恋する課長イクト・マクスウェル・Jr
「イクトくん、今日から君は私の部下として働いて貰いますよ」
「俺は?」
「無論、グッタモさんにも働いて貰います」
社員寮で暮らすこと三日間、ロキ王子は僕らに働けニートと申し出た。
エロゲに興じつつ、グッタモさんに地球を案内していればこうなる。
ロキ王子、延いては王子が務める会社の狙いは僕の能力じゃないか?
僕とグッタモさんは濃緑の作業着に着替え、ロキ王子の会社パンフレットに目を通す。
「……王子の会社は貿易系なんですか?」
「そうですよ」
「僕らの仕事って、どういったものになるんでしょうか」
「簡単に言えば、異世界アルビーダの資源を市場に流通させることです」
アルビーダの資源を……?
たしかにアルビーダはレアメタルが豊富なような気がする。
日本や、アメリカ、中国と言ったG20から見れば宝の山かも。
「私は自分の首を懸けて、この計画を弊社の代表取締役に具申しましたよ。はっはっは」
「いや、それはいいんですが……もしも王子の計画が上手く行ったとして」
「アルビーダにどのような恩恵が発生するんだ、俺の国アルフヘイムの連中にとってどんな利益が生まれる。聞く話よると、異世界アルビーダでのお前は相当な悪党だったらしいしな」
グッタモは僕が言い辛かったことを単刀直入に質してくれた。
地球出身とは言え、僕の住む世界は異世界アルビーダであり。
僕は地球第一に考える王子の思惑を訝しがった。
「安心して下さい、私が目指すのは互恵関係です。細心の注意を払い、お互いに利益を見出せるまでは実際に契約しないと誓いましょう。それに、本当にこの事業計画が達成できるかどうか判らないでしょ?」
「確かに、王子の計画には大きな穴がありますよね」
その欠点を埋めることが出来るのなら僕はグッタモと一緒にとうに異世界アルビーダに帰っている。
王子の最初にして最大の障害は『地球と異世界アルビーダの航行手段』だった。
その後、始業時間を迎えた僕達は社のオフィスへと魔術で移動した。
どこの商業地なのかは判らないけど、オフィスの窓から見える景色は立派なコンクリートジャングルだ。僕らが今居るオフィスにも沢山の社員が居て、二十一世紀ならではのトレンディなレイアウトに舌を巻く。
オフィスなのに、カラフルな色をした談話空間があった。何あれ。
「始業時間ギリギリっすよ」
「すまないねぇ柏原くん、いや、ガトーくん」
「ガトー」
「うぉっ、なんすかこの生き物」
あ、いっけね。ジョージも一緒に連れて来ちゃった。
わ ざ と だ が な。
「さ、それじゃあ早速『異世界部』の最初の朝礼をするよ」
「うす」
異世界部か……常識的に考えればチンカスのようなお荷物間違いなしの事業部だな。
部長はロキ王子が勤め、僕は一応課長の席を与えられた。
この事業部に集った社員はおよそ十五名。
皆、ロキ部長の朝礼に屹立して耳を傾けている。
十五名の中には知っている顏まで居た。
「それでは私からの挨拶はこの辺で、次は課長のイクトくんから一言頂きます」
「……チ」
浪川、まさか君がここに勤めているなんて知らなかった。
そういえば貿易会社勤務って、言っていたような聞いてなかったような。
「初めまして、イクト・マクスウェル・Jrと申します」
「ぷっはは」
「僕は異世界アルビーダの人間です、地球出身ではありません」
「?」
「言わば僕はアルビーダから派遣された地球人たちとの交渉人ですね」
「……」
浪川の一喜一憂に内心ヒェッヒェなんだが。
朝礼の挨拶が終わると、浪川は真っ先に僕のデスクにやって来た。
「課長、エロゲ会社勤務はどうしたの」
