ウボアー!
オリビアのストーカー問題も気に掛かるが、休日は心身を休めたい。
でないと現代社会での労働に耐えかねる。
僕がその昔目指していたのは作家として活躍することだったが。
今となってはマリー達の生活を支えるのを優先している。
これって、立派だよな?
ある種の人間からすれば『立派』という言葉を笠に逃げていると思われるか。
「今日は何をしようかマリー」
「決めた、家デートにしよう。映画を借りて来てリビングで一緒に観よ」
「映画もいいけど、アニメじゃ駄目かな?」
「それでもいい、私って意外とオタクなんだよな」
何? 僕の愛妻は隠れオタだって? 僕は冷静になって過去を自照し、彼女が理想的なお嫁さんだったことを知り冷静に、あくまで冷静に「キタコレ!」と、お約束の言葉を口にした。
「なぁイクト、こんなお嫁さんが傍に居てくれて、嬉しい?」
「もちろんだとも、いや、本当に嬉しい」
「私も嬉しい……ちゅ」
ひとしきりキスを交わした後、僕達はDVDをレンタルしに向かった。
彼女は事前にパソコンで在庫状況を確認して、移動魔術で店に向かう。
僕達が突然現れたことで、周囲の人間はちょっとした驚嘆を上げていた。
「じゃちょーっと野暮用済ませて来るから、待ってろよ」
モモも何か用事があったようで、一緒に都会散策に付いて来た。
「アニメ借りてようか」
「そうだな、借りるものは決まってるし」
そして、マリーを店内へエスコートしようとした時だった。
僕は、――賢者ブライアンの姿を、雑踏の中に目撃してしまう。
「マリー、あれって君のお祖父さん?」
「ん? お、本当だ、爺さんだな」
マリーが賢者ブライアンに向かって手を振ると、彼は厳かに近づいて来る。
「久しぶりだ」
「相変わらず人間辞めてるようで何より、何年振りだよ爺ちゃん」
「正確な月日を答えても、この場合益体もないだろ」
彼の出現に、僕は頭を深く垂れ、握手を求めた。
彼が危険なのには変わりない。
が、彼に救われ、こうしてマリーとデート出来てるのだから。
「いつぞやは大変お世話になりました」
と言うと、霞掛かった彼の手は僕の頭に置かれ。
背中に得も言えぬ怖気が走った。
「爺さん、偶には家に帰ったらどうだ」
「それもいいな、是非そうしよう」
彼は以前遭遇した時から何一つ変わってない。
耳朶に聞こえて来る彼の台詞は、極平凡な代物なのに。
彼の存在感はタナトスのように怖かった。
「なぁイクト」
「……はい、何でしょうか」
「君は運命をどう考える?」
運命を……?
他人から問われた自身の運命なぞ、答えたくない。
それが僕の本音であり、賢者に向かって口に出来ない失礼な台詞だ。
「マリー、少し席を外して欲しい」
「あっそ、なら私はアニメ借りてるから、その間に終わらせておけよ」
賢者は僕と二人きりになりたがっていた。
怖いなぁ……孫娘の彼女を差し置いて、何用だろうか。
「話したいのは、運命についてだ」
◇
賢者との邂逅は無事に通過することが出来た。
彼との邂逅は転生者にとっての通過儀礼なのだろう。
その後、マリーと寄り添ってアニメを垂れ流している。
アニメを観始める前、マリーとある約束をした。
それは、アニメが一話終わる前にキスを最低でも一回する。というもの。
今回借りて来たアニメは2クールのものだから、僕達は二十四回キスをした。
時計に目をやれば午後七時十分を示している。
「ん? お出かけでもするのかイクト」
二十四回もキスした余韻からか、彼女の声は甘露的だ。
「ちょっとオリビアから呼ばれてて」
「怪しい」
「ならマリーも一緒に来たらいいんだよ」
「面倒ですね、まぁ、私はイクトを信じて不貞寝しよう」
そう言い、マリーはブラウンのソファーに身を放るように委ねる。
彼女の一挙手一投足に機微を感じるし、可愛いと思える。
そう思えるのなら、オリビアの家に行くにしたって平気だろう。
「じゃあ行って来るよ」
「いてら」
顔をソファーに埋め、手を振る彼女の姿を見受けて、オリビアの家に向かった。
オリビアが一人暮らししている家は閑静な住宅街にあるオートロック付きのマンションの一室で、彼女とマリーと僕の三人で不動産を見て回り、色々と勉強させて貰った物件だ。
灰色の壁肌に備え付けられたオレンジ色の照明灯。
その下にオリビアの家のチャイムがある。
「……少し早くないか?」
「もしかしてお風呂に入ってたのか?」
扉を開け、僕を出迎えた彼女の髪は少し濡れている。
「そうだが、まぁ上がってくれ」
「お邪魔します」
風呂上がりのオリビアから凄艶なる色香が匂って来る。
並みの独身男であれば、期待値から悶絶するんじゃないか。
彼女の部屋に通され、僕は見てはいけないものを見てしまった。
それは彼女が普段身に着けている下着類で、大半がTバック!
