純愛。これが人の愛なのでしょう?
こんにちは!!!!童想恋香、元みょん悟りです!
今回はシリーズ「音楽的物語」の純愛でなろうコンを攻めさせていただきます……!
そして申し訳ないですが、この作品は未完成です……これからちょくちょく編集で追加させていただきます……。
では、どうぞ!!
髪を整え、制服を着て。父はとっくに仕事に行った。母はとっくに寝てしまった。朝食?自分で作るしかないだろう。
私の父は仕事優先。家庭のことは全て母に任せて住み込みで稼ぎに行ってしまう。だから滅多に見ることはない。
しかし私の母は夜に仕事に行く。別に体を売っているわけでは無い、ただの夜間コンビニバイト。
今は寝ている母が、消すことをめんどくさがって付いたままのテレビから臨時ニュースが流れてくる。が、今はそれどころではない。
両親を揃って見たのは高校に入学した時以来だろうか。ということは一年と半年くらい前か。
あぁ、またつまらない一日が始まる。
私はテーブルの上に置かれた五百円玉を制服のポケットに入れて部屋を出た。
通学路は本当に誰もいない。私の家は普通の住宅街の一軒家なのだが、私の通う高校が遠くて誰もいない時間に家を出なければいけないから、というのが理由。
進学就職の時期も過ぎた六月の終わりの頃っていうのも理由かもしれない。
電車での通学とは常に退屈なものだ。
私は空いている座席に目もくれずつり革に手を伸ばす。四車両目の、前方にあるドアに一番近いところ。ここが私の指定場所。
ふと横目に扉のガラスを通して前の車両を見てみると、制服からして同じ高校であるであろう二人の女子高生が仲良く談話しているのが見える。確かあいつらって私ん家より遠くに家があるんだっけ。っていう私の昔からの勝手な憶測なんだけど。あぁ、妬ましい。
見なければよかったとどこか思いながら鞄の中にしまっていたスマホに手を伸ばす。りんごをかじったマークはアダムとイブがモチーフという一説があるって、雑学に謎めいたほど詳しい音楽の先生が言ってたっけ。
今流行りのゲームなんてやらないし、ただただ綺麗な絵とセリフが描かれた漫画なんて読まない。やるのはSNS一択。
リアルではボッチの私。ネットでもボッチなのだが、唯一の友達がいる。
その友達のユーザーネームは「純愛大好き少女アリス」で、私はアリスって呼んでいる。それで私のユーザーネームは「凡人」。
ネーミングセンスが無さすぎと言われそうだが、発想力や想像力が全くない私にそれを言われてもただただ困るだけなのでやめてほしい。
『おはよう、アリス』
この時間、アリスは普通にSNSができるらしいので挨拶を一つ送る。
すぐにこのSNSの機能である、文字を打ち込んでいるときのマークが出てきて、
『おはよう、ぼんちゃん!』
と返される。
文字越しにも伝わる程明るく健気な言葉のアリスは、私にとっては心の拠り所で妹のような存在。
ぼんちゃんとは、ただ凡人と言うのが歯がゆいので、と勝手にこう呼び始めたもの。
私が返信を書く前にアリスは別の言い分を打ち込み、
『聞いて!私今日転校したの!今登校中!(イェイという絵文字)』
というものがくる。へー、転校か。
電車の揺れが多くなって打ち込むのが難しくなって来た。無駄にゆっくり正確にやろうとしている私はどうかしている。だが体は自然とこうする。
『どこに転校したの?県だけ教えて』
『◯◯から××!』
……え?
××というのは私が通っている学校がある県。ワンチャン会えるかもと期待が膨らむ。
あぁ、駅に到着するというアナウンスがとても耳障り。
『へー、そうなんだ!(驚きの絵文字)
すごいじゃん』
『えへへ!ありがとう!(抱きつく顔文字)
それじゃそろそろ電車降りるから、またね!』
その返信が送られてきた瞬間に電車が駅に着いた。
SNSに夢中になりすぎたのか、いつの間にか人が混み合っていて中々扉に進みにくい状態。まぁ、これもいつも通りのことなのだが。
いつも通りに無理やり人を押していく方法で扉に向かっていく。
その時に【可愛い女の子】と目が合った。他の奴は私なんか無視して進むというのに、その子だけ私を見た。
髪は長くて瞳は潤うようで。目が合ってしまった。制服は……私の通う高校のもの。だから見られたのかもしれない。当然そんな女の子、一年くらいこの電車で通って来たけど見たことがない。
なんとか外に出ることができた。あの【可愛い女の子】は先に行ってしまったようで、別に追いかける気もなかったんだが。
気を取り直して、時間を見る。余裕でホームルームに間に合いそうな時間。
足を早めることもなく隣のホームに向かう階段を上って行った。
☆★☆★☆★
突然だが、いつも【隣の席の男の子】は友人に囲まれて楽しそうで羨ましいと思える。笑顔で、帰りになれば「ゲーセン行こうぜ」なんて言っていて。リーダーシップありますねーはいはいって思う。
私はいじめられっ子だからきっとそんな青春めいたことできないのだろうが、一度くらいはそんな経験をしてみたい。けれどどうせできないんだろうな。だからこそ、この高校時代は棄てた。
現実での唯一の友達で親友の【君】がいなくなってからもう一年か。片付けられた【君】の席、空いた【君】の席の場所。あの時の悲しみはいつまでも覚えてる。ちょっと散歩に誘っただけなのに、私を庇って、それで__。
本当に何も無い一日一日。
唯一の楽しみといえば朝、アリスと話すことだけ。
なんて、窓の外を見ながら思っていた。昼休みなんかになると窓の外はリア充どもがうじゃうじゃいて気味が悪いが、見てるだけ暇つぶしになるので別にいい。これは窓側の席の特権。
「おーい、転校生を紹介するぞー」
担任が教卓に立つなり言った。は?転校生?
自然とアリスが今朝言っていたことが思い出される。いやいや、そんな漫画みたいなわけあるか。
教室に入ってきた少女は、髪は長くて目が潤うようで。モデルさんみたいって一瞬思った。第一印象は【可愛い女の子】。そう、電車の中で見たあの女の子なのだ。
この学校には髪を縛るという規則がない珍しい学校。だからかもしれないが、縛っていない。その黒の長髪はきちんと整えられて、肌は全く日焼けしてないのでは?と思えるくらいに白くて、モデルさんみたい。
名前などの自己紹介に聞き入ってしまう。
「__よ、よろしくお願いしますっ!」
頭を下げて自己紹介を終えると、すぐに教室内はざわめき始める。
静かにしろ、なんていう担任の声が聞こえるが知るか。普段コミュ障な私ですら「おぉ」とか言うほどなのだから。
どうやら席は【隣の席の男の子】の後ろ。
【隣の席の男の子】は【可愛い女の子】に対して
「よろしくな。困ったときはいつでも頼ってくれ」
なんていう胡散臭いセリフを吐く。
「は、はいっ!」
よほど人見知りなのか、返事はそれだけで恥ずかしそうに俯き、席の椅子に浅く座った。
まぁまぁ、注目が集まっているのだから仕方がないだろう。
しばらくしてやっと朝の退屈すぎる時間、別名ホームルームが終わった。
教師は相変わらず胡散臭いことばかり言うし、とっくに知ってる今日の日程のことをしつこく言ってくる。だから退屈すぎる。
終わって、当然のごとく【可愛い女の子】はいろんな女子に囲まれて質問責めを受けていた。どこから来たの?とか趣味は?とか。
ありきたりすぎてつまらん。もっと面白いこと質問しろってね。
さ、授業授業。
ピロン。
携帯の通知音が響いた、一限目と二限目の間。何事かと思って見てみれば、ただのニュースアプリの通知音。今日のニュースピックアップみたいな機能で、通知が来る。
見出しは「◯◯県△△市で死体遺棄事件、四肢が見つからず」。
……今度は四肢か。
今度は、というのは前もあったということだというのは分かるだろうか。
最初は一昨年。目が無くなっていた。
そこからその年にもう一度起こり、去年一度起こり、そしてこれ。計四回目ということになる。
「ねぇ、昼休みに学校を案内ようか?」
【隣の席の男の子】は【可愛い女の子】に話しかける。後ろで「羨ましい」とか「いいなぁ」とかいう声が聞こえる。ざまぁみろ。
「あ、は、はい!お願いします!」
おどおどしながら、言葉が詰まりながら返事をしている。
私はアリスだと期待し、小声で「アリスなの?」と言う。もちろん違うと思うが。それに返事は来なかったし、【可愛い女の子】は私に見向きもしなかった。
そんな二人を見ながらあくびをしていると、突然、後ろに立つ女三人衆。
私は急いでスマホを隠した。
勘のいい人ならわかると思うが。『いじめっ子集団』。
きっと私が地味でコミュ障だからいじめてくる。いやいやいや、お前らが派手すぎるだけなんだよ。
「おい。よこせ」
こいつらは週一ペースで「私たちがお前のものを奪わない代わりに金よこせ」と脅してくる。だから私は朝、母が置いていく五百円で昼食を済ませて、余分な現金はこいつらに提供する分にしてある。
金銭的問題はどうなのかというと、実は全て私のおこずかい。父が私に諭吉さん一人を毎月くれるから、それを銀行で英世さんに換金して渡してる。
最低でも千円払わなきゃいけない。
だが、千円を出したところで気分によっては追加でよこせと言われる。
使い道はどうせゲーセン。それくらい自分で払えよ。
大人しく財布から千円を渡すと、いじめっ子三人集団は去って行く……と思っていたが、足りないようで、脛を蹴られる。
「もっとよこせよ」
こんなことしていてチクられないかと言われそうだが、誰も言おうとはしない。「自分は関係ないこと」だからだ。
だからこそ先生がいない時と他のクラスの奴がいない時を狙っておけばなんとかなる。
もう千円。
「もっとだよ!」
「いたっ!」
強く膝のところを蹴られて、思わず声が出てしまった。
……追加で五千円札を。
何も言わずに、何事もなかったかのように、今度こそ、いじめっ子集団は去って行った。
合計取り分は七千円……死ねよあいつら!
……一時期不登校になっていたが、【君】が私と歩いてくれたことでまた学校にくることができるようになった。【君】が自身を犠牲にしてまで私を助けてくれたのに、元はと言えばいじめが原因でああなったっていうのに、あいつらは何一つ変わろうとしない、変わりやしない!
