第三十話
「分かりました。少々お待ちください。ヴェガさん、相談があるのですが」
「はい。裏に行きましょうか」
樹利亜に最後まで言わせず、ヴェガはうなずいて人差し指で店の奥の方を示す。
彼女に案内されて行って、ふたりは条件の話をはじめる。
「商品一点につき銅貨二枚か三枚が妥当かなと思いますが」
ヴェガの提示に樹利亜は納得した。
やはり飲食店で提供される物に付与する形だと、あまり高額には設定しにくい。
「はい。私としては銅貨二枚で不満はありません」
樹利亜がそう答えると、ヴェガは難しい顔をする。
「最初はそう思ったのですけど、お医者様に体内から温める効果がある安全な物だと証明された場合、銅貨二枚では安すぎます。正直、銅貨三枚でも安いかなというくらいなんです」
そういうものなのかというのが、率直な樹利亜の感想だ。
医者の保証があれば違ってくるらしい。
「私としては値上げしてもいいならそちらの方が嬉しいのが本音なんですけど、それでも売り上げに影響は出ないでしょうか?」
と樹利亜は不安を明かす。
どうせ報酬をもらえるのであれば高い方が嬉しいのは当然だ。
彼女だって生きた人間なのだから。
しかし、商品一つあたりの報酬アップが全体の収入アップにつながらないのであれば、意味がないのも同然だろう。
「そこが大変なのですよね。一度高く設定したものを売れないからといって値下げするというのも……」
ヴェガは右頬に手を当てながら困った顔で語尾を濁す。
「そうですね」
樹利亜としてはそう答えるしかない。
(売れなかった時のことを考えて弱気でいくか、それとも強気でいくべきなのか……)
こういう時はどうすればいいのだろうか。
商売の経験などない彼女には非常に悩ましい問題だ。
迷ったものの、彼女は後者を選ぶ。
「銅貨四枚でお願いします」
「いいですが、理由をお聞きしても?」
ヴェガは意外そうに目をみはり、たずねてくる。
気弱そうな表情で迷っていたのに、強気な結論を出した理由が気になったのだろう。
「いいものは高い。それにかけてみようと思いまして」
樹利亜は理由を明かす。
もちろん上手くいくとはかぎらない。
いいものが売れるならば、たいていの人の苦労はもっと少ないはずだ。
しかし、どうせどうなるのか分からないのであれば、値段を高く設定しようと彼女は思う。
(いいものだって知ってもらわなきゃだし、そのためには値段を高くするのも一つの手段として有効でしょうし)
そう判断したのだ。
「いいものだけど安い」
と言うと、どうして安いのか説明する必要がある。
ところが、
「いいものだから高い」
と言えばそれですんでしまう。
素人だからこそ考えられることだと言われればその通りだろう。
樹利亜に否定するつもりはない。
「魔術師は貴重ですしね。効果さえあれば高くても納得されるのでは?」
「それはそうですけど、賭けになるのは避けられませんよ」
ヴェガは不安そうである。
彼女や彼女の店は樹利亜の商売が失敗したとしても、そこまで大きなダメージは受けないだろう。
(それでも心配してくれるんだから、いい人なのよね)
できれば商品を売って売り上げに貢献したいものだ。
「どうせ賭けるなら自分の実力と、いいものにはお金を出してくれる人がいると信じてみようと思います」
樹利亜はわずかな不安を殺して言った。
彼女の自信を支えているのは、腰巻きや靴下への魔術の付与が一つにつき大銅貨一枚という価格設定なのに、毎日客が来ていたという事実である。
だからいいものは分かってくれる人がいると信じられたのだ。
「分かりました。それで手を打ちます」
ヴェガはそう答えてくれる。
樹利亜はホッとして、冗談を言う余裕が生まれた。
「これでお医者様に効果がないと言われてしまったら、作戦の考えなおしになってしまうのでしょうけどね」
えへへと笑いながら言ったのに対し、ヴェガは真顔でぴしゃりと応じる。
「少しも笑えません」
その通りだったので樹利亜は反省し、両肩をしょんぼりと落とす。
「冗談の才能はなさそうですね」
ヴェガがまた辛らつなことを言ったのかと思いきや、くすりと笑ったので樹利亜も気が楽になる。
「では結果が分かれば教えてください。医学的効果がないものを銅貨四枚はさすがにできないので」
「当然ですね」
樹利亜はうなずくとヴェガと別れの握手をする。
「じゃあこれ以上スピカさんを待たせたら申し訳ないので」
「ええ」
樹利亜が奥から出てくれば、待っていたとばかりにスピカは立ち上がった。
「お勘定をお願いね」
スピカはそう言うと緑色の何かの鱗で作られたと思われる財布を取り出す。
(あら)
樹利亜は意外に思う。
エルフと言えば自然を重んじ、植物と共生しているイメージだからだ。
だから財布などに動物っぽい材料が使われているものを使うとは、と思ったのである。
もっとも、それは自分の一方的なイメージの押し付けだという可能性も考慮しなければならない。
スピカはこちらの世界で生きている存在で、日本人の勝手な想像に従う義務など持っているはずもないのだから。
外に出たところで初めてスピカは樹利亜の方を向いた。
「あなたの魔力、どれくらい?」
「えっと、分かりません」
樹利亜が困惑すると、スピカは美しい眉を動かす。
「測定したことがないの?」
「測定できるものなのですか?」
スピカの問いに彼女は目を大きく見開いた。
「なるほど、何も知らないのね」
「は、はい」
シリウスはその辺教えてくれなかった。
魔力の測定方法があるならば、教えてくれてもいいではないか。
そう思いちょっと恨んだ。




