悪魔の嬌声 二編
「イクト、彼は知り合いなのか?」
ここに来て日の浅いサイラスはカガトさんを知らなくて当然だ。
「知り合いであり、恩人だし」
彼が今までフード付きのローブを被り、身を隠していたから判らなかった。
ロキ王子の人脈は相当なものだと推察出来る。
「本当はさ、その人は副将か大将にしようと思ってた。けどここは俺達にとって勝機だって思ってな」
「御託はいい、早く試合を始めろクソ野郎」
「個人的に賭けをしないか元王女、俺達が勝ったら」
「私達は勝つ、これは定められたことだ」
……そう、この決闘は僕達が勝つ。
オリビアがカガトさんに勝てば、僕達の勝利は固い。
理由は一つ二つある、即座に理由が思い浮かぶくらい逆算出来る。
「私相手に随分な自信ですな、この世を救ったとされる賢者ブライアン様の右腕だったこの私に」
「五月蠅いお人だ。貴方といいそこのクソ王子といい、好きになれそうにない」
「オッケ、じゃあ第三試合、レディーファイッ!!」
オリビアとカガトさんの試合は、初戦と同じ様相を呈していた。
怪しく佇むカガトさんをオリビアは警戒して、双方動かない。
「……その剣は?」
彼はオリビアが構えている白いフランベルジュを見て不思議がっている。
「これは親友イクトより賜った」
「イクト殿が好きなのですか?」
「今はそんなことどうでもいいだろう、さっさと決着するぞ」
「失礼、私は自身が無感情な性質故、よくよくそこに目が行くのです」
カガトさんの仕掛けに対し、オリビアは毅然としていた。
老獪な彼のことだから、語る言葉、取る仕草、その全てが計略だと思う。
だからオリビアの信念を貫く姿勢は彼に対し有効手だ。
「どうでしょうオリビア殿」
「消えたか」
カガトさんは僕達の視界から姿を消した。
以前、僕に戦闘指南してくれた時と同じように。
「一つ、無情なるこの私めに、感情というものをお教え願えませんか」
「……」
オリビアは持前の炯眼を散らし、周囲を警戒している。
「答えになっていないが、この剣はイクトより貰ったじゃじゃ馬だ」
「ほう」
「こいつの扱いは難しくて、私自身、こいつのせいで幾度となく死にかけた」
「それでも手放さない? なるほど」
「この魔剣、ディアブラッドは所有者の感情を力に変えるのだ。だからな」
――もっと私を辱めていいぞ。
「私を怒らしてみろッ!! そして貴方は感情の何たるかを知るがいいだろう!」
「笑わせないで頂きたい」
「――――ッ!」
オリビアの発破に、カガトさんは背後から仕掛けた。
オリビアは魔剣を振りながら旋回して、彼の魔手を薙ぎ払うと。
薙ぎ払われた彼の手は傷つくことなく、剣戟音を奏でた。
「身体を硬化させているのか」
「私の魔術の一つに、身体の密度を操る物があります……こう言っては何ですが、実は私、貴方が目の敵にしていた幽鬼族、その王を名乗っていた時期も御座いまして。貴方を怒らせる相手としては適役かと存じます」
「それは本当か?」
「私と闘うことで思い出してください。幽鬼族との死闘を制した貴方になら身を以て理解出来るかと」
「……殺す」
「では参ります」
すると二人は正面から激突し合った。老獪に立ち回っていたカガトさんは武勇を発揮するようにオリビアの剣捌きに憶することなく踏み込み、オリビアと打ち合っている。
「イクト、カガトの弱点を知りたくありませんか?」
「ラプラスはもう帰っていいぞ」
「酷いですね、そんな姿勢ではマリーを助けるのは不可能かと」
「じゃあどうしろと?」
「私を抱いてください」
「帰れ」
確か、以前命の危機に瀕した時も、このビッチはこうだった。
ビッチは僕やマリーの危機に際していつもその場に居合わせている。
