図太い悪魔は強かに
アビスにはそのまま敵の後を追跡するよう頼み、僕は一旦キャラバンに戻った。
「イクト、無事だったかよかった」
「君の方こそ無事でほっとしたよ」
戻るとマリーは無事な様子で、安堵した。
しかしキャラバンの中は酷く荒らされている。
見るとアンリちゃんやグレアが血を流して横たわり、見知らぬ魔術師から治療を受けている。
傷を負った仲間を見て僕は紅雨に憎悪を覚えた。
「紅雨は地球への移動手段を盗って行った。アレを取り返すぞ今すぐに」
「分かってるよオリビア」
そこで僕は今いる戦力を確かめるよう再度キャラバン内を確認する。
戦力になりそうなのはマリーとオリビア、それから。
「ラプラス、今回は働いてくれるのか?」
「少し考えさせてください」
遅疑逡巡とするラプラスに、オリビアは厳しい目つきを送っている。
何か言おうとしてたようだけど、何も言わずに口を閉じていた。
「私とマリーと、イクトの三人だけで解決するしかなさそうだな」
「マジか」
「お前は状況を把握してないのか?」
「私も極力出しゃばりたくないんですよねー」
「悠長なこと言ってる場合ではないのだ!」
事件に対し及び腰のマリーはオリビアから怒鳴られていた。
マリーには悪いけど、僕もオリビアに同感だ。
「仲間がやられ! 重要な代物を奪われたのだ! ここで動かない日和見主義なクソ野郎が正当性を説こうとは実に腹立たしい!」
オリビアの叱咤は少し脱線してると思えた僕は。
「とにかく、あれが重要なのには変わりないし、取り返さないと駄目だ」
冷静にオリビアの言葉を遮った。
マリーのアケビ色の双眸を窺うと、平然とした様子だけどバツが悪そうだ。
逞しい彼女らしい。
まるで悪戯っ子のようにひねくれている彼女に、目で縋った。
「……しょうがない、夫が真剣に困ってるみたいだし、私も奮起しましょう」
「ありがとうマリー」
本当にありがとう。
「恐らく紅雨は住処に引き返しているはずだ、紅雨が気付かないうちに奇襲しよう」
どうやって? という声を上げたのはモモだ。
僕は敵が奪った代物の機能的特徴を示唆する。
そこでモモも合点が行ったのだろう。
だから僕達三人はマリーの魔術で一旦地球へと戻った。
「あ、オリビア、それから二人も無事?」
「ありがとうミーシャ、お前のおかげで最悪の事態は避けれた」
「全く、これだからアルビーダは嫌いなのよね」
忙しなくて、厄介事が多くて、困りの種だわ。と彼女は嘆息を吐く。
ミーシャは事件がもう収束したと思っている様子だが、まだ終わってない。
「でイクト、いつ奇襲する?」
「敵が根城に辿り着いて、油断している瞬間が最高のタイミングだと思う」
出来ればサイラスを呼べないものか。
マリーに頼み、プレンザ地方へ向かってもらったが。
「駄目だ、あいつらまた不在してる」
「サイラスが居れば百人力なんだけど、しょうがないか」
そこで僕達は来たるべく時に備え、アルビーダとの移送装置に繋がっている台座に陣取った。
「……え? 何してるの?」
「襲撃は防げたが、まだ事件は終わってないのだミーシャ」
「あー、そしたら援軍呼んだら? カインに要請してさ」
「もしも」
もしも、万が一僕らの奇襲が失敗したらその時はカインさんに事後処理を頼みたい。
ミーシャにそれを伝え、僕らは勇ましく敵陣へと移動したんだ。
「……ふーん、どこか懐かしい雰囲気があるな」
「ああ、ここはアビスが縄張りにしていた廃城に似ている」
移動した先には人気が全く無かった。
意匠が凝らされた内装は所々朽ちていて、趣が増している感じで。
白と黒のチェック柄の床は、褐色した血に塗れていた。
――誰?
城内を見渡していると、拙いことに声がした。
僕らが奇襲する前に、敵に補測されてしまったようだ。
「イクト、ここは一先ずあれだけでもマリーに預け、隠すんだ」
「と言うことだからマリー、頼んだ」
「はいはい、お前らは自分が非力だってことよく理解しろよ」
「だったら何も言わず行け、そしてすぐ戻って来い」
「カッチーン、何様なんだ」
――もしかして、兄さんの知り合い?
