幸せだけど、僕は何かを忘れている
「所で、イクトさんはカイザー島の生い立ちをご存知ですか?」
「いいえ」
カインは静謐な容貌とは裏腹に饒舌だった。
彼のギャップ性は上げて落とす代物だからか、がっかり感が凄い。
「……ははは、がっかり感って、イクトさんはまったく失礼な人だな。えぇ、君はいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつ」
呪い人形のように同単語を連続するエルフ、一家に一人どうですか?
壊れたエルフ、一家に一人どう(略。
「冗談はさておき」
カインはとっさ的に我に返る。
その様は調子っぱずれで、いささか面倒だ。
「カイザー島はアルビーダでも珍しい蒸気文明を保有している、蒸気都市国家なのですよ」
「蒸気文明? 面白そう」
次の目的地はまさかのスチームパンクだった。
魔術の世界からは想像出来ない。
「その昔、彼の国は魔術師達と戦争を繰り広げた背景があり、最大の戦果として蒸気文明が飛躍的に発達した。と言えばいいのでしょうか、まぁそのせいで魔術師とたもとを別つことになったのです」
だから僕達は少なくとも歓迎はされないと思うのです。
と言うカインは、キャラバンのみんなに忠告したかったようだ。
しかし、蒸気文明か……燃えるよな。
蒸気の霧に覆われた都市国家カイザー、誰が命名したのか知らないがカッコいい。
カイザー島での時間は中二病を再燃させてくれるいい経験となりそうだ。
「イクトー」
「呼んだかジョージ」
「みえてきたー」
「わかった、ありがとうジョージ」
海を渡るジョージの頭上にはヘンリーもいる。
ヘンリーは目前に浮かぶカイザー島を陶然と見ていた。
どうやらヘンリーは海が好きらしい。
「ピゴー」
「そこの未確認船艇、止まりなさい」
「ん? イクト、あれは?」
マリーが指差した方角には船らしきものが浮かんでいる。
と言っても向こうは玩具みたいに小さい。
「我々は蒸気都市国家カイザーの海上保安官である。君らの所属を答え、それを証明するものを提示しなさい」
「えっと、確か」
リュトが事前に僕らに渡したものがある。
これは蒸気都市への入港許可書みたいなものだって言ってたな。
「僕の名前はイクト・マクスウェル・Jr、これがカイザー島への入港許可書になります」
「そのままそれを掲げて、こちらで確認を取る」
「お願いします」
「ピゴー」
怖がりなヘンリーが悲鳴のような鳴き声を上げると。
「だーいじょーぶー」
兄弟分であるジョージがヘンリーを宥めていた。
その様相に僕は心を癒され、二人はかならず僕が守ろうと意した。
「努々気を付けることですイクトさん、先程も申し上げましたように向こうは魔術師を忌諱していますから」
「だとしたら、リュトは何故ここを指定したのでしょうか」
「さあ、それは見当つきませんが、僕らは警戒して当たるべきかと」
カインの忠告に、キャラバンの中を嫌な緊張が走る。
◇
「歓迎しますよ、賢者の孫娘一行殿」
「アレー?」
しかし、僕らはカイザー島の国家主席から手厚い歓迎を受けた。
何が努々気を付けようだよ、エロフッ。
カインの言葉に耳を貸して損したことは一度や二度の話じゃない。
「私の名はヘンリー、かつて賢者ブライアンの弟子をやっていた者です」
主席の名はヘンリー、賢者ブライアンのお弟子さんとのこと。
奇しくも僕らの仲間であるスライムのヘンリーと同名だった。
「爺さんの弟子? そんなの居たんだな」
「彼は多くを語らない主義だからね、知らなくても不思議ではない」
彼が言うように賢者は秘密主義のきらいがある。
カイザー島の港を取り巻くエメラルドグリーンの海には沢山の釣り人が居た。
蒸気都市を謳うだけあって、釣り人の道具からは白い蒸気が浮かんでいる。
グレアはすでに港での釣りを始めたがっている様子だ。
「滞在申請とか、必要ですか?」
「必要だね。その土地柄を知りたければ手っ取り早くお役所仕事に触れるのが一番なんだよ」
主席はこう言い、先ずは僕らにカイザー島の役所に行くよう指示した。
知り合いの関係者だからとはいえ特別扱いしない所は堅実的に思える。
「それじゃ、さっさと手続きして蒸気都市を観光しましょうよ」
「ああ、ミーシャやジーナ師匠は先に観光してていいよ」
「あらそう?」
「時間に追われてるんだろ?」
グッタモの師事下にいる二人は今仕事で忙しいはずだ。
魔石加工の機械化の話はまだまだ見通しがたってないらしく。
グッタモの工房は今フル稼働で半ばヤケクソ気味とミーシャは説明する。
だから気晴らしにグッタモは弟子達にバカンスを出し。
ミーシャとジーナさんの二人はキャラバンと合流したんだ。
「では僕はこれで失礼するよ、こう見えて忙しいんだ」
「あ、ありがとう御座いました」
ヘンリーさんは行ってしまわれた……でも。
どうして賢者の関係者は一様に姿を隠しているのだろう。
まぁ、余り気にしてても益体無さそうだ。
今は言われた通り役所へ向かい、さっさと滞在申請をしよう。
辺りを一瞥すると、蒸気機関で動く船が目白押しだ。
僕とマリーはキャラバンを代表して、役所へと歩き始めた。
島の入り口である港を出て、ほど近い蒸気機関車の駅へ向かう。
「魔術で移動した方が早いけど、郷に従えって言うしな」
「その通りなんだよ。それにこっちの方が趣があっていい」
しばらくすると口を閉ざしていたマリーが話し掛けて来た。
彼女は初めて訪れた異国の地に浮足立っていたらしい。
今でも視線を忙しなく泳がせて好奇心を満たしている。
僕は浮かれている彼女の手を取り、迷子にならないよう努めた。
次第に駅に蒸気機関車がやって来て、車掌に切符をもぎって貰い乗り込んだ。
機関車の内部は赤黒い壁紙で覆われ、対面式の四人席が林立している。
その光景は味わい深くて、僕の心はやけに感傷的になったものだ。
すし詰めになる前に空いている席へマリーをエスコートした。
「で、イクト、ここではどういった商売をする予定で?」
「先ずはリュトに会うことが先決だと思うんだ」
「別に会う必要性はないように思えるけどな」
|д゜)え?
