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ラプラス


 今、自然公園に居るのは二人だけだった。


 記憶欠乏症に罹った惰弱な僕と。

 紅蓮の髪をした神秘的な存在性の彼女。


 僕達は埋め合わせするようにキスしている。


 彼女とキスを交わしている真冬の公園は幸いにも雪は降ってない。

 夜の蒸気街だと言うのに、彼女の輪郭は明確で。

 彼女の息遣いから生命という尊きものを漠然とだが感じている。


「明日も会える?」

 と訊いたのは彼女だった。


 彼女が記憶欠乏症を理解しているのだとしたら、それは難解な台詞だ。

 難しく考えず、覚えていればと、答えればいいだけなのに。

 彼女にマリー・ルヴォギンスの疑惑がある以上そう安易に応えられない。


「……明日もここへ来ればいいんだね?」

「そうそう、そうで御座いますよ。明日も、その次の日も」


 そしてその次の日も。彼女は儚い声音で二人の逢瀬を連想させる。

 彼女が奇跡の御業の担い手として名高い賢者、その孫娘であれば。

 であれば、二人の逢瀬を永久化できるかも知れない。


 故に奇跡、故に賢者の二つ名だろうと思える。


 問題は僕がどうやって記憶すればいいのかだが。

 日記には記しておくけど、日記自体に目を通さない可能性もある。


「困ってる? みたいだな」

「……君との他愛ない約束を、守れる自信が余りないんだ」


 そのぐらい僕の症状は酷く、明日には必ず今日のことも違う記憶で補完している。


「まぁ、そうしょげないで欲しい。私を誰だと思ってるんだね?」


 と言うと、彼女は懐から魔石を取り出した。


「これは私が愛した人が作ったもので、魔石のカメラなんだ」

「魔石のカメラ? どう使うの?」


 まるで子供のような問い掛けを彼女は邪見にするでもなく、得意気に笑っていた。


 その後僕は魔石のカメラに夢中になって、公園でお道化る彼女を撮り続けた。


「今日はありがとう、久しぶりに平和な時が過ごせて私は満足ですよ」

「もう帰るの?」

「ああ、私は忙しいんだ」

「そっか……僕も、今日は久しぶりに笑ったと思うよ」

「それは良かった、またな。また明日」


 また明日……会えればいいなぁ。


「……あ」


 彼女が消えた後、あることを思い出し気の抜けた声を上げてしまう。

 渡された魔石のカメラ、返すの忘れてた。


 明日彼女に会ってちゃんと返そう。

 意識しても、明日の僕は今日のことを覚えちゃいない。


 ◇


「イクト、今日は大切な用があるんでしょ?」

「……そうだっけ? また忘れてたのか」

「そうでしょうねぇ、昨日はあんなに大騒ぎだったのに」


 大騒ぎ? 母さんがそう例えるほど、昨日何が遭ったんだろう。

 こういう時は大抵日記に残してあるから、先ずは確認しよう。


『12月4日 僕は最愛の彼女と再会した』


「……まさか」

 昨日の僕はマリーと会ったのか。


『結論から言えば、今日は人生に残る日だと思える。日記に書き殴るように求めていた彼女――マリー・ルヴォギンス……と思わしき人と邂逅できたのだから。彼女の紅蓮の髪、アケビ色の瞳は一度見たら忘れるはずがない』


 マリーと思わしき人?

 とすると昨日大騒ぎした僕は単なる勘違いを助長させただけなのか?


 赤茶色の皮表紙の日記には続きが記されている。もしも。


『もしも彼女の出で立ちを忘れてしまった僕に朗報がある。僕は彼女からある物を預かってるんだ。何でも彼女が愛した人の発明品らしい。それは失くさないように父さんか母さんに渡してあるから、受け取ってくれ、使い方も二人が記憶している』


「……母さん、昨日僕から何か預からなかった?」

「何も預かってないわよ?」

「いやでも、日記にはそう書いてあるし」

「ん? えっと……あーそうそう、あれならお父さんが持っていったわよ」


 父さんが?

 この時の僕は父さんの帰りを待つほど悠長に構えていられなかった。


「どこに行くの?」

「父さんを探しに」

「お父さんを探しにって、イクト、貴方が迷子になるわよ」

「その時はその時だから」


 心配する母さんを尻目に、僕は家から飛び出た。

 今の住処は大通りに軒先がある、ナイアと同じアパートの一室を借りて暮らしてるんだ。

 不思議なことに、僕の記憶欠乏症は思い出や人の顔を忘れても、街の道は覚えている。


 地球で言う所のアルツハイマーとは病状が違っていた。


 寒空の下、街の動力源である蒸気に当たると頭が冷える。


 冬のカイザー島はとても住み心地がいいけど。

 夏になると途端に殺人的になるらしい。


 住めば都ってよく言うけどさ、要は人間の順応力の特筆差だよな。

 今、僕が記憶している父さんは漁師の手伝いをしているはずだった。


 でも僕の記憶は当てにならないから、漁港とは反対の地域を練り歩く。


「イクトか? こんな所で何を?」

 そしたら偶然ナイアと出会った。


 ナイアはレンガ仕立ての裏通り、その下り坂の中腹に居た。

 いつもは凛々しい彼女が呆然としていた情景はやけに抽象的だったな。

 冬の木漏れ日がナイアを淡く照らし、僕の意識を奪っていく。


「ナイアこそ、こんな所で何を?」

「ああ、私の場合であればナンパ」


 と彼女は言うが、彼女の衣装はボーイッシュなスタイルで、とても男を誘惑するようなものじゃない。何か隠してるんじゃないかと訝しがった僕の反応は正しかったのだろう。


「その目は一体何を訴えてる?」

「君とは同じ境遇の仲だから、複雑なんだよ。色々とさ」

「好きにさせて欲しいな」

「もちろん、君の好きなようにするといい」


 そう言うと、彼女は通りを過ぎて行った男性に視線を泳がせた。

 ナイアは彼の後を追って僕の視界から消え去ったよ。

 かつては彼女と深い関係になった僕からすれば、やはり複雑だな。


「もし、そこの殿方」

「僕ですか?」


 男を追って行ったナイアを気に掛けていると、麗人から声を掛けられる。

 Yシャツを黒地のスラックスにきっちりと入れてるから、服が肌に吸い付いている。


「……実は、私、困ったことになってしまって」

「だったら、この街の保安部に相談した方がいいですよ」

「この街の保安部に用はありません、貴方に用があるのですイクト」


 ……もしかして、彼女は僕を知っている?

 もしかして、昨日の僕が大騒ぎした原因はこの人?

 ならば彼女は――


「もしかして、ラプラス?」

「記憶が欠乏している割にはよくもまあ私を忘れていませんでしたね」



ツーブロックにしたいだけの人生だった。


今日は散髪しに行きつけのお店に行ってきました。

私は店主にヘアーカタログに載っている髪型を伝え。


その過程で、――以前よりも髪が柔らかくなってるから、ツーブロックも出来るよ。


という言質を貰ったので、可能であればと言い。

ふわっと、憧れのツーブロックになれる? などと淡い希望を持っていたのですが。


散髪の途中で気になった私は「ツーブロックにするんですか?」と訊くと。

「いや、今はもう無理だよ。ここまで短くしちゃったらw」


っていうね。

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