別れに際し僕はただのモブに徹した
「アルビーダに行くのもいつ以来だろう」
「この間行っただろ、イクトの記憶力を疑っちゃうね」
「もうボケが始まったのか、将来が思いやられるなマリー」
マリーとオリビアが僕の記憶力を思案しているが。
オリビアの姿を見ると動揺してしまうんだ。
つい先日バルバトス三世の告白を受けた影響でね。
某日、僕達はいよいよ世界を流浪するドワーフを探しに向かう。
先発隊として、僕、マリー、オリビアと、それからラプラスとリュトと三つ子。
後はモモさんの計九人で出発することになった。
色々と不安が残る面子ではある。
「行ってきます父上、どうか我らに祝福をお与えください」
「オリビアよ」
「何でしょうか」
「アルビーダにいる時は以前の名を名乗ってはどうか?」
「……それはつまり」
「嘆かわしいことに、バルバトス王国は亡くなってしまったが、それでもお前がいる限り再建する希望はある」
「王がお許し下さるのであれば私はビリーノエルを名乗りたく思います」
僕らはあの親子のやりとりを注視していた。
一部の女性からは「かっこいい……」と羨望の声が出ている。
「アンリ、降りて来なさい。駄目ですよ」
「うーるーさーい、クソッパゲ、貴方は会社の心配してればいい」
その声は黄色いものに次いで親子喧嘩に変わっていた。
見ると、アンリちゃんがさり気なく馬車に同乗している。
「アンリちゃん、君は連れて行けないよ」
「……イクトくんには私を連れて行く理由がある」
「ないよ、そんなの絶対にない」
ただ、彼女の心中を慮ると、心苦しさを覚える。
彼女は地球の暮らしに辟易とし、今では不登校生活の最中だ。
異世界アルビーダに連れて行き、少しでも彼女の見識を広められればと思うが。
部長の顔色を窺うと首を横に振っていた。
「君がそこに居ると、いつまでも出発できないよ。迷惑だから」
「……あのね、私聞いちゃったんだ」
何を? と言うのはこの際野暮だった。
彼女はきっと僕とバルバトス三世との密談の場に居合わせていたのだろう。
それを知った僕はしばらく逡巡した。
「……」
「別にいいでしょ? 減るもんじゃないだろうし」
再度ロキ部長の顔を見ると、虚空に目を彷徨わせている。
それはやむを得ないのか、それとも無関心の表れなのかどっちなんだ。
そこで僕は。
「ロキ部長、僕は内心彼女に異世界アルビーダを案内したいんですよ」
「それは、どうしてです?」
「彼女にはもっと広い見識を持って欲しいからです」
僕は、アンリちゃんの同行に賛意を示すよう彼を説得して見た。
彼女の恵まれた境遇から考えれば高校に行かなくたって平気だろう。
そういう打算もあった。
「じゃあ皆さんで一斉に参りましょう」
結局、ロキ部長はアンリちゃんの同行を渋々承諾してくれた。
モモがそんなに甘い対応でこの先やっていける?
なんてボヤいているけど、特に大きな問題はない。
そして――僕達のキャラバンは一先ずプレンザ地方へと帰って来た。
僕とマリーの家から遠望できるプレンザ山の景色は仄かに白色に染まっている。
「……」
「サイラス」
「イクト、こいつは?」
プレンザ山を眺望していると、サイラスが賢者からの贈り物を不思議そうに感想した。
あれからサイラスは自力で異世界アルビーダに戻って来ていたようだ。
「これは賢者から貰ったもので、成長する馬車らしい」
「賢者ブライアンの寵愛をまた受けたのか」
「久しぶりだなクロエ」
「また貴方達の顔が見れて安心した」
向こうではマリー達女性陣がクロエさんとの再会で姦しくしていた。
ふと気付けば、僕の愛弟子であるリュトの姿が三つ子と共にいなくなっている。
イチャイチャしやがって。
「所でサイラス、僕は今度ドワーフ族を探す旅に出るんだけど、君も一緒にどうだ」
「ドワーフ族か、以前一度だけ会ったことがあるが、俺は余り好かない」
「それはどういう意味で?」
彼らと会ったことのあるサイラスに理由を訊くと。
サイラスの口から出て来るのはドワーフ族の陰険な話だった。
「恐らく、ドワーフ族は種全体が疎外感や劣等感を持っている。それが彼らの性質だ」
「ふーん、とりあえず、僕らはもう出発するよ。サイラスも思い出したらついて来て欲しい」
「行くのかイクト? よっと」
馬車がゆっくりと北東に進路を取り始めると、みんながワラワラと馬車に戻り始めた。モモやアンリちゃんと言った口煩いメンバーは早速僕に文句を付けている。この先、退屈しなさそうで何よりだ。
