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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第五話

 樹利亜が意気込むとシリウスが薄く笑う。

「君はただ魔術を覚えればよいというだけではない。こちらの知識も必要だろう。とにかく今はあせらないことだな」

「……はい」

 見透かされている。

 悔しいが事実なので樹利亜は黙り込む。

「それに商売をやっていくとなると、総魔力量か魔力回復能力かのどちらかは向上させるのは不可欠となるだろう」

「そのふたつはどう違うのでしょう?」

 何となくイメージはできるが、はたして正しいのかという不安があった。

「そうだな。総魔力量とは個人が保有できる魔力の最大容量だ。魔力回復能力とは消費させた魔力が回復する速さのことだ。総魔力量が多くても回復能力が低かったり、総魔力量は少なくとも回復能力が優れている場合がある」

 シリウスの回答はだいたい樹利亜の予想どおりだった。

 しかし、判らないことはまだある。

「私はたぶん魔力量が多くないけど、回復能力は高いほうを目指すべきなのだと思いますが、はたしてそれは可能でしょうか?」

「そうだな。その認識であっているし、魔力回復能力はトレーニングをサボらなければ誰でもきたえることができる。もっとも、成長速度は素質で決まるのだが」

 つまりどれくらい伸ばせるかはやってみないと判らないということか。

「まずはやってみてからということですか?」

「そうだな。総魔力量だって増やせるし、そちらの伸びがよければ何とかなるかもしれない。安定した収入が欲しいなら、回復能力の向上が条件になってくるがな」

 シリウスがどうしてそう言うのか、樹利亜なりに考えてみる。

 そして確認してみた。

「総魔力量が多いだけだと、回復が追いつかない事態が起こると考えても?」

「ああ。それであっている。君の総魔力量はけっして多くはない。増やす努力はしたほうがいいが、短期間で急激に増やせるものでもないからな。回復能力を伸ばすほうが現実的だ」

 それも簡単な道ではなさそうである。

(よく知らない世界で地に足をつけて生きていこうというのだから、当たり前ね)

 と自分に言い聞かせ軽く鞭を入れた。

「お答えいただきありがとうございます。ところでどちらから始めるのでしょうか?」

「どちらと言うか、どちらも鍛えられるやり方でいく。そのほうが君にとってもいいだろう」

 シリウスはそう言うと、その場に腰を下ろして足を組む。

(座禅……? 呼び方はともかく同じ姿勢はあるんだ)

 樹利亜は意外なことに目を丸くする。

「君はスカートだからな。足の組み方までは真似をしなくてもいい。まずは座ってリラックスできる姿勢になってくれ」

 シリウスの言葉に甘えて、彼女は近くの椅子に腰を下ろす。

「目を閉じて、神経を研ぎ澄ませ。自分の魔力を感じとるんだ」

 言われたとおり樹利亜は両目を閉じて意識を集中する。

(座禅と瞑想のようなものよね)

 と考えたのは一瞬だけだ。

 何とか自分の魔力を感じとろうと努力するが、なかなか上手くいかない。

 しばらくすると本当に魔力を持っているのかと不安になってくる。

「いきなりは難しいか。私が君の体に触れて魔力を流し込めば、いやでも感じとることはできると思うが、どうする?」

「……お願いします」

 シリウスの問いに樹利亜が迷ったのは一秒くらいだった。

 少しでも早く一人前になりたいというあせりに似た気持ちが、彼女の決断を後押しする。

「承知した。では君の左肩の上に手を置かせてもらうぞ」

 いちいち断りを入れるなんてわりと紳士だなと樹利亜が思っていると、意外と大きな手が彼女の左肩の上に置かれた。

 次の瞬間、冷たい水が体の中に流れこむような感覚が急に彼女の体を駆けめぐる。

「?」

 樹利亜は思わず声をあげそうになった。

 身をよじりたくなる感覚の連続で、事前に予告されていなければ我慢できなかっただろう。

「落ち着け。今、君が感じているものを覚えるんだ」

「は、はい」

 シリウスの冷静な声で樹利亜はやや落ち着きを取り戻す。

「つ、冷たい水が血の中に入って、全身をめぐっているような感じなのですが」

「耐えられないように感じているとすれば、それは魔力が君の制御下にないからだ。まず、自分の体の中に流れているものは自分の魔力であり、自分の一部だと認識してみるといい」

 彼女が言われたとおりにしてみると、ひんやりとしていた感覚が少しずつおさまってくる。

 おかげで魔力も自分の体の一部だという意識が強まった。

(そっか。あくまでも私の一部。血とかと一緒なのね)

