初戦
初戦の序盤、バルバトス三世とガトーの両者は互いに様子見している。
「訊こうか、何故お前らは賢者の孫娘をさらった」
「言ったところで理解出来ないだろう、強いて言えば故郷に帰るためだ」
「そうか、故郷に帰るためか」
国を捨てた王と、故郷に帰ろうとする一兵卒の対比は胸が熱くなった。
人生とは試練の連続であれば、僕達は今正に試されているようだ。
「他人の恋人をさらう理由としては、実に不条理。俺は」
――そう言った外道が大嫌いなのだ!!
バルバトス三世は僕の代わりに吼え立て、怒ってくれた。
僕には他人のために怒ってやる義憤と言うか、正義感がなかった。
「……で?」
「「お前を打倒し、血と泥の味を篤と味合わせてやる」」
「か? バルバトス三世、貴殿は勇猛にして愚者。愚者には愚者の末路が待っている」
すると試合の様子が変わった。
ガトーは得体の知れない術を手繰って、バルバトス三世を思いの侭にしている。
そんな素振りだ。
「父上!」
「……案ずるなビリーノエル、俺がこんな三下なんぞに」
しかし、バルバトス三世の虚勢は見るに明らかだった。
彼は胸部を手で強く押えると、突如として片膝を突いた。
「アァ……! ア、ア?」
「父上、気を強くお持ちになってください!」
「ビリー、ノエル……」
「イクト・マクスウェル・Jr! お前にはこの試合を放棄する権限をやろう! バルバトス三世を失いたくなければ今すぐ負けを宣言するんだ!」
「……」
僕はガトーの怒声に逡巡していた。
ことは僕とマリーだけの問題じゃない。
これはバルバトス三世の尊厳が懸かった問題でもある。
「ァ……ァっ――ウォアァアアアアアアアアア!!」
「父上ッ!」
「イクト、勝負は決した。彼ではこの状況を覆すことは不可能だ」
「……」
恐らく、この場に居る誰よりも最強のサイラス。
彼の助言に対しても、僕は判断に揺らいでいる。
「どうやら、ここまでのようですね。バルバトス三世は正しく蛮人。彼は一国を統べる者たる器ではありません」
「黙ってくれないかラプラス、彼はまだ抗ってるんだ」
「抗う? 抗って何になるというのです」
「彼が抗っているのは誇りを持っている証拠だ。自覚の有無にしろ、人は誇りを持たないと腐るだけ。彼は今敵の術中に陥っているけど、抗うことで僕達やバルバトス王国の民が羞じぬよう雄姿を知らしめている」
一国の王たる器、最強の肩書たる器、賢者の孫娘の夫たる器。
器とは天から与えられた才能だけを指して決まると言うのなら。
その世界は何とも退屈極まりない。
しかし、彼の背中からそれは違うのだという強いメッセージを感じる。
バルバトス三世が苦しみに耐え抜く姿から僕はある一つの真理を得ていた。
人生が思うように行かないのは必然だ。彼は課せられた運命に抗い、そして、器の違いとは苦難を乗り越えた先に示されるものだと教えてくれる。数々の先達がそうであったように、人の器は存外泥臭く出来ているのだ。
「イクト・マクスウェル・Jr、このままでは彼は死んでしまうぞ?」
「黙れ小僧ッ! 喩え今ここで死のうともそれ本望と言うものよ……グッ」
だから彼は死力を尽くし抗っているんだ。
「それに、な、ァ……ようやくこの攻撃に慣れて来た所だ」
「ジジイが、どうやって死にたい」
「死なんよ、俺にはまだ果たせてない夢がある」
「夢?」
「――ッガ!」
彼が大望を語ろうとした時、ガトーは背後に回り込み両足首の腱を切り裂いていた。
するとバルバトス三世は地に頽れた。
「父上ッ!!」
「バルバトス三世、お前にその夢を叶える時間はない……どうやって死にたい」
ガトーはそう言い、冷徹な表情を湛えたまま次々とバルバトス三世の身体を切り刻んでいく。
傷口から夥しく流血したバルバトス三世は自身の血溜まりの上に倒れてしまった。
「……死ぬわけにはいかんのだ、秘宝アスタリスクを見つけだすまでは」
「最期にもう一度訊くぞ、どうやって死にたい」
「無論……貴様に勝ってからだ」
「俺は今心の底から驚いている。貴殿の仲間達は思いの外冷たいんだな」
「……侮辱するな小僧」
「だってそうだろ、貴殿の命はもう終わりだ……止めるべき場面だろ」
その時、僕の腕をサイラスが掴んだ。
「イクト、彼を死なせるつもりか?」
「サイラス、確かに君は強いけど、思慮が足りてないんじゃないか」
と言い、ちょっとキツイ物言いだったと反省した僕もまたそうだけど。
「僕は烈士気質でもないし、そこまで酷薄な人間でもないことは知ってるだろ」
「なら彼に勝算があるのか?」
「あるかも知れない、少なくとも試合はまだ終わっちゃいない」
