英雄の生誕歌
僕達の説明を受けたバルバトス王は即座に兵という兵を城に呼び寄せ。
彼は国民に向けて演説をし始めるのだった。
「我が国に勝機有り!! 思えば幽鬼族の被害を軽んじ、国を滅亡寸前まで追いやったのはこの私である。だがしかし、待たせたな民草よ! 我に起死回生の秘策がある!」
この演説の前、僕はバルバトス王にビリーノエルの減刑を訴えた。
しかし彼は真剣で、情愛が籠った表情でこう言ったのだ。
――国始まって以来かも知れん。
「国始まって以来かも知れんのだ、この窮状は。幽鬼族に最初に接触したのは当時十歳だったビリーノエルだ。あいつは募らせた寂しさからか、幽鬼族を友達と思い込み、謀られ、そして国内に災厄を招き入れた」
減刑を訴えた僕でも、彼女が犯した失態はわかる。
「その後のあいつは甘えを捨て去るように自らを一兵卒に貶め、国宝であるジークフリートを無断で持ち出し、旅立った。先程も聞いていた様に、あいつの二人の兄達はそのせいで死んだのだ」
ビリーノエルとの付き合いの浅さもあったのだろうが。
僕はそこで口を閉ざした。
「……だが結果的に、あいつが取った勇気ある行動は国を救ったがな」
「でしたら彼女の処罰は保留にし、彼女の身柄は私どもに預けて下さいませんか」
ラプラスはこの状況でも冷静に願いを口にした。
僕が心のどこかで抱いていた小さな希望である願いを。
「あいつをどうする気だ」
「賢者の孫娘であるマリーは彼女に気を許しています。なれば同じ境遇にある二人を引き寄せ、ビリーノエル様にはマリーのご友人として生涯尽くして貰おうかと」
「……あいつに言っておいてくれないか。今日からお前はビリーノエルではなく、オリビアを名乗り、そして――生きろと」
「その御言葉、確かに承りました」
その談話の後、バルバトス王による演説は始まった。
彼は国民の前で失った虎威を取り戻すように、荒々しい声を上げている。
僕とラプラスの二人はその演説を影から見守っているだけだった。
「潮時ですね、ビリーノエルを連れて今すぐこの国を後にしましょう」
「え?」
「恐らく、幽鬼族を打倒しても、この国はそう長く持ちません」
「本当に? 見捨てるのか、この国の人達を」
「辛い思いを其方たちにさせたのはこの私だ、其方たちに涙を流させたのはこの私だ……! ならば、我が国が幽鬼族に勝利した暁には私は玉座を明け渡す」
するとバルバトス王は突然の退陣を言い渡した。
「次の国王は誰だ!! それは其方たちが決めることである。であれば兵たちよ、戦果を国に献上し、功績を上げ、次の王へと名乗り出るのだ!」
「行きましょう、この国はやがて変わります。国が大きく動けば、個人ではどうしようもない禍根が必ず生まれます。貴方はマリーにその禍根を背負わせるおつもりですか?」
「……僕には」
「行きますよイクト」
逡巡としていた僕の手を、ラプラスは強引に取った。
僕には分からないよ、ラプラスが口にした言葉が本当かどうか。
「何か用か? 父上は何と言っていた」
「貴方の処遇が決まりましたよビリーノエル」
ビリーノエルは一切光が射さない地下牢獄に居た。
ラプラスが松明で彼女を照らすと、膝を抱えて悄然としている。
「どんな処罰を私は受けると言うのだ」
「簡単に言えば国外追放、貴方の身柄は私達に譲渡されました」
「……国はどうなる」
「この国でしたら」
――可哀想なビリーノエル。
その時、僕の耳に童女の声が聴こえた。
声の方を見ると、そこには。
「……あ」
「私が怖い? 手が震えてるよ」
アアアアアアアアアァァァァェアァアアアアアェッッ!!