 自分の体内を血が流れていても、特に何も感じない。

 それと同じなのだと思えば、受け入れることができそうだ。

「どんな感覚だ?」

「えっと、ひんやりした感覚はあるのですが、だからどうしたいとは思いませんね」

  シリウスに聞かれて、どう表現すればいいのだろうと樹利亜が首をひねる。

「拒絶感覚はなくなったか。早いな」

 シリウスには理解できたらしく、そのようなことを言う。

「では視線を自分の左手に向けて、魔力を集めようと意識してみてくれ」

 樹利亜が指示に従うと、少しずつひんやりとした感覚が自分の左手に集まってくる。

「ふむ。悪くはない」

 シリウスにも彼女の魔力の動きが感じられるのか、そのような評価をこぼす。

「私が思っていたより、君にはセンスがあるかもしれないな」

「え、本当ですか?」

 樹利亜はパッと表情を輝かせる。

 意外な才能だと自分でも思うが、現状を考慮すればないよりもあるほうがありがたい。

「ああ。魔力の動き方が初心者にしてはスムーズだ。これなら見込みがある」

「よかったです」

 彼女が笑顔を作ると、シリウスはうなずいて次の指示を出す。

「では魔術を使っていくといい。疲労を感じるまでだ」

「はい。えっと、思い浮かべるイメージは一種類だけでいいのでしょうか?」

 せっかくなのだからいくつもやったほうがいいのでは、と樹利亜は思ったのだ。

「いや、できるなら思いつくことを全てやっていったほうが、トレーニングになる。しかし、それだけの種類が思い浮かぶのか?」

 シリウスはまじまじと彼女の顔を見つめる。

 滅多にお目にかからない美形に見つめられても、ジュリアはあまり嬉しくなかった。

 何やら侮られているような気がしたからである。

「たくさんは無理ですけど、美容にいいお茶とか、太りにくいケーキとかくらいなら思いつきます」

「ふむ。ご婦人がたの支持を得られそうな着眼点だな」

 シリウスの反応はかんばしくなかったが、否定はされなかった。

「一応確認しておきたいのですが、そういった商品はあるのでしょうか?」

「あることはあるはずだが、正直私は詳しくないな」

 どう見ても男性のシリウスが、女性向け商品について疎いのは理解できる。

 少なくともその反対よりもよっぽど。

 だから樹利亜は気にしなかったのだが、シリウスとしてはそういうわけにもいかなかったらしい。

「時機を見て、街にでも行ってみるか? 何か参考になるかもしれないからな」

 と提案してくる。

 樹利亜はこの言葉に飛びつく。

「お願いします。できれば雇ってもらえそうな店か、借りられるお店があるかどうかだけでも見られたら嬉しいです」

「考慮しよう。ただ、そう上手く見つけられるかは判らないぞ」

「あ、そっか。そうですよね」

 従業員を雇いたい店や貸し店舗のあきが都合よく見つけられるのか。

 運も問題になってきそうだなと樹利亜は思う。

(でも、今は気にしないほうがいいよね。私の意思じゃどうにもならないことなんだから)

 自分の意思や努力次第でコントロールできることをまず頑張りたい。

 彼女はそう考えた。

「ではトレーニングに戻ろう。さっき言ったイメージを順番にやっていってくれ」

「実物はないようですが、やってもいいのですか?」

 シリウスに樹利亜が問いかける。

 靴下と違ってケーキやお茶はすぐに用意できるか判らないものだからだ。

「かまわない。今はとりあえずイメージ力をきたえることと、数をこなすことを優先する」

「判りました」

 樹利亜は言われたとおりに、イメージを繰り返す。

 十回、二十回、三十回と繰り返していくうちに疑問を抱く。

 やがてエマがお茶を持ってきてくれたため、ひと休みすることになる。

 その時を見計らって質問をした。

「付与魔術の効果とはどれくらい続くものなのでしょうか? あまり短いと売り物にならないような気がするのですが」

「そうだな。基本は数日といったところか。君が言ったように食べ物や飲み物に付与する分には、それだけで十分だ。だが、靴下のように長い時間使う物の場合は、当然効果が持続することが求められるだろうな」

「やっぱり……」

 もしかして自分は困難な道を選んでしまったのかと、樹利亜は少し不安になった。

「効果時間を伸ばす方法って、ありますか?」

「もちろんだ。しかし、別の手もある」

「別の手、ですか?」

 シリウスが何を言おうとしているのか判らず、彼女は聞き返す。

「ああ。価格を安めにして、効果が切れた場合無償で魔術をかけなおすという手だ」

「なるほど。そんなことも可能なのですね」

 意外と柔軟な世界であるらしい。

「最初に正直に説明しておけば許される。実は不良品だったと後で判明した場合は逮捕される場合もあるし、その時俺は助けないぞ」

「当然ですね」

 シリウスは単なる警告のつもりなのだろうが、樹利亜としては少し面白くなかった。

「そんなことをする人間に見えますか?」

「見えないが、事前に言っておくのが俺の立場というものだ」

「そういうことでしたか」

 ならば仕方ないと樹利亜は思う。

「まだ慌てる必要はあるまい。君の成長速度に応じてトレーニングも変えていく。何も君は一本道を歩いているわけではないのだ」

「はい」

 シリウスは励まそうとしてくれているのだろう。

 彼女は素直に好意を受けとっておいた。


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