商売のタネ
「ジーナさんはどこに?」
マリーの登場により、衛兵は敬礼してその場を立ち去った。
その後、僕はお目当てのジーナさんの姿がないなと思い、マリーに尋ねる。
「ジーナさんとはすでに話しを付けた。ライフドレインの魔石は彼女が高値で買ってくれるってさ」
「いくらで買ってくれた?」
「金貨1800枚、だけど、諸々の見積もりで私達の手元には金貨100枚しか残らないってさ」
人狼の命を絶ったあの魔石をその額で買い取ってくれただけ御の字か。
するとマリーは強かな笑みを浮かべる。
僕は彼女に釣られて口端を緩ませていた。
「マリー、あの魔石は本物なのか?」
「だと思うよ。ジーナさんの目利きは確かだ……妙なことも呟いてたけど」
「妙なこと?」
「この魔石には一切不純物がない、まさか。とかなんとか」
「気付かれたのか?」
「それはないそれは……でも万一がありえる。ここからは慎重に事をすすめような」
僕達がジーナさんの鍛冶屋に訪れた理由は二つある。
一つは倒壊した家を建て替えて欲しかったのと。
もう一つは、魔石を信頼して取引出来る相手を探していたことだ。
僕にはその伝手はどう足掻いてもないし。
マリーが打診した通り、ジーナさんを頼るしかなかった。
「新築が建つのはいつ頃だって?」
「早くて一か月後、遅くても半年後って言ってたかな」
「新築が建つまでの間はマリーの実家に寄宿でもするのですか?」
「まさか、金貨100枚もあるんだし、豪遊でも――じゃない」
マリーは言い掛けて頭を振り、真剣な眼差しで下を向いていた。
「……イクト、お前って魔術は一切使えないんだよね?」
「たぶんね。魔術適性って奴を調べたいんだけど」
「ああそうだな、先ずはそっちが先決か」
で、話しの成り行きで僕は魔術の適性を王都の職安みたいな場所で調べている。何でもここで魔術の適性が認められれば、マリーも通っていた王立魔術学院に入学する認可が下りるらしい。
「イクト・マクスウェル・Jrさん、これが貴方の魔術適性表となります」
「ありがとう御座います」
「おめでとう」
僕は受付の初老の女性から羊皮紙を受け取り、最後にはおめでとうと言われた。
とすると、僕にもマリーのような魔術適性があったようだ。
羊皮紙には以下のような記載がなされていた。
==============================================
姓名:イクト・マクスウェル・Jr
魔術適性:ヒール・A
ライト・A
ウィンドウ・B
ファイア・C
以下該当なし
保有魔術:メイデンズプレイヤー・A++
サンクチュアリウォール・A
以下該当なし
固有魔術:ライフドレイン・S+++
以下該当なし
==============================================
「どうやらイクトの適性はヒーラーのようですね」
「イクトのキャラじゃないな」
どうして僕の適性がヒーラーだったのか。
それは母さんが信仰深かったからだと思う。
マリーは戦闘に特化した魔術師らしいし、丁度いいんじゃないか。
「あー、私の計画が水の泡と化したー」
「マリーの計画って?」
「王都には世界においても珍しいカジノがある。でもカジノに魔術師は入れない規約があって、そういう話だよ」
「魔石を売買して得た金貨は僕らのなけなしの財産だぞ?」
「だから?」
むかーしむかし、ある所にマリーと言う非常識な娘がおったそうじゃ。
「仕方ないのです、マリーは両親の血を引き継いだ生粋のギャンブラーですから」
マリーは生粋のギャンブラーで、度が過ぎるじゃじゃ馬娘だったらしい。
僕は、そんな娘を家内に迎えてしまったのか。
職安所を出た僕達はその足で王都の宿屋に向かった。
王都では一泊に付き銀貨10枚が相場らしい、高っ。
――でも。
僕らは人目を避ける意味合いで王都随一の高級宿に泊まる。
その額なんと銀貨100枚、僕の麦畑の年収より上とか、笑える。
だがその額も頷ける。
僕達が泊まろうとした宿は立派なお城の佇まいをしていたのだから。
「ようこそ御出で下さいました、マリー・ルヴォギンス御一行様」
「お久しぶりにしておりますね」
黒い燕尾服姿の初老の紳士が腰からお辞儀をして、僕達を迎える。
どうやらラプラスの知り合いのようだ。
「知り合いなのか?」
「えぇ、あの方は私の父に当たる人ですから」
「父?」
言われ、二人を交互に見やるのだが、面影らしい面影はない。
強いて似てる所を挙げれば、雰囲気?
「イクト様、お噂はかねがねお聞きしております。私はブライアン様に仕えていた使い魔の一人で、名を」
「能書きはいいのですカガト、それよりも人払いは済ませてありますね?」
何だこのギスギスとした空気は。
二人は実の親子なんだろ?
それともラプラスの冗談なんじゃないのか?
「失礼しました、今お部屋にご案内致します」
「えぇ、では行きましょうかマリー」
「親は労わってやるべきだろラプラス」
「貴方にそれを言われたらお終いですよ」
僕の杞憂じゃないといいんだけど。気のせいか、ラプラスの表情は今とても晴れやかだった。肉親から接待を受けて、下剋上を成し遂げた後の達成感に浸るように恍惚としている。
「……快・感」
いややっぱ気のせいじゃねぇや。
僕達はラプラスの父親に案内され、厳かなスイートルームに通された。
「本日のメインディッシュはルッソ蟹肉のソテーで御座います。アレルギー等のご心配があればいつでも私めにお申し付け下さい。何か御用の際はこちらのベルを鳴らしてくだされば一分後にお伺いに参ります。それでは失礼致します」
――チリンチリン。
するとラプラスはすぐさまベルを鳴らす。
この際あのドS悪魔のことは放置しておこう。
「ラプラス、これから大事な話し合いがあるんだろ」
「お呼びでしょうか?」
「カガト、貴方に訊きたいことがあるのです」
「何でしょう」
「……貴方の知見に、魔石を生成する化け物の存在はいますか?」
「……残念ながら、生憎存じ上げません」
「無駄に年取っただけの無能に用はありません、もう下がっていいですよ」
「失礼致します」
ラプラスが父親をなじった後、マリーが気炎を吐いた。
「ラプラスぅ、例え話であっても、死活問題になるぞこのビッチ!」
「お許しをマリー、これは私の性です」
ラプラスが父親虐めの一環で説いた話は僕達の目論みの核心を突いていた。
「イクト、とりあえずもう一度やってみせてくれないか?」
「ああ……――」
マリーに促され、眼を瞑り、僕は手のひらに意識を向けた。
肘の辺りに内容物が詰まっている感覚がする。
僕はそれを生理現象のように手のひらから吐き出した。
――ゴト。
手のひらから吐き出された物はテーブルの上に落ちて鈍い音を上げる。
マリーがそれを手に取り、丹念に眺めてこう言う。
「間違いない、これはライフドレインの魔石だ」
そう、僕達が新しく始めようとした商売の種は魔石だ。
何の因果か、僕は人狼に襲われたあの一件以来、体内から魔石を生成できるようになっていたのだ。
通常魔石は王室などの宝庫から極わずかに見つかるとされているとても稀少なもの。
世の魔術師たちは新たな魔術を求め、日々魔石を探し奔走しているらしい。
だから僕の魔石生成のスキルはチート級の能力だった。
魔石の相場は最低でも金貨1000枚だとすれば。
笑いが止まらない。