第九話
こちらの世界の普通がこれだというならば、それに慣れていこう。
そう思いパスタとバラ水をたいらげる。
「デザートはどうなさいますか?」
エマはリンゴジュースを飲みながら聞いてきた。
「デザートですか」
興味がないと言えばうそになるだろう。
それでも樹利亜はこれ以上世話になってしまっていいのかと迷った。
(いえ、ここでデザートだけ遠慮しても大して変わらないわね)
もはや散々世話になってしまっているのだ。
ここでデザートだけ遠慮しても、誤差みたいなものだろう。
(だったら少しでも多くのことを知ったほうがいいわ)
と決める。
「いただきます。何があるのでしょう?」
樹利亜が答えると、エマはそっと微笑んでさっと右手を挙げた。
さほど待たされず、先ほどとは違う若い女性店員がメニューを持ってきてくれる。
「こちらデザートのメニューになります」
エマが譲ってくれたので先に目を通す。
「プリン、イチゴのケーキ、リンゴのタルトか……」
これが定番のデザートなのだろうか。
(どれにしよう?)
樹利亜は選ぶのはわりと好きなのだが、どちらかと言えば優柔不断である。
「おススメはどれでしょう?」
笑顔で待っている店員に思い切って聞いてみた。
「そうですね。この中で一番甘さがひかえめで太りにくいのはプリンです。ケーキやタルトはそれぞれ果物をふんだんに使っておりまして、イチゴやリンゴが好きな方にはおススメいたします」
店員の言葉にうんうんとうなずく。
思っていたよりも親切な説明だった。
(うん?)
少し疑問に思い、樹利亜は思い切って尋ねてみる。
「ダイエットとかってあるのですか?」
「ええ」
エマはうなずいて小さな声で答えた。
(そっか。この世界にもダイエットって概念はあるんだ)
女性の悩みは世界を超えても似たりするのだろうか。
そう考えると樹利亜は何だかおかしくなってしまう。
「ではプリンで」
「同じくプリンを」
エマも樹利亜のまねをする。
「プリンをふたつですね。かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
店員はメニューをエマから受け取り、笑顔で去った。
「ジュリアさんの故郷にもダイエットはあったのですね」
エマがそう言って微笑む。
「ええ。私もよく体重計とにらめっこしていました」
「体重計?」
深く考えず言った樹利亜の一言に対して、エマは不思議そうに聞き返す。
「あ、体重計はないのですね」
「ええ。何でしょうか、それ」
エマの疑問に樹利亜はどう説明しようか迷いながら、必死に口を動かした。
「ええーと、簡単に言うと自分の体の重さを測るための器具があったのですよ。それを使えば自分が太っているか、それとも痩せているのかが分かるのです」
「あらまあ、それはずいぶんと便利な器具があったのですね」
エマは大いに感心している。
「そうですね」
トイレと風呂があるせいで失念していたが、こちらの世界ではないものは意外と少なくない。
(時計はあるのにね)
樹利亜にしてみれば時計があって、風呂があって、トイレもあるのに体重計がないというのは、奇妙なものだ。
もっとも、それは彼女から見た話にすぎないのだろう。
やがて運ばれてきたプリンは小さなサイズだった。
あまり胃袋が大きくない樹利亜にとっては手ごろなサイズである。
一口すくって入れてみると甘さが口の中を広がった。
(え、これ、甘さひかえめ?)
いったいどこがというのが樹利亜の率直な感想だった。
(普通に甘いけど……)
もしかしたらこちらの世界では砂糖や甘味料が貴重で……という予想はしていたのだが、見事に外れたらしい。
「どうですか?」
エマに感想を求められて、樹利亜は正直に答える。
「甘くて美味しいです。これでひかえめなのですか?」
「ええ」
エマはうなずくと、理由を明かす。
「砂糖はこの国の特産品の一つで、庶民にも恩恵をあずかれるのです。この国が豊かな理由の一つでもあります」
「なるほど、そうでしたか」
樹利亜は納得した。
(砂糖ってたしか貴重で高級品として扱われていた時代があったと、どこかで聞いたおぼえがあるわ。こちらの世界ではそういう状況なのね)
各国が欲しがる貴重品を生産していて、輸出できるのであれば儲けることもできるだろう。
(思い返せば、街の人もお店の人も、お客も痩せている人はあまりいないわね)
樹利亜は改めて店内を観察し、自分の感覚が間違っていないことを確認した。
丸々と太っている人はめったにいないが、心配になるほど痩せているような人もいない。
エマがどちらかと言えば恰幅がよいのは、シリウスという有力な魔術師に雇われているおかげだけではないようだ。
これはけっこう大事なことではないだろうか。
(だからと言って、ダイエット用品が売れるとまだ決まったわけじゃないわよね)
誰もがダイエットに興味があるとはかぎらない。
必要とされていない商品を作ったところで見向きもされないだろう。
エマが樹利亜を見守っていることに気づき、笑みを作る。
「ありがとうございます。何とかアイデアがまとまりそうです」
「それはようございました」
エマは自分のことのように嬉しそうで、いい人だなと思う。
店を出る時に会計をしたのだが、全額エマが払ってくれた。
樹利亜はここのお金を持っていないので当然のことである。
それでも彼女は罪悪感のような気持ちを抱いた。
「では話した通り、魔術具のお店に行ってみましょうか」
「はい」
エマに先導されて樹利亜は街を歩く。
街はまっすぐに道が伸びていて、その両脇に建物が並んでいる。
建物は大きさや形も色もまちまちだが、どことなく整った印象を受けるのはラインがしっかりしているからだろうか。
「この街にある魔術具の店はひとつだけなんです」
エマはそう言って青い屋根に赤い庇の店の前に立つ。
白い看板には「デネブの店」と書かれている。
白い木の扉を開けて中に入ると、すぐに店主らしき女性が迎えてくれた。
「いらっしゃいませー」
ウェーブがかかった茶髪に緑色の瞳を持っていて、都市は三十くらいだろうか。
紫色のゆったりとしたシャツと黒いロングスカートという服装で、大きな帽子をかぶってほうきを持っていれば魔女に見えたかもしれない。
「品物を見てもよいでしょうか?」
「ええ、もちろん。ご自由にどうぞ」
エマの問いにデネブは笑顔で答える。
店内にランプやろうそくもないが、大きな窓ガラスから日光が差し込んでいるせいで、明るさに不自由はない。
店舗部分の広さはせいぜい十二畳分というところだろう。
並んでいる品はカップに瓶といったものが多い。
「あの、どういうものが置いているんでしょうか?」
樹利亜が問いかけると、デネブの表情が一瞬不快そうにくもる。
すぐに消えたが、彼女は見逃さなかった。
(素人でごめんね!)
と心の中で謝っておく。
「そうですね。いろいろとございますが、寝つきがよくなる香水などがおススメですよ。後はこの季節ですと、冷たさを逃がさないコップはいかがでしょう?」
「へえ、そういうものがあるのですね」
まるで日本でもあった「アロマ」に「保温保冷ビン」のようだと感じる。
もちろん魔術が使われている以上、原理が同じはずもないが効果が似ているのであれば、ちょっと試してみたい気もした。




