第四十七話
「ではジュリア。座って休むがいい」
ようやく樹利亜は着席することが許される。
ホッとしたのもつかの間、アルタイルはすぐに指示を出す。
「それで、発火事件だが、容疑者は出ているのだな」
リゲルがすかさず答える。
「はい。デネブという魔術師の女がいるのですが、調べたところジュリアの店が開かれて以降、急激に売り上げが落ちているようです。もともと評判がよくなかったこともあり、有力な容疑者だと言えるでしょう」
樹利亜はそうだったのかと思いながら聞いていたが、アルタイルは淡々としている。
「そうか。つまり証拠は何もないのだな」
「はい。ですが、ジュリア殿の魔術があれば、本当のことをしゃべってもらえるでしょう」
「違っていれば容疑者からはずせばすむだけだ」
アルタイルは何でもないように言い、兵士たちは飛び出していく。
おそらくデネブを連行しに向かったのだろう。
どうやら日本警察とはだいぶ毛色が違っているようだった。
(当たり前か。貴族や領主がいて、その人たちが裁判長をやっているんだもの)
容疑者扱いされて不快な思いをさせられて、その後容疑が晴れたから抗議をしても相手にされたりしないのだろう。
相手が領主ということで泣き寝入りするしかないのだろう。
(仕事がもらえた私はまだまだ恵まれているのね)
そう割り切るしかなさそうだ。
兵士たちが戻ってくるまでの間、アルタイルはひたすら仕事をしている。
樹利亜の方を一度も見ず、完全に放置されていた。
(まあかまわれるよりはマシか)
手持無沙汰なのは困るが、貴族相手の礼儀作法なんてものに自信はない。
放置されていた方が助かるのは事実だ。
やがて抗議するような声とともに足音が近づいてきて、兵士たちがデネブとレグルスを連れてきた。
「アルタイル閣下、デネブ以外にも怪しい男がいたので念のために連行してきました!」
「ご苦労」
アルタイルは顔をあげてじろりと二人を見る。
二人の顔は青かった。
兵士たちには文句を言えても相手が領主となると何も言えなくなるようだ。
「領主としての命令だ。まずはそこのお茶に飲み、その後こちらの質問に答えろ。貴様らに罪はないと判断したらすぐに返してやる」
アルタイルの口調は厳格だったが、無罪ならば解放されるという言葉に希望を持ったのか、デネブとレグルスの緊張がやわらぐ。
二人は何も知らずに言われた通り、お茶を飲んだ。
「付与魔術がかかった腰巻きや靴下が発火する事件が起こっているが、貴様らの仕業か?」
「そうです。ジュリアって女を破滅させてやろうと思って。……えっ?」
デネブはすらすら答えてからぎょっとなる。
あわてて口をおさえたがもう遅かった。
「貴様も何か関わっているのか?」
アルタイルが真っ青になっているレグルスに聞くと、彼は必死に口をおさえて抵抗しようとするものの意味はなかった。
「はい。私が魔術具を使って発火するように仕向けました」
「なるほど。貴様らは業務妨害と放火、殺人未遂の罪で裁く。捕らえろ」
アルタイルの指示に従い兵士たちが二人の身柄を拘束する。
そしてアルタイルは樹利亜を見た。
「さて、貴様はもう帰っていいぞ。必要になれば呼ぶ。その時は指示通り働くように」
「は、はい。失礼します」
樹利亜は恨みのこもったまなざしを向けてくるデネブを見ないふりし、そそくさと屋敷を後にした。
高い壁から数メートルほど離れたところで、彼女は立ち止まって大きく背伸びをした。
「疑いは晴れた。新しい仕事ももらえた。犯人は半分くらいだけど、自分の手で仕返しできたっと。まあハッピーエンドと言えるかしらね」
満足そうな笑みを浮かべ、自宅に向かって歩き出す。




