第四話
もう少しいろいろと調べることがありそうなイメージだったのだ。
「ああ。君は付与魔術に特化しているようだし、あまり一度にたくさんのことを覚えようとしても上手くはいかないだろう」
シリウスが言っていることは正論のように感じる。
(たしかに魔術なんて未知の知識、一度にいろいろ教えられても無理かもしれない)
と納得した。
「練習って何をすればいいのですか?」
「そうだな。付与魔術とは言ったように、既存の物体に特別な効果を付与する魔術だ。何にどのような効果を付与するのか、想像することが大切になってくる」
樹利亜はいくつか思いついたが、それがこの世界に合っているのかまでは判らない。
「たとえばどのような物があるのでしょうか?」
そこで彼女はシリウスに実在するものについて聞いてみた。
「そうだな。実例を教えたほうが想像しやすいか」
シリウスは懐から一枚の白い袋を取り出す。
「これは【保存袋】という。【時間停止】【空間拡張】という高等魔術が付与された品で、中に入れた新鮮な食べ物をそのまま保存できる。他にも私の体よりも大きな物を収納することも可能だ」
「は、はあ」
いきなり常識外の物を見せられた樹利亜が呆気にとられたのもやむを得ないだろう。
(冷蔵庫や冷凍庫代わりになるのかしら? あと、とある有名なロボットが持っているポケットみたいね)
一応理解できそうな物に置き換えて、何とか自分を納得させる。
「いきなり難しい物を見せたが、これくらいの品を作れるようになれば、付与魔術師としての地位は一生安泰となる。将来の目標にしてくれればいい」
「なるほど、判りました」
いきなり何を言い出すのかと思ったが、付与魔術師としての最終到達地点を教えてくれたのだ。
そう受けとれば納得もできる。
「次に今の君ができそうなものはそうだな、【保温用カップ】とかではないかな」
「【保温用カップ】ですか?」
樹利亜は何となく想像できた気がしたが、何のため聞き返した。
「そうだ。カップに入れた飲み物は時間がたてばさめるし、ぬるくなるだろう? それを遅らせるための魔術だ。【時間停止】は高等魔術であるため、一般に流通している物は【劣化遅延】という魔術がかけられている」
「……もしかして付与する魔術をたくさん覚えなければならないのではありませんか?」
樹利亜は説明を聞いているうちに、あるおそろしい可能性を思いつく。
彼女の不安をシリウスが笑い飛ばす。
「そのとおりだが、それを得意とする者こそが付与魔術師適性持ちだ。異世界人の君は最初のうちは戸惑うかもしれないが、慣れさえすれば問題はあるまい」
「そういうものでしょうか?」
たくさんの魔術を覚えるのは大変そうだが、付与魔術師適性がそれをフォローしてくれる。
(無理を言われているようには思わないわね)
もちろん樹利亜が魔術の知識を持っていないからそう聞こえるのかもしれない。
だが、あまりうじうじ悩むのは彼女の性に合わないことだ。
「まずはやってみようと思います」
「その意気だ」
彼女の返事にシリウスは満足そうにうなずく。
「さて、どのようなイメージをする?」
彼の問いに彼女はアイデアを告げる。
「冷えにくい靴下はいかがでしょう?」
「むっ」
シリウスは意表を突かれたらしく、目を丸くして一瞬言葉に詰まる。
「聞いたことがないな。需要があるのかは判らぬ。だが、需要さえあれば人気商品になるかもしれないな。さすがに売れるかどうかまでは責任は持てないぞ」
「承知しています」
樹利亜は笑顔で答えた。
シリウスはあくまでも魔術師でしかない。
商売のことは明るくないのだろうし、たとえ凄腕の商人だったとしてもどの商品が売れてどれが売れないかなど、百発百中とはいかないだろう。
樹利亜はそこまで幻想を抱いていなかった。
「よし、まずはこれを使え」
シリウスはそう言うと白い袋の中から、いろいろな色がついた布を取り出す。
「燃やしたり凍らしたりといった効果はまずいが、冷えない靴下といったものなら、これで十分練習ができるだろう」
「ありがとうございます」
樹利亜は二十枚以上もありそうな布を受けとる。
「既にイメージは持っているのだな?」
「はい」
「ではイメージを強くしながら、手で物を触ってみろ」
樹利亜は布を左手で抱え、一番上の赤い布を右手で触りながら言われたとおり、頭の中でイメージを描く。
(冬でもぽっかぽっかしている靴下のイメージ)
どれだけそうしていればいいのか判らなかったが、数秒後シリウスが声をかける。
「よし、一度やめろ」
彼女が手を離すと彼は言った。
「気づいていないようだが、今君は魔術を使っていたぞ」
「……えっ?」
たしかに樹利亜は無自覚だった。
思わず自分の右手と赤い布をかわるがわる見る。
「触ってみるといい」
「たしかにちょっと温かくなっています」
樹利亜は赤い布を触った結果、そう感想を言った。
「うん。センスは悪くないな。しかし、自分の魔術が発動したことを気づかないとなると、知覚系が苦手であるわけか」
「知覚が苦手だと、何か問題はあるでしょうか?」
樹利亜の問いにシリウスは答える。
「戦闘の道を選ばないなら問題はない。魔術による攻撃に気づきにくいという欠点はあるが、対抗手段がないわけではない」
それならば何とかなりそうだと樹利亜はホッとする。
「付与魔術師としてやっていくだけなら、想像力をきたえること、実際に魔術を使って練習する。このふたつを繰り返すだけで十分成長が望める」
「何とかなりそうな気がしてきました」
具体的にどれだけの時間をかければ一人前になれるのか判らないが、思っていたより必要な作業が少ないというのは朗報だろう。
「安心するのは早いぞ」
シリウスは人の悪い笑みを浮かべる。
「飯を食えるレベルになるまで、どれだけかかるかは判らないのだからな」
「……一人前になるまでにかかる平均時間を教えてください」
「平均で半年、遅い者で一年と言ったところか」
思っていたよりも長い。
樹利亜は思わず息を飲み、ゆっくりと吐き出す。
(そうよね。そんな簡単に一人前になれないわよね)
少なくともお金をもらえるレベルに達するのは、簡単ではないとは頭では理解できる。
仕事も覚えて要領よくこなせるようになるまで、時間が必要だったのだ。
魔術だって同じだと言われればぐうの音も出ない。
「判りました、頑張ってみます」