最大級の試練と身を寄せ合う
――こんなことは知っていますか?
その日、僕は父さんと母さんの二人と育てた麦の収穫をしていた。
黄金色の実を成した麦畑の絨毯と、屹立したプレンザ山が一望出来る丘。
故郷の情緒的な景観は僕ことイクト・マクスウェル・Jrの原風景だった。
「父さん、とりあえずお昼にしようよ」
夢とは言え亡き両親に食事を強請る光景は僕がまだ幼さを残しているいい証拠だった。
「イクト、今日は何が食べたいんだ?」
「何ができるの」
「家にあるものだと、パンシチューか、フレンチトーストか、ガーリックトーストだな」
「全部パンじゃないか」
「パンじゃなくお米の方がいいか? まぁ今日は大事なお客人が来る」
大事なお客人? 首を傾げながら訊くと一陣の突風が吹いた。
両親と育てた麦が撫でられ、風の音という輪郭を浮き彫りにし僕の琴線に触れる。
その感動が僕に予感をもたらしたと思う。
きっと、家に着いたら彼女が待ち呆けているんだろうな。
僕はこの瞬間の安寧を噛みしめるようにいい雰囲気に浸っていた。
「おお、どうやらお客人が到着したらしいな。見てみろイクト、あの人はお前の将来の伴侶となる人でな」
「将来の伴侶?」
「許嫁みたいなものだな」
「困るぅ」
「と言う割にはさほど困ったようには見えないが?」
遠目から見えるのは家の前で母さんの傍に寄り添うにように立っていた彼女の影で。
一見にして随分と雰囲気のある、清潔そうな人だ。
「ここだけの話、彼女を怒らせるなよ? 彼女は賢者様の家系だからな」
「そんな人とどうやって知り合ったんだ」
「賢者様が直々にお前を指名したんだよ、理由は俺も知らない」
無責任だなあ。
とか言いつつも僕の喜び様は父さんにも伝わっていたみたいだ。
僕達に気付いた母さんが、大手を振っている。
父さんがすぐさま応える。
追随して僕も遠慮気味に手を振り、二人の許へ近づいた。
「初めまして、もしかして貴方が?」
「えぇ、初めまして。私は賢者ブライアンの孫娘の一人で、名を」
――ラプラス。
「そう申します……イクトはこんなこと、知っていましたか?」
それは指定された決戦場所に向かう日の早朝に見た夢での出来事だった。
大事な日だから、睡眠はしっかり取ろうとしたのが裏目に出たというのか。
ラプラスは敵対勢力の代表的な存在として有名だ。
知られざる真実を知った僕は、生ける書物を取り出し、すぐさま記録した。
「ラプラスも賢者の孫だったのか、それは意外だった」
「だろ? でも夢の出来事だから確証はないけど」
「殺すぞ」
モモは相変わらずだった。
彼女はクロエさんと同じく書物に転生した、僕の大切は本で。
彼女の歯に衣着せぬ言動には幾度となく助けられたものだ。
僕がみんなの許から居なくなってから、色々と遭ったらしい。
僕にも色々遭ったのだから、人生とは往々にして何かあると知ったよ。
「……もうそろそろだね、この世界の存亡を懸けた戦いが終わるのも」
「僕達が負けようとも、問題なのは賢者ブライアンの脅威だけだ」
虚無教の念願が叶い、異世界アルビーダは無くなるかも知れない。
それ以外の世界の趨勢は、もはや個々人のエゴにしか過ぎないと思える。
「何のために戦ってるの?」
「僕が僕であるために」
「マリーを助けるためでしょ」
「それは僕の理想だ、現実の僕は、バルムンクのリーダーなんてやってるけど」
「けど? イクトは立派にリーダーの務めを果たしてるじゃない」
彼女の発言に僕は口をあぐねてしまう。
確かに僕はバルムンクのリーダーとして、これ以上ない結果を出している。
けど、実際戦果を挙げているのはエースであるビリーノエルという偉丈夫だった。彼は魔石で製造されたジークフリートという、あらゆる魔術を打ち消す特殊な甲冑でいつも前線で活躍しているんだ。
故に、僕らはいつからかバルムンクの名を襲名するようになった。
「まぁ、あんたとマリーの仲は何が遭っても揺るがないんだから、堂々としてればいい」
「……ありがとう、そろそろ作戦開始2時間前になる。僕はもう行くよ」
「頑張れ」
◇
昨日クロエさんが指摘したようにアルビーダは崩壊している。
だから敵がどこを戦場に指名しようとも、心は割と痛むことはない。
それが例え僕の故郷であろうとも、王都跡地であろうとも。
『こちらブラボースリー、現在敵と交戦中』
『こちらブラボーツー、同じく接敵中』
「……ブラボースリー、ブラボーツー、無理だけはするな。この戦いはまだ前哨戦だ」
『ブラボースリー了解した』
『ブラボーツー、こちらも了解した』
地球の兵器戦とは違い、アルビーダの戦場はゲリラ的だった。
移動魔術の特性上、ゲリラ戦法にならざるを得ない。
もしくは地雷式魔術で敵を疲弊させるかだ。
――けど、もしも敵の総大将が戦場を優雅に歩いていたとしたら?