澄ました顔で外を見つめる。私は結局何もできない、無力。
あっという間にチャイムが鳴り、急いで教科書などの準備を始めた。
☆★☆★☆★
昼休み。私は中庭で、購買部で買ったパンだとか、お茶とかを頬張っている。五百円でこれだけのものを買えるのだから、世の中はすごいものだ。最近は税上げでそうでもなくなって来たけど。
教室の、自分の席で買ったものを頬張る。教室内はそこそこ人がいる。大半が私と同じようなボッチ、一部が友達と駄弁ってる奴。
アリスはどうだろうなって思って、スマホを開いてみるとあっちから写真が送られている通知があった。四葉のクローバーの写真。
『スグリ?のある場所にたくさんクローバーが生えてたから四葉のクローバーを探したら、あった!』
というメッセージも付いている。
『アリスにいいことが起こるね(星の絵文字)』
『ありがとうぼんちゃん!(微笑む絵文字)』
でしゃばり目に言って可愛い。
私は既読を付けて、返信するかを少し悩んだ。パンを食べる口は自然と止まる。
昼休みはあと五分。いっか、返信しよ。
『アリスって一人暮らし?』
『うん、一人。どうして?』
何気なく聞いたことだったのだが、聞き返されてしまった。ちょっとドキッとした。うん。
『話題作り』
『そっかー!(微笑む絵文字)』
やっぱり、でしゃばり目に言って可愛すぎる。
さて、次は何の話題を言おうとしたが、丁度チャイムが鳴ってしまった。
「ねぇねぇ、転校生さん昼休みはずっと……一緒だったんだって」
「あははっ、マジー?付き合えよー!」
ふと後ろから聞こえてきた噂話。
クラス内のことの噂は早いなお前ら。っていうかそんなことの話題出すとかお前ら暇すぎ?
まぁ、そんなことはどうでもいい、なんて思ってから急いでタイピングする。
『それじゃ、終わりのチャイム鳴ったから、またね』
そう送ったら一秒も経たない内に向こうから
『チャイムが鳴っちゃった(驚きの顔文字)
またね!』
と来た。あぁ、アリスも丁度同じタイミングで昼休みが終わったのか。
でもあっちからもタイピング中のマークがあったから、なんとなく予想はできていたけど。
さぁってと。もう一踏ん張り、授業頑張りますか。
☆★☆★☆★
別に、お姫様気取りしてるわけではない。偉人気取りしてるわけではない。してるわけではないのだが、気がついたら足を組んでいる。足を組んで、机に肘を置いて手の甲で頬を支える。
自然とこのポーズをしているのは私は陰キャじゃないアピールなんだと思う。そして余裕ぶってるアピールだろうか。
時計とノートを繰り返し見て、あと十分で終わる、とか考えてた。
話は全部聞き流して、黒板に書かれた文字を書き写す。
教師共には嫌われてるから当てられることは無いと断言できる。そんな、いじめられてる奴に突っかかるような輩は変人しかいない。
やっと放課後。私はさっさと帰ることにした。部活?帰宅部に決まっている。だから私は帰る。
普通の帰宅部は友達作ってゲーセン行ったりとかス◯バとか言ってるけど、私は一人、孤独に、家に帰る。これこそ帰宅部と言える。
あぁ、梅雨だと言うのに今は雨は降らないのか。
部活巡りを断ったのか、【可愛い女の子】も私の後をついて来ていた。
駅までの道を忘れてしまって、朝駅で私を見たから目的地は同じだろうと予想をしてついて来ているのかなと私は勝手に予想した。ただの憶測に過ぎないけど。
歩きスマホをしながら、私はアリスに
『学校終わった〜』
と送った。すると、ちょっとして【可愛い女の子】のスマホが鳴る。
ふと【可愛い女の子】はアリスだという想像が頭の中に流れる。いや、まだアリスの可能性は……。
「あの、ぼんちゃんですか?」
【可愛い女の子】が私に話しかけて来た。いや、さっきから視線を感じていたが、まさかスマホの画面を覗いて来た……?確かにアリスとの会話画面を写していたが、そんな。
一瞬私の思考は停止する。本当に貴女はアリス?
足を止めた。釣られて【可愛い女の子】も足を止めた。
「あ……アリス、で、すか……?」
返事をすることさえ怖くなって、聞き返してしまった。
言葉がおぼつかないまま口から出る。コミュ障なのは私の悪いところ。
「はい!純愛大好き少女アリスです!」
私はずっと、この瞬間を待ち望んでいたのかもしれない。
もう何も言葉にできなくなって、それでも何か言わなきゃって思って。
「あ、えっと、とりあえずどこかのカフェに入りましょうか」
「はい!」
こんな青春めいたことできないと思っていた。が、なんと仲の良い女子とフードコート店に入るということになるとは。
ちなみにカフェはやめた。あいつらに金取られたこともあって高いし無理。
私は奥側の席で、アリスが通り側の席。向き合うように座っている。
「あの、ぼんちゃん!」
「な、なん、ですか……?」
いや、必要最低限の言葉は話して来たが、こんな長時間話すことになりそうっていうのはいつ以来。語彙力死んでない?私。
「お姉ちゃんって呼んでいいですか!?」
とっても笑顔。よくイメージとリアルの容姿が違うっていう話をよく聞くが、こんなダサくて地味な私をここまで受け入れてくれたことにとても嬉しくなる。
あとこれだけ言わせて。アリスってここまで天使なの?
「あ、あ、い、いいですよ……」
「うふふっ、ありがとうお姉ちゃん」
くっ……アリスはどこまで私を萌え殺させるつもりだ……。
「えっと、あの、二人きりの時は、アリスって、呼んでもいいかな……」
段々と小さくなって行く声。最悪の返事をいつも想定して言葉を言っちゃう悪い癖。脳内で気持ち悪いという言葉が響いている。
「もちろん!」
胸をなでおろした。
本当にアリスは私のことを信じてくれているみたい。だから、本当に良かった。
「お姉ちゃん、らみんも交換しよ!」
と言いながら、アリスはスマホを取り出した。私も急いでスマホを取り出す。
日本の間で人気なSNSアプリのらみん。英語で書くとLMNEらしいが、英語は教えられればまぁやる程度なのでよくわからない。
「はい」
アリスの微笑みを見ていると、私も微笑みたくなる。
どうやららみんのユザネは「アリス」単体らしい。私?本名をひらがなで。アイコンは適当に拾ってきたのだろうか、童話のアリスの画像。ちなみに私はアイコンを設定してない。
友達が出来てこの世に生きる理由が出来たような、そんな気がする。
一つ、フライドポテトに手を伸ばした。口に運んで噛んでいる最中に思ったが、食事ができるのって本当にありがたいことだなぁと。
「お姉ちゃんのポテト食べてもいい?」
「あ、うん、いい、よ」
この高校時代は棄てたって思ったけど、アリスのおかげでこうやってできるのが、本当に素敵だと思う。ありがとうアリス。
耳に入ってくる新作のハンバーガーを注文する声。私はメジャーなものを頼んだので、新作頼んでみればよかったなぁと少々後悔した。
ふとアリスのカバンを見てみると、某有名なヤンデレキャラのマスコットが付いていた。いや、このキャラはマニアックかな?私はガチ勢でもないオタクというような感じでネットに入り浸かっているので、このキャラは多少知っている。まぁ見た目は可愛くてアリスという名にもふさわしいような不思議ちゃんなキャラなので、アリスが持っていても納得できる。
「あ、アリス、◯◯ちゃん好きなの……?」
その某ヤンデレキャラのことを話題にしてみた。
「うん!リサイクルショップで見て一目惚れ!みたいな?」
「あぁ、あ、なるほどねぇ……」
「お姉ちゃんもこの子好きなの?」
「うん、好き、かな……」
「そっかー。あ、じゃぁ好きなものが同じだねっ」
共通点が見つかって内心めっちゃ喜んでいる私。
黒いプラスチック製のテーブルからずっと乗せていた手を下ろす。手は爪が噛んだ形跡があって、ちょっと汚いなぁとは思っている。
と、ここで不穏な音が。
偉そうに大きく足音を立ててこちらに近寄ってくる女三人組。そう、いじめっ子だ。
私は最初気にも留めなかったが、ちらりと目線を向けた瞬間に顔が真っ青になってしまう。
「へぇ。ここで転校生ちゃんと一緒に食べてるんだ」
リーダー格の奴がにこりと微笑みながら私に言ってきた。この微笑みが怖い、怖い。
アリスはおどおどしながら表情で私といじめっ子を交互に見ている。
「ま、いいよいいよ」
こっちに近寄ってきて、いじめっ子はこう言った。
「明日いつもの場所で」
──北校舎三階奥の女子トイレ
誰にも見つからないようにするために、ここでいじめが行われる。
ここに呼び出されては酷いことをされて傷つけられて物を取られて全てを奪われて私の何もかもを奪って失って私はきっとボロボロになるアリスを巻き込まないようにしなきゃなんとかアリスだけは逃してあげなきゃまた失うのは嫌もう【君】みたいに失うのは嫌お願いアリス逃げて逃げて逃げて
「お姉ちゃん?」
アリスの声でやっと、現実世界に戻ってきたような感覚になった。
「恐ろしいものを見てるような表情をしてたよ?」
「あ、あ、うん。大丈夫」
今日はもう帰るべきだろうか。それともアリスと一緒に居るべきか……。
そう思いながら、私はポテトを一つかじった。
「お姉ちゃん、プリクラ撮ろう!」
突然の提案。さすがの私のプリクラは引けるが……まぁ、アリスと一緒ならいい。
あまり気乗りはしないまま、私はプリクラを撮った。
☆★☆★☆★
日が暮れたときに別れた。駅まで一緒に行って、さすがに降りる駅は違ったのでアリスが先に降りてお別れ。
ここから先にあるものは、私がお風呂から上がってからのこと。私とアリスがいつもテキストチャットをしているところでの会話。
『今日はありがとう、お姉ちゃん(微笑みの絵文字)』
『ううん、こっちこそありがとう』
『明日は何しよっか!』
……明日はいじめっ子のところに行かないと。でなきゃ私、何されるか……。
『私は何でもいいよ』
『じゃぁ、カラオケ行こ!駅前にあるカラオケって安いの!』
『おk、そこ行こっか』
約束守れないかもなぁ……。
