諦めていては始まらないと彼女は言う
「地球に来れて本当に良かったよ」
「それは良かった、マリーは地球のどんな所が気に入ったんだ?」
僕の愛妻にして賢者の孫娘のマリー・ルヴォギンスは強かに笑う。
彼女が笑んでいると、僕の選んだ道は間違いじゃない。
と言う風に人生を全肯定できるほどの魅力が彼女の笑顔には秘められていた。
「これ、このケーキがとにかく美味い」
彼女はビターな色合いをしたチョコレートケーキをフォークで差し出し、僕に味合わせてくれる。そして好奇心たっぷりな瞳で、どう? 美味しい? と疑問符を連続させ、僕は首肯する。
「マリー、もしも暇なようならこの後で街を探索しない?」
「それいいなモモさん」
「私は一応あんたの弟子だし、地球を案内してあげるから」
ちょ、ちょ待てよ。
マリーは僕と地球デートを、って行っちゃったよおい。
モモさん、貴方はこれだから。
「イクト、私はもっと地球のことが知りたい」
するとオリビアが僕に地球のエスコートを打診する。
「俺はしばらく単独行動を取るぞ、異存はないな?」
「父上、どこに行かれるおつもりですか?」
「そうだな、先ずは美酒でも探すとしよう」
「お? 俺も付いて行っていいか旦那」
「おぉ! お主は話が分かりそうだな、是非とも共しよう」
大師匠のグッタモはバルバトス三世に付いて行くつもりらしい。
気が付けば、僕はオリビアと二人きりになっていた。
マリーが居る手前、彼女に手を出す真似は死んでも出来ないから期待しない方がいい。
「そう言えばリュトは?」
「奴であれば死んだ魚のような目をして、ふらふらといずこへ去ったぞ」
何が遭ったしリュト。
さぁどうする。
僕が取れる選択肢は二つぐらいと言った所で。
一つ、リュトの安否を気遣って探しに行く。
二つ、オリビアをエスコートするように地球を案内する。
上から順に優先度が高いと考えたため、リュトを探そうと彼女に提案した。
「そうだな、奴はまがいなりにも私達の家族だしな」
「正直心配だから、悪いけど付き合って欲しい」
「……」
「オリビア?」
「何でもない、行こうか」
何か遭ったのだろうか、彼女は意味深にフードコートを見渡していた。
◇
その後、フードコートで聞き込みをしつつ、リュトの姿を探した。
しかし悲しいかな、現代人はすれ違う人影など十把一絡げとしか見ない。
どの人に訊いてもきょとんとしていた。
アルビーダであればRPGのように目撃情報があがるものだけどなぁ。
「人一人探すにも苦労してしまうな」
「連絡手段があれば手っ取り早いんだけどな、例えばケータイとか」
「ケータイとは?」
「今は持ってないけど、現代人の必須アイテムだよ」
「ふむ、ならば私も直に手に入れる必要があるな。どこで手に入れられる?」
「いや、ケータイはロキ王子に相談して入手するのが一番いい」
「……奴に借りをつくりたくないのだが、背に腹は代えられないということか?」
オリビアは不遜かつ据えた目付きでそう言うのだ。
彼女の王子に対する憎悪は本物のようだ。
「にしても、リュトは本当にどこに行ったんだ」
「イクトの魔術で探し出せないのか?」
「僕はマリーほど魔術に長けてないから無理だ」
ならばどうする? と二人して考えあぐねていてもしょうがない所ではある。
「イクト、実は私は地球でやりたいことがあるのだ」
「やりたいこと?」
リュトの行方に見当もつかず、逡巡としていれば彼女は口を開いた。
「うむ、それは何かと言うと、母を探してみたいのだ」
オリビアの母親は幼い頃、幽鬼族に命を奪われた。
だから僕は彼女に君の母親は他の世界に転生しているんじゃないか。
こういう慰めの言葉を掛けた。
「母親を探すって、どうやって? リュトを探し出すより難しいことだ」
「分かっている、が、何事も諦めていては始まらないからな」
