ZO☆
オリビアの母親探しは、方法的にも、心のゆとり的にも無理があった。
転生した人間を特定する。なんて言うのは地球人にだって無理だ。
賢者のような人智を凌駕した存在でないとその真偽は問えないだろう。
「だから、結局僕には何も出来ない」
「出来るさ、先程の話に話題を戻すが、イクトの魅力はそこに集積されている」
「って言うと?」
僕は彼女の言葉の真意を推し量るよう尋ねた。
彼女は自販機で買ったレモンティーを矯めつ眇めつ眺めている。
「私の目から見て、イクト・マクスウェル・Jrは不可能を可能にする男だ」
「ぷ」
僕への人物評価が余りにも予想外だったから、つい失笑する。
彼女はその反応を受けて、目を丸くして、微笑んだ。
◇
その後、僕達は社員寮に戻った。
夕焼けが建物を茜色に照らし、窓から射し込んで。
寮の共同キッチンで料理しているラプラスを照らしていた。
「お帰りなさいませ」
「今日は、いつになく慎ましいな」
「……そうですか?」
「何だよ今の一瞬の間は」
「イクト、今日はどこで何をやっていたのです」
「……仕事だよ」
「何です今の一瞬の間は」
ラプラスは僕に教えてくれた。
人間、言い辛いことを聞かれると、口を噤むんだなって。
「ラプラス、君の衣服を買って来たよ」
「今日はいつになく親切ですね、ありがとう御座います」
今日はショッピングモールで彼女の衣服をマリーと一緒に見繕った。
偶にはラプラスにスカートでも着せてみよう。とマリーは嬉しそうに言うんだ。
ラプラスが料理している傍らで、僕はそのスカートを広げてみせては。
「ほら、これだよ」
「スカートタイプですか、私に似合うでしょうかね……」
「これを選んだマリーの目に狂いはないよ」
マリーとの仲を見せつけるよう自慢げな表情を取る。
「はぁ」
「……ラプラス?」
僕の態度に立腹したのだろうか、ラプラスはやけに不機嫌そうだ。
その時、腰に妙な衝撃が走った。
「……え?」
衝撃が走った部位に手をやると、血が付着している。
「不埒な男は嫌い」
背後から知らない声がした。
クロエさんでも、三つ子でも、もちろんマリーでもない。
「え、だ……れ」
声の主を確かめようと振り向こうとしたんだ。
けど、僕の意識はそこで途絶えた。
◇
意識が半ば覚醒すると、僕は夢の中でマリーと睦み合っていた。
老いることを知らない彼女の青い果実のような身体に手を添え。
彼女は僕の腰に手を回し、キスを求めていた。
「起きたかイクト」
「オリビア?」
夢うつつの意識が完全に覚醒すると、僕は寮の天井を仰いでいた。
「何が起こったんだ? どうして僕は倒れた」
「お前が倒れた原因は不明だが、恐らくショックで倒れたと推測している」
そう言えば、倒れる前に僕は不思議な女子高校生らしき人物と出逢った。
確か彼女は僕の腰を……あれ?
腰に手をやっても、出血している様子はない。
「とりあえず、起きよう。状況が判らないし」
「ちょっと待て」
「何さ」
起きて状況整理しようと思ったら、オリビアが制止した。
「イクト、お前に大事な話がある」
「……聞きたくない。って言ったら?」
「お前を殺して私も死ぬ」
「分かった聞こう」
オリビアが放った殺意は本物だった。
冗談を言う際は必ずTPOをくもう。
視線を散らし、辺りを見回す。
視界に入って来たのはグッタモと共同で使っていた寮部屋の光景だ。
共同のパソコンと机があって、満足に腕を広げるスペースがない狭い部屋。
オリビアは僕が横たわっているベッドに腰を下ろして、柑橘系の香りを漂わせる。
「……思えば」
と言い、彼女は僕のこめかみに手を添えた。
ひんやりとした彼女の手の感触は、僕の男心を著しくくすぐる。
「お前達と出逢った時、まさかこうなる日が来ようとは思いもしない」
「こうなる日って?」
「熱愛関係だったお前達二人に、嫉妬してしまう。それほどに私は」
僕は、彼女の碧色の瞳を一心に覗き込み、心中を慮った。
「カインさんとの交際は上手く行ってなかったの?」
「カインか……あいつは結婚相手としては駄目だ」
