第四十四話
兵士たちは診療所に入っていき、樹利亜たちはその後を続く。
アジェナ医師はすぐに出てきたものの、いかにも迷惑そうな表情だった。
「話は簡単に聞いたわ。私の意見は同じ。彼女の付与魔術がそのような効果があるとは認められないわ」
「ですがアジェナ先生」
若い領主兵が言い返そうとしたが、アジェナ医師は許さなかった。
「私の意見が気に入らないなら、他の医師に聞きなさい。もっとも変わるとは思えないけど」
アジェナ医師にぴしゃりと言われてしまい、若い兵士は黙ってしまう。
そこで白い頭の落ち着いた兵士が前に出る。
「部下の非礼をお詫びいたします。こちらとしても魔術が原因と決めているわけではないのですが、何分未知の魔術なものでして」
「そりゃそうだけど、他にも火事になる原因はあるでしょ。火の不始末をジュリアさんにせいにしているだけって可能性を検討してみたの?」
アジェナ医師の回答についてきていた女性が真っ赤になって叫ぶ。
「何よ! 私たちが悪いっていうの?」
「ええ、そうよ。何かあればよく魔術師のせいにするけど、だいたいが冤罪で魔術師じゃない人の責任だった例が多いじゃない。今回は違うって証拠はあるの? あるなら出してごらんなさい」
アジェナの高慢で強気な言い草に、女性はひるんでしまった。
兵士たちも気まずそうにしていることから、おそらく証拠と言えるものは何もないのだろう。
「ですから、彼女が犯人であるかどうかを調べている段階です。違っていれば潔白を証明することにもなります」
白い頭の男性がなだめるような言い方をする。
「だといいけどね」
「アジェナ先生にうかがいたいのですが、体を温める付与魔術をかかった品物を高温化する場所に置いておくとどうなりますか?」
白い頭の兵士の質問にアジェナ医師は答える。
「あなたが予想していることは起こらないわよ。触った人がやけどをする可能性はなきにしもあらずってところかしら」
「やけどするってことは熱くなっているってことじゃないの?」
女性がわめく。
樹利亜は我慢できなくなって言った。
「太陽の光を浴びたところで、家や人間は燃えたりしないでしょう。それと同じです。燃やそうとしなければ平気なはずです」
「お前は黙ってろ!」
若い兵士がすごんだが、白い頭の兵士が黙らせる。
「なるほど、もっともな意見だ」
「他に魔術に詳しい人はいないのですか? 何人かに聞いてもらえたら、疑いは晴れると思うのですが」
樹利亜の質問に白い頭の兵士が応じた。
「今、七大魔導のシリウス様に質問の使者が行っている。ご領主のアルタイル様とシリウス様は親交があるからな。その回答待ちになる」
「七大魔導の回答次第では覚悟しなさいよ!」
中年女性が意地の悪そうな顔で言う。
シリウスの名前が出たことで樹利亜は少し安心する。
彼女は彼の教えられたとおりのことをやったのだから、彼が彼女に責任があるとは言わないだろう。
(他の人だったらともかくね)
だが、人に助けられているばかりではいけないとも思った。
「では調べていただけませんか。私が靴下と腹巻きに付与魔術をかけたのに、何も起こっていない人もいるんです。違いが分かれば、原因を突き止めることもできるかもしれません」
樹利亜の意見に興味を持ってくれたのは、やはり白い頭の兵士だった。
「へえ、そんなところがあるならぜひ調べないとね。家を聞いてもいいかね?」
樹利亜が答えると兵士は何度もうなずく。
「たしかに無事な品物があるなら、商品が原因じゃない可能性も多少は高くなるわけだ」
「そ、そんな……」
威勢の良かった中年女性がショックを受けたのか、顔色が悪くなっていた。
完全に樹利亜が悪いと信じて疑っていなかったのだろう。
(形勢逆転とまでいかないけど、風向きは少し変わったわね)
領主兵たちが原因を突き止めてくれれば、それに越したことはない。
(ダメだった時のことも考えておかなきゃ)
どうすればいいだろうと思い、樹利亜はやがて一つのことを思いつく。
「よければ私も同行してもいいですか?」
「面白そうね。私も行くわ」
ジュリアの発言を聞いたアジェナ医師もそのようなことを言い出す。
「まあお二人が協力してくださるのなら、拒否する理由はありませんが」
白い頭の兵士はそう言ったものの、他の兵士たちは明らかに面倒くさそうだった。
「あなたは話が分かりそうね。お名前は?」
「リゲルと申します」
「ではリゲル殿。よろしくね」
アジェナは先導するように先に立ち、その後をリゲルと樹利亜と他の兵士がついていく。




