第6話 アルバトロス3号
「じゃ、2号はこのくらいにして、次は、宇宙ロケットの3号です。
ロケットの基本形態ですが、前に少し話したとおり、すべてを再利用するのは、打ち上げ間隔の面でもコストの面でもよろしくありません。実はスペースシャトルって、計算してみたら使い捨てよりコストがかかってたらしいんですよ。毎回、かなりの時間と費用をかけて回収後の点検と発進前のメンテナンスをする必要がありましたからね。機体の多くを使い捨てにした方がメンテナンスする部位が減ってコスト削減になるってことです。だから、通常の垂直発進式の多段式ロケットにして、大気圏に再突入する再利用部分は、使用する救助用機材コンテナと先端の司令船のごくわずかなところにします。1回使用して次の発射までにメンテナンスのために大きな間隔が開いてしまうのは救助活動には致命的ですからね」
「そうなんだー。それならしょうがないねー。参考までに聞くけど、スペースシャトル型以外で、機体全体の再利用って技術的には可能なの?」
誠が聞いた。
「普通の飛行機のように滑走して離陸し、宇宙まで到達する機体はいくつかの国や会社で開発が進められています。実は、そういった計画は20世紀後半からいくつかあり、スカイロンのように現在進行形のものもありますね」
「ほおー、そうなんだー」
「ただ、推進機関の燃焼に必要な酸素を大気中から取れるジェットエンジンと違って、宇宙空間まで行くロケットエンジンの場合は酸素に該当するものも機内に収納する必要がありますから、どうしても機体が大きく重くなり滑走距離が長くなります。ジェット機でも、ボーイング747やエアバスA-380のような大型機は三千メートル級の滑走路が必要ですが、鳥石井アイランドの大きさから言って、そんな長大な滑走路を設置することは不可能ですし、石油採掘プラントになんでそんなものが必要なんだと衛星や付近を航行する船から思いっきり目立っちゃいますから、そういう意味でも現実的ではありません。なので、アルバトロス3号は通常の宇宙ロケットのように垂直に発進する形態にしました」
「なるほどー」
「全体を横から見るとこんな感じです」
「おおー!」
「90度右に回転させるとこんな感じになり、これは発進時のイメージですね」
「おおー!」
「船体の周りに3つ付いてる細長い部分がブースターで、一番下の少し膨らんでる部分にロケットエンジンがあり、その上の縦長の部分に燃料が格納されています。ブースターは大気圏内で切り離しますから消滅しないので自己飛行して帰還します。耐熱タイルとかも不要ですから、メンテナンスにさほど工数はかかりません。宇宙まで付けていくなんて非効率ですからね」
「じやあ、サンダーバード3号はなんで固定なんだ?」
誠が真顔で聞いた。
「いちいち回収するのがめんどくさかったんだろうね。それにしても、そこがあの機体のすごいところだよね。あの大きな機体が、帰りもロケット噴射しながら正確に円形展望台の中に垂直着陸するし。原子力らしいけど素晴らしい技術だよ」
「自己飛行して帰還って、ブースターが自分で飛んで戻って来るってこと?そんなこと可能なの?」
「島のほぼ真上から落ちてくるのを、内部に組み込まれたプログラムに従ってあらかじめ設定されている地点に姿勢制御ノズルを噴射しながら降りて来るだけだから、そんなに難しいことじゃないよ」
「そうなんだー」
「ブースター以外の部分は2段ロケットになってて、1段目は成層圏の上に出てから切り離しますから、大気の摩擦で燃え尽き、完全に使い捨てになります」
「ほうほう」
「2段目が宇宙空間移動用のエンジンになります。その上に救助機材を収納した円柱状のコンテナがあり、さらにその上の先端部分が司令船になります」
「なるほど~」
「水平にするとこんなイメージです」
「ほほー」
「帰投時に、コンテナより下の2段目のエンジン部分は切り離すので、これも大気の摩擦で燃え尽きます。救助用の機材は簡単には作れませんから、格納されているコンテナと司令船は接続されたままの状態で大気圏に再突入させて回収します。再突入はこんな感じで行います」
「うおー、お尻から行くのか~!」
「大気に直接あたる部分が一番高熱になりますから、極力面積を減らそうとするとこうなりますね」
「なるほど~」
「船体は、カーボンファイバー系の特殊素材で出来ていますから、大きなオートクレーブを用意して焼くことになります。これは、H2Aロケットなんかも同じです」
「ふむふむ」
「司令船のコクピットの前方は操縦の際に前が見られるように透明な樹脂になってますが、打ち上げ時には機体と同じ素材の覆いで保護されていて、その覆いが宇宙空間に出てから収納され外が見られるようになります。水平飛行の図の先端上側にある三角形の部分ですね」
「ほうほう」
「司令船とコンテナは、大気圏内に降下したらお尻のカバーを投棄して、滑空しながらこの島の滑走路に着陸します。ロケットエンジンもあるし、ブースターと接続していた支柱が垂直尾翼と主翼の役割をしますので、ある程度の自力飛行も可能です。それで、機体後部の下にはアレスティングフックが装備されていて、艦載機みたいにそれをワイヤーに引っ掛けて着陸し、滑走距離を短くします。なので、通常の滑走路だけで着陸可能です。ただ、主翼になる部分は、そのままだと地面と接触するので少し持ち上げた状態にします」
「おおー!」
