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【相野仁】異世界にトリップしたので『付与魔術』で生き延びます!  作者: 相野仁【N-Star】
第一章「トリップ」
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第三十九話



 栄えるものがあれば衰退するものあり。

 「デネブの店」の店主デネブは、大いに荒れていた。

「何でよ⁉ 何で急にうちの売り上げが落ちたのよっ!」

 元からそんなに売り上げがよかったわけではない。

 だが、彼女のプライドはその事実を認めたくなかった。

 デネブは決して腕がいいわけではないが、この町唯一の魔術師として重宝されていた。

 効果がないよりもマシということで品物が売れた。

 ただ、ここ二、三日は客が来なくなってしまったのだ。

「一体なぜ……」

 彼女は右手親指を歯で噛みながらぶつぶつ言う。

 デネブには「自分の腕が悪いせいだ」という発想自体がない。

 きっと何らかの外的要因があり、そのせいで自分が被害を受けたのだと思っている。

 今、彼女は親せきの男性に原因を調べてもらっていた。

 その原因さえ排除すれば、また自分の店に客が戻ってくる。

(私の客を奪い、私をこの町の人気者の地位を奪おうなんて、許せないわ)

 彼女の瞳には暗い炎が燃えていた。

 自分の地位を奪われないために、必死に努力をしようと彼女は思わない。

 彼女は生まれつき努力というものが大嫌いだった。

 唯一の例外が見た目を磨くことだろうか。

 美人であり、スタイルのいいところを見せれば、男がチヤホヤしてくれた。

 まして魔術師としての素養があると知れば、もっと持ち上げてくれた。

 その快感を彼女は忘れられないのだ。

「勉強して才能を磨いていけば、それなりの魔術師になるのではないか」

 と両親の提案をデネブは断った。

 努力せずにチヤホヤされるから素晴らしいのだ。

 魔術師たちの中に混じって勉強するとすれば、きっとかなわない存在と遭遇してしまう。

 デネブにとってそれは許しがたく、耐えられないことだった。

 彼女がチヤホヤしてくれる男がたくさんいそうな大都市に住んでいないのは、似たような理由である。

(大都市ならきっと私以上の美人がいる。それに私以上の魔術師もいる。許せるものですか!)

 努力は嫌いで、負けることも嫌いなのがデネブという女性だった。

 だからライバルがいそうにないこの町で店を開いたのだ。

 その目論見がここにきておかしくなってきたのだから、たまったものではない。

(いったい誰なのよ? どんな風にこの町のブタどもに媚を売ったのかしら?)

 デネブはどこまでも自分至上主義な人間だった。

 自分が脅かされているという事実を、「努力で勝ち取った」なんて思わない。

 「卑怯な手段で自分の獲物を掠め取った、薄汚い泥棒」だという感覚である。

 夜になって、親せきは戻ってきた。

 茶色い薄い髪にヘビのような赤い目が印象的な、小柄な三十代の男である。

「どうだった、レグルス?」

「ああ。分かったぜ。最近、ジュリアって女が付与魔術の店を開いて、それがえらく評判がいいようだ」

「そう」

 デネブはギリギリと歯ぎしりをする。

 自分以外の人間の評判がいいこと自体、彼女は気に食わない。

 しかも相手が女となるとなおさらだった。

「それでその女はどんなことをやっているの?」

「何か温まる靴下だとか腹巻きとか、便秘にきくお茶とかを出しているみたいだな。どれも客は喜んでいるみたいだぜ」

 レグルスは即答する。

 彼の調査能力が高いというより、人々の話題に出るくらい樹利亜の評判がいいのだ。

 おかげで彼は大して苦労しなかった。

「あざといわね。とんだ女狐だわ、その女」

 デネブは怒りで真っ赤になって、手をわなわなと震わせている。

 みんなに喜んでもらいたいという樹利亜の気持ちなど、彼女には理解できなかった。

 そして自分がやりたくてもできなかったことをやっているという点が、余計に彼女の神経を逆なでした。

「まあ何か手を打たないとやばい気はするな」

 レグルスはそう言ったが、若干の遠慮がある。

 どう考えても勝ち目がないとまでは言わなかった。

「じゃああんたが悪いうわさを流しなさいよ」

「俺がかよ……」

 レグルスはいやそうな顔をする。

 悪い評判を流すというのは効果があるかもしれないが、広めるまでが大変なのだ。

 ひとりでやりたくないというのが、率直な意見だ。

「ふん、まだ店をはじめて大して時間がたってないんでしょ? だったら簡単に転倒させられるわよ。なぜ効くのか? を説明するのが難しいのが魔術だし」

「そういうもんかねえ」

 レグルスはデネブの親せきだが、普通の人間である。

 魔術師の苦労など想像もつかない。

「飲み物に変なものが入っているとか、そういう感じでいいのかよ?」

「それはダメね」

 レグルスの意見をデネブは却下する。

「だってそれじゃあジュリアって女を孤立させられないじゃない? 悪いのはあくまでもジュリアって女で、お店は何も知らなかった被害者にしないと」

 デネブは暗い笑みを浮かべて言った。

「……女はこわいねえ」

 レグルスはおどけるように笑い、両肩を抱いて見せる。

「分かったらさっそくはじめてよ。お金はちゃんと払うから」

「あいよ。上手くいなくても俺のせいにするなよ」

 レグルスは念を押したが、デネブは取り合わない。

「上手くいくまでやればいいでしょ?」

 その言葉に込められた怨念の深さにレグルスは肩をすくめて店を出て行った。

「許さない……絶対に……地獄に落としてやる……」

 デネブは樹利亜に対して大いに恨みを抱き、呪いの言葉を吐き出す。

 自分が一番になれない原因たる存在すべてが、彼女にとって決して相いれない敵であった。

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