ごめんね、アリス。私また親友を失うの、本当に、怖いから。
『ありがとう!それじゃ、私寝るね、おやすみ!』
『うん、おやすみ』
この文字列を最後に、今日のアリスとの会話は終わった。画面上の時刻表示を見ると、もう十一時になっている。
マジか、私お風呂で四十分くらいも使ってたのか。
スマホに充電器を刺してから毛布を被る。もうそろそろ夏だというのに肌寒さを感じた。
おやすみなさい……朝なんて来なければいいのに。
──────────
【……夢は全部夢幻だとわかっています。だから、私のこんな儚い妄想も誰にも認められることもなく泡の如く消えていくのです。失敗作の私では……】
これは私が夢の中で聞いた声。声の主人は見たことのないどこかの学校の制服を着ていて、ポニーテールのような髪型をした少女だった。にこりと微笑んで、まるで母親のように、私の目の前に佇んで……。
「誰?」
幼い子供のようにただそれだけを問いかけた。
【もう一人の君。私と君は同じ存在なのです】
同じ……?どういうことかよくわからなかったけれど、聞くのは面倒だし辞めた。
最後に少女は会釈をして、そこから少女の後ろから炎が燃え広がって、それで夢は終わりを迎える。
この日の夢は、珍しく、本当に繊細に覚えていた。
☆★☆★☆★
また母が消し忘れていたテレビに画面をふと見る。
どうやら今日は雨は降らないらしい。梅雨なのに、なんでだ。
「今世界で話題の探偵──」
ふぅん。探偵ねぇ。まぁどうでもいいことかな、私には。
いつも通りに五百円を持って、私は家を出た。いつも通り……っていうのはちょっと違うかも。私には今、アリスがいる。
守らなきゃ。
通学電車の四社両目、前方の扉に一番近いつり革。
もう周りは気にならない、一目散にスマホを開いた。
『おはようアリス』
『おはようぼんちゃん!』『じゃなくてお姉ちゃん!』
ふふっ、可愛いなぁ……。
『今駅で待ってる!お姉ちゃんがいつもいるのは前から四つ目の車両だよね?』
『そうだよ』
アリスが乗る駅は私が乗る駅から三駅離れてる。だからこうして、暇つぶしとしてお互いを待つ間にチャットで話す。
それからは、もうお互い話題も無くなってほぼ沈黙。仕方がないじゃないか。
「おはよう!」
そう言いながら小さく手を振って、四車両目にやって来たアリス。
「おはよう」
言い慣れないおはようという挨拶に若干言葉を詰まらせながら、挨拶を返した。
ふと前の車両を見るとあっちの方が人が多いということに気がつく。まぁどうでもいいんだけどね。
「あの、アリス」
「どうしたの?」
「あのね」
電車の中ということや、アリスに心配をかけたくないということもあって少しだけ言うことを躊躇った。
「いや、やっぱり、後でいいや。ごめんね」
結局言えずにチキンな私。どうしてかな、こうも言えないの。
「そっか、それなら、大丈夫かな」
アリスも安堵したような表情をしていた。
時間を結構飛ばして、昼休み。私は逃げるように自分の席を離れた。
他の女子どもに誘われて、アリスは「ごめんね」と小さく呟いてどこかに行ってしまったけど、これでいい。昼休みに一緒にいたら絶対、アリスも被害にあってしまう。実は朝言いたかったこともこれ。
「……ふぅ」
あまり人が来ない校舎裏のベンチに座って五百円分のパンと飲み物を隣に置いた。そして足を組んでスマホを膝の上に乗せてから、ポケットに入れてあった紙を出す。
朝、学校に来た時に机の上にぽつんと置かれた二回折ってあった紙。
いじめっ子のものだろうと恐る恐る開いてみると、
【土曜日の夕方五時
学校の最寄駅近くの
ファミレ前で、ツラ貸せ】
と丁寧に書かれた文字列。いじめっ子ならこんな遠回しなやり方しないよな、と思いながらポケットにしまっておいた。
これは結局誰が書いたものなのだろうか。わからない、けれど行かないと。
脳内で今週の土曜日の予定を埋めた。
「……はぁ」
ため息ばかりだな、ということはもちろんわかっている。でも幸せなんてこれっぽっちも……いや、アリスがいるじゃないか。
放課後はいじめっ子のところに行かなきゃな、と思って憂鬱になってしまう。でも憂鬱になっても今更だし、これでアリスが守れるのだから頑張ろう。
さて、昼休みの終わりまで暇だしスマホを開いて、ネットサーフィンでもしようか。それともようにべでも見ていようか。
どうでもいいことに思考を張り巡らせながらパンをかじる。やっぱりメロンパンが最高だと思う。そして飲み物はカフェオレ。最後にシュークリーム。マジで最高の組み合わせだと思うんだけど。
こうやって静かに、スマホをいじりながら食べる時が至高。何もかもを忘れて、人々が趣味だとか、仕事だとかで作り上げた娯楽を自分だけの世界にのめり込みながら見れるの。それに加えて人間の三大欲求の一つを満たせるの。素敵だと思わない?
で、結局私が食べながらスマホに映すのに選んだのは小説。
あらすじを読む限り、どうやらファンタジーものらしい。光と影がどうたらこうたらな話。
意外と面白そうだなと思いながら一話目をタップして、読み始める。
夏休みが終わった後の始業式。転校生が、学年に一人ずつやって来た。
一年生には__
すっかり物語の世界に入り込んでしまった。
まぁ、うん。こうやって、昼休みはなんとか過ごせたってわけ。
☆★☆★☆★
けど、放課後はそうもいかない。
とにかく吐き気がするの。死はいつだって側にあるのがいじめ。はたして復讐ができる日はいつ来るのでしょうか。
荷物は体育館裏の倉庫に隠してきた。こうしなければ、スマホとかが壊されてしまう。
「いっ!」
「あぁ、もうつまんねぇなぁ……」
洋式トイレの便座に座りながら私の頭を踏みつけるいじめっ子。全身濡れているし、痛いし、やっぱり怖い。
「なぁ、もっといい反応しろよ」
と言って一人のいじめっ子が身体に唾を吐きつける。これを見た残りの二人も見様見真似で吐きつけて来て、大笑いをした。
汚い、汚い、汚い。
やり返そうだなんて思わない。だって、やり返してもこいつらの親はキチママだから更にとんでもないことになることを知っているから。こうするしかない。
私がただ臆病で地味な感じだからってだけでこうなった。世の中とはこんなものなんだと知っている。
__でも、【君】は友達が少ないからってだけでいじめられてたんだっけ。
突然一人のいじめっ子のスマホの着信音がした。多分見ている。タップ音がしたし。
「あっねぇねぇ、もう学校前だってよ、オキャクサン」
……お客さん……?
いじめっ子の足が退けられた。でも一回腹部を蹴られて、いよいよ喉から逆流しそうな。
「あぁ、マジ?じゃ行こっか」
これで終わる。終わるんだ。言い聞かせるように。
あいつらがトイレから立ち去るのを、音だけで確認しながら自分に言い聞かせながら意識を保とうとしたその時に。
「来い」
その二つの文字の言葉。……たったそれだけで絶望させられるのって、本当に言葉って深いんだなって思った。
「……はい」
虚ろな目で、何も考えないようにしながら立ち上がる。後ろにとぼとぼとついて行き、荷物について、「いじめっ子がこれからするであろうことが終わってから、どうか無事でいて」と願う。
道中、誰かとすれ違うことはあってもアリスに会うことはなかった。アリスにこの姿は見られたくない。こんな古代の奴隷のような姿なんて。
いじめっ子は校門前で二手に分かれて、私とリーダー格のいじめっ子は右、他の二人は左に行った。
「じゃぁまた後で」
と二人は嘲笑いながら手を振る。
私とリーダー格のいじめっ子は学校の前、正確的には学校近くの公園に行った。そこに居たのは太った中年おやじ。明らかに場違いで、悪そうな顔をしてこちらを見た。不審者かな?
「こんにちはぁ」
と普段見せないような可愛らしい笑顔でその不審者に話しかけるリーダー格のいじめっ子。
「やぁ、こんにちは」
と不審者も一言。私もなんだかしなければいけないと思って、一つ小さな声で挨拶をした。
「こん、にちは……」
ぶっちゃけ言って嫌な予感しかしない。いじめっ子、不審者と聞いて考えられることは一つだけだもの。
「この子でいいんだよね?」
「はい、こいつがお客様のお相手になる子ですぅ」
明るい子を演じているつもりだろうけど、ニッと私の方に微笑んでくるので何か企んでいることはバレバレ。
そして不審者はいじめっ子に相当な額の現金を差し出した。諭吉さんが……三枚?そして硬貨も少々。
「確かにぃ。それではお楽しみくださいねぇ」
……いじめっ子のリーダー格の奴は、私と不審者を置いてとっとと行ってしまった。
「行こうか」
優しげな声で、でもどこか恐怖させるような声で言ってから、不審者は私の腕をがちりと掴んでどこかに引っ張って行く。ここで歯向かったらとんでもないことになりそうだから諦めることにする。
連れ込まれた場所は質素な部屋。住宅街の中にある一軒家で、ほとんど何もなくて、でも怖くて。
私を突然押し倒して不審者はこう言った。
「君は僕の援助交際の相手として、一夜よろしくね」
……はぁ?
驚きの以前に、ショック。まさかとは思っていたけどやっぱりこうなっちゃうのか。
不審者はズボンを脱ぎ始めている。
涙を流すことはせずに、やっぱり反抗しなかった後悔に追われてぎゅっと目を瞑った。そのまま意識は転落して、次のような夢を見る。
──────────
【安心してください。貴女にそんな残虐的なことはさせませんから】
あの時の優しい声の、あの見たこともない制服を着て、それで、母親みたいに佇んで居る。
【全ては報われますよ。不当な方法で】
──────────
それっきりで目が覚めた。あの少女は一体……でも、そこにあったのは赤色。赤い、赤く、黒い、そんな色が私がいる位置には届かない程度にあたりに染まっている。
見たくなかったな。
不審者が、脳みそが引きずり出された状態で倒れて居た。
「あ……あ、あ?」
どうしてこんなことに……まさか、私が……?いや、だったら手は……。赤い。赤い。服も、赤い。どうして……?
