使い魔の儀式
「イクトが浮気したからって、それが何なんだよ」
「つまり、マリーさんも私と浮気していいようなもので」
僕達は鈍色峠の中腹に佇んでいた名も知れぬ城へと入った。
この城全体を解析魔術に掛けた所、ここは廃城だという推測が強まった。
城の半分は鈍色峠によって浸食されている。
ここらの周辺は元々平地であり。
城はその当時建城され、残された遺物なのだろう。
「イクト、こいつ煩いんですけど」
「誤解なんだよマリー、僕は」
先程、僕がオリビアとキスをしたことにマリーはご機嫌斜めだ。
彼女とのキスはアンリちゃんという間諜にダイマされ。
僕達は廃城の内部で痴情のもつれを木霊させながら、敵の頭目を探している。
「……よく、来たな。俺の名は魔王アビス」
魔王アビスと名乗った一匹の悪魔はマリーによって即座に斃される。
見事だったな、平手打ちのように放たれた魔術は。
「何やってるのイクト?」
「え? アビスを僕の使い魔にするために、治癒してるんだよ」
「使い魔? 随分と酔狂だね」
モモは慈悲深いこのおこないを酔狂と言い切る。
アビスは一見白い猿人のような外貌だ。
全身白毛に覆われ、顔の造形は猿に近い。
彼はラプラスよりも悪魔染みた悪魔だ。
「ラプラス、使い魔の儀式ってどうやるんだ?」
「人から何かを得たくばそれ相応の対価を支払うべきかと」
「……アビスとの夜伽の権利をあげゆ」
「頂きます、使い魔の儀式でしたら賢者の祠に向かう必要がありますが、如何致しますか」
け、賢者の祠だって?
何だその中二病心くすぐるパワースポットは。
是非とも行ってみたい、とラプラスに気持ち強めにいうと。
「じゃあ、イクトはしばらくあそこで頭冷やして来て下さい」
僕は治癒し掛けの魔王アビスと一緒に、半ば強引にマリーにここへ連れて来られた。
地面に走っている十字の亀裂から銀色の光が立ち昇り、周囲は一面岩肌の洞窟。
「マリー、だからオリビアとのキスは彼女からして来たことで」
「オリビアからして来たら、セックスでもしちゃうってことだな」
だからそれが酷い誤解なんだと言う。
彼女とは喧嘩らしい夫婦喧嘩を全くしてなかっただけに。
僕の鬱憤や不安はつのる一方で、でもマリーは蔑視を向けたまま消えちゃうし。
「……どなたでしょうか」
「あ、僕は、その、マリー・ルヴォギンスの夫で、イクトと申します」
「ああ、あの方の……それで? 今回は何用でしょうか」
アビスの治療に追われていると、奥手から神官の格好をした人が現れた。
彼は僕と横たわっている魔王アビスを交互に見やると。
「使い魔の契約のために訪れたのですね、ご案内致しますよ」
と言われても、アビスはまだ治療中だ。
「……貴方、イクトと言いましたね。魔術適性は大したものですが、普段から使ってないですね?」
分かりますぅ?
「ここだけの話、僕は元々アルビーダの人間じゃないんです」
「なるほど」
これだけで、分かっちゃいますぅ?
さすがに賢者の祠を管理しているだけはあるようだ。
「……生きているのか、何故だ」
「気付いたか、僕が治してあげたんだよ」
「貴様が……? 見た所、チンケな顔をしているが」
誰がチンケな顔だ、こちとらノンケだ。
「では行きましょうか、イクトと、それからその悪魔の名前は?」
「アビス、魔王アビスだ」
「いい名ですね」
治療を終えたアビスが立ち上がると、先を行く神官を注視している。
僕は彼の様子を密かに見守り、一向に動かないのを不思議がった。
「どうした?」
「奴は何者だチンケ」
「誰がチンケだ、あの人の名前は……そう言えば聞いてなかったな」
「何をしているのです? ついて来なさい」
「ああ、行くぞチンケ」
「チンケじゃないって言ってるだろ、僕の名前はイクトだ」
アビスを使い魔にするの、一瞬辞めようか逡巡した。
このまま行くと彼は一生、僕をチンケ呼ばわりしそうだし。
このまま行けば、彼と僕の主従関係は逆転しそうな気配さえする。
「使い魔の儀式って、何をすれば?」
「……先ず、儀式を執り行う前に注意点があります」
もっとも、賢者の孫娘の旦那である君には不要かも知れませんが。
と言い、神官の彼は僕とアビスに使い魔の儀式による影響を教えてくれた。
何でも、使い魔は主の特徴を引き継ぐようになっているらしい。
例えば。
「マリーとラプラス、彼女達の場合ですと不妊体質が引き継がれている様子です」
「……そうなんですね」
マリーはアスタリスクの魔石を取り込んだ影響で、不妊になったらしいが。
使い魔であるラプラスにまで影響を及ぼしているとは思いもしなかった。
「特徴というのは、例えば長所を受け継いだりはしないのか?」
「当然、使い魔には主の長所も継承されますよ」
「ふむ、チンケの能力は底が知れているが、俺達悪魔にもメリットはあるわけだ」
使い魔の儀式を前にしたアビスはやけに冷静だった。
彼は今何を思って、儀式によるメリットデメリットを考えているのだろう。
「では早速始めましょう。もしかしたら貴方達が最後の契約者となるかも知れません。そのことを努々忘れず」
「能書きはいい、さっさと始めてくれ」
「……少し、苦しい思いをしますよ」
どうして二人は主となる僕を置き去りにしてことを進めるのだ。
いいっちゃいいけど、神官さんの台詞から緊張が隠せない。
苦しい思いって、具体的にはどんな風に?
問う前に神官の彼は使い魔の儀式を始めてしまったんだ。
◇
「……」
「何だよラプラス」
「懐かしいと思っていたのです」
「何が?」
「私と貴方が契約した際のことを思い出してました」
「やめろよバカ。お前を使い魔にするのにどれだけ苦労したと思ってる」
「あの時、貴方は死んでしまうだろうと思ってましたよ」
「それは褒めてるのか?」
「イクト達の契約の義はどれくらい掛かりますかね」
「言う程苦労しないだろ、魔王とかって自称してたけど、あいつは小物だからな」
「然様ですか。儀式は使い魔の力が巨大なほど、反動が強くなる。一体誰が定めたのでしょうかね」
「それはたぶん、神様だな」
儀式後になって、僕は神官さんから補足説明を継ぎ足され。
もしも魔王アビスがとてつもない力を秘めていたら、僕は死んでいたかも知れない。
だが僕とアビスの儀式は呆気なく終わったよ。
彼との契約に際し、僕が味わった苦しみは発熱と頭痛と、喉の炎症で。
僕は儀式の影響によって風邪を引いてしまったようだった。
この後書き欄も、もっとヴィジュアルに特化すべきなのでしょうか……生憎。
生憎、私には顔文字の才能や努力、経験値といったものが圧倒的にないです。
これじゃあ物書きとしてやっていけない(※偏見です)。
これじゃあ恋人できない(※偏見です)。
ちくせう。