『……こちらブラボースリー、ラプラスと思わしき敵影を発見した』
『こちらブラボーツー、こっちもラプラスを見つけた』
「……ラプラスの位置はどこだ?」
『王都宮殿の北西部にある、焼け野原に奴はいる』
『コマンダー、戦力を投入してくれないか。これは千載一遇の好機だ』
どうする?
今ここで大規模な戦力を割いて、敵将を討ち取れるのだろうか。
悪魔の力は強大だ。
彼らに対抗する定石など一切なく。
僕達バルムンクはビリーノエルを中心に変幻自在の戦い振りで悪魔達を打破して来たが。
「出来るのならラプラスの映像を寄越してくれ、今そっちに『カメラ』を送る」
『こちらブラボーツー、了解……だけどコマンダー、いえ、師匠。僕はかつての仲間を見間違うほど目は腐ってません。あの人は間違いなく、ラプラスさんですよ』
「……分かったよリュト、ありがとう」
『どうなさるおつもりですか?』
「向こうは僕を招いているように思えるんだ」
日記や、リュト、モモの証言によるとラプラスだけは本当に。
本当に、何を考えているのか皆目見当が付かない女だ。
「もしも僕の身に何か遭ったら、ミゲルとビリーノエルに指示を仰ぐように。全員それでいいね」
『待ってください師匠!』
「行くの?」
クロエさんは抑揚のない声音でそう訊いた。
「僕が戦場に立つには、クロエさんの力を借りていたけど、それも今日限りで卒業しないといけないのかな」
「どうして? ねぇイクトくん、今こんなこと言うのもどうかと思うけどね。サイラスが生きてたら、きっと貴方と同じ行動を取ったと思うし、ラプラスぐらいなら一人でも斃してみせたよ」
サイラスを愛したクロエさんだからこそ、死後も彼を支えているようだ。
サイラス、君には悪いけど、クロエさんをまた借りるよ。
そして僕はラプラスの目撃情報が挙がった王都北西部の焼け野原へと一人向かった。今は戦闘中である以上、ここから感じ取れる寂寥さを俯瞰して覗っている気分でしかない。
「遅かったじゃないですかイクト」
「……久しぶりだなラプラス、と言っても今の僕は覚えちゃいないんだ」
「好都合ですよ、以前のイクトは私のことをぞんざいに扱ってましたから」
「そっか、それで、ジューク王を操っていた悪魔はどこに?」
「ルガートでしたら私が殺しました。万が一の事態が遭ってはいけませんから」
そう言うと、ラプラスは何の感情も籠ってない瞳で僕を観察し始めた。
敵対する勢力同士の代表が対峙し合っているのに、酷い静けさだ。
「所で、イクトはこんなことは知ってましたか」
「実は君がマリーと同じく賢者の孫娘だったということか?」
「……えぇ。私とマリーは腹違いの姉妹なのです」
どうやら、夢見が的中してしまったようだ。
ラプラスからすれば僕の推測は意外中の意外だったはず。
なのに、彼女は表情を崩さぬまま、僕に歩み寄り始めた。
「クロエさん」
「分かってる」
クロエさんに戦闘準備を促し、防御結界を生成。
その後、流れるように魔石を生成したんだけど――
「そう怯えないで下さい」
「怯えてなどいない、僕は君達に勝たなくちゃいけないだけなんだ」
ラプラスはクロエさんの結界を素通りして、魔石を手に取った。
「イクト、貴方が持つ力は自分には不釣り合いだと思ったりしないのですか」
「クロエさん!」
何がどうなってるんだ、どうしてラプラスに結界が作用しない。
焦燥感に駆られて困惑を隠せない僕の頬に、ラプラスは触れた。
「私にも、不釣り合いな力があったのです。私の力はあらゆる魔術を無効化する力。最近になって目覚めた代物なので、余り公に知られてはいませんがね。ですからクロエ、貴方の固有魔術も私には効きませんよ」
それと、ラプラスには悪魔としての超人的な身体能力がある。
むしろ彼女の名前が知られていたのはそっちの脅威が強かった。
ラプラスは膂力に任せて、手に取った魔石を――破砕すると。
「イクト、私と……イチャイチャしましょう」
最大級の試練として立ちはだかるよう、身を寄せるのだった。
野に咲く……作家のように、人を、笑かしてー。
野に咲く、作家のように、人を、食い物にしてー。
そんな風に、僕達も、生きていけたら素晴らしい。
正しくそう思います。
いや、正に。
私が人間である以上、商売相手は人間なのです。
言い方はド汚ぇですが、人を食い物にして生きていくのはド汚ぇ正論だと思います。
さて、拙作『賢者の孫娘とイチャイチャしてたら』ですが。
どうやら後2~3話で、本当に終わりそうです。
これまでお付き合いくださった読者の皆さんには大変感謝しております。
先ほどのド汚ぇ論述を用いれば、ご馳走様でした(爆)。
いやはや、きったねーな~。