僕は友人として、彼女の意志を尊重したい。
彼女の言葉は時折感銘を受けるほどの実直さが覗える。
「師匠、すいませんがお願いがあるんです」
「リュトッ、今までどこに行ってたんだよ、心配したぞ」
その時どこからともなくリュトが帰って来た。
リュトの髪の毛はみるからにボサっとしていて、出逢った時のような野生児ヘアーに戻っている。
「何か遭ったのか?」
「僕のことはどうでもいいです」
「どうでもいい訳ないだろ」
と言い、リュトの肩に手を置けば、リュトは僕のズボンのポケットを漁り始めた。
「何がしたいんだ?」
「クリス達が言ってたんです、師匠が数々の不幸に遭うのは……これが原因だと」
「これって、マリーから貰ったお守り?」
リュトが僕のポケットから取り出したのはかつて賢者の孫娘から貰ったお守りで。それは、彼女と出逢ってから二年目の誕生日に貰った彼女の毛髪を包んだものだ。
リュトはこれが原因で僕は酷い目に遭うのだと言うが。
「返してくれ」
「どうして? それのせいで師匠の人生は波乱万丈になってるんですよ」
「いいんだよ、僕の人生は言うほど波乱万丈じゃないし」
「私の目から見たイクトの人生は、紛うことなく波乱万丈と言える」
横に佇んでいたオリビアはそう言うと、フードコートの空席に腰を下ろした。
「リュトは三つ子の言うことを素直に受け止めすぎだ」
「彼女達の力は本物です、だから僕は彼女達を信じるのです」
本当にそうなのか?
リュトが三つ子に盲目的なのは――好き、だからじゃないのか?
デリケートな僕はその疑惑を心に秘めるだけで止まっているが。
「リュト、三つ子の中でも特に好きなのは誰なんだ?」
オリビアは片足を組みながら彼に尋ねていた。
「愚問ですよオリビアさん、僕は彼女達の個性が好きなわけじゃなくて、僕は彼女達の――」
と、リュトが自身の哲理を謳い始めた時、また姿を消したのだ。
「お戯れをオリビア様、これ以上リュトを焚きつけるのは止めてください」
「エーデル、もしかして貴様はリュトと隠れて付き合ってるんじゃないのか」
リュトが消えた代わりに現れたのは三つ子の一人、エーデルで。
彼女はオリビアから痛い所を突かれたように苦笑していた。
「好きでしたよ、彼のこと。しかしそれは過去の話」
「ふむ」
「オリビア様はイクト様のことが好きなのでしたね」
とエーデルから言われ、今度はオリビアが苦笑を浮かべ。
臆したってことでもないだろうが、エーデルもまた消える。
「こんな冴えない僕のどこが好きなんだ?」
「……イクトの魅力は、分かる奴だけに分かればいい。それよりも」
彼女は席を立ち、再度フードコートを見回した後は、コーヒーを注文し。
差し出されたコーヒーの馥郁で鼻腔を一杯にしては神妙になっている。
「私が地球で一番したいことは母を探すことであれば、イクトには協力を願う」
「そしたら正当な見返りを要求するぞ」
「私に出来ることがあるのなら何だってしてやる」
と言うやいなや、彼女は流麗な動作で僕に肉薄して――キスをする。
「僕にはマリーがいる」
自制を利かせるようにそう言うと、オリビアは目を細め。
「イクトにはマリーがいるのは百も承知している」
「なら」
手を放してくれ。と拒む間もなく彼女はキスをして。
「……何事も、諦めていては始まらないから」
唯一無二の魅力を振り撒いて、徹底して僕の正気を奪うのだった。
タイトル:花弁なりて蕾
しゅんか♪ しゅんとう♪
その昔、某有名映画の劇中作に、僕はジムの胃腸って書き出しの小説がありましたね。
だとしたら、わ、私は筆者の何なんだろう……って本人やんけ!!
もうじき夏ですね、この調子だと今夏の私は狂い咲くと思います。
うーん、開花!!
私はサカイヌツクの花弁なりて蕾。
〈了〉




