緊迫感に欠いたドラマ
バルバトス三世の忠言によると、僕はマリーと四六時中一緒に居ればいい。
「どうしたイクト? 普段以上に私に熱上げてるな」
「君は何者かに狙われている」
「そうなのか?」
もし、彼女が何者かに拉致誘拐されたとしても、その時は僕も一緒だ。
普段以上に彼女と過ごす時間を大切にする。つまりは、
――僕はマリーとより一層イチャイチャする!
のだ。死ぬときは彼女と一緒と決めている。
「マリー、明日は大広場のアイスクリーム屋に行こう」
「いいですよ、その後は王都を周って夏服を新調しような」
明日はマリーとウィンドウショッピング、Yeah!
じゃあ今日はもう寝るとしよう。
マリー? 彼女だったら僕の隣に居るよ、Yeah!
何気に今夜のパーティーは疲れた。
緊張疲れだと思う……そう言えば、今頃僕の両親はどこで何を?
生きてるといいんだけど。
◇
翌日、僕はマリーと手を繋ぎながら王都の大広場を散策していた。意識的に周囲を気にかけ、彼女の安全を脅かす不審者がいないかどうか見張っているんだ。
「何キョロキョロしてるんだよ、不審者みたいだぞ」
ですよねー。
「昨日言ったように、君が狙われている可能性は高いんだ」
「賢者の孫娘はこれだから辛い、周囲の人間はそれを分かってくれないんだ」
肩をすくめ、飄然と語る彼女の言葉から僕は察した。
マリーがこれまで経験して来た苦労って奴をさ。
彼女は才能に胡坐を掻いていると思われがちだ。
事実そうだけど、それでも彼女は多幸な人生を送って来たとは言えない。
賢者の孫娘、マリー・ルヴォギンスは孤独だった。
彼女は安易に孤独を怖れたりしないが、それでも寂しい思いをしている。
それは理解者と呼べる相手が今までいなかったからだ。
僕がその理解者だと自負する自惚れはまだ持ちえない。
僕と言うものはマリーを十全と理解し切れていない、単なる連れ添いでしかない。
なら逆は?
「マリーは僕のことをどれくらい知ってる?」
彼女が暗い箱庭の深淵でたった一人きりのように。
僕の箱庭は、一体どんな景色だっただろうか。
「一杯知ってるさ、この世で私以上にイクトを知ってる奴はいないって」
その言葉は欺瞞ではないだろうけど、嘘と言えば嘘だ。
僕らは嘘を吐き合い、互いを欺いて、それでも尚夫婦をやっている。
でも、妄想染みたくだらない悲観はこのくらいにして。
今日は盛大に彼女とイチャつくんだお。
「イクト、あっちで珍しい見世物がやってるぞ」
と言われ、マリーが示唆した方向を見る。
大広場から大聖堂へと続く石段の前で、あるグループが音楽を奏でていた。
出で立ちとしては、地球のクラシック音楽の楽団員のような礼装姿で。
明らかに怪しいと思った僕は彼らに対し武力行使を強行した。
「絶界陣!」
「おぉ!? おま! 折角私がいい雰囲気を演出しようと呼んだのに何をする」
「え? そうなのか?」
僕はマリーに勘違いだと突っ込まれ、その楽団をよくよく窺うと。
楽団の指揮者は僕もよく知ってる人物だった。
「上等じゃゴルァ、お前の毛根えぐり取って頭皮ズタボロにしてやんぞ」
ああ、貴方はモモ先輩じゃないすか、ちっすちぃっす。
モモは前世でクラシック音楽を生業としていたらしく。
彼女は学校に通う傍ら、この四年で音楽界に革命を起こしていた。
「静粛に願いましょうか」
「ふひひ、さーせん」
「ご静粛に願いましょうかっつってんだろ」
なら黙る。
モモが集った大衆を静まり返らせると、大広場は一瞬の静寂に包まれる。
指揮棒を振り、モモは一人のソプラノ歌手に口を開かせた。
これは音楽に疎い僕でも知っている――アメイジンググレイスだ。
確か神の恵みを感謝する歌だったかな。
聴いていると自然と過去の自分を自照してしまう。
そして気付くのだ、僕はこの世に生かされていることに。
僕の生活を支える人々に、僕らに糧を与えて下さる神々の恵に。
僕は自身の存在もまたそうであれと願う。
瞼を閉じると、故郷の風景である黄金色の麦畑が風に撫でられている。
その原風景の中、一人侘しく身体を彷徨わせ。
僕は、酷い孤独を感じていた。
「いい歌だな」
マリーの声で我に返った僕は、彼女を黒い双眸で見詰めた。
彼女はこの讃美歌を聴き、感動の余り少し涙ぐんでいる。
「これは神の恵みに感謝する歌なんだ」
「そうなのですね……思わず発情してしまいました」
「ラプラスは黙ってろ、いつの間に居たんだ」
