし、大きさからいって、5号は宇宙空間で建設することになりますから、そのためには何度も資材を宇宙空間に届ける必要があるので、先に、3号と輸送用のロケットを作らないとダメですね。当然、発射施設もですが」
「そうだなあ、それを考えると5号が稼働開始するまでには相当時間がかかりそうだな」
烈が少し心配そうに言った。
「そうですね。ただ、船体の完成は後回しにして、通信施設だけ先に作ることもできますから、そうすれば少しは活動開始時期を早くすることができますね」
「そうだな。その線で進めてくれ」
「わかりました」
「輸送用のロケットってのも作るんだー」
「ああ、それは当初から考えてたよ。設計もだいぶ進んできたので、別の日に説明するよ」
「よろしくー」
「さて、以上でメインマシンの説明は終わりです。細部設計はこれからなので、要望があれば受けますよ。不要だと思ったら聞きませんが」
「う、先に釘を刺された」
丞が小さな声で呟いた。
「ううん?何かたくらんでるね?」
レインズは聞き逃さなかった。
「いや、別にー」
「一つ気になってるんだけどさあ、それぞれの色になんか意味あるの?特に2号の緑色。1号のグレーは視認性を下げるための迷彩色なんだろうけど、緑はわかんないなあ。ただ単にサンダーバード2号の真似しただけ?」
誠がレインズに質問した。
「それについては、ハッちゃんからの強い要望があったからだよ」
「はあ?ハッちゃんなんで?」
「えー?だって、この機体は秘匿性を高くしたいってことだから、迷彩色にして目立たなくする必要があるでしょ?日本の飛行機の迷彩色といったら、昔から濃緑色って相場が決まってるじゃない」
「・・・一体いつの話だよ。現在なら、空に溶け込ませるようにグレーにするのが一般的でしょ」
「それは、横や下から見られた場合の話だよね。今回一番警戒しなきゃいけないのは、人工衛星の監視カメラでしょ?だったら、日本の国土は樹木に覆われている面積が広いんだから、緑に溶け込むような迷彩が一番いいでしょ」
「海の上を飛ぶ距離が一番長いと思うから、それなら青系にするべきじゃないか?」
「海の上は高速で移動してるから、距離は長いけど時間は短いでしょ?石川県の海岸までの距離280kmだと、この機体ならわずか5分だよ。でも、救助現場に来たら減速するし、救助活動中はずっと駐機してるんだから、そっちの時間の方が長いでしょ」
「う・・・・確かにそれは言う通りだ。わかった」
「じゃあ、3号の赤と4号の黄色は?」
誠は、続けてレインズに聞いた。
「ああ、それはどっちも逆に視認性を高めるためだね。救助活動をする際に、救助対象者に視認してもらいやすくなるのと、3号の場合、宇宙ロケットで赤い船体ってなかなかないから、対象者に『赤い宇宙船だ』と説明すればわかりやすいでしょ?」
「なるほどー。了解」
「他にはない?」
「大丈夫―」
「じゃあ、細部の設計に入ります。皆さんには何度か打合せをお願いすると思いますので、その際はよろしくお願いしますね」
「りょうかーい」
「基地の建設に関しては、うちのグループの建設会社に建築設計のエキスパートが何人もいるから、そいつらにも手伝ってもらってくれ」
烈が言った。
「ありがとうございます、助かります」
「あと、工事用の要員も好きなだけ使っていいぞ。彼らには会社から給料が出てるから、普通に仕事をしてもらってる感覚でな」
「それも助かります」
「じゃ、よろしくな。では、解散」
という烈の声で、みんなは今のレインズの説明の内容についてあれこれと話題にしながら食堂をあとにした。