このままだと何かを。
思い返せば、僕ことイクト・マクスウェル・Jrとナイア・グレゴリーとの出逢いは……出逢いって言っちゃっていいのかなあれ。僕は唐突に消えた両親を探している最中、何かしらのサムシングで海に転落。
そして近くを航行していた蒸気都市国家カイザーの港に流れ着いて。
瀕死の所を彼女が人工呼吸的なサムシングで救ってくれた。
目覚めた時には、彼女の家に居て。
そこから僕と彼女の同棲サムシングは始まったんだ。
――私も独りで寂しかったんだ。
中性的な彼女だからこそ、この台詞に偏見は覚えなかった。
彼女は透明感があるよ、心も、仕草も、見た目も。
「今日はどうする? 僕はどうすればいい」
記憶を失くし、身寄りのない僕を引き取ってくれた彼女の役に立とうと日がな一日恩返し。
その厚意を彼女は喜んでくれた、一見は判らないけど。
「デートしようか」
デ……デデデ、デ、デデッ。
「デートか、それもいいな」
「私を愛して」
彼女の大胆な告白に、僕が地球にいた時に流行った夏目漱石の言葉を贈った。
「月が綺麗ですね」
「そうだね」
つまりはアイラブユー。
僕は君を愛して止まない。
この隠喩を彼女はいつ判ってくれるかな。
◇
ナイアに連れられて夜の港へとやって来た。
普段は燦然としたエメラルドグリーンの大海を一望出来るが。
今は蒸気都市が照らし出す仄暗い白波を知覚できる程度だ。
「……これが、君の理想のデート?」
「思い出さない?」
「思い……出した」
僕はこのシチュエーションで彼女に拾われたんだった。
丁度、波止場のここら辺で倒れてて、彼女からマウストゥーマウスを――
「……」
ナイアはあの時の再現をする。
再現をするように、キスをするから。
堪らず、震えてしまった。
「どうした?」
「君の唐突なキスにブルッただけだ」
どーも、小心者のチンケです、フヒヒ。
「君みたいな人からキスされれば、初心な人間は怖がるよ」
「私みたいな人、それって一体どういう存在だ?」
「……君に拾われた当初、僕は日々こう思ってたんだ」
ナイアは絶対的な強者で、僕はいつか取って喰われるんじゃないかと。
まぁ、彼女と出逢って数週間後、その予想は見事的中しました、ハート。
フヒヒヒヒヒ。
どうしたことか、その実僕はマゾヒストだったのだろうか。
「まぁ、イクトがそう思いたいのなら、私は特に正したりしないよ」
「要は、君はいつも自信に溢れてるなって感じてたんだ」
彼女は蒸気都市で重要な役職に就いているらしく。
街中を歩いていると、町人や保安官が敬礼して、畏怖を湛えていた。
見受けた僕は「あ、こいつ天下取るw」って思ったよ。
「天下人か、そのうちなってやってもいい」
キャー! ナイア様ー! 抱いてー!
とかふざけてたら本気で抱かれてしまいました、マックスハート。
◇
翌日、空に暁が覗える頃に。
目が冴えた僕は隣で眠るナイアを置いて、街へと出向くことにした。
いくら彼女が強いと言っても、弱いままではいられない。
その想いが僕を突き動かし、ランニングさせる。
街の通りに出て、一旦深呼吸してから敷かれたレンガを踏み抜いた。
もう若くないとは言え、走り出しは快調だ。
前世時代に見たアニメだと、足の底で魔術を発動させて快走してたし。
この世に魔術という力が存在するのなら、僕も出来ても良さそうだ。
ランニングの目的地はこの都市では珍しい自然公園。
公園内を一周して、来た道を戻ってシャワーを浴びる。
いい感じにタオルで髪を拭いて、ナイアが起きて来て。
そしてまた、彼女に……コズミックハート。
しかし、妄想は妄想。
自然公園に辿り着く頃合いに僕は走るのを止め、歩いていた。
優雅に、美しく、走るのを諦めていた。
「ゼぁ、ゼぁ、ハハァ、ヒぁ、だめ、これ、死ぬ、死ねる」
確かアパートからここまでの距離がおよそ三キロで。
自然公園は一周八キロだったかな。
つまり総合で十四キロ、中々の想定距離だった。
公園に来てしまったことだし、一応軽く散策しよう。
もしかしたら、朝起きて、僕がいなくなってることに気付いたナイアが軽くショックを受けるかもだけど、後で弁明すれば彼女のことだ、きっと懲罰を与える一環でぷいきゅあー。
して、ぐるーりと公園を散歩。
家に帰るとナイアは部屋にいなくて、代わりに書置きが残されていた。
『イクトへ、帰って来たら家を掃除しておいて。私は急な用件が入った。恐らく十八時頃に戻ると思う。今夜の晩御飯は港に行って魚を貰っておいて。出来れば白身魚がいい』
た……淡泊ぅ!
街のみんなから畏怖される彼女は僕がいなくてもへっちゃらだったよぉ。
◇
寝て覚めて、ナイアと質素な生活を過ごし幾日が経っただろうか。
彼女は極端にお金を使わない。
街のみんなの反応を見る限り、結構稼いでると思うんだけど。
でも、質素な生活の中にも豊かさはあるよ。
彼女の存在そのものが、宝石のよう。
「……もう、私とのキスで震えなくなったな」
「慣れたよ、さすがに」
「詰まんないな」
皮肉るように僕を詰る彼女の悪態は、朧月のように艶がある。
彼女に魅入られ、今度は僕からキスを迫った。
彼女はそれを望んでいた。
と言わんばかりの口遣いをして、また僕と契った。
肌を重ねるほど彼女との愛を深めても、僕には気掛かりがあった。
どうしてか、ナイア・グレゴリーとのキスは甘酸っぱくて。
心に棘が刺さるような背徳感がしてならない。
僕は、このままだと何かを失う。
そんな気がするのだ。
すん……たまにはコメントを残さないのも日本のワビサビかと思い、無駄に改行しました。
すん……今夜は静かだ、サイレントヴォイス。
すんすん。