「サイラス、次会う時はアルビーダの歴史が変わってると思うよ」
「次会うのは、一体いつのことだか判らないが、楽しみにしてる」
これが、僕とサイラスの今生の別れだった。
って、雰囲気から思案したけど、失礼な妄想だな。
「二人ともじゃあなー……私はてっきりあいつらも連れて行くものだとばかり思ってました」
「この旅は自主性が尊ばれる。行きたい人だけ来ればいい」
「じゃあ私は早々に帰ろうかな」
たまに見せるマリーの悪戯な言動にいくど心をくすぐられただろう。
詳細はもちろん覚えちゃいない。
「ジョージ、長旅になるけど宜しく頼むよ」
「あいー」
「みんなも、無理だけはしないように」
「ねぇイクト」
みんなに僕が考えるこの旅の意義を伝えようとしたら、モモから何かあるようだ。
「この馬車にはマリーやオリビアぐらいしか戦闘要員いないけど、どうするの?」
「戦闘は極力しない、アンリちゃんだっているし」
「ああ私ならヘーキ、これでも暗殺スキルだけは優秀だし」
暗殺? この旅に最も不要だと思われるスキルだな。
だが、これで僕達のキャラバンの方針が一つ決まった。
戦闘は極力避ける方向で進める。
しかしよく言うだろ、事実は小説より奇なりと。
プレンザ地方から北東へ向かって三時間後。
「なんか殺気立ってない?」
「……ああ、何かいるな」
新緑に包まれた深い渓谷を渡っている時だった。
僕達のキャラバンは、十分ほど前から何かの殺気を浴びている。
馬車の中に居たスライムのヘンリーは鳴き声を上げ、怖がっているようだ。
「イクト、ヘンリーが酷く震えている」
傍にいたオリビアはヘンリーを気遣って言う。
「分かってる、けどどうすればいい?」
「敵さんの正体は判明してるよ」
「本当かマリー?」
さすがは賢者の孫娘と言った所だろうか。
彼女は類稀なる才能で、殺気を向けているものの正体を突き止めていた。
「相手は誰だ? 我が魔剣ディアブラッドの錆にしてやってもいいぞ」
「相手はドラゴンだな、とてもお腹空かせてる様子だから、下手したら襲って来るんじゃないか?」
ドラゴン……ごきゅり。
と喉を鳴らしたのは僕とモモさんとアンリちゃんの三人だ。
ドラゴン? 実在するのか? 幻想生物の代表格じゃないか。
「……案ずるなお前ら、ドラゴン如きではこのメンバーに太刀打ちできない」
いや、違うぞオリビア。
僕達は純粋な好奇心からドラゴンを見てみたいんだ。
緊張や不安から喉を鳴らしたわけじゃない。
オリビアはその想いを勘違いしたまま、周囲を警戒している。
「ドラゴンの肉はアルビーダの中でも極上とされていますね」
と言うラプラスの表情は至って無感動だ。
「へぇ……マリー、ドラゴンはどう言った形態してるんだ?」
「形態? とりあえずドラゴンは今、他のことに気を取られてるな」
他のことって? と訊き返すと。
マリーは独特の炯眼を一層強め、僕の耳元で「こ・う・び」と囁く。
「だとすると、そのドラゴンは繁殖期なのかな」
「じゃないの、よく知りませんがね」
「ピゴー、ドラゴン、食べよう」
今なんて言ったんだジョージ。
ドラゴン、食べよう?
食いしん坊キャラにしてもサイケデリックだな。
「おけー?」
「お腹が空いてるのか?」
「あいー」
隣席に座っていたマリーがジョージの台詞にお腹を抱えて笑っている。
彼女は何をしていても可愛いものだ。と、マリーに意識が行っていた時。
「そこの馬車よ! 止まられよ!」
唐突に馬車の前に人影が現れて僕達を制止するのだが。
止まれと言われても急には止まれないもので。
「っ!? グフゥ!!」
その人影はジョージにおもいっくそ跳ね飛ばされた。
「平気ですか?」
「……生きてるのか? 俺は」
「今僕の治癒魔術で怪我を治しますから、じっとしててください」
「すまん」
ジョージに跳ね飛ばされた彼の怪我は大したことなさそうだ。
一応僕の魔術で治癒してあげているが、先ず。
「どうして僕達を呼び止めたんです?」
「俺は妹を探してるもので、名をトールと言う」
「妹さんの名前は?」
「妹の名はグレア、俺に似た姿をしている」
……トールと言ったか。
彼は俗に言う――鬼人のようだ。
彼の額には雄々しい立派な一本角が立っている。
「妹はここら辺に釣りしに向かったのだが、ここはドラゴンの繁殖地だから、心配になって探しに来たんだ」
「そうですか、ですが僕らは妹さんを見掛けてませんよ」
もしかしたら先程殺気を向けていたドラゴンが……?