「……さて」
と。そう言って浪川の懐疑的な質問を流そうとしたら。
「オ〇ンコオチ〇コで切った張ったする仕事はどうしたって聞いてるんです。有耶無耶にしようとしても、こっちが困惑するだろがよ」
「婦女子が公然と卑猥なこと言うなよ」
勃〇しちゃうだろ。
「エロゲ会社は訳あって退職したんだ。問題ないよ」
「やっぱお前吉岡なんじゃん、ねぇ、どうしてここに居るの?」
「どうしてって……部長と知り合いで、コネ入社だよ」
「質問間違えた、その顔とか外見はどうしたの?」
「転生したんだ」
転生したことを伝えると、彼女は右手を差し伸べた。
「異世界転生舐めんな」
差し伸べた右手で僕の両頬を鷲掴み、力を籠めて圧潰しようとしていた。
こうしてロキ部長率いる異世界部は立ち上がる。
僕達の当面の課題は、異世界との航行ルートを発見するというもので。他の事業部の人間からしたら「駄目だこいつら早くなんとかしないと」という忌諱の眼差しは避けられない様子だった。
噂では、この部署には会社的に左遷させたい人間が集っているらしい。
◇
異世界部が設立されてから一週間が経った。
僕達はいつ左遷されるかも判らない恐怖を克己するように行動を起こしている。
ロキ部長、並びにガトーリーダーは賢者の捜索に躍起になっているようだけど。
それとはまた別に、僕と大師匠のグッタモは地球での工房建設を目論んでいる。
場所は日本であればどこでもいい。
日本の工業地帯のどこかに良い土地はないか。
グッタモと一緒に出張ばかりしていた。
ジョージは出張に連れて行けないと思ったので、社員寮の寮母に預けてある。
寮母さんは「飴ちゃんいる?」と言いながらジョージに魔石を与えているようだ。
「ただいまジョージ」
「おかー」
「お帰りなさい、今回は収穫ありました?」
「まぁ、ぼちぼちって言った所ですかね」
寮母の有栖川ナツミさんの外見はジーナ師匠のお母さんに雰囲気が似ていた。
温和で、優しくて、誰にでも分け隔てなく接してくれる。
「イクトさん、貴方宛てに手紙を預かっていたの」
「どうも、誰が差出人です?」
まさか賢者ブライアンが僕に……?
思い立ったが矢先、勢いよく開封して中を確かめれば。
「マリー……っ!」
「あ、おい! どこ行くんだイクトっち!」
僕は寮を飛び出て、周囲を捜索するよう駆けまわった。
手紙の差出人は三つ子で、どうやらマリーの身柄が拘束されている。
またか、などとの憂鬱は今は考えるべきではない。
手紙によると三つ子は社員寮からそう遠く離れてない場所でマリーと一緒に待っている。
西へ東へ、捜索範囲を少しずつ広げて僕は夜の街を駆け回った。
「はぁ、っ、はぁ、っ、はぁっ」
次第に息が切れ始めた、両脚が悲鳴を上げるよう痛む。
全身の血が下がって、酷い汗なのに体温が消えたかのように寒い。
だけど。
「マリー……!」
彼女への想いが僕を突き動かした。
でも僕は感覚で理解していたんだ。
僕の杞憂は大抵杞憂のまま終わるってことに。
その自覚を今の間忘れていたけど、万が一の事態もある。
だから今は半信半疑のまま、街中を駆け巡っている。
そこで僕は三叉路に差し掛かった。
左に行けば当たりかもしれないし、右にマリーがいるやもしれない。
僕の迷いを露呈するかのような事態になった。
昔話だと、来た道を引き返せば安寧が約束されているんだよな。
しかしそれは現実逃避という名の魔力でしかない。
選ぶんだ、左か、それとも右か。
焦点を左と右に散らしていると、左の通路に人影が浮かんだ。
「……イクトか?」
「ッ、その声はサイラスかっ」
人影の正体は親友サイラスと、その連れのクロエさんだった。