「何を言ってるんだよ、リュトの結婚式のために来たようなものじゃないか」
「それもそうで御座いますねぇ、けど、興味ないんだよなー」
例え興味なくても、祝ってやろうよ、僕らの愛弟子をさ。
言わばリュトは家族と言っても同然だろ?
などという具合に説教染みたことを言えば、彼女は明後日を向く。
天邪鬼の彼女らしい。
「君達はどこの人?」
それを見ていた向かい席の人が僕らに話し掛けて来た。
「僕達は王都ナビアやアルフヘイムなどの各地を転々と旅してます」
「ふーん、この島に寄ったのも、旅の一環か」
「ですね……この島で、僕の弟子が結婚式を挙げるらしくて」
「おめでとう」
ありがとう御座います。
相席していた名も知れぬ人は中性的な容貌だった。
切れ長の目に、整えられた眉毛と艶のいい唇、鼻立ちは細高い。
「中性的な容貌してますね、神秘的でとても惹かれます」
「ありがとう……」
「失礼ですけど、女性ですよね?」
「そうだけど?」
サスペンダーに繋がれた長ズボンに蝶ネクタイと外套は茶色のチェック柄と、彼女のスタイルはオールドなサスペンダーファッションで萌えに萌える。
出来れば僕もその洋服を入手して、キャラバンのみんなに贈ってやりたい。
「イクト、見ず知らずの人に気安く話しかけるのは失礼だと思うぞ」
「いいんですよ、別に……気にしてません。それに目的の駅まで長いから」
だから彼女は退屈凌ぎのように話しかけて来た。
まぁ今のはマリーの言葉の綾だと思うけどさ。
僕からじゃない、向こうから語り掛けて来たんだお。
彼女は僕やマリーと年恰好は同じに見える。
訊けば目的地も一緒のようだし、ここは友好を深めてみるのも一興か。
「君達の関係は恋人?」
「いや、夫婦です」
「……若い身空で、随分と決断早いね」
「ある哲学者は結婚についてこう言い残しています。人間は判断力の欠如によって結婚し、 忍耐力の欠如によって離婚し、 記憶力の欠如によって再婚する、と。僕は彼女との生活を幸多きものだと感じていますから、恐らく離婚はしない」
で、でしょ?
「面白い言葉だね、誰が言い残した言葉?」
「言ったって判らないですよ」
彼女はその言葉を随分と気に入ったのか、手帳に書き写していた。
「私は、記憶が欠如してるから、この先再婚するのかな」
「そうなんですか?」
と、問えば。
彼女は一瞬の隙を突くように、僕にキスをした。
「……っ」
余りにも突然な出来事に呆然としていて、マリーがいたのを失念する。
「違うんだマリー、今のは、見てただろ?」
「いや、まぁ、今度からは注意しろよ?」
注意しろって言われても、まぁうん、としか言えない。
その後の蒸気機関車の旅は、微妙な空気感を引きずったままだった。
◇
「なぁイクト」
「ん?」
朝、目覚めれば麗しい彼女は灰色のショーツ姿だった。
ここは夢景色なのか? と錯覚していると。
彼女の蠱惑的な瞳が徐々に近づいて、触れ合う限界まで肉薄する。
「キス、するよ」
「……」
彼女の誘惑は口を噤むほど悩ましかった。
今まで僻地の農村で両親と畑仕事に精を出していたから。
彼女との今の生活が、どれほど幸せなものだったのか。
どれほど恵まれているのか、よく分かると言うか。
「何と言うか」
「何と言うか? 何だ?」
幸せだ。
その言葉を彼女――ナイアに告げる。
すると彼女は切れ長の目を細くして、僕を組み敷いて。
僕らは彼女の手解きによって、睦み合うのだが……何と言うか。
「何だ?」
「……僕は何かを忘れてる」
そんな気がした。
いやいや、今日は思わず泣きそうになりました。
マッド動画なのか、Aviciiの『Wating For Love』という曲で。
よくある話なのですが、飼い犬が立ち去った主人の跡を必死に追って行くアニメショーン動画なのですが。
ひっさびさに涙腺に来ましたね、年の影響もあるんでしょうがお薦めです。
この感動、今日感じたこの快情動を自分なりに消化出来れば凄いものが生み出せそうです。