だとしたら、異世界アルビーダは何と無常な世界なのだろうか。
大自然って感じがして、サバイバーの血が沸きあがる。
「兄さん」
「おぉ、グレア」
しかし、彼の治療が終わる頃合いに妹さんはあっさり見つかり。
僕達は鬼人の兄妹を送るために彼らの住処を目指し始めた。
「妹は釣り好きが高じて、世界各地を旅したがっているんだ」
「……」
兄のトールはまぁまぁ喋れるが、妹さんは寡黙なようだ。
まるで喋らん。
角を気にしているのか、グレアは草臥れた三角帽子を被り形を潜めている。
両眉は前髪に隠れ窺えないが、虎のような眼が特徴的な子だった。
土がちょっと被さった手には恐らく今日の釣果であろう魚三尾が握られている。
「どうだろうか旅人さん、俺と妹を旅に同行させてくれないか」
「ん? 別に構いませんよ。ですが僕達の目的はドワーフ族に会うことですから」
兄トールの冗談めいた提案を僕は素直に受け入れた。
だって、彼らの要望は僕が描いていたキャラバンストーリーに適っていたんだよ。
僕達は世界各地を旅し、新たな仲間との出逢いと別れを経験する。
それこそが今回の旅の醍醐味だと勝手に思っていた。
「グ、グレア、こう言ってくれているけど……ど、どうする?」
「いいと思います」
「本気か?」
「兄さんが言いだしたことです、何が不満なの?」
「い、いや、俺はほんの冗談のつもりで口走ったんだ」
トールがたしなめ口調で言うとグレアは黙り、深い嘆息を吐いていた。
「グレア、さんだっけ? 世界各地で釣りがしたいってご希望らしいけど、今までで一番の大物は?」
「家に魚拓があります、それで判断して下さい」
マリーの問い掛けを彼女は試練のように受け止めている。
彼女は本気だ、彼女の強い意志を感じる。
それに比べ、兄のトールは角をしおらせ、意気消沈としている。
あの角って、萎んだりするんだな。
◇
二人の村に辿り着くと、僕らは鬼人族の歓待にあった。
村によそ者が来るのは数十年ぶりと誰かが言っていた。
「ジョージ、ヘンリーと一緒に魔石でも食べながらここで待っててくれ」
「あいー」
村の子供達が巨大なスライムを嬉々として見守っている。
僕は子供達を手招きして、お菓子を与えた。
「みすぼらしい村だな」
「些か言葉が過ぎるぞマリー」
「オリビアはどう思うんだよ?」
「確かにこの村は貧相ではあるが、心は豊かなようだ」
この村は僕達が在住していた、はてな村よりも貧しそうだった。
しかし村人たち自身は特に気に病んでいる様子でもない。
俺達には俺達の暮らしや伝統がある。
そう言いたげなほど彼らの表情は活気にあふれていた。
「これが、私の人生一番の大物です」
「へぇ、私の体長と同じくらいかな? 凄いじゃん」
マリーがグレアから見せられた魚拓を評価している中。
僕は兄トールに裾を引っ張られ、キャラバンから距離を取った。
「……妹は、どうやら本気なようだ」
「君は?」
「俺にはこの村がある。妹と違ってこの村を興す責任感の方が強い」
だから、とトールは言葉を続けるが。
この先の内容は言われなくても、もう把握している。
「だから、妹をお前らに託しても構わないだろうか」
「元から僕は承諾してただろ?」
そう言うと彼は安堵と先立つ寂しさを混じらせ「そうか」と口にした。
「ちなみにトール、僕達はドワーフ族を探すほかにも、珍しい魔物を見つける目的があるんだけど、知ってる限りでいいから何か情報くれないか? お詫びに魔石を二つ三つあげるから」
「……ここから北に十キロ行った所に、鈍色峠と呼ばれる場所がある」
「ありがとう。なら先ずはそこを目指してみるよ」
彼が何故この村に固執するのかは聞いてない。
けど、人にはそれぞれ大切なものがあるのを、知っているから。
トールとグレアの別れの時に際し、僕はただモブに徹した。
北海道に知り合いが数人いましてね。
彼らは口々に暑い、溶ける、俺達のターンって言うんです。
何でも北海道民はつらたんと言いながらネットで活き活きとしているそうです。
はは、まぁ斯く言う私も弊社オフィスでマンダム。でしたが、ははは。
んー、マンダム。
むしろ家の方が暑い、汗かく、私の匂いが薫るんー、マンダム。