「貴様はまさか、リカなのか」
声の方向には手のひら大の人形を手にした幽鬼族が存在していた。
幽鬼族の外貌は十全と目視出来なくて、半透明の青白い影がただ在った。
「可哀想」
「……お前の姿を見て私はようやく自分の取った行動が過ちだったと悟ったよ」
「イクト、起きて下さい、貴方の出番ですよ」
「……」
「……見事に気絶してますね」
「ビリーノエル、貴方のお兄さん達が待ってるよ」
「もうその甘言には飽いてしまったよ、だからなリカ」
――魂の欠片すら残さず、消えてもらおうか。
どうやら僕は幽鬼族と対面して卒倒してしまったらしく。
僕達の前に現れた幽鬼族はビリーノエルを知っていた。
「っ! ここは?」
「伏せなさい」
――ゴッ!!
物凄い勢いで上方を通過した土塊は僕の頭頂部を掠めて後ろに飛んで行った。
また意識が飛びそうだ。
そしたら、ラプラスが強引に僕の唇を奪う。
「ちょ、やめ、意味分かんないから!」
「また気絶されたら面倒ですから」
状況を把握しよう、でないとこのビッチにまた凌辱される。
僕達が今いるのは地上のようだ、場所は王宮の城壁部で。
よく見れば、ビリーノエルが例の幽鬼族と激しい戦闘を繰り広げていた。
「よく戦ってる方ですね、どうやら彼女の魔術適性は物理系。幽鬼族とは相性が悪すぎます」
ビリーノエルは幽鬼族が繰り出す火炎、氷雪、稲妻を軽やかに躱しつつ。
時には先程後方へと飛んで行った土塊を出現させて凌いでいた。
「イクト、あの幽鬼族を倒すには貴方のライフドレインしかありません」
「……」
「それとも、今のうちに逃げますか?」
「逃げないよ、逃げない、僕はもう逃げられない」
「なら、後はどうするかお分かりですね」
ラプラスはそう言うと、Yシャツのボタンを一つ二つ外した。
何してんだこのビッチ、言動がバラバラだぞ。
と思ったのは内緒だ。
「イクト、私の生命力を今一時だけ吸うのです。そして貴方は――」
「可哀想、父親に見放されて、国賊に成り下がったのに、貴方は命を賭してる。そんなことしても貴方を認める人はここにはいないよ」
「聞いたぞリカ、貴様が私の兄達を殺してくれたらしいな」
「そう、そのおかげで色んな魔術適性を獲得出来た……これで増々虐殺出来そう」
「そうか、安心した」
――貴様が下種であることで。
「私は、私の私怨を、復讐を! 正当化出来るのだからなァッ!!」
ビリーノエルが内にあった汚濁を吐き出した時、僕はラプラスの生命力を借り受けた。
そのおかげで僕は悪魔的な身体能力を一時の間得る。
これはカガトさんとの模擬戦の時に判明した副作用だった。
遥か上空に躍り出て、中空に浮遊していた幽鬼族を上から奇襲した。
「ハハ」
――バレてるよお兄ちゃん。
どうやら僕の奇襲は見抜かれていたようだ、幽鬼族は突如として消えた。
「避けろ!」
「無理!」
そして僕はビリーノエルが放った土塊の直撃を喰らい。
土塊の勢いに押されて仰角八〇度の方向へと流された。
「私が持ってる魔術適性は、火と水と風、これでビリーノエルの土が加われば四元素揃うの」
「くれてやるはずない!」
「貴方の声が好き」
ビリーノエルは城壁の上で幽鬼族相手に善戦しているようだ。
一方の僕は城内に落ち、ビリーノエルの死闘を下から観察していた。
「イクト、無事か」
「バルバトス王、援護はないのですか」
「奴の出現によって国民がパニック状態になってな、このままじゃ二次被害の方が大きくなる」
「それでも彼女を斃さなきゃ」