「いやあああああああっ!」
感情的になって、叫んで居た。
☆★☆★☆★
何事かと思って、わらわらと人が集まり始めた。
私はすっかり放心状態だったから、恥ずかしいとかどこかに逃げなきゃとかそういう感情は無い。ただただ呆然と座り込んでいるだけ。
「ねぇ、君。どうしたの?」
……懐かしい言葉。そんな風に声をかけてくれるのは【君】以来だったな。
「あ……起きたら……人が死んで……て……」
途切れ途切れの言葉。私は何も悪くないと、訴えたいだけなんだ。だけど、この人は信じてくれるかどうか……。
大柄で優しい笑みを浮かべた男性。私よりも大分年上だと思う人。
「そうか……」
警察官が私を憎むような目で見ている。でも、優しい笑みを浮かべる男性は私のことを庇うように警察官を説得している言葉が耳に入る。
真っ赤になった服、真っ赤になった手。これほど証拠があるというのに。何故あの人は私を犯人だと決めつけない。
……全ては報われる?不当な方法で。
あの少女の言葉を思い出す。不当な方法って、まさか殺人のこと……?
相変わらず訳がわからない、あの少女の言葉は。
「あ、そうだ。僕は探偵をやってる──」
自己紹介が始まったけど、どうでもいい。さっさと私を逮捕してほしい。
しかし、ようやく分かった。この人、朝見た巷で有名な【探偵さん】だ。
あぁ、なんていうか。とても複雑な気分。まさか有名人とこんなところで鉢合わせになっちゃうだなんて。学校で有名人と会ったんだって、とかブーブー言われるに決まっているじゃないか。嫌、面倒。
「……まぁ、兎も角、一度落ち着ける場所に行こうか」
なんて言って、私の腕を引っ張って無理やり外に連れ出した。
これが今時の警察とかそういう類の奴らの方法か。腐れ外道が。
……他人の家を歩くことは初めてだと今更思った。そして、他人の家とはこうも戸惑うことだらけなんだとも思った。
外に出れば、私を一斉に見つめてくる野次馬ども。怖い、怖い。何て言われるの?私のことを何で見つめてくるの?視線が痛い、嫌。
はぁ……援助交際の相手に突然されかけたかと思えば、脳みそ引きずり出されてる死体を見ちゃうし……何が起こってるのか、わからない。知らないよ。
と、いう感じで。連れてこられたのは……探偵事務所?だと思う。案外私の家から近い場所だった。
警察署とかじゃないのが少し意外だけど、まぁふかふかのソファとかあるからいっか。コーヒーもあるし……まぁコーヒー苦くて飲めないけど。
「じゃぁ、まず、どういう経緯でああなったのかお話してくれるかな?」
私の学生証を見てから、優しい笑みで、【探偵さん】は私を見た。
どういう経緯って言われてもよくわからないものはわからない。それにいじめっ子に連れてこられてこうなっただなんて言えるはずがない。
「……わかんないです……」
小声で、自信なさげに呟いた。私は怖いんだ、意見を否定されるのが。
……去年、不登校になる前。挙手して当てられれば、全て否定されていた。特にいじめっ子。「はぁ?」と言いたげな顔で見て、誰かはため息を吐く。そして誰かは、「違う」と言う。それが、怖い。
「そうか……ふむ。とりあえず、今は別の話をしようか」
長居はしたくないのに、なんで。
今はとにかく帰りたい。帰りたいのに……。
「君、本に興味はあるかい?」
まずは二択の選択肢の質問か。くだらない……まぁ、嫌いといえば嘘になるけど。
「はい、好きです。……特にラノベなんかは」
「そっか。僕もラノベは好きだよ。特に、サイトとかで将来書籍化しそうな作品を予想して読むことが好きなんだよね」
……え。
ふとこの一文字の言葉が溢れ出た。引いてしまったとか、そういうわけじゃなく、共感できるからこそこの一文字。
まさかの全く同じ趣味の人に出会うとは。奇跡。
「あ、えっと、私もそういうこと好きです……」
思わず承認欲求が表面に出ちゃったけど、まぁ趣味の話して喧しいとか思う人じゃなさそうだし……。
「それはそれは、同じ趣味の人に会えてよかった。そうだね、君はあの──」
あぁ、嬉しい。どうやら書籍化予想している作品もほとんど同じのようだ。
「は、い……!とても、わかります!」
初めての共通の趣味を持つ人。今までずっとぼっちだったから、【探偵さん】とはいい友達になれそう。……そうだ。だから、連絡先でもどうかな。
「あ、あれ……?」
そうだ。今の今まで気にする余裕すらなかったけど、今スマホごと荷物を学校に置いて来たんだ。
「どうしたんだい?」
「な、なんで、もないです……」
荷物。もう学校閉まっちゃっただろうし、どう取りに行こうか。いや、もういっそのこと明日開いてから取りに行くか?
「そうかい。それならいいけど……」
探偵さんはコーヒーを一口飲んで、きょとんとした表情でこう言った。
「もしかして、自分の荷物をどこかに置いて来た、とか?」
ぎくっ。まさしく図星。その通り過ぎる。
「図星だったみたいだね。君、表情に出やすいタイプだよ」
そんなに私は思ってることをすぐに見透かされてしまうような表情をしたのだろうか。
まぁ、違うと言うのもおかしいし頷くか……。
「はい、そう、そうです……」
「今から取りに行くかい?」
「あ、いえ、大丈夫です。自分で取りに行くので……」
【探偵さん】、すごいな……。
……あ、そうだ。これからマスゴミがうざいくらいに私についてくるんじゃないかな。それに、学校に行ったとしてマスゴミの影響で皆から疫病神とか迫害されるのも目に見えている。
だから、ちょっとだけ。本当に今人気の【探偵さん】なのかと確認してみよう。
「あ、あの、でも……」
「どうしたんだい?」
私に対してマスゴミがうざくなりませんか、をオブラートに包んで。
「ちょっと、こういうこと言うのも何ですが……マスコミに……取材とか、されないようにしたくて……皆に……迷惑かけたくないから……」
「……わかった。こっちの方でなんとかしよう」
すごい。本当になんとかしてくれるのかな?
でもとりあえずこれで一つ安心かな。
「ありがとうございます……!」
私は被害者にしかなれないのかな?いや、加害者になるよりはいいか。
だって、あのいじめっ子やマスゴミみたいな加害者になるのは本当に嫌。
……じゃぁ、被害者のままでいる?それもやだな。
私が結論を出すのはまた今度。
──────────
「ダメだよ、ねぇ。あの人は邪魔なんだから。あの人と仲良くしたら、きっと私のことを疑うでしょ?」
星のような、キラキラした目。モデルさんのようにすらっとしてて、とても綺麗な黒髪。
お化粧もしてもっともっと「完璧」になるの。
顔も、胴体も、手も、足も、腕も、目も、全部全部、「完璧」に。
病気にはかからない。怪我はしない。でも、わざと病気にかかって心配されたいなぁ。
えぇ?アタシメンヘラじゃないよ?ただの【完璧主義の女の子】なのです。
そうなのです。ただ一人の男の子に愛されたい、ただの【完璧主義の女の子】なのです。
アタシの名前は、まだ秘密。
☆★☆★☆★
あの後は結局ネット小説談義で終わってしまった。まあ楽しかったからいいけど。
でも、【探偵さん】の事務所から出たら取材とかそういうのがマジでうざかった。有名人の気持ちが少しわかった気がする。いや、私有名になっちゃいけないところで有名になってない?
カウンセリングにも何回かかけられたけれど、全部雑に返事して終わらせた。
学校でも哀れみの目で見られたし、引かれた目で見られたりもしてた。
そんなこんなで時間は大分飛んで、土曜日。
そう、私は今、机に置いてあった紙の指定場所に向かっているのです。雨が鬱陶しいけど。
学校の最寄り駅近くのファミレス。と聞くと、あそこしか思い浮かばない。
……リア充が居そうで嫌だな。
「ここ」
と、何気なく呟いてみた。
さて、紙の差出人は誰かな。いじめっ子じゃなきゃいいな。クラスの人だったらわかりやすいな。クラス以外の奴だったら嫌だな。そして何より、何をされるのか、怖いな。
と思ってたら、予想外の人物が私の目に飛び込んで来た。
「あぁ、やっと来たか」
【隣の席の男の子】だった。
はぁ?なんで?