最早、局面はガトーがバルバトス三世を嬲っているだけだった。
僕はふとロキ王子を見やった。
彼は今回の決闘の勝利は自分達のもので揺るぎないといった表情をしていた。
見るからに自信に満ち溢れていて、天狗となった彼の鼻っ柱を叩き折りたい。
「……もう終わりか小僧」
「妙だな、あんた何か隠してるだろ」
「先程の精神攻撃にはしてやられたが、俺を物理攻撃で斃せると思うなよ」
バルバトス三世の台詞に、誰よりも目を見張ったのはロキ王子だった。
目を見張ると言うか、彼はサプライズショーでも覗うかのように喜んでいる。
「ガトー、この試合負けたらお前は首だ」
「と言うことらしい。悪いが素直に俺に負けてくれないか」
「ほざけ小童ども」
ガトーの予想を覆すようにバルバトス三世はすくりと立ち上がる。
満身創痍だったバルバトス三世が平然としているからくりは、彼の魔術適性にある。
火、水、土、風。
これは異世界アルビーダで確立されている四元素と呼ばれる基本的な魔術適性だが。
バルバトス三世の魔術適性にそれらの項目はない。
王位を世襲した彼は攻撃に特化した魔術を持ってなかった。
だがその代わり、彼の魔術適性表には『ヒールS+++』の特筆があった。
彼の天職はヒーラーなんだ。
魔術適性が一切ないサイラスにはそれが見抜けなかった。
「悪いなあ、こんななりした奴の特技が回復魔術で。だがこれしきのこと、節穴の眼を欺けても、賢者と言った実力者の眼は誤魔化せんよ」
これは彼の安い挑発であり、鼓舞だった。
今回の敵はこの挑発に乗って来ることはないけど、僕達を安堵させる。
「イクト、お前はこの小僧の力をどう分析している?」
「恐らく、ガトーの魔術適性はそこまで大した代物じゃないですよ」
「ほう?」
「先程の精神攻撃にしても、彼の魔術ではありません。観客席に潜ませていた傀儡の手によるものです」
それを気取った僕は警備に当たっていた三つ子に排除するよう要請しておいた。
彼女達は事を上手く運んでくれたようだ。
「王子の癖に、やることが卑劣だな」
「それは元王女としての発言かな? まぁ、ネタは分かったから試合再開! ちなみに一試合に付き制限時間を設けることにしたー。制限時間が過ぎたら審判、つまり俺の判定で勝敗を決めるからな」
「では、早々に片を付けるとしよウカァ!!」
王子の独断宣言を機に、バルバトス三世はガトーを猛襲した。
立派な体格を活かした魔石の三叉槍による一突きに――
「何処へ行きおった!?」
「父上、上です!」
「空か!」
ガトーは突きを受けることなく、空へと退避してやり過ごす。
「その槍が何かしらの魔石で出来ているとすれば、ヤバそうだ」
「……勘がいいな。だがこの魔槍ゲイ・ボルグ、これしきの間合いなど与せんゾォ!!」
と、バルバトス三世が矛先を中空に居るガトーに向けた瞬間――っっっ!
ガトー目掛けて槍の三つ又が幾万にも分裂しながら伸びた。
「……クソジジイが、今回の決闘には観客が居ることを忘れるな」
広範囲に降り注がれた魔槍の攻撃を、ガトーは絶界陣で全て止めていた。
よくよく見れば、中空にいるガトーは絶界陣を足場にしている。
「よくぞ我が魔槍の一突きを退けた!」
「まぐれだよ、俺は運が付いていただけに過ぎない」
今さらになって、パーティーの時に彼にあの魔石を渡したのを後悔してしまう。
それと後悔はもう一つあった。
ガトーに防がれた魔槍の枝葉は形状を維持出来なくなり、自滅する。
魔槍ゲイ・ボルグは僕がバルバトス三世の依頼を受け、贈ったもので。
あれは僕の代表作とも言える名槍だ。
それが今はガトーが手繰る魔術には通じない。
どうやらあの槍はまだまだ改良の余地がある。
それを悟った時、僕は白いハンカチを試合会場に投げた。
「お? どうやらイクト一味はこの試合、棄権したようだ。ってことで第一試合は我らが『緋鷹』のショォオオオオオオオオオオオオオゥリ! やったぜ!」
向こうが第一試合を獲ると、王子は勝利の栄光に叫んで喜ぶ。
「ぬぅ、この試合は貴様に譲ってやるが、勝敗はまだ決してないと心得よ」
「何言ってるんだ? 俺は今空しい気持ちだから語り掛けてくれるな」
これで、途端に僕らは追い込まれてしまったようだ。
何故かと言えば、五試合のうち、一つは敗北が確定しているからだ。
でも彼女の潜在能力を考えれば、勝てる見込みもあるかも知れない。
そう思い、僕はラプラスを見やる。
「……あそこの殿方が、私を卑しい目で見詰めているのです」
しかし空前絶後のビッチは会場の観客を早速品定めしていた。
駄目だコイツ早くなんとかしないと。
「――濡れる」