「兄さん?」
マリーが移送装置を持って一旦避難すると、敵である紅雨がこう仄めかした。
「兄さんってもしかしてアビスのことか」
と言うと、ラピュタ街を騒がせている紅雨はその姿を現した。
「……兄さんとはどう言った関係?」
出て来たのは一見十五、六歳ぐらいの見目麗しい痩躯の少女で。
彼女の雰囲気は虚ろながらも、視線は僕らから離さない。
おかしいな。
「主従関係だよ、一応」
「そうなんだ」
僕がアビスと一緒に追っていた獣染みた紅雨とは、姿形が違う。
恐らく外貌を操る魔術でも有しているのだろう。
「どうして僕達を襲ったんだ」
「貴方達には関係ないよ」
次いで、彼女の背後から夥しい魔物の群れがやって来た。
大軍は僕達を一斉に囲み、魔物なのに統率力を垣間見せる。
「兄さんに伝言を頼みたいから生かしてあげる」
「痴れ者が。兄に伝えたいことがあるのなら、こんなことせず、自分の口で言え」
「それもそうだ、なら貴方達は今ここで殺してあげる」
魔物たちは彼女の殺意を汲み取り、一斉に襲い掛かって来て。
オリビアと僕の周囲に敷いた絶界陣に魔物の群れは貼りついた。
「とりあえず雑魚を一掃しよう、マリーが帰ってくる前にな」
「オリビア、敵を見縊るな!」
オリビアは魔剣ディアブラッドを胸に添え、瞑想するように力を解き放った。
ディアブラッドの白い刀身が彼女の心に感応するよう水色へと変わり。
周囲に滂沱の水流が発現し、魔物の群れを呑み込んだ。
「……そのまま凍てつけ、――雑魚が」
彼女の感情の切り替えで、水は端からどんどん凍っていき。
やがて室内は氷の世界へと変貌した。
「これで紅雨は一掃出来ただろうか」
「いや」
まだだ。
予感通りと言えばいいのか、室内の氷塊は即座に砕かれた。
氷漬けにされた魔物は甦り、一部は身体を欠損し尚も僕達に牙をむいている。
「これで貴方達の攻撃は終わった? なら次は死ぬよ」
「ほう、どういうからくりかは知る由もないが、見事だ」
「……死ぬ時ぐらい、素直に怯えた方がいい」
「私個人の見解だと、私一人が死んだ程度で何にもならない」
オリビアは紅雨に対して気後れすることなく対峙している。
僕はマリーが駆けつける瞬間を見逃さないよう、気を張っていた。
「ならば、私は死をも恐れぬ戦士となって、貴様を道連れにしてでも斃す」
「……強いね」
――心だけは。
紅雨がオリビアの心根の強さを讃えると、閃光が走る。
その強い光に視界を奪われた僕達は気付けば城外に居て。
過ぎ去った雷雨の雲間から降り注ぐ光跡を目にしていた。
「二人とも馬鹿だねぇ、あれをまともに喰らってたら死んでましたよ?」
「遅かったではないか」
「だから何様なんですかね、とにかく一旦離れようぜ」
確かに。
紅雨は直に僕らの痕跡がないことを悟り、追撃して来るだろう。
ならば、マリーの言う通り一旦キャラバンに退避しよう。
キャラバンに戻ると、街ではまだ雷雨が鳴りやんでいない。
負傷したアンリちゃんとグレアの二人の手当は終わったようで、今は安静にしている。
「……散々な目に遭ったね」
「そうだなモモさん、旅はまだ始まったばかりなのに」
「こんなことの連続じゃ、旅の目的を忘れそう」
「……ラプラスは?」
キャラバン内にラプラスの姿がなくて、モモに確認を取った。
まさかこの状況でも男漁りしてるわけじゃないだろう。
「夕飯の買い物して来るって」
「図太いな、さすがはラプラス」
「だね」
昔、XPを使っていた頃、私の日本語入力ソフトは誤字の連続でした。
当時の私は日本語がおぼつかない駄目な大人で、大変困りました。
以来、私は単語ノートなるものを独自に作っては。
文豪と呼ばれる昔の作品を読んでは単語ノートに記載するようになりましたとさ。
もしも拙作をお読み下さっていて、これから小説書こうという人は是非真似て下さい。
その時、私は心からこう言えます。
――お前は私が育てた(キリリ




