真実の一端
「やぁイクトくん、こんな所でどうした?」
「やっと見つけたよ父さん」
「……僕は、君のような成人を子供に持った覚えはない」
人違いだったか。
でも、どうしてこの人は僕の名前を?
「僕の名前はヘンリー、賢者ブライアンの一番弟子だよ」
「……ああ~」
覚えてないとは言えない。
「父さんの居場所を知りませんか?」
「知らないな、そもそも君のお父さんの名前すら知らない」
「……お邪魔しました」
「待ってくれよ、君のお友達が島の保安部に捕まったらしいんだ」
「お友達って、誰のことです?」
ラプラス、彼女であればあの後直ぐに立ち去った。
彼女からもっと情報を引き出したかったけど、急いでいると言っていた。
「わからない、ただそいつはイクトくんの友人とだけ自白したらしい」
まさか、サイラス――君だったりするのか。
日記にはサイラスは最強の男だと書かれていたけど。
最強とだけ書かれても、判断材料にはならない。
「どうする?」
と、打診された時、蒸気に包まれた冬のカイザー島にサイレン音が轟いた。
「脱走されたのかな、厄介だな」
「手を離してくれませんか」
サイレン音が耳朶に触れた瞬間、僕の腕はヘンリーさんに強く掴まれていた。
逃さない。
彼の手に込められた力はそう物語っている。
「とにかく一緒に来てくれ、ここは危険だ」
「両親を探してるんです、二人を放っておけない」
父さん達を心配し、掴まれた腕を振り解こうとしたんだけど。
ヘンリーさんは僕の後ろに回り込んで、むしろ体勢が辛くなった。
「痛、折れちゃいますよ!」
「……イクトくん、今の君に真実を伝えるのは酷だけど。今世界は大変なんだ」
「大変?」
「嗚呼、今世界各地で戦争が起こってる。アルビーダ史上最悪の大戦になりそうだ」
「どうしてそんなことに?」
日記には、一言も書かれてなかった。
「どうして? 彼のせいじゃないかな、賢者ブライアン」
「理由もわからないのに、世界規模の戦争が起きるはずないでしょ」
「だったら、僕の一つの推測を聞かせてあげよう」
依然、ヘンリーさんは掴んだ腕を離さない。
そのまま彼はぼやけた輪郭を肉薄させる。
はっきりとしない存在性の彼の吐息に触れ、思わず鳥肌が立ってしまう。
「世界中のみんなが、記憶欠乏症に罹っている。そうだとしたら?」
「ありえない」
「どうしてそう言い切れる」
「……」
間髪容れなかった彼の反駁に、僕は口を噤んだ。
「君が罹ってる記憶欠乏症は別名、世界変貌病って言うんだ。由来は君も理解出来る所だろう」
記憶欠乏症に陥った僕は毎朝違った景色を眺めていた。
毎日違う両親と初対面して、毎日違う自分を鏡で見詰める。
何故そのことを覚えているのか、何故他を忘れているのか分からない。
分からないんだ。
マリー達と離れ離れになった後は、世界は僕を化かしているのだと誤解する日々を送って来た。
「僕をどこへ連れて行くつもりですか」
「そうだな、警備が整ってる場所がいいだろ?」
「訊かれても困るだけですよ」
と言えば、ヘンリーさんは嘲笑気味になる。
「まぁ、賢者の一番弟子である僕が居れば心配はない」
◇
『12月5日 僕は賢者の一番弟子であるヘンリーさんから酷い仕打ちを受けた』
カレンダーを確認すると、12月5日は昨日の出来事のようだ。
青表紙の日記に記されている限りだと、昨日は――
『今日はラプラスと出逢えた。ラプラスはとても親切な悪魔で、悪魔に対する先入観が一気になくなるほど恭しかった。でも彼女は日記に書いてある通り、性にだらしがないようだ』
昨日の僕はラプラスに会ったらしい。
『ラプラス何それ美味しいの? といった言動を取ると彼女は心ゆくまで味わってみますか、さぁ、と言い白磁のように艶めかしい肌をした腕をさしだすから要注意だ』
「なんのこっちゃ」
「イクト、今日は母さんと一緒に買い物に行きましょう」
「いや、今日はちょっとやりたいことがあるんだ」
「やりたいこと? 何をする気なの?」
母さんは僕を不思議そうな眼差しで見ている。まぁ、記憶欠乏症の人間が何かに乗り気なんだから、難色を示して当然だろうな。記憶を欠乏し、別の記憶で補完している僕がどんな行動取るか判ったものじゃない。
「ランニングしたいんだ、運動不足みたいだから」
「あらそう? ならお父さんの帰りを待って一緒に行ったら?」
「年も年だし、親離れしたい。そういう面もあるんだよ」
少し強引に理由付けして、僕は一人で外に出た。
人目から遠ざかるように歩いて、お腹を気にしつつ自然公園へと向かう。
空を見上げれば街の蒸気が空に浮かぶ白い雲に吸い込まれて行くようだ。
ひょっとしたら雨が降るんじゃないかと思わせる。
雨が降ったら厄介だし、母さんに告げたように走るとするか。
◇
自然公園に無事辿り着いた後、お腹に隠していた日記を取り出した。
それはズボンの胴回りに挿みこむようにして隠されていた。
ベンチに腰掛け、日記を手に取った後は赤茶色の表紙をゆっくりと捲る。
中にはマリー・ルヴォギンスへの想いが書かれていて、涙が出そうになった。
かつての僕がいかに彼女を好きで。
かつての僕がいかに彼女を愛して。
彼女との時間を何よりも尊く感じていたか伝わって来て、涙してしまう。
そして一昨日の日付まで日記を読み進めた後。
『12月5日 僕は真実を話そう』
僕は世界の真実の一端に触れるのだ。
シンフォニーって付ければ何もが調和されるという都市伝説があります。
例えばシリアルキラーに親族を殺された少年が臥薪嘗胆の一環で強くなりすぎて。
行く先々のクラスメイトから怖がられて。
その風評は必ず彼の転校するタイミングで誤解だと広まり、クラスメイトは涙するのです。
そしてまた、彼は転校した先で怖がられるのですが――
「はーい、純情な私の生徒諸君、今日は転校生を、紹介するー、さ、入ってー」
「……! 俺の名はイクト・マクスウェル・Jr。俺は……」
――シンフォニー!!!
ほらね、強引過ぎて上手くもなんともなかったでしょ、ほらね。
要は見切り発車ってギャンブルなんですよね。