「5号とのドッキングは、司令船の前端に収納されているハッチを5号に接続して行います。ドッキング動作は全自動です。ハッチへの移動は、コクピット下の通路から行います」
「ほうほう」
「それから、司令船部分も単独で飛行可能で、月のような地球より重力の弱い星への着陸も可能なように設計してあります」
「ええー!月に着陸できるのー!?」
と、驚いたというよりうれしそうな顔で剛が聞いた。
「そうだよ。今後、日本も月や他の星へも有人飛行する可能性があるからね。そこでの救助活動も視野に入れておかないと。着陸イメージはこんな感じね」
「おおおー!すげー!」
鳥石井家の面々の瞳は、この日一番キラキラと輝いた。
「やったー!俺、一度は月に行ってみたかったんだー!」
「いや、それはゴウどんの役目じゃないし」
と、新が無表情な顔で言った。
「ええー!そんなひどいよー!」
「まあ、救助の支援要員で行くこともあるだろうから、可能性はあるんじゃないか」
烈が慰めるように言った。
「だよね、だよねー!」
剛は、子供のようにはしゃいでいた。
「はい、3号の機体の説明は大体こんな感じです」
その剛の様子をまるで意にも介さず、レインズは冷静に言った。
「りょうかーい」
それでも、鳥石井家の兄弟は、みんな嬉しそうだった。
「最後に搭乗シーケンスです」
5人の兄弟は、一斉にゴクリとつばを飲み込んだ。特に、当事者である新は、期待のこもったような目でレインズを見つめた。
「まず、乗組員は、指令室に設置された3人掛けのソファーに座ります」
「え!ホント!?」
新が嬉しそうに大声を上げた。
「すると、ソファー全体が搭乗員を乗せたまま下がっていきます」
「マジで、マジで!?」
「ただし、機体の下まで行って、そこから機体の中央を通って上がって来るってのは時間と機内スペースの無駄遣いなので、司令船の高さまで降りたら、水平に移動して司令船に横から直接入ります」
「うわー!なんか大胆―!」
「ユニフォームの装着は、ソファーが移動している最中に行おうと思いますが、そのために一度立ち上がってもらわなくてはなりませんね」
「数秒でしょ?オッケー、オッケー」
「高いところを移動するから、落ちたら間違いなく死ぬけどね」
「ええー!?」
「ホントは、落ちないように左右を囲う予定だから大丈夫(笑)」
「あー、びっくりしたー。やめてよー」
「それで、ソファーが機内に入ると、目の前に3名分の操縦席が背もたれを下にした状態であります。普通の宇宙ロケットみたいに、上を向いて座れる状態ってことですね。それで、その操縦席に移動してもらうんですが、まあ、前転してもらうのが一番早いかな」
「前転!?・・・・・もしかして、操縦席のヘッドレストの一番上に頭をつけて前転すると、ちょうど操縦席に座った姿勢になるってことか?うぷぷ」
と、丞は笑った。
「そうそう」
「わかったけど、それ、毎回やるの?」
新は不満そうだった。
「何か問題でも?」
「うーん・・・ない。ないけど、なんかここだけアナログって感じがちょっと恥ずかしいよー」
「一人で行くときは誰も見てないから大丈夫」
「ええー?・・・まあ、そうだけどね。なんか釈然としないなあ」
「慣れだよ、慣れ。それで、3つの操縦席に着席すると上に移動したあとにさらに斜め上にスライドしていって、真ん中が操縦席に、両側はそれぞれのオペレーター席に収まります」
「ほうほう」
「2人以下で出動する場合でも、機内スペースの問題があるので、その位置に移動させます」
「ほうほう」
「先ほどの話で、3号はプール下に待機させることになりますから、そのあとはプールがスライドして発進です」
「え?搭乗してから機体がプールの下に移動するんじゃないの?」
誠が驚いたように言った。
「またそれ?それはさっきも言ったけど、時間と施設の無駄だよ。資金は豊富にあっても、無駄遣いしていいってもんじゃないでしょ?」
「ああ、それはその通りだ。必要なら何億円でも使っていいが、不必要な金は1円でもケチるが商売の鉄則だからな」
その列の言葉に、鳥石井家の誠を除く他の4人も、うんうんと頷いた。
「だから、機体は最初から真下に置いておきます」
「商売の鉄則はその通りだけど、この場合は無駄遣いではなく・・・」
と、言おうとした誠だったが、レインズが遮った。
「聞きません!大体、サンダーバードでも3号は移動しないでしょ?」
「・・・あ、そうだった。なら、いいか」
誠は笑いながら言った。
「まったく、もう・・・ちなみに、この図で操縦席の下から上に伸びている点線の部分が、5号に移動するための通路とハッチです」
「ほうほう」
「あ、あと一つだけ言っておくと、さっき、プールを3号の発進場所にすると聞いてから思ったんですが、3号は1号より相当に機体が大きいので、プールの部分だけではなく、その外側を広範囲にスライドさせる必要がありますね」
「あ、そうか。そうだな。プールをそれに合わせるとどのくらいの大きさになる?」
「少なく見積もっても直径50メートルは必要だと思います」
「そんなデカいプールが個人の家にあるのは不自然だなー」
と言って、奔は笑った。
「でしょ?」
「はい、以上が3号関係の説明です。何か質問は?」
「うーん、搭載する機材が気になるけど、まだ、設計が終わってないんだよね?」
新が聞いた。
「そう。概要は考えてあるけど、もう少し調べて色々と状況を想定しないとね。皆さん、協力よろしく!」
「わかったー」