現実は残酷だなって。
「っ――!」
ロキ王子達の運命を左右する大将戦は、僕が優位に事を運んでいた。
「……イクト、少し話がしたい」
いくら彼女がそう打診して来ようとも、僕は攻撃の手を緩めない。
「話が、っ……したいって言ってるだろッ!」
「――王座を簒奪されし罪人は漆黒の石竜子と共に失した仲間を憂ひて鬼哭する」
「ちょ!?」
僕が唱え始めたのは極大魔術の一つ、デスフレアの詠唱だ。
先程から僕の攻撃は彼女の特技である移動魔術で鮮やかに躱されていた。
ならば、闘技場という限られた敷地を覆い尽くす魔術を放てばいいわけで。
「逃げろ観客席のお前らァ! ぼっとしてると焼け死ぬぞ!」
詠唱の途中、僕は徐に自分の周囲に絶界陣を張り、その時に備えた。
「奈落の果てで終はりの黙示録を開き、王は永久の眠りを願ふ……マリー、覚悟はいいか」
「イクト……最後にもう一度だけ聞くけど、お前本当にイクトか?」
彼女の問い掛けに、彼女が初めて見せた喪失的な表情に、僕は笑んだ。
そして観客席に居たサイラスの方を見やり、彼が頷いたのを確認した後――
僕は機運を計るように、その魔術を解き放った。
デスフレアは一度発動すれば万物を焼き滅ぼす。黒い半球体の特殊な結界が決闘舞台を覆い、その中に取り残された僕とマリーは淡白い光を目撃していた。視界一面が乳白色に染まると、それは徐々に漆黒の魔焔へと変わるのだ。
その壮絶な光景に意識を奪われた僕は次第に、サイラスとの修行の時を思い返していた――
「イクト、一つ分かったことがある。お前は闘いに向いてないよ」
「……それはどういった意味で?」
「お前の精神は脆すぎる、お前はよく優しい人とかって言われるだろ?」
確かに、僕はであう人であう人から一様にそう言われた。
「しかし、それはお前の未熟な精神がそうさせているお前の保身の一環だ」
僕の性格は小学校の頃からずっと変わってない自覚があった。
小学校で初めて出来た同い年の友達からは、――イクトは偽善者だ。
なんて風に、僕の本性を見抜かれたこともあった。
小学生だった頃の僕は酷く無知で、偽善者の意味を誤解していたから。
僕は大人になってからようやく彼のあの時の言葉の真意を知ったぐらいだ。
サイラスが言っているのは、僕の優しさの正体だった。
僕は他人から極力責められないように、あえてそう振る舞っている。
あの時の彼も偽善者とは言ったが、それ以上追及するような真似はしなかった。
「……それがお前の性分であれば、闘争とは無縁だったんだろう」
「彼もサイラスも凄いな、どうして人の心根を理解出来るんだ?」
僕には他人の気持ちになって考える、と言ったことが出来なかった。
だから時々誰かに苦言を呈されると、驚くように感心してしまうんだ。
「お前に取って最も大事なものを教えてくれないか?」
「それは、マリーと過ごす時間だよ」
「それは揺るぎないものなんだな、なら」
――なら、マリーさんとの時間を対価にして、貴方は強くなれる。
サイラスの言葉を打ち消すように、突如として不思議な声が広がる。
「クロエ、余計な真似するなよ」
クロエさんなのか? この声の主はサイラスの連れである彼女だと言うのか。
「どうする? 私に任せて貰えれば貴方は強くなれる」
「……マリーとの時間を対価にする。ってどういう意味かな」
「私の魔術の一つにあらゆる事象を対価交換するものがあるの」
声ばかりのクロエさんを僕は虚空に目をやって追っていた。
そうして泳がせていた視線をサイラスにやると、彼は一心に僕を見詰めている。
なんと淀みの無い眼差しなんだろう。
「補足すれば、俺もクロエの魔術によって強くなれた」
「サイラスは生涯を剣に捧げ、他を捨て去った」
「へぇ」
僕のサブカル知識を引っ張れば、疑問は残る。
例えばサイラスが剣術と人生を対価交換したと言うのなら、僕達の出逢いは何だったんだろう。僕と彼の出逢いはどちらかと言えば人生よりの価値観だったんじゃないのか。
「どうする?」
「その契約による強制力はどれ程の代物なんですか?」
「俺の私感から言えば、そんなには悪くないさ」
だから僕はマリーとの時間をつくるために強くなれた。
僕が対価として差し出せたのは、苦肉なことに僕の命しかなくて。
その結果がこれだ。
事実、僕は強くなり、マリーとの時間を持てたけど。
しかし彼女との時間は何の因果か、予想外の代物で。
リュトを失った今、マリーを取り戻さないと何もかもが無意味になる、それなのに。
僕は揺らぐ漆黒色の景観を前にして、現実は残酷だなって、独りごちた。
「――っ……あれ?」
「おぉ、みんな大丈夫だ、イクト復活したから。心配かけてごめんなー」
「お前平気かよ、急性アル中なんて洒落にならないぞ」
…………あれ?
ここは……もしかして地球だったりするのか?
放ったデスフレアによって陶然としていた意識が覚醒すると、僕は地球に戻っていた。
しかもそこは、僕が転生した切っ掛けとなった同窓会の席だった。