左の通路に駆けだそうとしたんけど、つんのめってこけてしまう。
「どうした、随分と慌て」
「イークート、何汗だくになってるんだよ」
「え?」
え? 右の通路からマリーの声がし――
「っていったぁああああ!!」
「おいおい、大声出すなよ。ご近所迷惑だろ?」
え、えぇ? どうしてマリーがここに? 捕まってたんじゃなかったのか。
「よかった、僕はマリーが捕まってるかと思ってた」
「捕まってるかと? 誰にさ」
「三つ子だよ」
よく見たらマリーの周囲にはモモ先輩やオリビアやバルバトス三世までいる。
「何をどう誤解したか知らないけどさ、安心しろよイクト」
「ここが地球ですか……感じます、この星には私の想像に及ばない巨大なエロスが」
あ、ラプラスさんは帰ってどうぞー。
「十何年振りに帰って来たけどさ、今さら私の帰る場所なんて残ってない」
「それは、っ、なんて、いうかさ」
「大丈夫? 全身全霊で走りましたみたいな顏してっけど」
モモ先輩、僕は正直疲れたよ。
モモの言う通り、僕は今まで死力を尽くして走ってたんだ。
そう言うとマリーは休憩所を見掛けたと言って、案内してくれた。
◇
「ここは……」
ラブホテルですやん。
「ラブホテルって?」
「異世界アルビーダで言う所の連れ込み宿」
「へぇ、そうなのか」
「……参りましょう」
ラプラスは一瞬神妙に目をつぶった後、感慨深く言い放った。
「でもここは団体客は基本駄目だから」
エロゲ会社に勤務していた僕はこういう知識にそつがない。
「では、イクトとマリーの二人で一部屋、私とサイラス様の二人でもう一部屋借りましょう。他は早々に帰って下さい、ここからは大人だけが踏み入れることを許された聖なる時間ですから」
まさかHのことを聖なる時間と比喩する悪魔が居ようとは。
ラプラスはどんだけホーリーコンプレックスなんだ。
「イクト、俺達はお前の宿泊地に帰ってるな」
「あぁ、うん、寮母のナツミさんに事情話せばいいと思う」
この人数を収容出来る施設はここら辺りにはないからな。
サイラス達を見送った後、僕とマリーは結局そのままラブホテルに入った。
特に問題はないよ、僕の全身を襲っている疲労感を除けば。
ここで彼女と睦み合うのもいいけど、他にもしなきゃいけないこともある。
先ず。
「マリー達はどうやって地球にやって来れたんだ?」
「んーとな、イクトがいなくなって、私達は身内を集めて総力を尽くすことにしたんだ。家族会議って奴を開いてさ、あーでもないこーでもないって、主にサイラスとリュトが意見をぶつけあって」
マリーは裸の状態でベッドにうつ伏せになり、両足をパタパタと交互に曲げて情緒溢れる風景を残していた。官能的な色合いをした室内灯が彼女の紅い毛髪、艶めかしいうなじ、魅惑的な背から伸びるヒップラインを照らせば僕の胸中は多幸感で一杯になる。
「で結局、イクトの捜索は二手に別れて行った。だからさっきのは本当に偶然だった」
色々と疑問は残るけど。
彼女が目の前に居る以上、僕がしたいことはただ一つ。
僕はマリーとイチャイチャしていたいんだ。
だから直ぐに口を噤んだよ。
そしたら彼女は不思議がって僕の方を少し不安げに見る。
振り向きざまの隙を覗って、彼女に肉薄してはするんだ。
キスを。
イクト「アイウォンチュー♪」
私「アイアイアイアイニーデュー!」
某日、私はイクト・マクスウェル・Jrちゃんのライブ会場に居ました。
私は発狂するほどコールしていたら――
イクト「もしかして」
私「私達……」
イクト・私「「入れ替わってるぅ!?」」
なんて日が来ても特に嬉しくないです(真顔)。