私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱい。
「呼び出してごめんね、とりあえず中に入ろうか。ドリンクバーなら奢るよ」
「は、はい……」
言われるがままに中に入って行く。いじめっ子が見てなきゃいいな……。
中は意外と快適だった。じめじめしてない。とても良い。
「あの……それで……」
相変わらずコミュ障。【隣の席の男の子】はドリンクバーを注文して、立ち上がろうとしてた時だった。
「あぁ、えっとね。君、あの俺の後ろの子と仲良いじゃん?」
「ま、まぁ……」
俺の席の後ろの子……あぁ、アリスのことか。
視線を机の上に広がるメニュー表に向ける。今開いてるページには軽食が並んでいた。美味しそう。
「それで……俺、あの子に恋しちゃったみたいでさ」
あー……普通そういうのを私に言いますかねぇ【隣の席の男の子】よ。こう見えて私恋愛なんて漫画オンリーなんですよ。
というより、アリスと仲がいいとはいえ私でもそういうの聞くのは色々引けるところがある。
「は、はい」
「あの子どういうタイプが好きなのか聞いてくれないか。もしくは今こいつが好きみたいな」
「はぁ……」
ぶっちゃけ言ってそういうのはやめてほしい。なぜ私に相談した。私は陰キャを極めた女だぞ。
グダグダ文句を言っても仕方がないと思って、首を縦に振ってしまった。
「わか、りました」
そしたら【隣の席の男の子】は更に嬉しそうに笑って。
「ありがとう」
と言った。……陽キャが……眩しい……。
どうしようかな、と思いながら時計を見るとまだ五時。私は夕飯も自分で作らなきゃいけないから……せっかくだし食べて行こう。
改めてメニュー表に視線を落とす。どれも美味しそう。オムライスとか、ハンバーグとか。まぁサンドイッチかそこら辺でいいかなぁ。
「あの、早速なんだけどさ。あの子の好きなタイプとかわからないかな」
でも、食べるものどうしよう、なんて考えてたら、突然話しかけて来たから驚いた。
アリスの好きなタイプ……?よく知らないなぁ、そういうのは。
あぁ、でもアリス人懐っこいイメージあるよなぁ……。
「え、っと……」
よくわかんない、と伝えるか、否か。迷った。
「あの子はは人懐っこい、から、優しく接してあげると……いいんじゃないかと……」
段々と声が小さくなる。発言の自信のなさには自分でも呆れてしまうくらいだ。いい加減改善したいけど……どうしたものか。
「なるほどねぇ……」
めちゃくちゃ真剣に考えてる。いや、なんていうか。力になれなくて謝りたい。アリスにそういう話題を持ちかける勇気がないから謝りたい。
縦に頷いてしまったことをめちゃくちゃ後悔した。
「じゃぁさ、他にも何か分かったらさ、らみんに送ってよ。クラスのグループで僕のはわかってるよね?友達登録は……したっけ?」
気をそらすためにメニューに意識を行かせている時に限って色々言って来るから少しこんがらがってしまう。
とりあえず最後のところは聞き取れたから、首を横に振った。
「わかった。じゃぁ、登録しておくね」
【隣の席の男の子】は淡々とスマホを動かして、私のアカウントを友達登録した。
それだけアリスのことが好きなんだなぁと改めて思う。まぁまぁ、私に頼んで来たしそりゃそうか。とも続けざまに思う。
とりあえず、店員を呼ぶベルを鳴らした。やっぱりがっつり行こう。ハンバーグ。チーズイン。そしてライス。
すぐに店員さんが来たので、注文を伝える。内容はさっき言った通りだ。
スマホを取ってらみんを見ると、ちゃんと登録されてるのがわかった。【隣の席の男の子】のアイコンはどっかから拾ってきたアニメキャラの画像だ。登録し返す。
そういえば、と思いアリスといつもやり取りしてるチャットを見た。……あ、来てる来てる。
『お姉ちゃんお姉ちゃん、明日一緒に遊びに行こー!(走る顔文字)』
どうやら数分前に来ていたようだ。
『オッケー
どこ行く?』
すぐに既読が付いた。
『××のサーティ!!』
あぁ、あそこのショッピングモールか。確かに服とかも可愛いのいっぱいあるみたいだし、ゲーセンにもいろんな台あるみたいだし。
『わかった』
またすぐに既読が付いてから、それ以上返信は来なかった。
……いじめっ子、この光景見てなきゃいいなぁ。もし見られてたらぶん殴られるどころじゃすまなさそう。今度こそえんこーの相手にされそう。
なんて思って、窓の方を見る。私と【隣の席の男の子】は窓際の席に座っちゃってるから、外からよく見えるのだ。
この景色って見慣れないんだよなぁ。学校には勉強しに行くだけだし、辺りの施設で遊ぶわけじゃないし。いや、遊んだことないってわけでもないけど。……遊ぶ時は【君】といつも一緒だったっけ。
「……あれ?」
思わず声に出してしまった。いや、誰かに見られてるってわけじゃないけど。アリスを見た。下を向いて、足早に駅の方に向かってる。
走って追いかけようとしても多分追いつけないくらいの距離だし、何より【隣の席の男の子】に迷惑かかるだろうし、別に学校で会えるし。追いかけるのはやめておこう。
「どうしたの?」
「な、んでも、ない、です……」
いや、急に話しかけられるとびっくりする。ほんと。
もう一度外を見てみると、もうアリスはいないことがわかった。
「お待たせいたしました、チーズインハンバーグとライスのセットです」
さっき注文を受けた人がジュージューって音を立ててるハンバーグを持ってきた。ライスも一緒。
ハンバーグとかステーキにはライス一択だと思う。パンを頼む人の気持ちがいまいちわからない。
「ありがとう、ございます」
【隣の席の男の子】は何も頼まないのかな、と思った。どこか申し訳ない気持ちになる。
一緒に付いてたナイフとフォークに手を伸ばして、ちょっと早めの夕飯を始めた。
──────────
夜のこと。
アタシは繰り返し繰り返し、「完璧」という単語を口ずさんでいた。どこを探してもアタシが求める「完璧」の本は見つからなかったから、独学で「完璧」を求めた。
でも、アタシの本棚には大量の「解剖学」の本とか、童話の「不思議の国のアリス」の本とかがある。
全部全部、アタシが「完璧」になって、ただ一人の「完璧」少年に愛してもらえるために必要な本なの。
だってアタシは【完璧主義の女の子】ですから。
ピロン。
通知音が鳴る。きっと、「必要か邪魔か見極められない君」からのメッセージ。
『何時集合にする?』
スマホを手に取った。まだ、まだ君が必要なのか邪魔なのか、わかんない。だからアタシは君と関わりを持っている。
ねぇ、【お姉ちゃん】?【お姉ちゃん】のために、私はあの怪物を殺してあげたんだから。
あの怪物、【お姉ちゃん】にしか興味なかったみたいだから、後ろから切りつけて、倒れたところを頭蓋骨を割ってから、脳みそを引きづり出したの。
だって、まだ「必要か邪魔か見極められない君」でしかないのだから。見極めがつくまで、そのままでいてね?
──────────
午前九時、ショッピングモールの入り口。アリスを待っている。
いい匂いが漂っている。もうおやつとかを買いたい気分。
私はショートヘアなので髪に気を使う心配はあまりないが、やはりこういうところに来るのに服は重要。すれ違った人にまで陰キャとか思われたくないし。と、いうことで、クローゼットの中から引っ張り出して来ただけだが軽くおしゃれをしてみた。
「あ、お姉ちゃん!おまたせ!」
全体的に黒統一の服で、髪の一部を三つ編みにしたアリスがやって来た。
私服のアリスはファミレスにいる時に見かけた時と二回目。しかし、はっきりと見るのは初めて。だから新鮮さがある。
「まずはどこに行こうか」
私がそう聞くと、アリスは迷うことなく「お洋服売り場!」と答えた。
「洋服売り場かぁ……」
正直、ここのショッピングモールには映画を見にくるかゲーセンに来るかくらいしかしたことなかった。だから洋服とかはよくわからないけれど、アリスのためなら行こうか。
中に入って地図を見る。アリスもひょこひょこと私の後についてきて、同じように地図を覗き込んだ。
五階建てで、四階がめちゃ大きいゲームセンターがある階だとは知っているが……。
なるほど、二階が主な洋服売り場だな。
三階が雑貨店。わかりやすくて良い。あ、書店とかCD売り場は別棟か。そこまで行くのに足痛くならなきゃいいけど。
「二階だね」
「うんっ」
私を見て頷くアリスを手招きした。
エスカレーターを上がって二階。
陽の者たちが着ていそうな服がたくさんある。としか言えない。
まず外出する時が少ない上にファッションというのは母親に任せきりであったが故、自分で欲しい服を買うと言うことができる自信がない。
「……ねぇ、もしかしてお姉ちゃん。服とか買ったことない?」
ぎくっ。
どこを見てそんな図星を突かれたのだろうか。もしかして私、やばいなぁと思っていることが顔に出ていたのだろうか。
「なんか、そんな感じのこと顔に書いてあるよ」
やっぱりか……。
わざとらしく目を逸らしながらこくんと頷く。
「ふっふん。というより、そう思って洋服売り場って言ったんだよね。じゃぁ、お姉ちゃんの服、コーディネートもしちゃおうかなぁ……」
「お手柔らかに……ね?」
早速、アリスに連れられてクラスの陽キャが行きそうな服屋に入っていく。
さっきも言った通り服なんてほぼほぼ気にしたことなかったから新鮮で好奇心半分、自分みたいなのが入っていいのかと恥ずかしい気持ちもある。
アンティーク風な内装で、天井でシーリングファンが回ってたり通路と違って木製の内装だったり……。それに加えて夏だからか半袖で風通しの良さげなものが結構置いてあって、アリスがこれがいいかな、あれがいいかなと服を見て行っている。
「お姉ちゃん、これとかどう?」
差し出されたのは茶色のなんか可愛いやつ。
まぁ可愛いなぁ……と思いながら受け取り、何気に値札を見てみる。
……え、高くない!?
かくして私は持ってきたおこづかいと相談しながら新しいものを三着ほど買い、アリスは十着ほど買っていた。普通の子はそれくらい買うのか……?
アリスが満足気なので、まぁそういうことなのだろうと思った。
さて、続いてやって来たのはゲームセンター。服買った後にゲーセンに来るのはいかがかと思うが、アリスに私が行きたいところはどこかと迫られてなんとなく言ってみたらここに来た流れになる。
「私ゲームセンターに来るなんて小学校の頃以来かも!」
と、アリスは胸を弾ませている。小学校?具体的に何年生くらいなんだろう。
でも、そう思うと少なくとも五年以上前か。じゃぁアリスにとっては真新しい物ばっかりだろうなぁ。
「お姉ちゃん。おすすめとかあるかな」
「え、おす、すめ……」
二人で楽しむならやっぱり太鼓をドンカドコドコする奴……いや、某大手ゲーム会社のレースゲームアーケード版……。
アリスが物珍しそうな目で周りをきょろきょろと見ている。
そして、多分その中で一番視線が行っていたのは……。
「あれ、やろうか」
とにかく遠回しな言い方すると、アメリカの偉人が生み出したネズミ達がわちゃわちゃしているアニメがデフォ化して、それを三つ以上繋げて消す奴だ。そういえば、私あのゲーム、触れたことなかったな……。
「わかった!」
早速台に歩いて行って、鞄を下ろすとお互いに百円を入れて対戦を始める。
……ん、意外と難しいな……かき混ぜてかき混ぜて……。
「負けないよ」
そう呟いたアリスは、どんどんと繋げて行って、私におじゃまぴよみたいな奴を送ってくる。えっ強い。意外。
私も負けまいと黙々と繋げていくが……。
「あっ」
結局負けてしまった。
しかしあまり悔しくない。それ以上にこういうことできる喜びが強いのだ。
アリスを見ると、満足そうに画面の勝利の文字を見つめている。その表情を見ると私まで嬉しくなってしまう。
私も同じように敗北の文字を眺めてると、画面が切り替わった。終わりを告げる文字が現れる。
「お姉ちゃん。次はあれやろ」
スイッチが入ったのか、アリスの目はキラキラとしていた。
アリスが指差したのはヤッフーするおっさん達のカーレース。あれハンドルがぐわんぐわんするから苦手なんだよな……。まぁ、アリスがやりたいならやるけれど。
「ん、わかった」
……ここで私は、視線に気がついた。まっすぐと私達二人を見てる?
