第四十三話
「あなた、誰かの悪意に対して鈍感みたいね」
スピカはむしろ心配そうに表情をくもらせる。
「え、いや、でも私まだこの町で店を開いて大して時間は経ってないですよ?」
そんなねたまれるほどのことをやっただろうか。
樹利亜が首をひねると、スピカが言う。
「短期間で売り上げが急成長したんだから、そりゃ恨む奴は出てくるでしょう。大事なのはそいつの考え方で、あなたがどう思うかじゃないのよ」
それを言われてしまうと樹利亜は困る。
人の考え方や心理など分かりにくいものだ。
「正直、敵は多そうだしね」
スピカのこの発言に樹利亜はえっとなる。
「私、そんなに敵が多そうですか?」
「少なくともあなたが取り引きを現在しているお店以外の飲食店は、どこも敵である可能性があるでしょう。あなたのおかげでライバル店の売り上げが伸びたってことは、それ以外の店の売り上げが落ちたとみていいのよ」
その発想はなかったと樹利亜は思う。
スピカの指摘は鋭い気がする。
(それに比べて私って全然ダメね……)
このままでは解決なんてできないのではないかと思えてきた。
「スピカさん、よかったら相談に乗ってもらえませんか。お礼はできるかぎりするので」
「いいわよ。どうせならおば様の手も借りましょ」
スピカは快諾してくれ、さらに提案もしてくれる。
「アジェナ先生の? 迷惑ではないですか?」
樹利亜が遠慮すると、スピカは笑った。
「おば様はあなたの魔術を保証したのよ。つまりあなたの魔術が信用できないかもしれないってなると、おば様の名誉や信頼を傷つけることになるの。誰かの妨害だった場合、おば様に宣戦布告をしたのも同じことよ」
「うわあ……」
言われてみればもっともな話だった。
(でも、きっとこのことを犯人は予想していないんだろうなあ)
と樹利亜は思う。
少なくとも彼女だったら、魔術にたけているエルフが事態の解決に乗り出すような手口は避けるだろう。
(それともそうせざるをえなかったのかしら?)
ふとそんな考えをひらめいた。
どうしてそんなことを思ったのか自分でもよく分からなくて、首をかしげる。
「なぜそんなことを犯人はしたのでしょう?」
そこで口に出してみることにした。
「私の魔術が疑われたら、アジェナ先生にも飛び火します。そうなったらアジェナ先生が出てくるのに?」
「……考えられることは二つかしら」
スピカは一瞬詰まったものの、すぐに応じる。
「一つめはおば様を引きずり出すのが目的。つまり、犯人の狙いはおば様に恥をかかせることだったという場合」
「なるほど、それは分かります」
つまり樹利亜を狙ってやったわけではない。
アジェナ医師の信頼を傷つけるために標的にされただけだ。
「もう一つは……私の魔術が評価されたら困る?」
樹利亜はスピカが言うよりも早く、自分で答えが浮かんだ。
「そうね。私としてはそっちを考えていたんだけどね。おば様に喧嘩を売る無謀な人間、この町にいるなんて考えにくいから」
スピカは真剣な顔で言う。
「私の魔術が評価されて困る人って……」
樹利亜の頭に浮かんだのは「デネブの店」だった。
町に二つしか魔術関連の店はないのだから当然である。
「考えているのは同じでしょうね。ただ、証拠がないと領主に訴えるのは難しいわよ」
「はい」
証拠がないと警察が動きにくいのは日本でも同じだった。
「ひとまずおば様に相談しましょうか。あなたの魔術が原因ではないと証明できる魔術師なんて、そうはいないでしょうし」
「そうですね」
樹利亜はうなずきスピカと一緒にアジェナ医師のところへ向かった。
すると診療所の前には十人以上の武装した兵士が立っていた。
「あれは領主兵……まずいかもしれないわよ」
スピカが表情をくもらせ、低い声で樹利亜に警告を放つ。
その直後、兵士と一緒にいた中年女性が彼女たちに気づいて指をさしながら叫ぶ。
「あっ、あの女よ! ジュリアってとんでもない女は! すぐに捕まえてっ!」
兵士たちは厳しい顔で樹利亜を見つめながらゆっくり寄ってくる。
「すまない、少しいいかな?」
「はい」
樹利亜が腹をくくって応えると、横からスピカが口をはさむ。
「ちょっと、領主兵が何の用なの?」
兵士たちは一瞬不快そうな顔をしたものの、相手がエルフだからていねいな態度をとった。
「こちらの女性に危険物販売の疑いがかかっています」
「危険物販売?」
スピカがわざとらしく尋ねると、領主兵はじれたように説明する。
「ええ。何でも時間がたてば発火してしまう靴下を売りつけたとか。事実であれば拘束し、投獄もしなければなりません」
要するに領主兵とやらが警察のようなものなのか。
樹利亜はそう理解した。
「証拠はあるの? 客の不注意かもしれないし、誰かが放火したのかもしれないでしょ」
スピカは体格がよく厳めしい空気を放っている領主兵に対し、少しもひるまずに意見している。
ありがたいものの、樹利亜は内心ヒヤヒヤだった。
「もちろんです。まだ調査をはじめた段階ですから」
四十代くらいの白い頭の領主兵は噛みつきそうなスピカの意見を、腹も立てずに受け流す。
他の若い兵士たちとは違った空気を持ち、彼こそが兵士たちのリーダーなのかもしれない。
「とりあえずジュリアさんと彼女の鑑定をしたアジェナ医師に話をうかがいたいのですが?」
口調はおだやかで言い方は礼儀正しいが、兵士たちの表情が「拒否権はない」と物語っていた。
「ええ、承知しました」
樹利亜は逃げる気はないと言わんばかりに、微笑んで見せる。




