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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第四十二話


 次に行ったのは「風と舞う妖精」である。

 こちらでも遠慮して裏口を叩いた。

 応対してくれたのは五十歳くらいの女性である。

 見覚えがない顔に樹利亜は少し戸惑ったものの、相手も同じようだった。

「あのすみません、付与魔術師の樹利亜と申しますが」

「ああ。何か? ヴェガなら仕事中ですが?」

 女性は訝しそうに言う。

 どうして裏口から入ってきたのかと顔に書いてある。

(あら、ここも違うのね)

 樹利亜は少し安心した。

 原因不明の発火現象は意外と発生していない人もいるようだ。

「お渡しした靴下で変なことはありませんか? 熱くなったとか、煙が出たとか?」

「そんなことないけど」

 女性はぶっきらぼうに言ってから顔をしかめる。

「あんた、そんな変なものを売りつけたの?」

「いえ、そういうわけではないですが……」

 樹利亜は思わず言いかけて、素早く訂正した。

「そういう声もあるので調査をはじめたのですが、異常はないとおっしゃる人もいました」

 事実を話すべきではあるが、何も起こっていない人をわざわざ不安にさせることもないだろうと、安心できる材料も付け加える。

「ふうん?」

「それで注意喚起をと思いまして……」

 樹利亜の説明に女性は言った。

「原因は分かっているの?」

「それはまだです」

 苦い顔をして答えた彼女に対し、女性は困惑した表情を向ける。

「それじゃ何をどう気を付ければいいのか分からないわよね」

 正論だった。

 嫌味を言われたと受け取っているようでは先がない。

 樹利亜はそう自分に言い聞かせる。

「おっしゃるとおりです。どんな些細なことでもいいので、何か分かったことがあればお知らせいただけませんか」

「それはいいけどねえ」

 女性は不安そうな目で樹利亜を見る。

 現状では耐えるしかなかった。

(解決するまでの辛抱よ!)

 そう強く思う。

「差し支えなければ、ヴェガさんとお会いしたいのですが」

「表からどうぞ」

 裏から会おうというのは断られてしまった。

 できれば人目をはばかりたかったのだがやむを得ない。

 樹利亜は表のドアを開けて店内に入った。

 店内の客の姿は多くなく、半分以上の席があいている。

 それでも彼女を見た客たちがヒソヒソと小声で会話を始めた。

「あのジュリアって人に魔術をかけてもらった品物が、燃えたらしいわよ」

「怖いわよね」

「このお店の商品にも魔術がかかっているらしいけど、平気かしら」

 予想してはいたものの、ひどいことを言う人もいる。

「誰も体調が悪くなったことはないんだし、そこは大丈夫なんじゃない?」

「アジェナ先生の保証書もあるしね」

 そう思っていると意外なことに擁護するような意見もあった。

 それはどうやらアジェナ医師の保証のおかげのようだった。

(アジェナ医師には頭が上がらないわね)

 樹利亜がそう思っていると、冷や水をかけるような意見が出る。

「それって本物なの? 偽造したってことはないの?」

「さすがにそれはないでしょ」

「先生に確認したら一瞬でばれるじゃない」

 幸い、その声はすぐに否定された。

 針のむしろの上とまではいかなくても、かなり居心地が悪い。

 今日にかぎってヴェガが姿を見せるまでは時間がかかった。

 他の店員は動き回っているし、ちらりと樹利亜に視線を向けてくることがあるのだが、窓口はヴェガだと決まっているのか、誰も声をかけてこない。

 ようやくヴェガは奥から姿を見せたものの、少し表情が硬かった。

「いらっしゃい、ジュリアさん」

 いつものような笑顔はない。

(ある程度のことは把握していると考えるべきね)

 その方が話は早くていい。

 何度も説明するのは苦痛なので助かるという一面もある。

「こちらへどうぞ」

 ヴェガは客席から離れた店の隅に彼女を誘導した。

 樹利亜としてもあまり人に聞かせたくはないため、素直に従う。

「話は聞いています」

 ヴェガは憂いを帯びた目で樹利亜を見ながら言った。

「はい。ヴェガさんは何かお気づきになったことはありませんか?」

「特には……靴下も腹巻きも、ポットもおかしなところはありません。あったらジュリアさんに損害賠償を要求するか、町長に訴え出ているかですね」

 ヴェガは冗談っぽく言ったものの、樹利亜にしてみれば少しも笑えない。

「それは……仕方ないですけど」

「自分は悪くないと安易におっしゃらない点は素晴らしいですね」

 ヴェガはようやく笑顔を見せてくれる。

「そんなジュリアさんの人となりを知っているからこそ、今は様子見をしようかと思っているのですが」

「ありがとうございます」

 信じられているわけではないが、疑いを持たれているわけでもない。

 そのような微妙な状態らしかったものの、それでも今の樹利亜にはありがたかった。

「やっぱりおかしな人ですね。味方をすると言ったわけじゃないのに」

 ヴェガの声と表情は少し優しくなっていた。

「そのような反応でも嬉しいですよ」

「とにかく何が起こったのか、解明できたらいいですね」

 ヴェガの言葉に力強くうなずき、樹利亜は店を後にする。

 そこでばったりとスピカに遭遇した。

「ちょうどよかったわ、スピカさん」

「うん?」

 スピカは不思議そうな顔で小首をかしげる。

 どうやら彼女は何も把握していないらしい。

 そう見て取った樹利亜は手短に説明する。

「それは変ね。あなたの魔術を見たけど、そんな素人じゃなかったし、付与魔術にそんな効果が入っていたりしたら、もっと早くに起こっているはずよ」

 スピカは真剣な顔で即答した。

 樹利亜は自分にミスはないと言ってもらえて気が楽になったが、安心はできなかった。

「つまり他に原因があるということですよね?」

 そしてそれはいったい何なのか。

「ええ」

 樹利亜は考える。

「太陽に当たって温かくなったからと言って」

「起きるわけがないわ」

 スピカはまたしても即答した。

「そうなると、お客さんの不注意が原因って線もなさそうですね」

 樹利亜は視線を落とし考え込む。

 他に何があるだろうと思っていると、スピカはあきれたように言う。

「誰かの妨害工作じゃないの?」

「……えっ?」

 樹利亜はきょとんとする。

 一瞬、スピカが何を言ったのか分からなかった。

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