振り返って見てみる。視線を送ってくる奴はどこにいるか、ゆっくり探してみる。私達を見つめるということはおっさんか、はたまた知り合いか。不気味っていうか、怖いからやめてほしい。……おっさんなら尚更。不審者の一件もあるし。
「お姉ちゃん?」
「いや、なんでもない」
呼びかけられて、荷物を持った。そしてまた歩き出しながらも探して……。
居た。視線を送ってきたのは……【隣の席の男の子】?なんで?お手洗いの入り口でスマホをいじりながらじーっと見ている。
いや、別に不自然なわけではない。ここのゲーセンは比較的大きなところだし、陽キャも来るようなところだ。でも、まさか、偶然……?
と思っていたら、お手洗いから男友達が出てきたところが見えた。なんだ、びっくりした。
というより、見られてたってことは私が負けたところ見てたってこと?恥ずかしい。
まぁ、考えるだけ無駄だと思いながら歩みを進める。カーレースのゲームが並んでいる場所に行こうと、カードゲームが並ぶ場所を通って……。
アリスが歩みを止めた。待って、何事。まさか【隣の席の男の子】を見つけちゃったわけ?
「……お姉ちゃん」
ドキドキしながら、言葉の続きを聞き逃さないようにする。
「これ、食べたいっ!!」
アリスが指差したのはクレープの広告だった。
誰の目を見てもとても美味しそうなチョコクレープの写真とともに、新作の文字もある。
なんだ……びびって損した……。
「わかった」
即答する。断る理由もない。
このクレープ屋さんは一階にあるようだ。
「行こ行こ!」
やっぱりアリスは女の子だなぁと思った。
そして数分後。
クレープ屋の中にある椅子にて。私とアリスは対になるように座っていた。
アリスは広告に出ていたクレープを目をキラキラとさせながら食べている。
「やはりチョコレートは絶品」
かっこつけたように呟くアリスに愛想笑いで返す。
でも、確かにチョコレートも悪くない。とか思う私は広告に出ていたものではなくて、もうちょっと安い奴だけど。
食べながら、スマホをいじる。さっき撮ったクレープの写真を眺めているのだ。初めてこういう写真を撮ったな、と感動しているところ。
食レポなんてことはできないが、これだけは本当に言える。美味しい。
嬉しそうに笑っているアリスを横目に、クレープに意識を向けてるように見せかける。
私はトイレの前に居た【隣の席の男の子】を思い出していた。視線を送って来たのは確かに【隣の席の男の子】で、私を見たということは当然【可愛い女の子】も見えたはず。
とかなんとか思いながら自分のクレープをまた一口頬張ると、アリスがため息を漏らした。
「お姉ちゃん、悩み聞いてもらってもいいかな……」
「え?悩みって……」
悩みなんて一切無さそうだと思ってた。
「私ね。お姉ちゃんの隣の席の子が好きなの……」
……この言葉を聞いた瞬間、私は頭を抱えた。相思相愛だったかぁ……これはまた面倒なことになった。
面倒なことというのは、ただ単に今この場で相思相愛だよと伝えるかどうかの悩みが生まれたというだけだ。
言ったとしたら……人気者である【隣の席の男の子】と【可愛い女の子】がくっついたということが転校して来て早い時期に知れ渡るととんでもないことになりそうだ。
逆に言わなかったとして、いつかは絶対にお互いに好きだということがわかるだろう。それに【隣の席の男の子】になんて言おうか。
「そっか……」
頷くことしかできなかった。また悩みが増えてしまったから。
アリスはもじもじしたまま言葉を続ける。
「でねでね、どうすればもっと接せれるかなって」
どうすればだなんて、私が知りたいほどだ。
高校生に入ってから人と触れ合うなんてこと想像もつかなくなったくらいなのに……。アドバイスできることなんて……。
「まずは、友達に、なればいいと思う……かな」
まだ相思相愛と言うことはやめよう。それがいい、きっといい。
そう、【隣の席の男の子】にも言わないほうがいい……。
「そ、そうだよね!そうだよね」
アリスは苦笑いして、「頑張ろう」と付け加えた。
これくらいのアドバイスしかできない私は低脳とでも思われたかな?まぁ相思相愛の件の方がお腹痛いから別にいいかな。
「じゃぁ、そろそろ次のとこ行こうか」
次はカラオケかな。
ネットで繋がってたときも好きな曲お互い言い合ったし、私が好きな曲入れても大丈夫でしょ。
☆★☆★☆★
自室の毛布の中で、今日あった出来事を回想している。
楽しかった……すごく、楽しかった。
ショッピングモールとか、陽キャが入り込む巣窟だと思っていたけれど、案外入ってみると楽しいものだ。
そういえば、私とアリスの出会いってネットだよな。
ネットでのアリスはころころアイコンやプロフが変わる気分屋。間違えて繋がりたいタグに反応して……が出会いか。君が死んでからすぐの出来事だった。最初は接しにくい陽キャだと思ってたけど、なんだかんだ呟きには反応くれるし仲良くなって良かったと思える。
そんなことを考えながら、スマホを手に取って、少し、アリスとの会話の履歴を遡る。
ここは二ヶ月くらい前。
『お姉ちゃんもうすぐGWだね(キラキラマーク)
よかったらオフ会したいな』
『私もやりたいな
でもアリスって××だよね、場所によるかな』
で、結局その頃からアリスは突然親の都合で忙しくなったって言って、やめたんだっけ。
この時の親の都合っていうのは、離婚かなんかでここに引っ越ししてくることになったとかなのかな。
ぴろん。一件、メッセージが来た。アリスから、ただ
『今日は楽しかったね!(キラキラ)』
と、今日の感想が来ただけ。
『うん、今日は楽しかったね』
簡単に返事をして、スマホを閉じる。そして、ため息をついた。
最近悩み事が増えてばっかの気がする。【探偵さん】のコネの力でマスコミは寄り付かないからそれはいいとして……。
【可愛い女の子】と【隣の席の男の子】がまさかの相思相愛。びっくりだった。
「あれ……?私は一体何をしてるんだろ」
元はと言えば……私は、【君】が遺した言葉で学校に行ってるだけ。報復の時は来るからって、私はいじめっ子の恐喝や暴力に耐えに耐えている。
【君】が学校に行って欲しい、と願ったから。
私、もう【君】の願いを叶えたよね?じゃぁ、いい子なんじゃ?
この悩みも……解決して、私は……。そう、スーパーヒーローになるんだ。
面白くなってきたな。
もう一度スマホを開いた。アリスからの返信が来てる。
『また遊ぼうね!!(ハートマーク)』
うん。スーパーヒーローになれるかも。
今度こそ、困っている誰かを助けて、あの時【君】を助けた時に見た夢を……実現させる。
私が返事をしようとしたところで、アリスがメッセージを打っているマークが出てきた。だから、数秒メッセージを待つ。
『でねでね、今度私の家に遊びに来ない?』
……アリスの家?
『いいよ』
家に遊びに行く……か。
さっきの悩みなんて忘れてしまって、ちょっと楽しみになってきたのだった。
……行かなければよかった、とはまだ思わなかった。
──────────
今は「完璧」な時間。アタシが「完璧」であるために必要。
「ねぇ【音】?【お姉ちゃん】が来るよ」
【お姉ちゃん】は友好関係がまだわからないみたいだから、「完璧」な私が教えてあげることにしたんだ。
「そうなんだ。なら、私が相手するから、【歌】は隠れてなよ?でないと──」
隠している「完璧」少年が見つかってしまうって。次に続く言葉は絶対そう。うん、わかってるってば。
アタシたちはそっくり双子。【音】は双子のお姉ちゃん。【歌】は双子の妹ちゃん。お母さんもお父さんも、双子であるアタシたちが「完璧」じゃなかったから、どこか行っちゃった。
でも【音】はアタシが「完璧」になれることに協力してくれる。代わりに【歌】であるアタシは【音】を繕うの。
全ては「完璧」になるため。
今日も何度だって「完璧」って言う。
言いながら、「完璧」少年の成りかけの頬を撫でた。
「あとは胴体だね、アタシだけの「完璧」少年……」
ふふ。実はもう、胴体の目星はついてるんだよ?アタシの代わりに学校へ行ってくれてる【音】が見つけてくれた。【音】の斜め前の席の彼が、「完璧」少年ぴったりの胴体なんだって。
夢は叶う。不当な方法で。
──────────
次の日の朝。
私は自信を持って家を出た。ちょっとだけ口角が吊り上がる。
単なる妄想だなんてことわかってはいるけれど、ただそれだけでも私には十二分の自信へと繋がる。
けれど学校に着けば、少しだけ気怠さが襲って来た。
普段から校門をくぐるとぐっと辛くなるせいだ。癖付いてる。
でも、私はスーパーヒーローになるんだ。大丈夫。いじめっ子も多分怖くない。
教室に入ると少なからず視線が来る。そして私に視線を送った人全員が「なんだお前か」みたいな顔して下を向く。もうこんなの慣れたし、見返してやるとまで思える。
席に座った。
横目にアリスの席を見る。カバンだけ置いてあって席にはいない。「あぁ、学校には来てるんだな」と少し安心する。
程なくして【隣の席の男の子】がやって来た。
少し機嫌の悪そうな足取りで私を見下ろしてくる。
「昨日ゲーセンにいたよな」
やっぱりあれは見間違いなんかじゃなかったんだと思って、ドキリ、と一瞬心臓の鼓動が高鳴った。
「で、隣にいたのはこいつだよな」
アリスの席を指さした。そうだよ、と声に出さない代わりに二回頷く。
「その、やっぱり……聞いたのか?」
もちろん聞いた。今度は一回こくりと頷く。
「じゃぁ内容……聞きたいから、放課後先週と同じようにファミレスな」
「……え?」
思わず声が漏れた。同時にさっきまで私が持っていた決意が崩れ去る。
また二人で?ということは、そのことをネタにいじめっ子からのいじめが加速するかもしれない……。容易に想像できる。行きたくない。行きたくない……。
けれど【隣の席の男の子】は私を頼ってくれているのだ。君が私を必要としてくれたように。
「わかりま、した」
了解してしまった。もちろん行く。
どうせ部活なんてもの無いし、ちゃんと昨日話したことをしよう。この時の感情は諦めだったのかもしれない。
もう、どうにでもなれ─!
授業が全て終わると、【隣の席の男の子】の様子を見た。私のことは気にしてない様子で立ち上がり、友達と思われる人と喋っている。
至っていつもの風景だ。私は空気。
とりあえずスマホを開いてみると、アリスからメッセージが来ていた。
『これから一緒に公園の近くのカフェ行かない?』
……。
『ごめん。今日は用事があるんだ』
とだけ返事して、スマホを閉じた。
ごめん、ごめんという気持ちで溢れている。
あれ?そういえばなんで、アリスは直接言わずメッセージで?
