邂逅
「……どうした?」
「ナイアか」
「ああ、だけど君に呼び捨てにされる覚えはないよ」
僕は結局あの場から逃げ出すようにナイアのアパートの玄関にやって来た。
オリビアとの結婚により、他でもない僕自身が酷くショックを受けた。
僕はどうしてマリーやオリビアを傷つけるような選択を取ったのだろう。
いくら思い返しても、記憶がないんだ。
「今晩泊めてくれないかな」
「いいけど、何か遭った?」
「ある人を裏切ってしまったんだ」
「……」
そう言うと彼女は口を噤んだまま部屋の鍵を開けた。
彼女らしいと言えば彼女らしい。
ナイアは他人の厄介事は詮索しない性質をしているから。
それでいて彼女はちょっと卑しい。
彼女は孤独に耐え切れなくなると、誰彼かまわず男を求める。
もしかしたらラプラスよりも貞操観念が薄いかも知れない。
その日は僕が彼女の孤独を癒すよう努めた。
幾度となく交わし、やり方を熟知したキスはケミカルな愛情を彷彿とさせる。
「……私のこと、調べたのか?」
「調べたって?」
「よく知ってるなって感心しただけだから、気にするな」
その晩も僕は彼女と交わった。
事が終わると、ナイアはお風呂に入り汚れを洗い落とし。
湯船から上がった彼女は上下黒で合わせた女性用のスーツを着込む。
「今からお祈りに行くけど、君も一緒にどうだ」
彼女の申し出に、僕は愛想笑いをおくって肯定した。
モモ辺りが今の僕を見たらヘラヘラしてっと殺すぞと罵倒しそうだ。
時刻は夜の九時、この時間に礼拝堂を開けている宗教って何だろう。
ナイアは僕の右手を取り、夜の街を闊歩し始めた。
「仲間は多ければ多いほどいい」
「孤独を怖れる君らしい言葉だ」
「……言っておくが、私は気に病んだ人としかセックスしない」
と言い、彼女は僕の両目を名状しがたい目つきで見詰める。
それは心配や不安、もしくは獲物を狙うような感じの目で、矛盾を抱えていた。
ナイアの眼差しは美しいと一心に思う。
「記憶欠乏症に罹ってるからなのかな、今の君に私を重ねてしまう」
「そう言って貰って心なしか光栄だ」
「光栄かな? 私は私も同じく記憶欠乏症を発症しているって言いたかったんだ」
「そうなのか」
夜のカイザー島は視界が不明瞭なのが特徴的だった。
夜特有の視界の悪さを、蒸気文明特有の白霧が拍車を掛けている。
蒸気文明が持つ精密な機関は芸術の域にまで達し。
蒸気の霧に紛れて抽象的な街の景観は理想化現象を起こしている。
視界が悪いからこそ、この街は美しい。
「ここだよ」
連れて来られたのは円環の中にピラミッド状の細工があるモチーフを掲げた教会だった。
あのモチーフは目にした記憶がある、確かあれは――
「イクト!」
「……もしかして母さん?」
教会の前で記憶を漁っていた時、僕は母さんと再会した。
母さんの隣には父さんの姿まであって。
僕は一瞬困惑を覚えた後、堪らず泣いてしまったようだ。
タイトル:地震の時は必ずホニャララしている男
私の名は震撼の大地。
地震の際には必ず――
寝 て い る。
そう、私はどんな地震の時でも必ず――
寝 て い る。
昼に起こったりするのに、私は普段何をやって(略。
しかし実際、私は地震に際し寝ているのだ。
続かない。




