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困惑のイクト


「今帰ったぞお前ら」

「父上、ご無事で何よりです」

「俺の不在中、何か変わったことは?」

「と言われましても、何から話したものか」


 絶滅危惧種のスライム、ジョージとの邂逅。

 三つ子とリュトによる大恋愛のプロローグ。

 そして今度はバルバトス三世の帰還だ。


 マリーと過ごす五年目の夏は、また一波乱ありそうな展開を見せていた。


 バルバトス三世の帰還を受けて僕は彼が居るリビングに顔を出しに行った。


「おお……オリビアの言うことは真であったか」

「その節はご心配お掛けしました」


 長い旅路に就いていた彼は僕がこっちに帰って来たのを知らない。

 彼は僕の顔を見るなり雄大な喜悦を湛える。


「よくぞ帰って来たな、イクト」


 彼の篤い抱擁を受けた僕はつい、おとっつぁん、と思った。


「して、お前は今までどこで何をしてたんだ? 冥府で死神の相手でもしておったのか」

「まさか、僕は前世の世界でニートやってましたよ」

「ニート? ハッハッハ! 何か知らんがきっとお前の器量に相応しい肩書なのだろう」


 いえ、ニートはその気になれば誰にだってなれます。

 バルバトス三世はニート=皇帝のように捉えているみたいだ。


「よーしよし、イクトが生きていたのは僥倖だった。俺の今回の旅の成果を聞かせようじゃないか」

「毎度ありがとう御座います、それで、今回の収穫はどんな感じで?」

「その前に一つ尋ねていいか?」


 彼は唐突に僕の黒い瞳を覗き込み、真剣な表情を取った。


「改まって、何ですか?」

「イクトはオリビアのことを、どう思っているのだ」

「……大切な友人?」


「そうか、実は今回の旅路で俺は大層気に入った男を見つけてしまってな。そいつをオリビアの夫として迎えようと思っているのだが、それについてはどう思う」


 オリビアにもとうとうその手の話が浮上したのか。

 僕にはマリーが居るけど、二年ぐらい前は言い寄って来る手合いも結構いたものだ。


「オリビアは何て言ってるんです?」

「まだオリビアには伏せている」


 と言われても。


「彼女ならそこに居ますよ」

「父上、お気持ちは非常に嬉しいのですが私にも選択権と言うものがあります。ことさら言えば私は今秋から教師業を営み始めるものでして、今はまだ余裕がないのです」


「一目会ってみるぐらいの時間はあるのだろ?」

「えぇ、それは一向に構いません」


 しかし、オリビアの貰い手もついに見つかってしまったのか。

 僕は彼女の友人として、妙な奴にだけは嫁ぐなと願っている。


「バルバトスのおっさん、帰ってたのかよ」

「久しぶりだな賢者の孫娘、イクトが甦った今は生き返った心境か?」

「そうですとも、そうですとも」

「ハッハッハッハ!」


「マリー、彼はオリビアの結婚相手を見つけて来たようだぞ」

「へぇ、どんな相手?」


「おぉ、待ってろ、確か革袋の中に奴をカメラに収めたものがある」

 彼は砂埃に塗れた革袋を床に置き、ラプラスの不満を買う。

 汚れた床は誰が掃除すると思ってるんでしょうかね、と言いたいらしい。


「……汚されちゃった」

「喧しいぞー」

「あったあった、これが話題の男を写したものだ」


 金色の魔石で出来た現像機が光を立ち昇らせると、そこに一人の少年が映る。

 彼は僕やマリーよりも若く見えるし、何よりその静謐な顔つきは好感を覚える。


「へぇ、いい男じゃん」

「確かにな」


 マリーや話題の渦中であるオリビアも彼の美貌を認める。

 ベビーフェイスとはこの人のことを言うのだろう。

 けど、彼には身体的な特徴があった。


「……バルバトス三世、彼はもしかしてエルフ族ですか?」

「イクトの言う通りだ、こやつの名はカイン。エルフ族の中でも高貴な男よ」


 映し出された彼の外耳は尖っているように見える。


 僕じゃなくとも、日本人でサブカル造詣に富んだ人なら彼の男根を想像した筈だ……僕も突然の話に少し動揺しているみたいだ、自分で自分が何を思っているのかようわからん。男根ってって。


「ピゴー」

「おぉ!? スライムだと!? ハッハッハ! これまた稀少な奴が現れたものよ」

「その子はジョージと言って、僕が森で見つけて飼い始めたんです」


「……」

 ジョージは映し出されたエルフの青年を注意深く見詰めているようだった。

 もしかしてジョージと彼は深い関わりがあるのか?


「それで、今こやつを王都の城宿に滞在させてある。オリビア、少し時間を置いたら早速会いに行くぞ」

「私は別に構わないのですが、この話自体なかったことになるかも知れませんよ」

「どうしてだ?」


 急なお見合い話に否定的なオリビアを見受け、僕はバルバトス三世の考えを慮った。

 オリビアには好きな人が存在するんじゃないか?

 だから彼はさっき僕にオリビアのことをどう思っているのか質して来たんだ。


「強いて言えば、男運が悪いのですよ、私は」

「そうなのか?」


 オリビアは自身の男運の無さを嘆くと、今まで出逢って来た野蛮人の話を打ち明ける。

 バルバトス三世はその話に笑いを零しながら食糧庫にある酒をかっくらった。


「お腹ー」

「ああ、ジョージ、お腹空いちゃったんだな、そろそろご飯にしよう」


 時間はそろそろ昼食時だ。

 僕は家のみんなを集めて、ラプラスが作ったからあげを箸で突きあった。


「ふぅ、久しぶりのご馳走であったわ」

 バルバトス三世は体格に見合った食べっぷりで、半分は彼が食べたんじゃないかな。

 食事後、彼は僕と一緒にお風呂に浸かり、そのまま。


「……」

 そのまま死んだかのように静かに眠った。


 ◇


「なぁイクト、マリーと結婚した決め手って何だった?」

「マリーとの結婚の決め手……?」


 工房で作業していると、オリビアが訪ねて来た。

 気を遣ったのか、リュトは休憩すると言って席を外している。


「中々に難しい質問だな」

「男が妻を娶るだけの時代はもう終わりそうだな」

「そうだな、最近だと女性も活躍するようになったしな」


 それに於いても、マリーとの結婚の決め手か。

 僕は五年前の記憶を思い出すように、マリーとのイチャイチャ生活を振り返る。

 すると自然と表情が綻ぶんだ。


「彼女と結婚したのは相当昔のことだから、覚えちゃいないよ」


 でも、彼女が傍に居てくれるだけで嬉しい。

 結婚がそのための誓約を儀式化したものだとすれば。


「この際だし、オリビアも真剣に結婚考えてみなよ。人生を豊かにする手段の一つとしてさ」

「ふむ」


 無論、夫婦の数だけ結婚に対する感想は様々だと思う。


 地球での同級生は「結婚は人生の墓場の何たるかを体感したった」と言って、笑いぐさにしてたけど。それってつまり笑いぐさに出来るほど人生経験を積み重ねたのだと思う。


「なら、今から父上が連れて来たカインとやらに会いに行くぞ」

「ああ、まだ行ってなかったんだ。いってらっしゃい」

「お前も来るのだ」

「は?」


 どうして? と聞けば、彼女は物凄く真剣な表情でこう言ったんだよ。


「いやな予感がするんでな」


 えぇ……。



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