どうして? それを言ったら僕だって駄目だ。
僕にはマリーがいる。その想いは生涯変わることない。
「カインの欠点を上げよう。先ず、あいつは人の話を一向に聞かない。あいつが喋ること話すことの全てが妄想で終始完結してしまっている。そんなあいつに妄想世界に耽溺してないで、現実と向き合えと言ったのだ」
あー、それいっちゃん駄目そうな指摘だな。
「そしたらあいつは震え声をあげ、次第に狂ったかのような『演技』をし始めた。奴の醜態に付き合わされた私は悟ったのだ、カインとこの先添い遂げ、折り合いをつけることは不可能だと」
「ごめんな、薄々そうなるのは判ってた」
それは彼が王立自然公園を灰燼にした時から判り切っていた。
「オリビアには、もっといい人を紹介するよ」
「お前じゃ駄目なのか? 私は今のままの関係でいいんだ」
「そこに誤解がある。僕と君の元の関係は友人でしかない。なのに君はそこを誤魔化していつの間にか、僕を好きだと嘯いている。僕は君の態度に疑問を覚えるのが、正直な所だ」
「しかし」
オリビアは不器用だ。
例え男を誘惑するにしたって、もっと上手に出来そうなのに。
もしも彼女が魔女と謳われるほど誘惑に長けていたら危なかった。
「この話はもう止そう、僕の心は素直にマリーを」
「イクト……――」
すると彼女は僕を手籠めにするような強硬手段に打って出た。
僕の首を鷲掴みにして、強引にキスを施す。
「少し黙れファ〇〇野郎、私にどうされたいかだけ口にしろ」
だーれかたーすけてぇえええええ!!
その願いを聞き届けたのか、オリビアの背後にマリーが現れた。
「もういいだろオリビア、賭けはお前の負けだよ」
マリーがそう言うと、オリビアは手の力を少し強くし、首をより一層絞める。
「そもそも、私は賭け事のつもりでお前に打診したわけではない」
「へぇ、それで? でもイクトは終始私の名を口にしてたじゃないか」
「だから忌々しいのだ、私は好きな男を占領されて黙る程お淑やかではない!」
「だから! お前のその気持ちを汲んでこの機会を与えたんだろ!?」
「ねぇ、喧嘩中の所あれだけど」
「何だよモモさん」
「イクトが窒息死しそうだよ?」
オリビアの絞め技は僕の呼吸を完全に断っていた。
頸動脈もしっかり決められ、さっき覚醒した意識がまた……あへ。
酷い目に遭った。
どうやらオリビアは予めマリーに相談し、この場を設けたらしい。
もしも僕がオリビアに靡いていたらと思うと、心なしか笑える。
こう見えて僕はマゾ気質なんだ。
オリビアは一世一代の告白に敗れたように、部屋の片隅で丸くなり。
マリーは機嫌を損ねたように椅子に座ってそっぽ向いていた。
「二人とも聞いて欲しい」
「何だよ」
マリーは明らかに不機嫌そうにしている。
「みんなが地球に来て浮かれ気分なのは分かるけど、地球で生きていくって結構大変なことなんだ。もしかしたらアルビーダでの生活の方が楽だったかも知れないよ? だから、今は仲間割れしてないで」
一致団結して、今回も乗り切ろう。
って思うじゃん? 言おうとするじゃん?
「吉岡いるー? って、何してんの?」
「浪川、最近会社で見かけなかったけど、病気だったのか?」
「その人は誰だよ浮気者」
そこに今まで会社を空けていた浪川が殴り込んで来た。
マリーは過敏に反応を示し、僕を謗る。
「一つの部屋に、男が一人と、泣き崩れている女性と、明らかに不機嫌になっている女性が一人……吉岡って、異世界に行ってどんなチートスキル身につけたの?」
「……僕のチート能力は、うん、ご愛敬」
浪川に問われた僕は壮絶に嫌な予感がしたため、ご愛敬と濁した。
そしたら浪川は同窓会の席の時のように柔らかく微笑んで。
「ぶっ殺すZO」
「ぶっ殺されたくないZO」
微笑んで、殺害宣言を下すから、僕は即座に否定したものだ。
某日、私は唐突に平沢進氏の楽曲にはまりかけました。
ふぅ、危ない。
何でも彼のファンは通称『馬の骨』と呼ばれているらしいです、だとしたら。
私は危うくその馬のチ〇骨になる所でした、危ないなぁ。




