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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第七話

「まあ、まだ時間はありますし、付与魔術師としての実力が証明できさえすれば、露天商でもやっていけますよ」

「露天商?」

 樹利亜が聞き返したのは、こちらの世界にもそういうものがあるのかと思ったからだ。

 エマは違う意味にとったらしく、説明してくれる。

「ええ。決まった店舗を持たずに商売をする人のことです。商売をするたび、領主様に売り上げの一部を税として支払わなければならないのですが、売り上げが悪い場所からは気軽に移動できるというメリットがあります」

「なるほど」

 商売のたびに税を取られるのは痛手のような気はするが、物は考えようだろう。

 一度店を開いてしまうと、自由に移動することはできない。

 露天商はその点、人が多い場所へ移動することも可能なのだ。

「露天商のデメリットも教えたほうがいいぞ、エマ」

 シリウスが渋面でそのようなことを言い出す。

 エマは小さくうなずいて説明の続きを話した。

「そうですね。お店を持てればそこに寝泊まりができます。雇われる場合でも、住み込みで働かせてくれるところがあります。ところが露天商はそうもいきません。自分で宿泊する場所を見つけなければならないのです」

「店舗だと簡単に移動できないけれど、その分メリットもあるということですね」

 宿泊場所に悩まなくてもよいというのは立派なメリットだろう。

 特に樹利亜のように若い女性にとっては。

「若い女が露天商をしても苦労するだけだぞ。店舗経営や従業員なら苦労がないとは言わないが」

 シリウスが苦い顔で忠告してくる。

「判りました。その点もふまえて考えてみます」

「それがいいでしょう」

 エマはそう言って着替えに行く。

「君の魔術師としてのレベルは順調に上がっている。この分だと自分で店を持ったほうがいいかもしれないぞ」

「そういうものですか?」

 あまりピンと来ない樹利亜が首をかしげると、シリウスは大きくうなずいた。

「うむ。君は優秀な付与魔術師が、いったいどれくらい価値があるのか、全然理解していないだろう」

「それはその通りですが」

 何しろ判らないことのほうがまだまだ多い。

「君が何も知らないからと、賃金を安く抑えようとする輩はいるだろうからな」

「そんな人がいるのですね」

 それはどこの世界でも存在する問題なのだろうかと樹利亜は内心苦笑する。

「ただいま戻りました」

落ち着いた感じの服に着替えたエマがそう声をかけた。

 樹利亜は着替える必要はなく、ふたりは仲よく出発する。

 樹利亜にしてみればどこがどうなのかさっぱり判らないのだが、エマは迷わず進んでいく。

「エマさんは方角が判るのですか?」

「いいえ。シリウス様に教わった道順を覚えているだけですよ。この森は方向を狂わせるので、方角を頼ろうとすると必ず迷います」

 エマの返事に樹利亜はゾッとする。

(シリウス様が私ひとりで行かせられないと言ったわけだわ)

 彼女だけならば迷ってしまっていただろう。

「シリウス様ってもしかして人嫌いなのですか?」

「まああの方はいろいろありまして。面倒見は悪くない方ですよ」

 エマの擁護するような言葉に樹利亜は納得する。

 得体のしれない女を拾って保護し、独り立ちできるようになるまで面倒を見てくれるなど、なかなかできないことだ。

 何か訳ありなのだろうが、実のところ樹利亜はそこまで興味はない。

(言いたくないことくらいあるでしょうしね)

 人の秘密を気にしていられるかと樹利亜は思う。

「ところで街に出るまで、どれくらいかかるのでしょう?」

「森を抜けるのに三十分。そこからさらに三十分といったところでしょうか」

 エマはよどみなく答える。

(一時間、歩きっぱなしかあ)

 こちらの世界には自動車も自転車もないのだろうかと、天を仰ぎたくなった。

 せめて馬車でもあればと思うが、森の付近を通っているわけがないかと肩を落とす。

「運よく誰かが通りかかれば、乗せてもらえますけど」

 エマは何でもないように言う。

「何か乗り物はあるのですか?」

 樹利亜は一縷の希望を見出し、彼女に質問する。

「ええ。ジュリアサンはロバをご存じかしら?」

「ロバなら一応知っていますけど」

 たしか馬みたいな乗り物だったかしら、と記憶を探った。

「ええ。たまにですがロバに乗って旅をしている人がいるので、乗せてもらえるのです。その場合、お礼として街を案内するのが一般的ですね」

「なるほど」

 ロバに乗って旅をすると言われても正直樹利亜にはピンと来ない。

 もっと知識があればいろいろなことが思い浮かぶのかもしれないが。

「故郷ではどうだったのですか?」

「えっと、自転車や自動車という乗り物があって、バスや電車も……」

 樹利亜は説明を途中でやめたのは、明らかにエマがついて来られていなかったからだ。

「よく判りませんが、魔術具のようなものでしょうか。とても発達していたのですね」

「そうなのでしょうか」

 エマの感想について、彼女は首をひねる。

 シリウスの家にはランプがあり、水洗式トイレがあり、風呂もあるのだ。

 そこまで文明的に劣っているとは彼女には思えない。

「ジュリアさんに申し上げておきたいのですが、シリウス様の家は特別ですよ。普通はあのような便利なものはございません」

「えっ、そうなのですか?」

 樹利亜が思わず訊き返すと、エマは苦笑しながらうなずく。

「ジュリアさんもうすうすはお気づきだと思いますけど、シリウス様は実力のある魔術師です。だから便利な魔術具を揃えるのが難しくないのですよ」

「あー、なるほど。そうなのですね」

 彼女は合点がいった。

 同時に不安がこみ上げてくる。

「するとあんなお風呂やトイレって普通はないのでしょうか……?」

「ありません」

 エマは気の毒そうな顔で断言する。

(うう、どうしよう……)

 すっかり安心していたのだが、どうやら甘かったらしい。

 樹利亜は泣きたくなった。

 だが、すぐに自分を叱咤し、気持ちを切り替える。

 頑張って稼いで買えるようになればいいのだ。

 街の入り口にようやくたどり着いたところで、エマが口を開く。

「ジュリアさんにはこの国のことを教えて差し上げるように、シリウス様から指示されていますので、ご希望があれば何なりとお申しつけください」

「よろしくお願いします」

 ジュリアはその申し出をありがたく受ける。

「どういう場所を見たいとかございますか?」

「そうですね」

 樹利亜は少し考えた後に言った。

「物の相場は見てみたいですね。飲食店も興味がありますし、付与魔術が使われている品物があれば確認しておきたいと思います」

 けっこう欲張りだなと希望を言葉にしてから思う。

「後、できればですが、魔術具関連の店もあれば見ておきたいですね。お風呂とかどれくらいのお金が必要になるのか、気になっていまして」

「かしこまりました。お風呂は不動産関係、それ以外の品は魔術具専門店がございます。まずは休憩も兼ねてどこかお店に入りましょう。歩きづめでお疲れでしょう」

 優しくエマに言われた樹利亜は正直ホッとする。

「ええ。これだけ歩いたのは久々なもので」

 明日は筋肉痛になるのが確実だなと思いながら、彼女は返事をした。

 もっともエマのほうはまだまだ元気らしい。

(こっちの人たちはみんなタフなのかしら)

 自転車すらなく、移動手段がすべて徒歩であれば嫌でもタフになるのだろう。

 理屈としては理解できるが、樹利亜はそれでも感嘆する。


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