その法則で言えば、今回も危機ではあるが、何とかなるのかも知れない。
「……彼女は筋がいいな」
息を継ぐことなくカガトさんと打ち合っている彼女をサイラスはそう謳う。
「だけど、カガトさんが強いことに変わりない」
「この決闘に負けたら、全てが無意味になる」
「分かってる」
「……本当にか?」
理解とは、生きる閃きのように感じる。
時に理解は忘れ去ってしまうし。
時に理解は腐って、やがて曲解へと至るのかも知れない。
僕はサイラスが呈した苦言のような言及に、口を噤んだ。
それは僕の理解が今一時、忘れ去られてしまったからだ。
彼の言葉に促され、僕の理解は生き返った。
「……ラプラス、カガトさんの弱点って?」
「つーん」
このビッチ、あろうことか欺瞞的にツンデレに成り下がりやがった。
「おや?」
「はぁ、はぁ、どうした三枚目、余裕を見せている暇などないぞ!」
「……それもそうですね、ですが――貴方のイクト殿が大変な目に遭ってますぞ」
「?」
「敵から目を離すな!」
サイラスは僕の代わりに戦況を見極め、オリビアに檄を飛ばす。
「……――っ」
「いい判断です。私を斃し、後顧の憂いを断ってから、アレを処理しようと言うのですね」
「止めろ! さもなくば貴様は私ごとこの剣に滅ぼされるぞ」
「しかし、我が娘ながら実に艶めかしい光景で」
「止めろと言っている!」
……もしかして、オリビアは僕に言っているのだろうか?
「殺してやるぞ、お前ら!」
「フフ、失敬」
クッソ、ラプラスのせいで試合が台無しだ!
「カガトの弱点は超人的な聴覚です、カガトは耳が弱いのです」
「……ふーん」
「どうして殿方と言うのは、ことが終われば冷たくなるのでしょうか」
このビッチ! は放置して、僕はカガトさんを斃すべく動いた。
ロキ王子達が妙な文句を付けて来ても、初戦の一件を引き合いに出そう。
大丈夫だ、ことは会場内で起きる代物じゃない。
「オリビア!」
「厳正なる試合中に何をしていたこの〇〇〇〇〇〇〇野郎!」
軍隊上がりのオリビアの口からは時折ヘドロのような暴言が飛び出す。
何か知らないが、彼女は純粋に切れているようだ。
「今から三十秒後にカガトさんに渾身の一発を喰らわせるんだ!」
「それを言うのなら一発ではなく一撃と言え! 〇〇〇〇〇〇〇〇がッッ!」
すると、オリビアは僕の言葉通り三十秒数え始めてたと思う。
「私は三十秒後にどうなってしまうのでしょうか?」
「貴様も黙れカガト」
「いいですね、その目」
オリビアの睥睨に、真性のドMである彼は悶える。
カガトさんの反応を覗ったオリビアは、まるで――
「何を〇〇〇〇〇のように笑っている? 今から貴様は〇〇〇〇〇へと成り下がり、そして〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」
まるで時間稼ぎのように、口汚い言葉で彼をなじった。
「……ふふ、つい降伏してしまいそうだ」
「どうされたい? この下郎」
「嗚呼、そうですね――滅茶苦茶にされたいです」
カガトさんの口からその言葉が出た時――――――ッッッ!?!!!?!
突如として外から爆裂音が轟いた。
「――っ」
すると幽鬼族特有の聴覚の良さが仇となった彼は耳を塞ぐ。
爆裂音により平衡感覚は一瞬にして奪われ、彼は頽れた。
「ッ――――ッッッ!!」
そして、オリビアは蹲っているカガトさんを上から一突きし。
カガトさんはその攻撃に断末魔。のような嬌声を上げるのだった。
昨夜はぼんばばぼんだったお腹も抗生物質ペニシリンを投薬し、穏やかになりました。
お腹の不安が取れた今は、新たな悩みの種を抱えていますが。
人生とは往々にして悩み物なんでしょう・NE☆彡