えぇ? こんな下着部屋干しして、ストーカーどうこう言ってるの?
大胆なのか、釣ってるのか、これだから女性ってよく分からない。
「イクト、今日は何時までいられる?」
「そう長居出来ないけど、しばらくは」
「そうか、ならお互いに積もる話もあるだろうし、一杯やるか」
積もる話? マリーとの恋仲を自慢してもいいってことか。
先ずは彼女の近況でも聞こうと思っていた。
けど、僕が抱えている鬱憤を吐露してもいいんだな。
「オリビアは普段からお酒飲んでるの?」
「時折な。そっちでは全然飲まないのか?」
「マリーがいるから」
マリーにお酒を飲ませては駄目だ。
彼女は自身の魔力に驕っていると身を亡ぼすと常々言っている。
驕りとは、酒に酩酊することも含まれているようだ。
「そらそうだろ、マリーが酒に酔って暴れたら本気で人死が出ちゃうだろ」
「確かに、だが祖国の宝であるジークフリートがあれば平気だ」
「そう言えばあの甲冑はその後どこに?」
「人づてに聞いた話だと、反政府組織に略奪されたそうだぞ」
「随分と淡々と喋るな、あれって君にとってかなり重要な物だろ?」
「その気になれば、イクトの手で造れそうだしな」
そら、その気になれば出来そうだけど。
あれを完璧に再現するとなると、かなり時間がいるな。
「それに、実はジークフリートの制作者はグッタモだそうだぞ」
「マジで? 大師匠凄いな」
「お前の周囲には縁あるものばかり集うな」
オリビアは白ワインを空け、僕のグラスに注いだ。
前言すれば、お酒は不得意だ。
だからすぐに気分が良くなって、すぐに気持ち悪くなって、トイレ行って吐いて。
「ヴェェ、ヴェァ」
「他人の家で吐瀉物出す奴は最低の〇〇〇〇〇だな」
オリビアが背後で何か言っている。
「もしもしマリーか?」
『ん? イクトはどうした?』
「イクトなら酒に酩酊して、今吐いてる。悪いが引き取りに来てくれないか」
『あぁ、ならお前の家に泊めてやってくれよ』
「何馬鹿なことを……」
『だって酒臭い奴を家に上げる訳にいかないし』
「……なぁ、物は相談なんだが、偶には奴としていいか」
『許しません』
「後生だマリー」
『後生だ、じゃねーだろ』
「ヴォ、ウヴォ」
どうやら、マリーは僕を迎えに来てくれないようだ。
失望させちゃったのかな、とにかく今の僕の気持ちとしては。
ウボアー! の限りだった。
昨日二時間ぐらいのごく浅い睡眠しか出来てないので、非常に眠いです。
しかし案ずることなかれ、私は意外とタフです。
誰かからの叱責の際は、即座に逃げます、ダッシュダーシュダシュダッシュ!
不測の事態に備えるとは、逃げることです、ダッシュダーシュダシュダッシュ!、
さぁ、賢者の孫娘とイチャイチャも、このまま疾走しますよ!
ダッシュダーシュダシュダッシュ!