その時、僕はラプラスから託された策を思い出した。
ラプラスが打ち出した策は幽鬼族の異常な聴覚を逆手に取る。というものだ。
「バルバトス王、折り入って頼みがあります」
「聞こう」
「頂戴、ビリーノエルの命、貴方の魂は今は淀んでるけど、それでも欲しい」
「私の魂なら既にある男の物になった」
「ふふ、楽しい冗談だね」
「今度は逆に質問しよう」
「時間稼ぎしてるね、何が狙い? さっきのお兄ちゃん?」
「……?」
「何だろうね、突然下から、これは歌?」
「この歌は」
強調的な早いテンポの雄々しい曲がバルバトス王の口から紡がれ始めた。
バルバトス王がソリストを務めて、王につられるように民衆も軍歌を奏でる。
「どうしたリカ、何を怖がっている。さぁ決着を付けようぞ!!」
「ビリーノエル、あの歌を止めて欲しいの」
「ならんよ、あれは英雄に贈られた歌だ。まさか私がその栄光を受けるとは」
――嬉しくて、涙が出て、それでも尚。
「私は、この国を捨てねばならん。だから貴様との決着を以てして有終の美を飾る!!」
「そこまで言われたら、私も引くに引けない。私はビリーノエルが好きだから」
「ならば何故母の命を私の目の前で奪ったのだッ!」
「ビリーノエルが好きだから」
「ほざけッ!!」
くしくも、バルバトス王が選んだ曲目の名は『英雄の生誕』と言うものだった。今国のために勇猛果敢に戦っているビリーノエルに相応しい歌だとは思わないか。例え私怨に駆られて攻撃を繰り出そうとも、それは英雄による現状打開の一手にしか過ぎない。
(これほど心が高揚してるのはいつ以来のことだろう。目の前で母を殺されて以来、私は一心腐乱に騎士道を目指してきたが、結局父上を失望させるだけだったな……私は本当に、これを最後にこの国の人間ではなくなる。ならば)
――今は民の賞讃を誇りに、敵を討ち取るのみ。
「それが英雄の役目ならば、私は必ず貴様を斃す!!」
戦局はもはやビリーノエルが圧倒していた。
彼女の攻撃は幽鬼族に一切効果してないが。
幽鬼族は国民による合唱で自我を失いかけている。
「今だイクトォ!!」
ビリーノエルの声と共に、軍歌に紛れて幽鬼族に接近していた僕はライフドレインを使った。
「――クぁ!」
捉えた! 僕のライフドレインは確かに幽鬼族に当たっている。
僕の中に彼女の生命力が入って来るのを感じる。
まるで川を流れていた落ち葉が僕という瀑布に沈むような感覚だ。
「……ねぇ、この歌を止めて、お願い」
「どうしてそこまで? 君はもう直死ぬんだぞ」
「この歌の裏に隠された意味を知ってる? 英雄が現れる時いつだって戦乱を巻き起こす、英雄はエゴから他種族を路傍の石としか思わないほど冷徹に扱うから、私は英雄って奴が大嫌いなの」
「それは君の妄想だよ、英雄は救いの手を差し伸べる勇敢な者を指す」
「私も、次に産まれる時は」
――ビリーノエルのような、美人さんになりたいな。
それが幽鬼族の最期の言葉だった。
敵の言葉を真に受けるのは愚かなことだろうけど。
彼女は大好きなビリーノエルを独占したいだけだったのかも知れない。
「イクト……やったのか?」
「手応えはあった、たぶんあの子は転生して、きっと美人になるよ」
「そうか……――聴け! 民よ! バルバトス王に仇名す悪鬼は斃れた!」
すると軍歌に交じって眼下にいた国民から大歓声が沸き上がる。
僕達は身にあまる賞賛を受け、感激に身を打ちひしがれ。
勝利の花吹雪は舞い上がり、英雄を讃える歌は鳴りやまない。
いつまでも。