アリスの席を見た。やっぱり誰もいない。
なんでだろう……お手洗いにでも行ったのかな?
不思議に思っていたら、【隣の席の男の子】が私に話しかけてきた。どうやら友達と思われる人と分かれたようだ。
「行こうか」
別に彼氏とかではないけど、何だか胸が熱くなる。いわゆるキュンってやつだ。さすがはモテ男、私みたいな空気にさえ色を使ってくる。
「はい」
一つ返事をして立ち上がる。荷物は既にまとめてあったから、カバンを持って行くだけ。スマホはポケットにしまった。
なんだか平穏な放課後だ。アリスのことは気がかりだが、今日は久しぶりに放課後に誰かと遊びに行くから楽しみ。
前と同じ店に二人で入った。前と同じ席はさすがに無理だったけど似たような席に座る。
「じゃぁ、教えてくれよ」
ドリンクバーを頼んでから、早速彼の方から聞いて来た。
私は少し首を傾げながら昨日のことを思い返す。
「えっと、まず……」
私は昨日アリスとあったことの全てを話す。もちろん、相思相愛だということはしっかりと秘密に。自分に何度もそう言い聞かせた。
「昨日は、まず洋服売り場でいろいろ見て……私は三着買って、あの子は……確か、十着くらい買ってた気がする」
「へぇ。どんな服買ったの?」
「まぁ、季節モノ……」
さすがにどんな服買ったまでかは覚えていないし、そこまで聞くのか……とちょっと引いてしまう。好みでも聞き出そうとしたのだろうか。
他にも、ゲームセンターでやったこととか、カラオケに行ったこととか……うんうんと頷きながら聞いてくれた。
話してる時間は少し楽しかった。普段自分から話すことのない私だからこそ、報告とはいえ話すことが楽しかったのかもしれない。
普段から飲んでるドリンクもいつもより美味しかった気がする。
「……こんな感じ、でした」
話終えると、ありがとう、と一言彼は言った。
表情に笑みがある。さすがに相思相愛なことがバレたか……?それで笑っているのかな。
そう思ったけど、私が想像したこととは別の意味で嬉しくて笑っていたようだった。
「なんだか、あの子のことがもっと好きになった」
ただ単にアリスのことを更に知れて嬉しくなっただけのようだ。
ふぅ、と胸を撫で下ろす。
「本当にありがとう。優しいね」
ニコニコとしながらそう言った。優しい。優しい、か。
うん、私は優しい。昨日私は優しいって、確認したんだ。だから間違いない。
また私は一つ自信がついた。……気がする。
そして、彼と別れて帰り道。
電車に乗って帰る。学校に行く時と同じ、四車両目の前の方のドアに一番近いところのつり革に捕まる。
「なんか、疲れた……」
でも久しぶりに、良い気持ちで寝られそう。
──────────
「どういうこと!?」
【音】から聞いた情報。お姉ちゃんが、あの、「完璧」少年の胴体となる予定の男の子と二人で会って、仲良さげだったって。ありえない。あの胴体となる予定の子は、アタシを好きじゃないと「完璧」なんかではないんだ。
「必要か邪魔か見極められない君」だったけど、やっぱり邪魔なんだね。邪魔者は、排除しなきゃ……。
「ねぇ、【歌】。お姉ちゃんが家に来たら潰しちゃえばいいんだね」
「うん。殺しちゃって。アタシが「完璧」になるためには邪魔だから」
私の名前はまだまだ秘密。……だけど、きっともうすぐお姉ちゃんにはバレちゃうのでしょう。
「早く、もっと早く完成させる必要があるのかな……アタシの「完璧」少年」
アタシだけを愛してくれる「完璧」少年。
「完璧」少年は目から始まった。あの子のつぶらな瞳だけが「完璧」だったから。
それからやっぱり頭もいるよねって思って、「完璧」な頭を持つ子の頭を取った。
次に四肢を取った。本当は頭だけでいいかなって思ってたけど、あまりに四肢が「完璧」な子が居たから取っちゃった。
そして、いっそのこと身体を完成させようと思って、今、胴体を狙っているのです。
「待ってて。待っててね……」
アタシの理想はすぐそこにあるのです。
──────────
次の日。私は昨日とは違った明るい気持ちで家を出た。
でも、いつもならおはようとメッセージを送ってくれるアリスが今日は送ってくれない。寝坊かな?かと言って、私から送るのにはやっぱりまだちょっと勇気が足りない。
呑気なことを考えながら電車に乗る。いつもの車両の、いつもの位置。私はこの位置でないと落ち着かなくなっているらしい。
SNSを開いてニュースを見ていれば、すぐに学校の最寄駅に着いた。……アリスは、乗ってこなかった。
徐々に不安な気持ちに駆られる。そんなこと気にしていない、と自分の気持ちを誤魔化して足を進めていく。
教室に着いた。こんなぽっかりとした気持ちは久しぶりだ。きっとアリスがいないせい。一人で登校して、何をするわけでもなくスマホの画面に全神経を注ぐ。
せっかく明るい気持ちで家を出れたのに、相殺されてしまった気がした。私が何をした?って、怒りすら覚えるほどだ。いや、実際に怒るわけないんだけど。
私の世界と外界を遮断するようにイヤホンをかけ音楽を流し、スマホに視線を集中させる。
……これはあまりよろしくなかった。
「おい」
いじめっ子の一人が、イヤホンで聴いている音楽すらを越える声量で怒鳴りかけてきた。
やばい。そう感じると同時に、私のイヤホンの線が引っ張られ耳からイヤホンが無くなる。
「お前さぁ……昨日あいつとファミレス行ったんだってな」
いじめっ子が示したまだ誰もいない席は、【隣の席の男の子】のところだった。
そういえば聞いたことがある。いじめっ子のうちの一人が彼のことが好きなのだと。私にとってそんなこと知ったことではないと忘れていた。
「ファミレス行ったって知って泣いてたぞ?お前のせいで」
改めて【隣の席の男の子】は人気者なのだと知った。
けどそんなこととは別に、危機感を覚える。やばい。今はスマホを隠してないからまた割られてもおかしくない。
どうしよう、今の今までアリスといる時間が楽しくて忘れてた。いじめっ子の恐怖。アリスがいるから手出しができなかったのだと思うと笑い物だが。
「そ、その……」
謝るか?私はまた謝って格下だと赤裸々に公表するのか?
いいや、今日からの私はスーパーヒーロー。アリスの恋の方を守りたいし、応援したい。
「私は、そんなの、し、知らな……!」
捻り出すような声。
いじめっ子の拳が上がる。私はぎゅっと目を閉じた。
何か奇跡が起こるわけでもなく、お腹に拳が飛んでくる。……周りの人間が私を見て面白がってる気がする。
もう嫌だ、もう嫌だ。なんでこんなことに。私が一体どこで悪いことをしたという。いいや、してないね!悪いのは全部……。
……それでも嫌な事態は続く。
「お姉ちゃん……?」
アリスの声がした。想像するほど余地はなかったけど、想像することはできたはずの嫌な事態。
まずい。まだアリスにはいじめられている現場は見られたことなかったはず。……きっと、離れていく。人間は自分に不都合のものから離れたがる。だから、きっと。あれだけ仲良くしてたのに。不安が押し寄せた。
「あ、り、す……」
蜘蛛糸くらいか細い声が出る。絶対誰にも届いていないであろう声。それくらいに今の私には不安が、子供が思いつく悪戯にしたら最悪すぎた状況が。
教室はアリスに視線を注目させて静まり返っている。さっきまでの空間が嘘みたい。もしかしたらこのクソったれどもにも私へのいじめはかなりヤバいものだったと自覚があったのかもしれない。
「……っ」
アリスは明らかに戸惑いを浮かべている。
どうしよう。この状況をどうにかして打破できないものか。一瞬だけそういう思考になったけど、結局またアリスが離れていってしまう不安が。またスーパーヒーローの夢が潰えてしまう恐怖が。……そうか、私のメンタルはそれほどのものだったわけだ。
もはや自嘲しか湧いてこなくなる。
しばらくの沈黙の後、この状況を変えたのはやはりアリスで。
「いじめ……ですか、これ」
「はぁ?そんなワケないんだけど」
いじめっ子が反射的にアリスに言った。焦りが見られるが、私にはその焦りすら恐怖の対象。
「マジで最低。せっかく昨日ファミレスで二人きりだったこと叱ってあげたのにさぁ?」
アリスは気圧されてる。
「つーか、なんで居るの?」
……!私が、昔いじめっ子たちに言われたのと同じ言葉……。
「出てけよ」
徐々に教室の雰囲気がいじめっ子の方に向いていることがわかる。今まで黙り込んでいた観客たちがいじめっ子に便乗してアリスを迫害しようとしている。
……やっぱり、人は何度でも同じ夢を見る。今私の中に勇気が芽生えた。
私は立ち上がって、いじめっ子の頬に向かってビンタした。
「……っ!何すんだてめぇ!」
「いじめは許さない……!」
私が、昔いじめっ子達に言ったのと同じ言葉。
一年前、今アリスを助けたようにいじめられていた【君】を助けた。あの時も私はスーパーヒーローに憧れていたんだ。
まだ荷物を何も出していなかったカバンとスマホを持って逃げるように教室を出て行く。
いいや、これは逃げじゃない。勝利なんだ。
「行こうアリス」
早口で言って、アリスの手を引いて出て行く。
私は完全に勝ち誇った顔をしていた。
☆★☆★☆★
急いで、急いで。
私はアリスを連れたまま学校まで出る。途中、何も知らない奴や事情を知ってるだろうなって顔をした奴に見られたけど気にしなかった。
「お姉ちゃん……っ!?」
アリスは私に声をかけて来た。でも、私は後で言うからって返す。
多勢に無勢、逃げるが勝ち、私は私を正当化させてとにかく走る。後先?もう考えないことにした。
そして無我夢中で走って、たどり着いた先はいじめっ子たちに連れられてあの不審者と出会った公園。
学校からも割と近いから遠めに見ればちらほらと登校中の奴らがいる。急に羞恥心というか、なんかそういうのが戻ってきた。見つかりたくないな……。できるだけ遊具の後ろに隠れよう。
「ねぇ、お姉ちゃん、どうしたの」
登校中の奴らに意識を向けていたら、アリスが心配そうな顔で私を見た。上目遣いで一心に私の瞳を見つめる。