今は僕の孤独感と、マリーの感動との対比を露呈するワンシーンであって。
神への讃美歌に発情した悪魔が僕を誑し込むサービスシーンなどではない。
その後も僕達はモモの楽団による旋律に耳を傾けた。
まるで地球に居る心境に戻れたよ。
地球に居て、現実離れした夢心地を味わっているような感覚だった。
「運命とはこのことを言うのですね」
「僕もそう思います」
「貴方を私の家に招待したいのですが」
「是非とも」
「……今夜は寝かせませんよ」
「(///∀///)」
楽団による演奏が終わると、我が家のビッチは観衆の一人に運命を謳い、誑し込んでいた。
「お疲れモモ、素晴らしい演奏をどうもありがとう」
「こちらこそありがとうマリー、楽団員の士気を高めるいい機会だった」
マリーと握手し、互いに感謝し合っている彼女は、僕に請求書を提示していた。
一般市民がこの請求額を見たら腰を抜かす。
「……モモの楽団は、自立出来そうにないのか?」
「何か?」
「いや、別に」
楽団の維持費は僕達の生計に重くのしかかり。
この四年、稼ぎとは反して僕はマリーに贅沢な思いを余りさせてやれなかった。
「イクト殿ではないか」
「あ、昨夜はどうも」
そこに現れたのは昨夜僕に手を差し伸べてくれた近衛兵のガトーだった。
精悍で甘いマスクを携えた彼にマリーとモモは誰? と言った顔つきだ。
「初めまして。私の名はガトー、第一王子ロキの近衛兵であります」
「ふーん? 噂には聞いてるよ、何でも一風変わった集団なんだってな」
一風変わった集団? まぁ詳しい話しは後で聞いてみるとしよう。
「今日は、格好から見るに休日ですか?」
「休日がない暮らしは嫌だからね、その点ではあの放蕩王子は見直すが」
――でもあいつは人使いが荒い。
「能無しの癖にね」
「ずいぶんな言い様ね小父様」
「お、小父様? 俺はまだ三十だ」
モモさん、貴方口が過ぎますことよ?
けど、ガトーさんの御年は三十だったのか。
前世の僕と比較しても、ちょっと老けて見える。
「年は関係ないの、貴方から漂うロマンスグレーの香りは最高」
前々から気付いてたけど、モモ先輩はそっちの専の方だった。
「君の名前は?」
「モモよガトー少佐」
「……イクト殿、すまないがこの彼女を」
ガトーさんはモモから年寄り扱いされ、自信を失ったように悄然としていた。
僕はモモを諫めようと先程寄越された請求書を盾にしようとすれば。
「――絶界陣」
「……ガトーさん」
「イクトくん、ありがとう。よくぞ今までマリー殿を無傷のまま保護してくれた」
ガトーさんは、僕が昨夜あげた結界魔術をマリーとモモの両名に掛けていた。
「狙いは何だよおっさん」
「……」
「他人にこんな仕打ちしといて無視かよ」
絶界陣は強力な結界魔術だ。
四年前、この魔術に捕まった賢者の孫娘であるマリーも認めるほどに。
「マ、マリー」
「平気で御座いますよイクト、四年前もそうでしたよね」
マリーは本気で困ると丁寧語を喋る癖があった。
僕はそれを四年前から知っている。
ガトーは手を上げ、恐らく仲間であろう魔術師を呼び寄せると。
捕まっていたマリー達は何処かへと消えてしまった。
「イクト殿には申し訳ないが、しばらく彼女の身柄は俺が預かる」
「交渉の余地はないんですか」
「……気が向いたら、あの放蕩王子を訪ねてやってくれ」
ガトーはそれだけ言い残し、移動魔術で消え去った。
彼が先程の仲間と一緒に移動しなかったのは、一種の妥協だと思えた。
もしくは無力な僕に見せた余裕だったのかも。
とにかく、今は考えあぐねている場合じゃない。
「ロキ王子の許へと向かわれるのですかイクト」
「ラプラスは家に帰って、オリビア達を呼んで来てくれないか」
「そういう訳には参りません」
「どうして?」
「マリーは一応私の主ですので」
「ラプラス……君の忠誠心は、生憎分からないけど」
と言えば、ラプラスは無表情のまま、先程の男性に付けられた首輪のリードを引っ張った。
これはどうでもいいことだが、ラプラスは本当に緊迫感に欠いたビッチだな。
関係ない話しですが、私は最近洋楽のジョナスブラザーズの『Sucker』と、エドシーランの『Shape of You』をヘビーローテーションさせながら執筆しています。以前もお伝えしたように洋楽からインスピして書いているので、どなたかお薦めの洋楽があれば感想の一言欄にて是非お教えください。私からのお薦めは『Shed a light』です。