普段の私だったらぶりっ子乙の一言で済ませそうな顔だが、今の私は本気で私のこと心配してくれてるのがありがたい。
突然連れ出してしまった申し訳なさと、SNSで出会ってからかれこれ一年くらいの付き合いになるのと、心細いのとが合わさって質問の返答をすることにした。
「ごめん、アリス。ちょっと不甲斐ない話だけど、聞いて」
「うん、聞くよ」
私は話した。
「あれはだいたい一年は前のことで……」
私は入学してから少しして、いじめの標的になってしまった。「うざい」ってただそれだけで。
理由はわかってる。
入学して一ヶ月それくらいの時に……そうだ、君を助けたんだ。「いじめるな」って。かっこよく、ナルシストな気持ちになって。なんとなく、ヒーローに憧れちゃったんだよね。
そしたらいじめの標的が私になった。もうどうしようもなくなって不登校になった。……そしたら、今度はまた君が標的になったんだよね。
そのことを知っても私は怖くて学校に行けなかった。行けなかったけど、君は毎日のように私に心配の声をかけてくれて、今日勉強したこととか教えてくれた。私はもうスーパーヒーローになろうとかそういう気持ちはとっくに消え失せて、今みたいな卑屈な性格のなっちゃったから、うざいなぁとか思ってた。
で、ある日君はうちに来た。その頃にはだいぶ打ち解けてたし、確かに家の場所教えたこともあったけど、なんでかうちに来た。
当然びっくりした。誰かが家の前にいるから見てみたらそこに君がいるんだもん。
で、君は一言、「散歩しよう」って。
久しぶりに外に出た時、足が震えてたけど君が手を持ってくれたから出ることができた。嬉しかった。
これが目的だったのかどうかも今じゃわからないことだけど、君は私を連れて近所を散歩させてくれた。散歩に連れ出したのは君なのに、私が道案内したんだっけ。
でも……途中、横断歩道を渡ろうとした時。突然君は私のことを突き飛ばした。……そしたら、君は車に撥ねられた。本当に、何が起こったのか理解できなかった。
血がダラダラ流れて、救急車を呼ぼうにも動揺しすぎて何もわからなかった。
……結果的には君は間に合わなかった。そのまま死んじゃった。
でも、でもね。その時に君が言った「学校に行って」って言葉が……なんていうか、無責任な言葉だと思うけど強く私の心を揺さぶったんだ。
「……そんなわけで、学校に復帰したの。ギリギリ出席日数は足りたよ」
笑いながら言う。
どうしようもない過去を白状したんだ。もうこの世に生きてる人で、寄り添えるのはアリスしかいない気がして。
「そっか……」
全てを聞いたアリスは、何か考え込んでいるようだった。
一年前に起きたこととちっぽけな理由を誰かに伝えた私は、かなり気持ちがスッキリしていた。まぁ、その分アリスにどう思われたか気になって胸が苦しい。他人の心の内を気にしすぎてドキドキする。こんなんだから私はいじめられるのだろう。
「お姉ちゃん」
あの日以来、久しぶりに感じた短い時間なのに長く思える感覚。それを終わらせたアリスは、やっぱり私をまっすぐ見つめていた。
「ちょっと早いけど、私のお家に来ない?」
「……え」
アリスは私の手を掴む。
「なんていうか、すごい感動しちゃったの。それにお姉ちゃん、そんな辛いことあったのに私のこと助けてくれたんだよね」
それはそうだ。でもほとんど私のエゴみたいなものだから……。
「だからね、お礼がしたいの。家にあるもので、お礼がしたいの」
……嬉しい。そんなこと、言ってくれる人は初めてだ。
誰かの役に立てたんだな、私。
「だから、行こう」
アリスは私の手を引いて公園から出た。
今、私は嬉しさでどうにかなっちゃいそうなくらいに心が弾んでた。
☆★☆★☆★
私はアリスに連れて行かれるがままに電車に乗っていた。まぁ、いつも帰りに乗る電車なのだけれど。
通勤中かなんかのおっさんだのおばさんだのの目が痛い。当然と言えば当然だ。もうとっくにHRの時間を過ぎている。
今頃夜勤で就寝中だったお母さんの元に学校からの電話がかかってきている頃だろう。そのお母さんから私に電話がくるか……学校から私に直接電話がくるか。どちらにせよ電話とは便利なものだ。
だから、片手で吊革を掴みながら、片手でスマホの電源を切る。
あ、そうだ、アリスも……アリスの方にも電話がかかってくるかもしれない。
「ねぇアリス……」
「どうしたのお姉ちゃん」
「その……スマホの電源、切らない?」
アリスはきょとんとする。
「学校から電話かかってきたら面倒かな、って……」
そう言ったら、アリスは一回頷いて、ちょっとスマホをいじってから電源を切ってくれた。
可愛い。
思えばこうやってアリスと話すときは、ちょっと前まではスマホを通してだったな。
そしたら突然転校してきて……今、こうやって面と向かって話してる。こんな可愛い子が向こう側にいたなんて思いもしなかったし、あのメルヘンな感じが素だとも思わなかった。
更に言えばアリスが来たおかげで両片思いの恋を取り持つとかいうトンデモ展開まで来たわけだ。
「お姉ちゃん、ぼーっとしてどうしたの?」
「あぁ、なんか、前まではアリスとお話しするのってスマホ越しだったなって」
アリスは「そうだね」って言って笑った。
少しして電車はアリスが乗ってくる駅──目的の駅に止まる。
アナウンスを聞き流しながら二人で一緒に降りた。改札を通り駅の外に出る。
ここがアリスがいつも電車に乗る駅で、いつも歩く場所なんだ……。
しばらく黙って並んで歩いていると、アリスが口を開いた。
「……私ね、こうやって転校することがよくあるんだ」
高校で転校族?
珍しいっていうか……そんな事情があるんだろうか。
「だから、あんまり友達ができることがなくって……今の学校来て、SNSで知り合いだったお姉ちゃんと会えた時、本当に嬉しかったんだよ!」
とびっきりの笑顔を向けられてなんだかどうでも良くなってしまう。
アリスの笑顔は少しだけでも嫌なことを忘れてしまいそうなくらい可愛い。……ずっと居てくれればいいのにな。
何か言葉を返そうと思ったけれど、「お姉ちゃんこっちだよ」と言われたことで何を言おうか忘れてしまった。
アリスに案内されながらたどり着いたのは一軒家だった。
驚いた……てっきりアパートを借りてるのかと思ったけど。
「知り合いに住まわせてもらってるの」
「そうなんだ」
アリスは鞄の中から鍵を出して、扉を開けた。
「入って」
そう言われてアリスに続いて中に入る。
内装も至って普通の一軒家という感じだ。ただ、下駄箱の上にある芳香剤の香りが少しキツい。
「どうぞ上がって」
「おじゃまっします……」
ぎこちなく言うと、アリスはくすりと笑う。
「大丈夫だよお姉ちゃん。今私たち以外誰もいないから」
「そうなんだ……」
まぁ普通ならこの時間ほとんどの人は出勤とかだもんな……。私たちが異常なだけで。
アリスに見守られながら中に入る。
靴を脱いで上がると、芳香剤の香りに混じってなんとなく嗅ぎなれない臭いがしてきた。なんだろうこの異臭。……いや、つい最近嗅いだことがある気がする。なんだ、これは。まだ芳香剤に混じってよくわからない。
「ね、お姉ちゃん。確か冷蔵庫にアイスあったはずだからそれ食べよ。まだアイスには寒い時期だと思うけど、親戚がアイス好きでね」
緊張しているところを察してくれたのか、それとも自宅である程度リラックスしているのか、アリスは饒舌に話しかけてくれる。私はうん、うんと返事することで精一杯だ。
なんでか知らないが、今すぐここから逃げろ、なんて危機管理能力が働く。
「コップにジュースも入れて行くから。お姉ちゃんは二階の奥の部屋に入って待ってて。一番奥の左手に扉のある部屋ね」
頷いて、二階へと。
逃げ出さないのはもう友達を失いたくないなんてそんな気持ちだろう。
ゆっくりと、ゆっくりと。一番奥の部屋。廊下を見てどの部屋かはすぐにわかった。廊下の端のいたるところに同じようなアロエが置いてある。
でも、でも。私は階段を上がり切る手前で足を止めてしまった。そして私はとうとうこの臭いがなんなのか理解してしまった。
フラッシュバックする。
──ついこの間の、脳みそを引きずり出されたあの死体。
あの時にパニックになりながらも感じた鉄の臭い。それと全く同じだ。
「どうしたのお姉ちゃん」
いつの間にか後ろにはアリスがいた。私の背中をさする。
「ひっ」
「……そっか」
アリスは私の悲鳴を聞いて一つ呟くと、
「赤の女王様でした」
と言って服を引っ張った。
同時に私は階段を駆け下りる。絶対に今私を階段から落とそうとした。けど私は下りる大勢で居たからふらついたものの転がることはなかった。
「あぁ!逃げたらダメだよ!」
そんな声が聞こえたが無視して駆け出す。靴を乱雑に履いて家から飛び出した。幸い鍵は掛けられていなかった。
どうすれば、どうすればいい!殺される、ただ逃げてるだけじゃ殺される……!
ひたすら走る。
途端、道の角から現れたガタイのいい体躯に跳ね返り、尻餅を突いた。
「ご、ごめ、な……」
「ごめんなさい。おや、君は!」
続きを聞かずに走り出そうとするとそんな声。さすがに気になって改めて顔を見る。
「……え、あ!」
よくよく見れば、【探偵さん】だった。
どうだったでしょうか?
去年の今頃から書き始めたにも関わらず全然やる気が出ずに結局締め切りギリギリで投稿する形になってしまいましたが……。
第一次選考が出るまでには完成させてみせます(フラグ)。
では、また会いましょう!
20.10.13 二度目の編集をしました。
21.3.16 やっと追加分書けました〜!!お久しぶりです!この作品もなんだかんだ三万字近くありますので、完成しましたら話分けて改めて掲載しようと思ってます!完成は……きっとまだ遠い……。
24.7.3 お久しぶりです。大学で文章のことを勉強してるので、一旦これまでの文章力と区別化するために投稿しました。「【探偵さん】だった」まで